互いの信頼 2
驚きで、目が見開く。
思わず、実の方に屈んだ。
「治せるのか? おまえに? アキラさんでもできなかったのに?」
「アキラ?」
疑問符が目の前に見えるような、あからさまな首の傾きに、健はまた、実の特殊な能力を目の当たりにしたような気がした。
日記に、あれだけ名前が出ていたというのに、やはり、覚えていないのは本当らしい。
どうせ、一から説明しても、無駄だ。
いや、それ以前に、気が急いて、健は、彼の両方を掴んだ。
「治せるのか? 本当に?」
掴まれた強さに顔をしかめた実が、自信なさげに首を振る。
「断言はできない。それに、人の記憶ほど難しいものはないんだ。けれど、確かその本には……同じような事例があったような気がして、参考にはなるんじゃないかと……」
誰が参考にするんだ? と問いかけようとして、健はふと、口をつぐんだ。
その本はともかく、似たような事例なら、他の医学関係の本に、ないのだろうかと思ったのだ。
それを、玲に任せれば、何とかならないものだろうか。
「どうせ、筆者の名前も覚えていないんだろう?」
実は、もはや完全に諦めてしまったようだ。
力なく頷く。
考えてみれば、自分が覚えていないものを探せというほうが無茶なのだ。
が、健は、実ほど諦めていたわけではなかったらしく、体を屈めて微笑んだ。
「知り合いに、医者がいるんだ。その人に聞けば何かわかるかもしれない。小さなヒントでも、ないかな?」
「そう言われてもなぁ……。新刊じゃないことくらいか。古本だったはずだ。自発的に外出しなくなってからだから……」
僅かでも、ヒントになるような点がなかったか、実は、机の足に手をついて、腕に顔を埋めながら必死に思い出そうとした。
あの頃の、小さな記憶でもいい。何かなかったか……。
「オレを……連れ出すのは一人だけだった……。……だから、彼女と行ったとしたら……」
“彼女?”
記憶を辿っている実の邪魔になるからと、声はかけなかったが、彼には付き合っていた女性がいたのかと、健は首をかしげた。
他人との付き合いどころか、一緒に住んでいたレイラーにすら口を利かなかった彼に、彼女が?
その女性とは話をしていたということか?
独り言が続いている。
「……本屋を回っていたころ……と、すると……受験前、か。……緑色の……」
微かに、記憶に掠めた色は……。
実の顔が上がった。
「やっぱり古本屋だ。小説の類いは置いていなかった。教育関係の本を扱っていたんだ。それで、違和感があったんだよ。背表紙も含めて、表紙全体がどこかの公園の写真だった。……目立っていたんだ」
「公園の……写真?」
今度は、健のほうに引っ掛かった。
その、小さな表情の変化に気づかず、実はなおも視線を泳がせながら、記憶を手繰り寄せる。
「他は思い出せないが、……前書きがあって、それなら思い出せた」
そんな中身のことを覚えていられても、参考になるかどうかは怪しいものだが、とりあえず健は、彼を促した。
一文を思い出すように、実が目を閉じる。
「確か……『この本は、もっとも尊敬する師匠であり、同時に、かけがいのない友人にあてたものである。再会の約束はまだ、果たされていない。いつか、この本が、彼の目に留まればいいと思っている』……そんな内容だった」
健の表情が、ハッキリと変わった。
「な……んだ、それは……」
目を開いた実は、健の呟きに、自分でため息をついた。
「なんだと言われても、そういう書き出しだったんだ。文句を言われても……」
「そうじゃないよ!」
思わず、声が大きくなる。
