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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
64/356

ミノルという記憶 10

 僅かに、健を見上げ、肩をすくめる。

「そのためにここに居座っているんだろう? 嫌なことのようだからな。さっさとオレに押し付ければいいじゃないか」

 情けなく、弱々しい微笑みで健が頷くと、席を立って、机の引き出しから、一冊の資料を手渡した。

「これはね、おまえたちに会う前に、キャップから渡された、おまえたちに関する予備知識なんだ」

 食事の途中だったが、実は箸を置いて、ページをめくり始めた。

「……これは……一年くらい前の写真だな」

 自分自身の姿に、苦笑する。

 レイラー・美鈴千春に、強引に外に連れ出されて、撮られたものだ。

 何のためだったのかの説明がなかったし、これ一枚だけで、実はまた、家に閉じ籠ってしまった。

 まさか、このためのものだったとは。

 もっとも、こういう資料のために写真が必要だったと言われていたとしても、決して笑顔で写ってはいなかっただろう。

 むしろ、拒否していたかもしれない。

「おまえに見てほしいのは、マモルの項目なんだよ」

「マモル? こんなものをオレが見ても意味はないんじゃないか?」

「頼むから」

「……」

 興味はなかったが、隆宏たちの項目を流し、順番でいけば、絵里の後ろにあるはずのページに高志の写真をみつけて、

「? ……あいつ、タカシより年下だったか?」

と、言いながら、次の夕子に至って、思わず健を見返した。

「あるのか?」

 護の項目が、という確認をしたのは、夕子のあとのページがほとんどなかったからだ。

「あるよ。……一番、最後だ」

 重々しい口調だった。

「最後?」

 実際、パラパラとめくった、最後のほうに、一枚の写真を見つけ、実は思わず顔を近づけた。

「……マモル……なのか?」

 まったく人間らしさを感じない、無表情の中の、茶色に光るガラス玉のような瞳、それが、表情がない分、あまりにも冷たい女性にしか、見えない。その上、整った顔に不似合いな、乱雑に切られている髪型。

「なんだ……これは」

「やっぱり驚くよな。いきなりこれを見せられて、マモルは男だと言われても、すぐには納得できなかったよ」

「……確かに……女にしか、見えないな」

 次のページをめくる。

 しかし、氏名、レイラーの名、いや、この場合、保護者の高木浩二郎の名だったが、その他、身長や体重など、身体的な項目の記載はあったが、他の、癖や特徴、病歴など、本来なら変わったことがあった場合にも記載されるべきことがほとんど、なかった。

 護のところだけ、白紙に近かったのである。

 空白の欄を一通り見渡して、実は資料を健に返すと、また箸を取り上げた。

「レイラーじゃなくて保護者だからマモルに関することが書けなかったということか?」

「多分……違う」

「第一、レイラーはどうしたんだ? それくらいは聞いたんだろう?」

「自殺、したそうだ」

「自殺……? レイラーが? どうして?」

「それは、後回しにしてくれる? 順に話すから」

 先走っても仕方がないことは確かだ。

 実は、失礼なことだと知っていて、箸で、健を指し示しながら促した。

 一度、席を立ち、健は資料を机に戻して、また続けた。

「おまえたちの項目はすべて、記憶したよ。けれど、マモルだけは覚えようがなかった。キャップも、彼に関してだけは何も言わなかったしね。ただ……ひとつだけ念を押された」

「なにを?」

「彼には深入りするな、とね」

「無茶なことを言われたとは思わなかったのか?」

「思わないはずがないだろう?」

 その時のことを思いだし、健はクスッと笑った。

 まさに、実と同じことを、司令に言ったのだから。

 仲間として、この先共に行動するメンバーの一人だけに、深入りせずにいられるものか。

 第一、どこからが深入りする領域になるかも、わからないのだ。

「それで?」

「実際に会ってみて、マモルに事情があることはわかったけれど、キャップも本人も口を閉ざしていては、聞きようがないじゃないか。それでも、切れ切れに話を聞くことはできたんだ。それに、おまえからも、彼の体のことを聞いただろう?」

