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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
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互いの信頼 1

 殺人事件が起こっていたのは、最近のことではなかったという。だから、緊急要請ということでもなかったため、隆宏たちはのんびりと、電車で移動していた。

 念のための事前調査は、依頼のあった警察管内で起きていた殺人事件のリストを見ることだった。

「未解決があるなぁ。どれが依頼なんだろう?」

 ボックス席の、隣に座っていた絵里が、コンピューターディスプレーを覗き込む。

「そうね。容疑者も特定できていないじゃない」

「案外、全部任されたりして」

 隆宏の前に座っている高志が、軽い口調で口を挟む。

 夕子は、窓側に座って、なるべく聞かないようにと、流れる風景を見ていた。

 隆宏が、難しい顔で眼鏡を外し、彼女と同じように窓に目を移す。

「全部だとしたら、かなり時間がかかるよ。そんな頼みはしてこないと思うけれど?」

「だとしたら、一番最近のものじゃないか? 未解決がありすぎて、新しいものに手が回らない、ってさ」

「やっぱりそうなのかな」

「難易度の違いはどうかしら?」

「難易度? ちょっと待って」

 眼鏡をかけ直し、一つずつの事例の詳細に目を通していく。

 その間、高志は、夕子が退屈しないようにと、風景を見ながらいつものように、色々と話しかけていた。

 絵里も、隆宏のフォローをするように、一緒にディスプレーを覗くが、調べる限り、難易度の点は、どの事件もさほどの差はないようだった。

 一番最新の事件も、今から約、一月ほど前のもので、捜査はしているが、容疑者と思える人物を特定できないでいる。

「タカシの言うとおりかもね。一番最近のものを調べてみるよ」

「ダメよ、タカヒロ」

「え?」

 彼女は、強引にコンピューターの蓋を閉じた。

「先入観はダメ。今、ここで見当をつけないほうがいいわ。依頼署でどういう事件を扱っているか、あたしたちが知るのはそれだけでいいの。ケンがいないんだもの。あんたが勝手に決めつけて対処するわけにはいかないでしょう?」

 聡明で、キッパリと言い切った彼女に一瞬、驚いたものの、隆宏はクスッと笑って、また蓋を開けながら言った。

「君の言うとおりだ。心強いよ。君がいるなら」

 夕子と話をしながら、高志は会話を聞いていた。

“押しが弱いんだよな”

 彼は、隆宏と絵里の、二人の想いを聞いている。

 隆宏にしてみれば、絵里のような、聡明な女性は初めてだったようで、一目惚れに違いないのだ。

 対して、絵里は、弱い男は真っ平だと言っていた。

 隆宏を、年下と言うだけで仲間としか認識しない彼女には、彼の想いはいつまでも伝わらないだろう。

 同じ男として気の毒な気もするが、自分が口出しすることでもない。

 だが、微力な助け船くらいは出せるか?