健は、慌てて椅子から立ち上がった。
確か、自分が本を収納したのは、机に一番近いクローゼットだ。
そこを、乱暴な仕草で開ける。
整然と、本が並んでいた。
整理もできず、ただ棚に並べただけだったものが、いつのまにか、きちんと高さ別になっていたのである。
彼らが横浜にいる間に、ハウスクリーニングスタッフの手で整えられたものだ。
しかし、そんなことに気づく彼ではなく、上からずっと目を滑らせて、目的のものを見つけ、取り出した。
「これの……ことか?」
どこかの公園の写真。表表紙の真ん中には、大きな噴水が飛沫を上げていた。そこを囲む遊歩道には、ちらほらと人が写っている。
周囲の木々の向こうには、背の高いビルが、いくつも聳え立っていた。
そして、本の帯には、まさに、前書きにあったような一文が印刷されていた。
『尊敬すべき師匠であり、かけがいのない友人にあてた、自叙伝』
と。
本の、鮮やかな緑と、健を見上げ、実は呆然と、目を見開いた。
「どうして……おまえが……」
「レイラーの主治医なんだ。小島利明。引退した医者なんだけれど、若い頃の、自分の体験や生活を本にしたらしくて、一冊を自分の友人に渡していたものなんだ。その友人は、オレとも懇意にしていた。……元、刑事だ」
「刑事?」
「その人の形見のようなものだよ」
タイトル『揺洩の友』。
どういう思いで、そういうタイトルをつけたのか。
小島利明が、元刑事であるキッシュと相談しながら決めたというタイトルは、彼らの共通の友人たちに、未だに思い出の痕跡を残し、待っているということを込めたメッセージの意味だったと、聞いている。
キッシュの生前、その、遥か何年も前に自費出版した本を、かれは、冗談を交えた言葉とともに、健に渡した。
『俺とアキの、いずれは形見になるもんだと思って、持っていてくれよ』
アキ━━小島利明は、現役を引退しながらも、まだ、レイラーの主治医だけは勤めながら、元気に暮らしている。
健は、苦笑いを含めて、実に手渡した。
「どうにも……興味がなくてね。二人には悪いと思っているけれど、一度も中を開いていないんだ。……オレがもっているより、おまえに渡したほうがいいだろう?」
「い……いのか? その……知り合いにとっても、大事なものだろう?」
「そうだけれど、本なんて、読んでこそ、価値があるんじゃない? オレなんかより、よほど役に立つと思うけれど?」
実際、何年も探していたというのなら、こうしてクローゼットの中で、ひっそりと忘れ去られるよりいい。
そして、彼が今、必要としているのなら、護のためにも渡すべきなのだ。
健にとって、亡きキッシュは、秘密ながらもじつの祖父であり、同時に、公然とした、大切な友人だった。
それでも、思い出と、現実をくらべるまでもない。
実は、両手で受け取ったその本を、少しの間、懐かしいものを手にしたように見下ろしていたが、その口許から、小さく、だが、思いの多くを含めて、
「ありがとう……」
という、声を漏らした。
彼が記憶している限り、初めて、自然に口にできた、心の底からの感謝の言葉だった。
しばらくの間、そうやって見下ろしていたが、彼は、表紙すら開くことなく、やがて、いつものきつい視線を健に向けた。
「これを読む時間と、薬を手にいれる時間がほしい」
「薬?」
「特殊な傷薬、と考えてくれ。あいつに残っている体の傷を、消すんだ」
「そんなことが出来るのか?」
「あの程度なら。ただし、もう一度傷をつけなければならないが、それほど深くはない傷跡だ。消すことはできる」
身体中に残った傷を、もう一度、傷つける?
