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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
67/356

ミノルという記憶 13

 別館の屋上そのものは、さほど大きいものではなかった。

 というより、別館自体の形が、凸型をしている。

 本部からは、おそらく辛うじて形は見えるのだろうが、下から見上げただけではわからなかった。

 エレベーターが、直接施設の内部にあるわけではなかったのは、念をいれたセキュリティーのためだろう。

 内部に入るためには、やはりカードが必要だった。

 室内は、二つに分かれていた。入った手前がコンピュータールームのようだ。そこで、プログラムを打ち込んで、奥の部屋に、状況に応じたセットが映し出される。

 コンピュータールームの片隅に、銃が並んだ棚があった。

 レーザーと、普通の銃が、棚ごとに区別されている。ライフルまで備えてあった。

 そして、弾丸も、棚の隣のロッカーに納まっている。

 当然、ロッカーもカードを通さなければ、開かない。

「君のところも、こういう施設があったらしいね。やっぱり同じようなものだった?」

 初めて入る射撃場というものが、かなり珍しかったらしい。玲は、好奇心丸出しで、奥の部屋を覗き込みながら、尋ねた。

 健は、コンピューターに向かいながら、

「ええ、ほとんど同じ、ですね」

 そう言いながら、プログラムを打ち込む。

「家の地下にありました」

 実からの連絡待ちのため、コールが聞こえるように、今回はレーザー用のプログラムだ。

 チラリと、玲の後ろ姿に目を走らせて、健は、操作を終えると、武器棚から、銃を取り上げた。

「どうします? そこで見ていますか? それとも、一緒に入りますか?」

「えっ? いいの? 入っても?」

 振り返った玲の目に、おそらく、誰にでも向けるだろう優しい微笑みがあった。

「構いません。さほどの騒音もありませんから」

 そう言われれば、遠慮するはずもなく、嬉しそうに、健のあとから部屋に入った。

 中は、奥行きがあるらしく━━外観ではそうは見えなかったが━━また、窓が一切ないため、暗い。

 健は、コンピュータールームからの光を遮るために、偏光ガラスへと切り替えると、

「プログラム、スタート」

と、一声。

 直後に、目の前、はるか先に思われる地点に、小さなポイントが現れた。

 途端に、そこがレーザーで撃ち抜かれる。

 ポイントは、一定間隔で別々の場所に現れ、それがすかさず撃ち抜かれていったが、その間隔が、少しずつ短くなっていくことに気づいたとき、玲は、そこよりも健の方から目が離せなくなっていった。

 そして、もうひとつ、気がついた。

 次々に現れるポイントを撃ち抜きながらも、健からは、なにも伝わるものがない、ということに。

 機械のような正確さ、というものではない。それすら……機械すら凌駕しているような、例えようのない、人間離れした無表情がそこにあったのだ。

 彼を見ると、護ですら、人間的な表情があるように思える。

 玲は、人をイメージで捉えている。

 会って、少しでも話をすれば、何かに例えることができる能力を持っている。だからこそ、精神内科の道に、すんなり進むことができたのだ。

“道理で……イメージできないはずだ”

 伝わるべきものが健から見いだせないのでは、例えようがない。

 物質的なものの、何一つ、健には当てはまらない。

 やはり、怖いな……。

「やってみますか?」

 突然、声をかけられ、玲は我に返った。

「え? 僕が?」

「興味があるんでしょう?」

 一瞬にして微笑みに変わった健と、差し出された銃を交互に見つめ、玲が苦笑する。

「興味はあるけど……君、嘘つきだね」

「? なにか?」

「自慢できる腕前じゃないと言ったけど、とんでもない嘘だよ」

「ああ……本当のことですよ」

 情けなく笑い、彼は、奥の闇に顔を向けた。

「プログラムは、初心者用ですよ。オレができて当たり前のことでしょう」

「あれが……初心者用?」

「というより、基礎プログラム、ですね。動体視力の訓練なので、当たらなくても構わないんです。……どうします? やってみませんか?」

 当たらなくても構わない。その一言が、好奇心に拍車をかけた。

 遠慮がちにだが、

「やってみようかな」

と、差し出された銃を受けとる。

「あ、結構重いんだね」

 言いながら、先程の健を真似て、腕を伸ばす形で構える。

「肩の力を抜いてください。最初は、片手はダメです。左手を、右手を支えるように……」

 健は、基礎の体制を教えながら、玲の腕や手のひら、指、更には肩や背中を直していった。

 が、玲はすぐに、眉を寄せて腕を下ろした。

「君……それ、ケガしてたの?」

 彼の視線は、袖に隠れた二の腕で止まっている。

 健も、苦笑混じりに見下ろした。

「痛みはありませんけれどね」

「そ、っか……」

 剣崎司令から、健たちの仕事内容なども聞いていたから、ある程度のことは知っていたが、やはり、医師としては、他人が傷つくのを、簡単に割りきって受け入れることはできない。

