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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
71/356

本部のメンバー 1

「マモル、仕事を手伝ってくれないか」

 健は今、本館の玄関ホールにいる。

 夕日はもう、青いガラスの扉から差し込む力もないようだった。

 ブレスレットの呼び掛けに、護の声は、

『わかった』

という一言だけだ。

 彼を待っている間に、健のいたホールを、二人のスタッフが通りすぎた。

 健の姿に、訝しげな顔をしたものの、会釈をしてエレベーターに乗り込む。

「あの人たちは会計部のスタッフですよ」

 受付からの声に、振り返る。

 カウンターの向こうに、一人の男性が立っていた。今日の当番のようだ。

 自然、健の足がそちらに向く。

「白木さん、ですね。ハウスクリーニング部のチーフ、石原です」

 丁寧に頭を下げる彼に、健も会釈をした。

「はじめまして」

「まだ発足したばかりですからね。会計部のスタッフは、あなた方と直接関わっていないので、顔を知らないんですよ」

 スーツ姿が、お世辞にも似合うとは言えない石原は、カウンターに両手をついて、軽く身を乗り出した。  二十代後半か、あるいは三十代か、いずれにしても、健よりも年上に違いない。落ち着いた雰囲気があった。

「お出掛けですか?」

「ええ」

「では、お部屋を掃除させていただいてもよろしいですね?」

「今から……ですか?」

 石原が、笑う。

「時間は関係ありませんから。すぐにすみます」

 言ってから、なにかを思い出したようだ。石原は、ふと、表情を曇らせた。

「申し訳ありません。ひとつ、お尋ねしますが、クローゼットの中を、こちらで片付けさせていただきましたが、ご迷惑ではありませんでしたか?」

「え?」

 僅かに視線を逸らし、健は、自室を思い出した。

 そういえば、きれいに片付いていたような……。

 途端に、自分が間違った整理をしていたのだと気がついた。

 恥ずかしげに顔を赤らめ、苦笑する。

「ありがとうございます。……整理の仕方を知らないもので……。あなたにご迷惑をおかけしました」

「ああ……いえ、僕は違います。白木さんのお部屋の担当は柿沼といいます。……柿沼くん」

 振り返った、開いたドアの向こうが、ハウスクリーニング部の部屋だ。

 呼ばれて出てきたのは、小柄な女性だった。

 見覚えがある、と、健が思い出したのは、この本部に来た日のことだった。

 司令からここのことを聞いて、一度、本館から裏へ回ろうとしたとき、受付の女性と話していた背後で、顔を覗かせていた一人だ。

「あなたが柿沼さん?」

 彼女は、薄青いつなぎを着たまま、受け付けに出てきて、頭を下げた。

「よろしくお願いします。白木さんのお部屋専属です。不都合があるようでしたら、直します」

 どことなく緊張しているような声は、勝手に整理をしてしまったという事後承諾に対する謝罪か。

 健は、優しく微笑むと、小首をかしげた。

「快適ですよ。ありがとう」

「僕は、黒沢さんの部屋を担当させてもらってます」

 部屋ごとに担当がいるとは思わなかった。

 本当に、自分は組織の仕組みをなにもわかっていない。

 とはいえ、覚える必要をあまり感じない仕組みではあっただろう。

 相槌をうとうとした健だが、僅かに聞こえた音に、振り返った。

 護が降りてきたようだ。

 健は、スタッフに会釈をするつもりで向き直ったが、目の前の二人が、驚いた表情を護に向けているのに気がついた。

「どうか……しましたか?」

 その問いかけに、我に返ったのは石原のほうが早かった。

 だが、視線は護に向いたまま止まっている。

 というより、目が離せない、という雰囲気か。

「あのう、……この……かたは?」

 弱く問いかけた直後に、ようやく健へと視線が動く。

「は?」

「あ……いえ。……藤下さん……でしたね?」

「そうですが?」

「し、失礼しました」

 改めて、石原は護にも頭を下げた。

「石原です。本当に失礼しました」

 だが、護は、彼の存在にまったく関心を示さず、ただ、健を見つめているだけだった。

「石原さん、すみません。出掛けますから」

 待っている間の、他愛のない会話だったため、健はすぐに護を伴って、出ていった。

「綺麗な……人ですねぇ」

 呆然とした、柿沼の表情に、石原が苦笑する。

「まったくだ。女かと思ったよ」