「わかったのか? 傷の原因が?」

 健は、重く、頷いた。

「やっぱり、虐待か何かか?」

「……保護者はそんなことはしない。もちろん、レイラーもね。むしろ、あの二人は彼を、おまえに会わせるために最大限の努力をしていたんだ」

「オレに……? メンバーにではなく?」

「おまえに。……彼にとって、オレたちは眼中にない。おまえだけを見てきたんだ」

 思い当たることが多分にあったからこそ、実は小さく舌打ちをして、箸を下ろした。

「迷惑なことを言うな。どうしてオレなんだよ」

 夕子が、感激の涙を流すほど、護は実を大事にしている。それを目の当たりにしながら、心当たりがなかっただけに、未だに迷惑なのだ。

 健は、そんな彼の呟きに、情けなく微笑んだ。

「迷惑だとは……考えないでほしいな。彼にとっては、おまえがいたからこそ、生きていられるんだから」

「オレはあいつに何もしていない。どうしてなんだ?」

「彼はね、幼い頃から、自分の存在を嫌悪していたんだよ」

「だから何だというんだ。なんで、オレなんだ」

「……一番近くにいたから……」

「冗談じゃない!」

 空の食器が僅かに躍り上がるほどテーブルを叩いて、実が立ち上がる。

「オレの知らないところで、勝手に恩人にされても迷惑なんだよ!」

「……ミノル……」

 静かに、健が見上げる。

 その瞳には、頼りないいつもの柔らかさはなかった。

 だが、怒っているわけでもない。

 威圧している雰囲気もないのに、激昂した実の気持ちが、急に収まった。

 というより、圧倒された、というべきか。

 一体何に気圧されたのかもわからないまま、実は力が抜けたようにソファに座り込んだ。

「落ち着いて、くれないか」

と、一瞬にして、いつもどおりの頼りなさ気な微笑みを向ける。

 実は、髪をかき揚げた。

「悪かった。……続けてくれ」

 気を取り直しテーブルの端に寄せられていたグラスに、酒を注いで健に渡しながら、実は言った。

「ごめん、ミノル。……迷惑だろうけれど、これは事実なんだよ。おまえがいなければ、彼は本当に、絶望したままだったと思う。だからこそ、オレは……残念なんだ」

「何があったんだ?」

「彼はね、ノーセレクトに生まれたこと自体を、嫌悪しているんだよ。未だにね」

「……オレもノーセレクトだぞ? 自分を嫌悪して、オレはいいのか?」

「だから、だよ。おまえというノーセレクトがいるから、自分も生きていてもいいんだと、思えるまでにはなっていた。……それが、三年くらい前までの、彼なんだ」

「? 今じゃなく?」

 健は、それには答えなかった。その代わり、ソファの肘掛けに寄りかかり、息をついた。

「彼が自分を嫌悪している理由はね、自分がノーセレクトに生まれたために、両親が自殺したということを知ったからなんだ。自分は、生まれながらの殺人者だと、……言っていたよ」