「なあ、タカヒロ、ひとつに絞らないで、全部を記憶しておくのも手段だと思うけれど? おまえならそれくらい、簡単だろう?」

 記憶力にかけては、隆宏は絵里を凌いでいる。些細な助け船でしかないが、少しでも彼が頼りになるのだということを絵里が認めてくれればいいのだ。

 隆宏には、そんな高志の意図は読み取れなかったものの、素直に頷くと、

「じゃ、ちょっと集中させてもらうよ」

と、一度、呼吸を整えて、ディスプレーに向かった。



 ほの暗い部屋に、ブレスレットの音が響いた。

「ストップ!」

という健の声と同時に、レーザーの光が脇腹近くに走ったが、彼はそれを、左手に握っていたナイフをかざすことで止めた。

 それきり、プログラムが止まる。

 当たったところで火傷にもならない、練習用のレーザーだった。

 基礎プログラムと違い、訓練用のプログラムは攻撃もしてくるのか……。

 それを避け、反射をさせ、一方でポイントを撃ち抜く。

 同時攻撃、それに防御を、息つく間もなくやってのけたというのに、まるで平然と、健はブレスレットのコールに応対している。

「え? リビングに?」

 相手の返答があったらしく、少しして、優しい声が部屋に響いた。

「すぐに行くよ」

 訓練のときとは別人のようにコンピュータールームに入ると、健は申し訳なさそうに頭を下げた。

「申し訳ありません。ミノルに呼ばれました」

「あ、いや、いいんだよ。充分見学させてもらったから。やっぱり、すごいな、君は」

 今度は照れ笑いだ。

 頼り無さそうに、だが、優しい表情は、もしかしたら、外に向ける仮面なのではないだろうか。

 彼は、いくつもの違う顔を持っている。

 そう、感じる。

 コンピューターの起動を止めて、射撃場を出ると、二人はエレベーターに乗り込んだ。

 三階と一階のボタンを押す。

「本当に、お時間をとらせてしまって、すみません」

「いいんだって、暇なんだから。……それより……」

 扉が、三階で開く。

 外に出た健に、扉を押さえながら玲が言った。

「できれば、堅苦しい口調をやめてくれたら嬉しいんだけど。その……マモルくんと同じように、僕も君を名前で呼んじゃダメかな?」

 健は、やはり優しく微笑んだ。

「改める努力はします。アキラさん」

 それは、彼なりの、親しみを込めた呼び掛けだった。

 『鶴野』から『アキラ』に変わったことが、嬉しかった。

「じゃ、またね」

 扉が閉まるまで、健は動かなかった。

 上部を見上げ、エレベーターが一階に到着したことを確認してからようやく、彼はリビングに入っていった。

 キッチンには、実がいた。

 ひとつの棚に向かって、何かしている。

「ミノル?」

 声に、振り返る。

「おまえ、せめて自分だけでも食べようとは思わなかったのか?」

 朝の状態とはうって変わった、いつもどおりのきつい声だ。

 健は、

「ごめん」

と、情けなく謝って、席につく。

「何をしているんだ?」

「料理を温めなおしているんだよ。ランチという名の朝飯だ」

 健の部屋に並べられていた料理は、実の手で、そのままこのテーブルに並べられた。

「マモルにも用意してやりたいんだが、まだ会わないほうがよさそうだ。かといって、一人で食わせるわけにもいかないだろう?」

「う~ん……」

 箸を片手に、健がブレスレットで時間を確認する。

 その仕草に、実は箸を投げ出すと、唐突に彼の右腕を引き寄せた。

「おまえ、何をやっていたんだ?」

「な、何?」

「血が滲んでいるじゃないか」

「えっ? あ……」

 見ると、包帯が、僅かに赤い染みを作っていた。

 しくじった、という表情で、慌てて腕を引っ込める。

「ご、ごめん。……射撃練習を……していたんだ」

 こうして怒られることをわかりきっていながら、なぜ、健は失敗するのだろう。

 最初は、本当に心がけていたのだ。

 だが、実を待っている間の時間潰しを、基礎訓練だけで過ごすのは、やはり物足りなかった。

 普段の訓練では、どうしても片腕だけでは対処はできない。

 つまり、うっかりではなく、『怒られる』結果を、忘れていたわけだ。

 呆れ果てた、という深いため息を漏らし、実は黙って立ち上がると、リビングを出ていった。

 一人ポツンと残されて、健は、焼き魚をもて余すように突っついていたところに、また、実が戻ってきた。

 手には、薬箱を持っていた。

 一度、健をラウンジに連れていき、治療のために包帯を解く。

 傷口を上に向け、彼は健を睨んだ。

「もうすぐ治るんだよ。わかるだろう? 動かしていたら、いつまでも閉じないぞ?」

「うん。……ごめん」

 小さくなって謝ったものの、これは絶対にわかっていない。

 もしかしたら、健は、自分のことに関して誰よりも間が抜けているのではないか?

「痛くなかったのか?」

 ふと、聞いてみるが、やはり答えは小さかった。

「まったく感じなかった」

 その心の中を覗くように、実が彼の瞳を覗き込む。

“嘘つきが!”

 自分を解放すれば、彼の感情も、僅かだが感じられる。

 実自身の右腕が疼き始めた。

 最初の時ほど、健の感情が読み取れなくなっているから、おそらく痛みはもっと強いはず。

 それでも、表情が平然としているのは、痛みの耐性よりも……

“突き詰めれば……つまり、オレのせいか……”

 感情が伝わらないように遮断する。

 それを、実にさせるのではなく、健が、自ら閉ざしてしまっている。

 もっとも、間が抜けているところまで、実のせいにされたくはないが。

 それにしても、健の、本質という底力には感服する。

 実は、自分が他人を遮断する手だてを見つけるのに、何年もかかったというのに。

 自分が、その体質を一度見せただけで、ここまで完璧に、素早く切り替えるとは……。

 新しい包帯を巻き直し、実は腰を上げた。

「冷めないうちに食べるぞ」

「マモルはどうしよう?」

「放っておくしかなさそうだ。どうせ、そんなに食わないんだ。一食くらい抜いても気にしないかもしれないからな」

 そうかもしれない。

 たとえ、芝を呼んで作らせたところで、応じないのは目に見えている。彼の部屋に持っていっても同じことだ。

 リビングに戻って、朝食━━時間は昼食━━を続けながら、実はポソリと言った。

「ちょっと、おまえに頼みがあるんだ」

「なに?」

「ずっと以前から、本を探していたんだよ。絶版になっているのは間違いないんだが、なんとか見つけられないかと思ってさ」

「古本は?」

「少なくとも、今までは見つけられなかった」

「ふうん。いいよ。探してみる」

 それから、黙々と食事をすませ、実は、食器を洗ってから戻るということで、健が先に、部屋に戻った。

 何の本を探すのかは、まだ聞いていない。

 だから、コンピューターだけを起動させる。

 インターネットから探そうという思い付きはなかったのかと、ふと考えた。

 自分は、結構操作が好きで、何を調べるにしてもコンピューターを使っていた。

 だが、思い出してみると、実が使えるのかどうかすら、聞いていなかったのだ。

 やはり、高志のように、興味がなかったのだろうか。

 何気に、古本のサイトに繋げる。

 それにしても……。

“小説の類いは読めないはずじゃ、なかったのかな?”

