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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
70/356

フクシマにて 1

 福島の、都市の賑わいは、隆宏のいた福井とさほど代わりがないように見える。

 大都市とは比べるべくもないが、暑さはまだ、マシか。

 駅で、二手に分かれた。

 夕子と高志は、先に拠点になる家に行くというので、隆宏と絵里が、依頼のあった警察署に向かう。

 駅からは、さほど近いわけではないが、かといって、遠いわけでもない。

 コンピューターの地図を頼りに向かったそこの受付で、署長との面会を求めた。

 もちろん、そこで詳細を聞いたのだが、どうやら、現場にあたる場所は、ここからでは遠いらしい。

 一応、捜査をしているという部屋に案内されたものの、そこにいた警察官は、たった二人だった。

 出払っているのは、この時間では当然だろう。

 最初、署長を交えて説明を受けたが、どうやら、隆宏が電車内で調べていたいくつかの殺人事件は、すべて手口が似通っているらしい、とのことだった。

 本部に入っていた依頼の時期が早かったため、今日までの間に、手口が似ているための、連続したものではないかという方向で捜査が進んでいるようだ。

 そのような話の途中で、署長が、署員たちを労いながら部屋を出ていくと、途端に彼らの態度が変わった。

 あからさまに眉を寄せ、横柄にスチール椅子にもたれ掛かる。

「正直な話……迷惑なんですが」

というのが、最初の一言だった。

 絵里が、きつく睨み付ける。しかし、その捜査員がひるむわけもない。

 もう一人のほうも、同じようだった。

「国の機関だかなんだか知りませんけどね。あんたがた二人で、何ができると言うんですか」

「四人、です」

 みるみる絵里の気配が険悪になっていく横で、隆宏は彼女の手を、机の下で軽く掴んで、穏やかに言い返した。

「二人だろうが、四人だろうが、同じでしょう」

 隆宏は、否定をしなかった。

 相変わらず穏やかに、

「同じですね」

と、言った。

 どうやら、捜査員たちは、彼らを怒らせて帰らせようとしたのだろう。

 依頼は、福島の本部が勝手にしたものだ。自分たちが今まで、こつこつと調べてきたというのに、ここにきて邪魔をされたくない、ということだろう。

 だが、動じない隆宏に、気勢を削がれたのも事実だったようだ。

 呆気にとられた二人に、彼は静かに眼鏡を外し、軽く前に乗り出した。

 健に匹敵するほどの優しい微笑みが、目の前の二人に向いた。

「お邪魔なのは承知しています。協力、と申し上げても、仰るとおり、四人では役にたたないかもしれません。それでも、少しの力添えをさせてください。……全ての捜査資料を見せていただきたいのですが」

 二人の捜査員は、隆宏たちが何者なのかを聞いていない。ただ、今朝になって、ここの署長から、今日協力者が来ることを伝えられただけだ。

 要請されたことを、すべて提供するようにと言われても、渋るのは当然だろう。

「ちょ、ちょっと待っててくれ」

 小声で何やら言葉を交わし、一人が部屋を出ていった。

 残った一人が、やはり席を立ち、部屋を歩き出す。

 恐らく、会議室かなにかだろう。この部屋は結構広い。細長いテーブルが、何列も並んでいるから、隆宏たちに話しかけることもなく時間を稼ぐにはいい距離だろう。

 絵里が、顔をしかめながら隆宏を小突いた。

 彼女の心境に、隆宏も首を竦めて立ち上がる。

「すみません、ちょっと席を外します」

と、言って、廊下に彼女を連れ出した。

 途端、案の定、彼女が突っかかってきた。

「一体、どういうことなの? どうしろというのよ!」

 持っていた眼鏡をかけ直し、隆宏は意外に真面目な表情で彼女を見下ろした。

「どうしろって? オレたちのすることは決まっているじゃないか」

「彼らは、あたしたちを邪魔だと言ったのよ。何ができるのよ」

「邪魔なのは最初から承知しているよ。オレがあの人たちを同じ立場なら、そういうからね。わかっていて、ここにいるんだ。……何ができるか、じゃなくて、何とかしなければならないんじゃないかな?」