健は、訝しげに眉を寄せて、すぐに、納得ができなかったのか、邪魔な前髪をかき揚げて、椅子に腰をかけた。
「誰がそれをやるんだ?」
「オレが」
「おまえにできるのか?」
誰かを傷つければ、その痛みは、自分が受けるようなものだとわかっていて、躊躇いもしないのか。
が、それ以前の問題でもある。
護のほうが、他人に触れられることができないではないか。
「マモルは……」
実は、わかっていると、健の言いたいことを遮った。
「あの日記の通りなら、誰にも治せない。精神的なダメージは、生半可なものじゃ、なさそうだからな。専門家にできなかったことが、オレにできるはずはないんだ。それはわかっているが、ひとつだけ、方法がないわけじゃ、ないんだよ」
「その方法なら、おまえにもできる、と?」
自信はないのだろうが、実は、ゆっくり頷いた。
それから、健を見上げていることに疲れたのか、立ち上がり、窓の外に視線をずらした。
相変わらず、日差しが強い。
そんな昼間から、あまり勧められることではなかったが、彼は健をソファに促すと、クローゼットとは反対側にある棚から、まだ、封も開けていない瓶を取り出すと、グラスとともに、テーブルに置いた。
日本酒の透き通った液体をグラスに注ぐ。
手渡されたものの、健がすぐに口にすることはなかった。
実が、本格的に何かを説明するつもりだ、と判断したから、軽く手を差し出すことで促す。
彼は、どこか言いづらそうにテーブルに置いた、瓶のラベルを自分の方に向けた。
あるいは、どう説明するかを考えているか。
しばらく沈黙が続いた。
テーブルの上には、瓶と、護に関わる、日記にディスク。
健が、その二つをしまおうと、グラスをテーブルに置いて取り上げようとしたとき、ようやく実が口を開いた。
「多分……オレじゃないと、できない」
「? 専門家でも無理だと言ったのに?」
実の視線が、ラベルからディスクに移る。
「専門家だから、無理……だったのかも」
それは、決して自分を過信したわけではなかった。
首をかしげた健が、目の隅に映り、顔をあげる。
「つまり……たとえば、おまえが精神的に追い詰められたところで、医者が現れてもそいつを信じられるか? ……ということさ」
「それは……確かに、すぐに信じられなかっただろうが……。けれど、実際に治る人もいるだろう?」
「いるさ。ただし、時間がかかる。治療の最初は、まず、信頼関係を築くことだろうな。そうでなければ、本音なんて、聞けない。実際、マモルは三年間、変わらなかったからな。要するに、その医者を信じていなかった……というか、人間自体を信じていなかったわけだろう?」
「おまえを除いてね」
聞きたくない事実だ、とでも言いたげにプイと、顔を背ける。
しかし、今はそれを頼るしかない、と、続けた。
そして、健はようやく、グラスの避けに口をつけた。
「そういうことか。確かに、おまえでなければならないわけだ」
一度や二度で、簡単に治る病ではないのだ。それこそ、何年も通院して、まずは信頼を得てから、ようやく治療に入る。だから……
だから、玲は初診のあとの何日間は、患者である護と、直接話をしなかったのだ。
日記によると、彼が護に初めて話しかけたのは、一週間近く経ってからだった。
それまでは、病室に顔を出すだけだったらしい。
まず、医者というものを認識させたのではないか。
実はまた、話を続けた。
「人の記憶というものは、完全に消すことは不可能なんだ。できるとしたら、心の底に閉じ込めること……かな。マモルの場合、あの事件のせいで他人と接触ができなくなった訳だから、それ自体を思い出させないようにすればいいんだ」
おそらく『それ自体』の部分に、先程の、傷を消すということも含まれているのだろう。
事件自体を、なかったかのように封じ込める。
納得できる話では、ある。しかし……
実にそんなことができるのだろうか。
信頼しているからこそ、彼にしかできないというのは確かだろうが、専門外の彼に、どこまでできるのか。
「ミノル……本当に、できるのか? その……思い出さないようにする……という……」
「暗示くらいなら……。一応、自己暗示ができるように訓練したから」