 それでも、余計な心配には違いない。玲は、一度は表情を曇らせたが、すぐににっこり笑った。

「まあ、右腕だったのが幸いだったね」

「? なぜです?」

「だって、利き腕をケガしたら、それこそ大変じゃないか」

 は? と、首をかしげたが、健には、すぐにわかったようだ。クスッと笑った。

「利き腕は右ですよ。左利きは、マモルだけだ」

「う、そ。だって、今……」

 そうなのだ。玲が包帯に気づかなかったのは、健が、左手で射撃をしていたからなのである。

「なるべく安静の腕を酷使したら、ミノルに怒られますからね」

「だからって……利き腕と変わらないなんて……。もしかして、両方使えるの?」

「ええ。知り合いに一人、迷信に拘ったご老人がいて、仕込まれました」

「迷信?」

「その人が言うには、左利きの人間は器用なんだと」

 それはまた、信憑性のない迷信だと、玲が笑う。

 そして、ようやく健に言われた通りの基本の構えで、正面に向いた。

 健が、入り口まで下がって口を開く。

「プログラムスタート」

 音声反応だ。

 最初のポイントは、先程と同じところだった。

 当たらなくてもいい……初めての射撃だから……そう心では理解していたが、実際、最初のポイントから、明らかに外れていたことが、玲にはやはり、悔しかったようだ。

 次第に意地になり始め、それにつれてポイントの、切り替わる速さが変わっていったものだから、もう、最後の方は、惜しいと思える場所から遥か遠い、とんでもないところに打ち込んでいた。

 時間にして、僅か三、四分くらいではなかったろうか。

 それなのに、銃の重みで腕が疲れていた。

 それを健に返し、崩れるように座り込む。

「む、難しいものだなぁ」

「最初は誰でもそうですよ」

「君もかい?」

 健は、スッと視線を逸らした。

「……忘れました」

 これは、明らかに嘘だとわかった。

 どうやら、気を使わせてしまったらしい。

 ノーセレクトに、素人の腕前を重ねてイメージすることはできない。

 彼らの上達は、ノーマルよりも遥かに早いのだ。

 玲は、彼を見上げて言った。

「ねぇ。君用のプログラムでの腕を見せてよ」

「……構いませんが……診療所のほうはいいんですか?」

 呼びつけておいて、今さら言うのはおかしな話だが、普通の病院なら、そろそろ開ける時間ではなかっただろうか。

 玲が、小さく舌を出した。

「患者がいないからねぇ。まだ、開院したばかりなんだよ。予約制にしなければならないし。……体制を整えてからじゃないと、やっていけないんだ」

「予約? 病気を治すのに予約が必要なんですか?」

「今はそういうところは多いよ。僕の場合は、内科や外科と違うからね。患者の生活に合わせた時間を相談しながら、予約をとってもらうようにしないとならないわけ。精神治療って、時間がかかる場合のほうが圧倒的に多いんだ。一人ひとりにかける診察時間も長くなる。そんな人たちを、待合室で待たせるわけにはいかないからね」

 そういうものなのかと納得しながら、健はだが、ひとつ疑問があったらしい。

 座り込んでいる玲の前に膝をついた。

「そんな状態でオレたちの主治医、ですか? 他の患者たちに迷惑ではありませんか?」

 プッと吹き出して、玲は笑い出した。

「本当に……君は剣崎さんから何も聞いていないんだねぇ。……あのね、僕もそうだけど、本部の存在は、君たち基準のものなんだ。言い換えれば、僕も、ここのスタッフも、予備要員みたいなもの。君たちの専属なわけ。でも、君たちの要請がない間、遊んでいるわけにもいかないだろう? かといって、要請があったときに、自分たちの都合を優先させるわけにもいかない。だから、僕は病院をやめたの。で、こっちに引っ越してきたわけ。だから、君の懸念をなくすために言うとね、もう一人、診療所専属の医師が来るのを待っている状態なんだよ」