 絵里は、捜査員に向けたように彼を睨みあげたが、すぐに、自分の両頬を軽く叩くと、表情を緩めた。

「そうね。あたしが怒っても仕方がない。ごめんなさいね」

 彼女の変わりようは、隆宏の表情も柔らかくした。

 本当に、彼女の性格はさっぱりしている。

 自分は、こういう彼女に惹かれているのだろうな、などと思うと、隆宏は途端に恥ずかしくなり、ごまかすように辺りを見渡した。

「ちょ……ちょっと休もうよ」

と、言ったものの、ここは警察署の中だ。休憩室がどこにあるのかもわからない。

 ちらほらと行き交う署員に聞くのもおかしいので、結局、部屋に戻るしかなかった。

 ドアを開けると、残っていた捜査員が、電話でやり取りをしていた。

 が、隆宏たちの姿に、慌てて背中を向ける。

 送話部分を手で囲うようにして、小声になった。

 二人は顔を見合わせたものの、聞かれたくない内容なのだろうと、しばらくはその場で待っていた。

 話はそれほど長くはなかったが、一度受話器を置くと、振り返りもせずに、また、どこかにかけ直す。

 それが、二度、三度となったとき、隆宏は、

「なんか、他で時間を潰したほうがいいみたいだ」

と、絵里に耳打ちした。

 背中を向けている捜査員に声をかけることなく、また、部屋を出る。

「署長室で待っていたほうがいいかなぁ」

「出直すという手もあるわよ。いっそのこと、みんなが戻ってきそうな夕方に顔を出してみる?」

 邪魔だと、あからさまに言われたことに対する細やかな嫌味、というところか。

 苦笑混じりに、隆宏は頷いた。

「仕方がないね。こっちで調べられる範囲のことはしておくよ」

 それから、彼らは再度、署長室に向かった。

 軽くノックをして、返事を待たずにドアを開ける。

 先程席を外した捜査員が、署長に詰め寄っていた。

「いくら本部が寄越したとしてもですね! 訳のわからない……」

 隆宏たちの姿に気がついたのは署長だった。一瞬、狼狽した目を向け、それからすぐに、大きく机を叩いて立ち上がる。

「口を慎みたまえ!」

 そしてすぐに、卑屈にも思えるほどの低姿勢で、二人を招いた。

「申し訳ない。うちのものに失礼があったようで」

 怒鳴っていた捜査員も、やはりばつが悪そうに、だが、態度を変えるつもりはないらしく、そっぽを向いている。

 隆宏は、署長ではなく、捜査員の方に向き直った。

「ご迷惑でしたね。引き上げることにします。失礼しました」

「ま、待ってください」

 慌てたのは署長の方だ。

 隆宏は、すぐに彼にも言った。

「ご心配なく。後程また、お邪魔しますから。それまでに……資料を用意しておいてください。証拠品もお願いします」

 彼らは、二人に頭を下げて、部屋を出た。



「甘いわねぇ」

 警察署を出た途端に、暑さが圧力のように二人を包む。

 賑わいのある街並みの大通りを歩きながら、絵里が呆れて言った。

「そうかな? 甘かった?」

 自分では当たり前の対応だったと思っていただけに、彼女に指摘されると、何となく後ろめたい。

 だが、彼女はすぐにクスッと笑った。

「あんたらしいのかもしれないけれど。……あたし一人だったら、突っかかっていたわ」

 なんとなく、彼女の言い様が想像できる。

「文句を言わずに用意しろ……かな?」

「当たり。それくらい言わなきゃ」

 苦笑混じりに、隆宏が目を逸らした。

「ごめん。オレにはできそうにないよ。あの人たちの気持ちも当然だから」

「やっぱり、あんたらしいわ。別にいいわよ。……それより、夕方まで何ができるの?」

「うん。君たちは好きにしてもいいよ。オレが捜査資料を読み込んでおくから」

「は? それが揃うのが夕方じゃないの?」

「あれは証拠品を提示してもらうための口実。資料は勝手に見ることはできるけれど、実物は目で確かめなければならないからね」

 やはり、そういうところで気を使っているということだ。

 小さく首を振って、しかし彼女はすぐに顔を上げた。

「もう少し、堂々としてほしいというのは、あたしの過度な期待かしら? あまり低姿勢だと押しきられてしまうわよ? あたしたちのブレインなら、その辺りの強さも身に付けてくれる? 夕方もあの調子だと、あたしのほうが黙っていないから」