「自己暗示……って?」
実の口許が緩んだ。自虐的にではあるが、クスッと笑う。
「そうでなければ、他人の感情を遮断できないよ」
だが、すぐにため息を漏らすと、憂いを含みながら目を伏せた。
「あいつが……オレを本当に信じているのなら、できる。けれど、それだけだ。それしか、できない。……多分……」
ポツポツと続ける。
実自身の夢など、なかったと。
だが、もし、護が口にした、実の夢を叶えたかったということなら、ひとつだけ、心当たりがあるのだと言う。
思い出したのは、まだ友人も多く、外で遊び回ることのほうが多かった頃だ。
レイラー・美鈴千春もまた、実にノーセレクトという自覚と、将来会う、仲間に対する希望を教えていた。大切な、そして、たった七人の仲間意識を、育てていたのである。
将来、共に生きていく仲間がいるのなら、決して、その人たちを傷つけない。
彼もまた、ノーセレクトとして、仲間を守ると決めていた。
その理由は、やはりレイラーが漏らしてしまった秘密が原因だったろう。
殺人鬼の子供……。
ポケットから、何気に出したタバコを口にくわえた健に対して、実は、音もなく立ち上がり、キッチンから灰皿を持ってくると、テーブルに置いた。
「あんな……マモルのあんな過去なんて、オレには傷にもならない。ケン、おまえが言いたいのは、むしろこれからだ、ということだろう?」
接近戦のお荷物にしかならない今の状態を、過去を抑えることで治す。
実にも、わかっていたのだ。当事者のように、護の感情を取り込んだからこそ、彼の望むことが、実の傍での生だ、と理解できた。
死にたがっているのは、実に会う前に、自分から、自分自身を傷つけてしまったからだ。そんな体で実に会うことこそ、罪だと思い込んでいる。
ならば、心身ともの傷をなくせば、護はゼロから生きていける。
健は、タバコをくわえたまま、目の前のディスクに視線を落とし、重々しく息をついた。
その態度にも表情にも、治療法に対しての希望が、まったく含まれていなかったのは確かだ。
納得できないのか、実が身を乗り出す。
「やっぱり、信じられないか……。オレには治療ができないというのなら……」
「違うよ……」
タバコを灰皿に置いて、健の手が、ディスクに伸びる。
取り上げた一枚は、白いほうだった。
『玲』とだけ書かれたものだ。
「罪の意識は……もっと根深いんだよ」
と、それを実にかざす。
彼はまだ、それを聞いていない。
実の顔色が変わったのは、また、感情が入ることを恐れたためかもしれない。
だから、健は、席を立つことなく、ディスクをまたテーブルに置くと、背もたれに頭を乗せた。
「せめて、これくらいはオレが言うべきなのかな……」
できることなら、実には全てを自分の目で見て、耳で聞いてほしかったのだが、仕方がない。
天井を見上げたまま、彼は呟いた。
「……オレにはわからないんだけれど……多分、アキラさんは……」
ふと、口をつぐんで、彼は、視線だけを実に向けた。
「マモルを診ていた医者のことだよ。できれば覚えてほしいんだけれど……」
「……わかった」
「アキラさんは、おまえと同じことを考えていたと思う。記憶を封じ込めればいいとね。でも、彼にはできなかった。……おまえに言われれば納得できるよ。マモルはアキラさんを信じていなかった。しかも、記憶を封じ込めるということは……おまえのことも、抑え込んでしまうんだ」
「オレの? こと?」
「彼の気力は、おまえだ。あの事件とおまえを切り離すことができないとわかったから、アキラさんは諦めるしか、なかったんだよ」
「? ……どういうことなんだ?」
どうも、実を見ていては言葉にしづらい。
勢いをつけて腰をあげると、ソファを回り込んで、背もたれに腰を引っかけると、実に背を向けた。
「つまり、ね。……犯人は……おまえでなければ……ならなかった……」
「オレが? 犯人?」
背中に、実の視線を感じる。
それが健には辛いようで、両手で、頭を抱えた。
「表現のしようが、ないんだ。……情けないけれど、オレでは、彼の気持ちを理解してあげられない。アキラさんの表現でいうなら、『対象のすり替え』らしい」