 柿沼は、部屋にいたから聞いていなかったのも当然だが、健がブレスレットで護を呼び出したことを知っていて尚、石原は見惚れていたのである。

「あんなに綺麗な人が、部屋を壊したんですかね? そんなに乱暴な人には見えなかったけど」

「柿沼くん、余計なことは考えない。それより、掃除に入りなさい」

 石原は、剣崎司令から言い渡されていたのである。

 その件は口にはしない、と。

 もちろん、スタッフもそのことを知っている。

 柿沼は、すぐに石原に謝ると、部屋にとって返した。

「マブッちゃん、藤下さんも出掛けたわ。掃除にいこうよ」



「……ミノルは?」

 どこに行くのかも聞かず、黙って歩調を合わせていた護は、健が目についたレストランに入って、席についたときに、ようやく口を開いた。

 何をするにも興味を持たず、最初に出てきた言葉が『ミノル』とは……。

 健は、メニューに目をとおしながら、言った。

「部屋にいるよ」

 料理の名前をひとつとして覚えようとしなかった彼は、写真を見ても味を想像できず、適当にオーダーするしかなかった。

 それでも、料理名を覚えるつもりはなく、結局、出てきた料理も、レイラーの作ったものと比べ、遥かに旨いのだという認識だけですませた。

 食事の間、二人は一言も話さなかった。護が無口だということが理由の全てではなく、周囲に人がいるこの場でできる話の内容がなかったからだ。

 やはり義務を果たすような、味気ない食事をすませると、健は本部には戻らず、ゆったりとした足取りで駅の方に足を向けた。

 エアーレールは、年寄りや子供には便利かもしれないが、どうも違和感がある。だから、健はわざと、車道を歩いた。

 車の往来が多いが、駅周辺までの我慢だ。

 住宅街を抜けると、エアーレールも敷いていない。

 商店街の人混みを避けて、一本外れた脇道で、健はようやく口を開いた。

「今日は何をしていた?」

 答えは、やや間があった。

「本を……」

 それきりだ。

 健が、頷く。

「部屋、直っていただろう?」

 今度は、微かに頷く仕草を見せた。

 しかし、すぐに護の足が止まる。

「ケン……あなたは……部屋のことを……」

 健の足は止まらなかった。

 一体、どこに向かうのか。

 護がまた、歩き出す。

「キャップから聞いたよ。どうなっていたか、知りたい?」

「……できれば……」

「クローゼットの扉が半壊、ガラステーブルは粉々。サイドテーブルが倒れていて、ソファが中のクッションまみれになっていた。ベッドは中央のジョイント部分が取れていたらしいよ」

「……」

 それを、自分がやった、ということに、護は愕然とした。

 記憶が途切れることは何度もあったが、その間、何があったのか、誰も教えてはくれなかったのだ。

 保護者である高木浩二郎が、黙々と後始末をしていた、ということか?

 追い討ちをかけるように、健の視線が護に流れた。

「サイドテーブルの上に、電話が置いてあったはずだよ。その内線が司令室に繋がったのは偶然だったのかな? 受話器が外れて、倒れたサイドテーブルの脇に落ちていたんだって。その側で、おまえが倒れていた……」

 また、護の足が止まる。

 今度は、健も立ち止まった。

 これから先、何度、同じことを繰り返すのだろう。今までは、保護者が隠し続けてきた。黙って、恐らく壊れたものを取り替え続けてきたのだろう。

 今度は、それを本部が、そして、なにより健がフォローしていくことになる。

「……なぜ……」

 ポツリと、護は消え入りそうな声で俯いた。

「オレを……」

 やがて、意を決したように健を見返したが、彼はやはり、すぐに視線を逸らした。

「処分、しないんだ……?」

 健は、右手を前に差し出すと、指を鳴らした。

「?」

 音に、護が顔をあげる。

 健は、そのまま、方向を指し示すように首を動かした。

「悪い。時間に遅れそうだ。車を使うよ」

 さっさと歩き出してしまった彼に、それ以上の質問ができる雰囲気はなかった。

 人混みを避けていた彼が、脇道から大通りに出る。 交通量の多いガードレール脇で足を止め、健は護を振り返った。

「タクシーなら平気だろう?」

 要するに、電車で移動するほどの距離ではないところらしい。

「一体……どこに……?」

 流れる車を見ていた健は、首をすくめた。

「それって普通、最初に聞く質問じゃない? ……つまらない仕事にいくんだよ。暇潰しにね」

 一台、空車のタクシーが見えた。



 

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