「わかったよ。……ごめん」

 やはり、腹の底では怒りが燻っているようだ。

 しばらくは、沈黙のまま駅に戻って、そこから南下する。

 本部が用意している拠点は、駅と駅との間ほどのところだ。あらかじめ、住所から地図を辿って場所を覚えていたから、線路沿いに、少しずつ人通りが少なくなる道を歩く。

 大分経って、隆宏は思いきって口を開いた。

「君には……強い男性が似合うんだろうな」

 自分自身は、さほど気が弱いとは思っていなかったが、彼女の視線からみれば、隆宏など、弱い部類に入るのかもしれない。

 絵里は、キョトンとして彼を見上げた。

「強いって、どういう意味で言っているのかしら? あまりいい意味には聞こえないんだけれど」

「えっ? ……ごめん」

「さっきのこと? だとしたら、当たり前だと思ってほしいものだわ。確かに、あたしは弱い男なんて真っ平よ。一応、あたしも女ですからね。守ってほしいとか、庇ってもらいたい願望はあるわ。でも、闇雲に対立することが強いとは思っていない。だから、あたしはあの人たちに腹が立ったけれど、一緒になって食ってかかってほしかったわけじゃないのよ。ただ、もう少し、毅然としてほしいだけ。けれど、気にしていたのなら謝るわ。あんたには考えがあるものね。ごめんなさいね」

「いっ、いや……。……いいんだ。……そういう意味で言ったわけじゃないから……」

「あら、なら、どういう意味?」

「それは……」

 言い淀む彼に、絵里は多少ムッとしたようだ。

 足を止めて、向き直った。

「もしかして、あたしみたいなじゃじゃ馬を抑えつける男がいるのか? とか思っているわけ?」

「そ、そんなこと、思うわけがないだろう」

 むきになって言い返す自分が、彼女にはどう映っているのだろう……。

 そう思うと、やはり気まずくなる。

 黙って見返してくる彼女に、隆宏は呟くように言った。

「ただ……モテたんだろうなぁって……」

 恐らく、絵里の場合、同年代のノーマルと付き合うことが多かったせいもあるし、なにより、観察眼が確かだったせいもあるだろう。

 隆宏の一言で、彼の思いを読み取ってしまった。

 が、まさか、僅か半年だが年下だという理由だけで、一刀の元に切り捨てて落ち込ませるほど、人でなしでもない。

 彼の気持ちに気づいたことなどおくびにも出さず、絵里は笑いだした。

「モテたわよ。両手でも余るくらいにね」

 否定をしない彼女に、隆宏が落胆のため息を漏らす。

 しかし、絵里はすぐに続けた。

「これって、どういうことかわかる?」

「え?」

「本気で付き合える人がいなかった、ということよ。……友人が多かったと話したのを覚えている?」

 これは、正式にメンバーが顔を合わせる前のことだ。

 隆宏と高志、それに絵里は、本部に来たその日に顔を合わせ、息が合った。三人で、楽しく会話していた中のひとつだ。

 頷く隆宏に、彼女は続ける。

「大概が男友達だったのよ。付き合ったこともあったけれど、誰もが物足りなかった。……結局、みんな同じなのよ。格好ばかりつけて、肝心なところでは役に立たない。さっきも言ったように、あたしだって、守ってもらいたいわ。でも……」