「……」

 スッと、潮が引くように、健の表情から笑顔が消えた。

 音もなく立ち上がり、

「プログラムを変えてきます」

と、言いながら部屋を出た彼の後ろ姿を、玲は首をかしげながら追った。

 何か、気に障ることを言ったのだろうか。

 座り込んでいたから、向こうに行ってしまった健の様子がわからない。

 待っていると、今度は、銃の他に、ナイフを持って戻ってきた。

「鶴野さん、今度は、そこにいると危険です。隣の部屋まで、下がってください」

 元に戻っている。穏やかで、優しい声だが、玲は、腰をあげながらおずおずと尋ねた。

「ねえ、僕は何か気に入らないことを言ったかな?」

「? 何故ですか?」

「いや……その、何か、君の機嫌を損ねるようなことを言ったのかなって……そんな気がしたんだけど」

 キョトンとした表情を見せたということは、やはり自分の気のせいだったのだろうか。

 玲は、余計なことをきいたか、と気まずく隣に行こうとしたが、その目の前に、ナイフの刃が突き出されて、思わず足を止めた。

 薄暗い部屋に、僅かに漏れる光が、目の前のナイフに反射している。

「し、白木くん……?」

 恐る恐る、視線だけを動かす。

 健は、見下すような、冷たい瞳で玲を見ていた。

「あなたの数値は三十七・七パーセントでしたね。たったそれだけでもノーセレクトであれば、他人の心中を見抜くことができる、という訳ですか?」

「な、なんの……こと?」

 健からは、なにも感じられない。ハッキリした殺意がない代わりに、穏やかで、情けない雰囲気も、微塵も見えない。

 だからこそ、本当に、玲には、ナイフを持つ彼の手が、いつ動いてもおかしくないのだと、悟った。

 体が膠着する。

「ご……ごめん。……なんか……悪いことを言ったんだね、僕は……」

「言っておく。要請がない限り、自分の都合でオレたちの中に入らないでもらおう。オレが何を思おうと、感じようと、あなたには関係がない」

 関係……という形に、玲の唇だけが動く。

「あなたが、どれだけ優秀な医者なのかは、オレにはわかりません。ノーセレクト専属だということも、否定するつもりはありません。けれど、その肩書きがあるからといって、何もかも許されるとは思わないでください。治療ならば……医者ならば、オレたちの心を暴いてもいいというのですか? マモルがなぜ、あなたを攻撃したのかを、理解できなかったようですね。……知られたくない心中を目の前に突きつけられれば、排除したくなるのは、不自然ではないでしょう?」

 言葉遣いは、少し前よりは柔らかくなっていた。

 そのため、玲は弱々しくだが、声を出すことができた。

「……ごめん……。そんなつもりじゃ、なかったんだけど……」

 健は、ナイフをベルトに挟むと、銃を右手に持ち替えて、目を伏せた。

「オレたちの仕事は、他人の人生に無理矢理入り込んで、踏みつけて破壊するようなものです。あなたが、そんなオレたちに同情することはありません。オレたちに手を貸せば、あなたも、スタッフも同罪になってしまうでしょう。できる限り、オレたちには近づかないでください」

 聞いた途端、玲は髪をかきむしりながらその場にしゃがみこんだ。

「鶴野さん?」

 ガタガタと体を震わせる。その中で、玲は絞り出すように呟いた。

「ノー、セレクトというだけで……どうして……君も……マモルくんも……」

 乱暴に立ち上がり、見下ろしている健に掴みかかった。

「君たちは、自分から孤立するつもりか? そんなの、ダメだよ! 頼むから、そんな考えはやめてくれ!」

「……」

「君たちは、同じなんだよ! 僕たちと同じ、人間なんだよ。君たちを、そういう育て方をしたのは、ノーマルなんだ。君たちには、なんの負い目もないよ。そうだろう?」

 どれだけ心の底から願っても、健には通じない。

 それをわかっていながら、玲は言わずにはいられなかった。

 国や、セレクトコンピューター研究者の思惑がどうであれ、彼らを育てたレイラーたちや、司令、玲たちが望んでいるのは、ただひとつ、メンバーの幸福なのだ。

 健の表情は、やはり変わらなかった。

 ただ、優しく、

「ありがとう。その言葉だけで充分です」

 そう言っただけだ。

 国からみれば、正義のため、そう思い込んでノーセレクトを育てたのだろう。大局で考えれば、何の影響もない小さな事件にしか関与させず、小さな平和を保つようにと、使い捨てのようなノーセレクトに育てたのは、国の人間という、ノーマルだ。

 そんな境遇を、健は、他人の責任に押し付けることなく甘んじている。

 その上まだ、自分たちの行動の責任が、ノーマルに及ぶことを回避しようとしている。

 その、決意の強さと大きさが、いつか彼を押し潰すのではないだろうか。

「下がってください。鶴野さん、始めますよ」

 何を言っても、健には通じない……

 のろのろと、玲は言われた通り、隣の部屋まで下がっていった。

 同時に、健は、部屋の中程まで歩を進めた。

 


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