 健自身は、それほど小説を読むわけではない。せいぜい、推理小説、探偵小説、あとは、警察関係のものくらいだ。

 ジャンルが偏っているのは、単純な理由である。

 元刑事のくせに、よく、ドラマや小説の類いを読んでは、笑い飛ばしていたキッシュの影響がなければ、さほど興味は持たなかっただろう。

『たかが二時間、コマーシャルを抜けば、実質一時間半だぜ。その程度で事件が解決すりゃ、警察なんて、いらないよなあ』

『でも、キッシュ、日数進行もあるじゃないですか』

『ばぁか。そんなこと言ってるわけじゃ、ないよ。それにな、事件の謎を解いてるのは素人だぞ。なんで、警察が振り回されてるんだよ』

 なるほど。

 たとえドラマでも、現役を過ごしてきた彼には、振り回されるばかりの立場は笑い飛ばすしかなかったのかもしれない。

 ふと、見覚えのある表紙の本が目に入った。

 未だに人気があるらしい本などは、増版を繰り返して、多く流通しているらしく、値段を見ると、かなり安くなっている。

 その本も、キッシュが読んでいたもののひとつだった。

『これは読む価値があるかもな。頭を休めるにはちょうどいいし、暇潰しになるぞ』

 シリーズもののそれは、彼がすべて集めていたはずだ。

 機会があれば読んでみろよ、と、言って貸してくれたが、結局、二、三冊でやめてしまった。

 健にとっては、本当に暇潰しにしかならなかった類いだったからだ。

 本格的な、警察小説だったが、それならば、現役だったキッシュの話を聞いていたほうが面白かったからである。

 静かなノックの音が聞こえ、実が戻ってきた。

 机に向かっていた健の元へ、一直線に向かう。

「どういう本を探しているんだ?」

 こちらの用意はできている、とばかりに、健が見上げる。

「ジャンルは多分、医学関係だとは思うが、内容は自叙伝だった気がするから……」

「自叙伝が医学関係に入るか?」

「普通は入らないさ。けれど、昔、医学書の近くで見つけたんだ。その時は流しただけだったけれど、いざ、探してみると売っていなくてな」

 とりあえず、ジャンルとして、医学関係を示してみた。

 この辺りになると、健にはまったく理解ができない。

 表紙が並ぶディスプレーをスライドさせながら実に見せていたが、やはり目的のものはなかったらしい。

「出版社は覚えているか?」

「そこまでは見ていなかった」

「それがわかれば、直接そこに聞くことはできたんだけれど……」

「……そうか……」

 その手があったか、という落胆とともに、実の表情の中には、明らかに、どうしてもその本がほしいという思いが見えた気がして、健はまた、彼を見上げた。

「有名な人の自叙伝なのか?」

「作者は医者だよ。昔の、現役時代のことを書いていたらしいんだ。内科や外科、精神科、神経科、それに法医学……一通りのことができるドクターだったらしい」

「法医学まで? あれは、警察にも関わるんじゃないか?」

「専門家じゃない。だが、要請もあったらしいぞ。知り合いの多くは、警察関係者だとか書いてあったから」

 健はふと、視線を逸らした。

 自分の知り合いには医者もいる。キッシュを通した知り合いだが、彼の主治医をしていたし、その関係から、レイラー・楠木哲郎の主治医にもなっていた。

 もしかしたら、彼ならば何かわかるかもしれない。

 医者の書いた本なら、記憶の片隅に残っているかもしれないのだ。

「タイトルは? それくらいは覚えているだろう?」

 しかし、実は首を振った。

「すまない。それも忘れた」

 そして、自虐的に笑う。

「まったく……間の抜けた話だよ。どうしても必要となると、何にも覚えていないんだからな。自分の能力が嫌になる」

「? ……どういうこと?」

 実は諦めたのか、健の足元に腰を下ろした。

「感情が入り込むのを遮断する代わりに、関係のないことを覚えていられなくなったんだ。どれだけ大きな出来事だろうと、意識しなければ全て忘れてしまう。特に、人の名前とか顔とか、細かいところは特に、な」

「よく……わからないな。具体的に言ってくれないか?」

「だから。……その本だよ。どこで目にしたのかが記憶にないんだ。覚えているのは、医学書のところにあった自叙伝に違和感があった、くらいだ」

 そう言うと、顔を巡らし、テーブルに載っている日記で視線を止めた。

「あれにしてもそうだ。マモルに関することなら覚えていられるんだが、他はダメなんだ。保護者の名前も、治療した医者の名も、わからない。何度読み返しても同じなんだ。覚えようと意識しないと、忘れてしまう」

「……特殊すぎる能力だな……」

 便利というべきか、気の毒というべきか。

 それは置いて、と、健はまたディスプレーに向いたが、キーを叩くことなく、また、実を見下ろした。

「それで、どうして今、その本のことを言い出したんだ?」

「精神面の記載があった気がしたからじゃないか。どんなヒントでも、専門書を探すより、実際の患者のことを書いたもののほうが、治療法を見つけられやすい」

「治療法? 誰の?」

「おまえな……マモル以外、誰がいるんだ?」



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