 歩調を緩めながら、彼女が苦笑した。

「あたしのいたところは、ちょっとガラの悪い人が多かったのよ」

 学区の境近くにいたためだろうが、学校が近くに二つあり、他にも私立の学校もあったという。

 どちらかというと教育に力を入れていた地域だったようだが、そこは、やはり真面目な学生ばかりではない。

 彼女自身は、大きな被害があったわけではなかったようだが、やはり、男友達を何人も引き連れて街中を歩けば、好奇の目で見られたことは何度もあったらしい。

「女の子のいじめって、結構えげつないのよ」

 あまり細かく話すつもりはなかったようで、絵里は軽く首を竦めて、不良といわれる女子学生などから因縁をつけられたこともあったと言った。

 そんなとき、真っ先に逃げ出すのが、男の方だったらしい。

「君は……ケガとかはしなかったの?」

「するわけないじゃない。腕も口も、あたしに敵う相手はいないわよ。そういう女の子ぐるみ、今ではあたしの友人よ」

 だから、女ボスなどと、ある意味不名誉なあだ名さえあったのだと、笑う。

 そんな環境では、本気になれる相手などできはしない。

 挙げ句、彼女の傍にいれば、自然にカップルができる。

「あたしは、『恋愛製作所』なのよ。バカみたいな立場だわ。それより、あんたはどうなのよ? あたしだけに喋らせはしないでしょう? あんたこそ、モテたんじゃないの?」

 唐突に、逆に聞き返されて一瞬、たじろいだものの、隆宏もまた、苦笑混じりに首を振った。

「オレも、友人は多かったけれどね。やっぱり友達、という付き合いのほうが楽だったな。……興味がなかったのかもしれない」

 絵里は、

「そうなの」

と、一言呟いて、歩きながら大きく背伸びをした。

「と、すると、あたしが知っている限り、幸せなのはタカシだけ、か」

「タカシ?」

「彼女がいるそうよ、あの子」

「中国に?」

 頷く絵里に、隆宏は感心したように微笑んだ。

「どんな子なの?」

「……ごめん」

 小さく舌を出して、彼女が手を合わせた。

「どうも、訳ありの子らしいの。これ以上は言えないわ」

「秘密ということ?」

「……というわけではなさそうだけれど。あたしに話してくれたくらいだもの。でも、やっぱり本人が言わない限り、あたしの口からはね……。直接聞けば、教えてくれるとは思うけれど」

「ふうん」

 さほど興味のあることではなかったからか、隆宏はそれ以上聞こうとはしなかった。

 というより、『訳あり』と聞いた時点で、自分では秘密を抱え込む自信がなくなっていたのだ。

 自然、二人ともまた、黙ってしまった。

 結局、隆宏は、恋愛面ではある意味、奥手であったのだろう。

 もっとも、絵里と会って、まだ半月も経っていないのだ。いくら一目惚れに近い状態でも、いきなり『好きだ』などとは言えない。

 こんなとき、高志ならさりげなく話題を提供してくれるのだが、自分には、そんな器用な真似もできそうにない。

 と、考えていたところで、絵里がピタリと足を止めた。

 一歩二歩と踏み出した隆宏も、足を止める。

「どうしたの?」

 絵里は、自分の遥か先に視線を向けたが、すぐに隆宏に近寄ると、腰に手を当てて、見上げた。

「あそこが拠点よね?」

 そういって、また、隆宏の背後に目を向ける。

 彼が振り返った先に見えたのは、線路と平行に通っていた道路沿いの、モデルハウスが立ち並んだ広場だった。

 住所と地図から言えば、確かに拠点はそこになる。

 大きな家が何棟か建っているが、ひとつとして、同じデザインのものがない。

 とりあえず隆宏は、頷きながらまた、彼女に向き直った。

 途端、目の前に、彼女の指が迫った。

「それ」

と、指されたのは、眼鏡のようだ。

「……これ? どうかした?」

「暗いのよ」

「暗い? ……って……この色のこと?」

 確かに、外からの見た目は、青のほうが強く、サングラスほどの役目はないが、日差しは若干遮られるくらいには色づいている。

 彼女は、遠慮のない仕草で、眼鏡を外してしまった。

「あたしが見える?」

「? ……見えるよ。そんなに視力が悪いわけじゃないからね」

「そう。それなら頼みやすいわ。これは、あたしのわがままだから、聞き流してくれてもいいんだけれど、こんなシェードで見られたくないのよ。あんたにその気があるのなら、コンタクトか、色のない眼鏡にしてくれない?」