「対象のすり替え……」
「現実の逃避のひとつに、別人格、というのがあるらしいね」
ふと、視線という気配が逸れたのを、健は感じた。
「それは……あるが……」
「どうしても受け入れられない現実の前で、自分の中に別の人格を造る……とかいうようだけれど」
「まさか、あいつが? あり得ないだろう? 別人格は感じないぞ?」
背中を向けたまま、健が重く頷く。
「そうだね。彼の場合、自分の中に別人を造ったんじゃない。相手に、おまえという人格を造ってしまったんだよ」
「な……」
「マモルにしてみれば、自分に何をしてもいいのは、おまえだけだ。そうでなければ、ならなかったんだ。だから、目の前にいる相手……彼に触れる相手は、すべておまえでなければいけなかったんだ。……彼を傷つけるのも、快感を……。……与えるのも、おまえ以外を認めない……。そう、してしまったんだ。けれど、心のどこかで、おまえがそんなことをするはずがない……仲間を傷つけるわけがない……それも残っていた。だから、誰かが彼に触れたとき、混乱する……」
「……」
愕然とした思いが、実にあったのだろう。
返事もできない。その気配を背中で受けて、健はようやくソファから離れて、彼に向き直った。
「犯人はおろか、触れる者すべてをおまえにすり替えてしまう彼の記憶を封じるということは、おまえの記憶すら閉じ込めてしまうことになる。……生きる気力の源になるおまえを忘れてしまったら、残るのはなんだか、わかるだろう?」
確認するまでもない。
ノーセレクトを嫌悪する、いや、自分の身を憎悪する、最初の護に戻るのは明らかだ。
「だから、アキラさんにはできなかったんだ。更に言えば、彼の、三年間の治療によって、マモルは、人格をすり替えていることを体で感じている自分を思い出してしまった……。おまえに対して、償いきれない罪を背負ったことを……自覚してしまったんだ」
チリチリと、胸が痛む。
少しずつ、痛みが広がる……。
これは、護の痛みだ。まだ、耳に残っている心の……。
実は、目を覆って、踞った。
静かに見下ろしている健には、その、指の隙間から涙が流れていくのが見えた。
圧し殺した嗚咽が部屋に広がっても、健はただ、彼を見下ろしているだけだった。
彼には、人を憎むことはできない。
そう、思う。
犯人を自分にすり替えた護に対しても、そうさせた犯人にも、実は憎しみをもつことは、できないだろう。
長い間、健は黙っていた。実が落ち着くのを待って、やがて、微かに彼の頭が上がったとき、静かに口を開いた。
「ミノル、オレは、責任をおまえに押し付けることになるのを承知で彼を任せたいと思っていた。マモルを排除するしかないと思っているんだよ。ただ、おまえの傍に置いておくしか、ない、とね。……彼には、すべてに対する執着がない。だから、仕事から外しても、何も言わないだろう。……いくら時間がかかっても構わない。彼が、おまえと他人を区別できるくらいに慣れたら、仕事に復帰させることができるんじゃないかな。おまえも、彼も、同じノーセレクトだ。それを自覚してほしいんだ。もう……自分を嫌悪してほしくはないんだよ。彼がおまえを信じているのは確かだ。ならば、おまえの言う暗示は、可能だろう。……最初から始めなければならないとしても……任せていい?」
治療は不可能。だから、ただ、傍におく。
ならば、護は何のために生きているのだ。触れることも許されない実の傍らで……。
いや、記憶を封じれば、仕事には復帰できる。だが、今度は、自分を嫌悪している彼の意識を変えるところから始めなければならないとは……。
それが、健の言っていた、ノーセレクトに対する償いなのか?
だとしたら、あまりにも残酷ではないか。
気持ちは落ち着いたものの、まだ、涙の痕が、瞳を潤ませている。実は、僅かに恨みがましく健を見上げたが、それは一瞬で、何も言わずに、自分の傍らに置いていた本を、力なく取り上げて、ノロノロとした動作で腰を上げた。
「部屋に……戻る。……やるしか、ないんだ」
それしか、言えなかった。
少々、間があいてしまいます。近々、時間が作れると思いますので、おまちください。