 拠点を近くに、唐突に何を言い出すのかと思えば……。

 隆宏は、彼女の手から眼鏡を受け取って、だが、それをかけることなく、胸ポケットに収めた。

「なるべく早く作るよ。それまでは、少し目付きが悪くなるけれど、いい?」

「あんたなら、それほどにはならないでしょう? 構わないわ」

 実際、隆宏の面差しは、健に次ぐほど柔らかい瞳の形をしているのだ。

 これは、絵里なりの、彼に対する応えでもあった。

 彼を、仲間としか思えない。それでも、この先、どうなるかわからないのだ。

 本当の目で、自分を見てほしい。その上で、絵里は、自分の心を、彼に変えてほしい……あるいは、そういう心情もあったのかもしれない。

 何事もなかったかのように歩き出した絵里のあとをついていった隆宏は、やはり、景色が僅かにぼんやりとする光景を、目を凝らすことで凌いだ。

 平日の午後にしては、モデルハウスの広場には人気がない。

 普段なら、客はいなくとも、不動産関係のスタッフなどがいてもいいはずだ。

 広場の入り口でぐるりと見回すと、一番手前、右側の家の窓が開いた。

「こっち!」

と、手招きしたのは高志だ。

 夕子も傍らから顔を覗かせた。

 まるで、広場全体が庭のようだ。

 人気のない、こじんまりとした住宅街という雰囲気だが、隣同士の垣根もフェンスもないせいだろう。

 玄関から中に入る。

 三階建てのこの建物は、さほど広くない玄関ホールの、右と左にドアがついていた。

 高志たちがいたのは、左手側だ。

 そこは、広いリビングになっていた。

「モデルハウスが拠点……って……」

と、入るなりつい、呟いてしまった隆宏に、高志がすかさず口を開く。

「なんか、どの家を使ってもよかったらしいよ。スタッフが待っていてくれたんだよ」

 部屋の中程に備えてあったソファに落ち着きながらの話によると、移動時の専門の部署があるという。横浜の、あの家に家具を運び込んだのもその部署で、今回は、メンバーがどの家にしてもいいように、家具を広場に運んで待機していたというのだ。

 この展示場は、来年には一新して、オープンするということで、秋口に一度、すべてを取り壊すらしい。

「どうせ建て替えるんだから、遠慮なく使ってくれってさ」

 そして、ずっと持っていたらしい手の中の鍵を、テーブルに置いた。

「今回はレンタカー付き。本部では車を常備していないかららしいよ」

「なんか……落ち着かないなぁ……」

 漠然とした、居心地の悪さがあるようだ。

 スタッフにしてみれば、最良の選択地だったのだろうが、どうにも不便な場所にしてくれたものだ。

 警察署までの距離にも、どうやら殺人現場になっているという、いくつもの場所にも遠い。

 そのためのレンタカーなのだろうが……。

 と、愚痴が浮かんでも仕方がない。

 とりあえず、空調の効いた、快適な室温に一息ついて、隆宏は夕子に、飲み物を頼んだ。

 彼女がキッチンに行ったあと、また、高志が鍵を取り上げる。

「仕事の話はあとにしてもいいかな?」

「どうして?」

「ヨコハマのときも同じだったんだけれど、移動先で、まずやらなければならないことがあると思わないか?」

 首をかしげ、隆宏も絵里も、顔を見合わせた。

「周辺地図を作ること?」

と、絵里が尋ねる。

 土地勘がないから、市販の地図で歩き回るより、実際に見て、頭に叩き込むことは、確かに重要なことだ。

 しかし、今回は、現場がバラバラに散らばっている。

 そのためには、まず、どの事件がどこなのかを確認してからでなければ動けない。

 高志は、子供っぽい仕草で、大袈裟に腕をクロスさせた。

「はずれ。まずは、食料確保」

「は?」

「キッチンのほう、見事になにもないよ。ユウコが手持ち無沙汰で座っているしかなかった。あるのは飲み物だけ」

 その飲み物は、すぐに夕子が持ってきた。

 どうやら、キッチンは、玄関を挟んで右側にあるらしい。

「すみません、何もなくて、サイダーだけなの」

 本当に、それだけだった。氷すら入っていない。しかも、口に含んでみて、思わず顔をしかめるほど、温くなっている。

 確かに、食料確保が最優先のようだ。

 温いせいで、妙に甘くなっているジュースを一気に飲み干して、絵里が腰をあげた。

「いいわ。買い物に行きましょう。タカヒロ、あんたは残っていたほうがいいんでしょう?」

 頷きかけて、彼はふと、目をそらし、すぐに、

「いや、一緒にいくよ。眼鏡を何とかしないと」

「どうしたんだ? 壊した?」

「まさか。違うよ」

 言いながら、彼も立ち上がる。

 一口だけでやめてしまったジュースをそのままで、夕子も連れだって外に出た。

 車は、広場の一番奥まった家の、ガレージに当たるところに停めてあった。

 また、駅に引き返すことになる。どうも、今回は最初から幸先が悪そうな気がした。



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