 驚きで、実は目を見張った。

 が、それがすぐに、忍び笑いに変わる。

「ミノル?」

「……バカらしい……。覚えてもいない親のことを知ったからと言って、何になるというんだ?」

「そう、思うよ。オレもね」

「第一、それをいうなら、オレは殺人鬼の子供だ」

「……え? なんだって?」

 クスクス笑いながら、実は健に向き直った。

「耳に入った、程度のことだがな。何十人もの人を殺した女の息子、だそうだ」

 愕然としながら、健は目を伏せた。

「それで……おまえは……どう思ったんだ?」

 聞きづらそうな口調に、実が首をすくめる。

「別に。オレには関係のない話だ。大昔じゃあるまいし、一族が責められるというわけでもないだろう?」

 それでも未だに、事件の犯人の、家族などに対する迫害が絶えないのは事実だ。

 それが実に及ばないのは、生後半年で引き離され、隔離されたからに他ならないだろう。

 あるいは、母親の血縁などは、今も迫害をうけているかもしれない。

 だが、それも、彼らには『関係がない』と、断言するしかない。肉親の絆は、彼らが物心つく前に、切られているのだから。

 健は、悔しそうに言った。

「マモルが……そう捉えていてくれれば……」

「まあ、そうだろうな。関係のないことだと割りきっていれば、もっと生気はあっただろうな」

「そうじゃ……ないんだよ」

「? まだ、何か?」

「ミノル、テーブルの上を片付けてくれ。おまえに、一番重要なものを見せるから」

 まだ、話しきれていないのか。

 そう思うとうんざりするが、実際、健は、自分の責任を放棄する理由を聞いていないのだから、付き合うしかない。

 黙って、食器をワゴンに移す。

 酒のボトルとグラスだけを残したものの、健は、それすらも片付けろと言った。

 簡易キッチンから、布巾を持ってきて、汚れまで拭き取ると、ようやく健は、机から、別の資料を取り出して、実に向けて置いた。

 資料、というより、何冊かの日記だった。

 それと、二枚のディスク。

「これは?」

「これを見る前に、もう少し、聞いてほしい」

 これにも、無言で頷く。

「マモルは、三年ほど前までは、おまえを目標に、生きる意思を持ち始めていたと言ったね?」

「ああ」

「自分を嫌悪している理由も、話したとおりだ」

「……」

「彼の言ったことを伝えると、自分が生まれながらの殺人者であっても、おまえは仲間だと言ってくれる。ノーセレクトの、同じ仲間なんだと。……ならば、彼の命はおまえのものだ。おまえがいる限り、自分は生きていてもいいんだと、思えるようになったんだね。ならば、マモルはどうすればいいか。おまえに何か返せないか……。彼は、おまえを守りたかったんだそうだ。おまえの、昔からの夢を叶えたかったと、言っていたよ」

「……夢? なにもないぞ?」

 心当たりがない。

 自分のことながら首をかしげた実に、健は言った。

「多分、自分で気がついていないだけじゃない? とにかく、彼は、おまえのために、前面にたって、おまえだけの盾になりたかったようだ」

「前面に、と言われても……何から守るというんだか……」

「おまえを傷つけるものから、だよ。心身共に、おまえに傷を作らせない。そういうこと。その点で言うと、美鈴さんは、おまえから笑顔を奪った、ということになるわけだ。彼女の発症で、おまえが傷ついた。……マモルには、彼女は許せない存在になっていただろうね」

 確かに、彼女の発症がきっかけで、自分の体質に気がついた。それきり、誰とも口を利かなかったし、閉じ籠ったのは事実だ。

 だが、彼女も、なりたくて病気になったわけではない。

 それを言おうと口を開いた実を見透かしたように、健は首を振った。

「関係、ないんだよ。彼にとっては、おまえ以外、眼中にないと言っただろう? 誰がどうなろうと、構わない。思うのは一点だけ、おまえを傷つけた人間を、許さない……」

 思わず、背筋が寒くなるほどの、執念ではないだろうか。

 ストーカーにも勝る、執拗な思いに、実は嫌悪の表情を健に向けるしかなかった。

「それを……オレに受け入れろというつもりか? この先、ずっと……。それが、オレに責任を押し付けるという、ことか?」

「違うよ」

「じゃ、なんだよ? オレは、一度あいつの殺意を見たんだぞ? あんなものを受け入れたら、オレがいつか、おまえたちを殺すかもしれないじゃないか」

「そうかもね」

 他人事だからか、やけにあっさりと言ってくれる。

 だが、健はすぐに微笑んだ。

「でも、それはないよ。仮にオレたちがおまえを傷つけたときには、マモル自身が手を下すさ。おまえの出番はないよ」

「簡単に言うなよ」

 自分に懸念があるからこそ、実は真剣だった。

 それに対し、健は笑った。

 実際、彼は、護から何度か殺意を向けられていたのだ。そのたびに、言い訳をしてきた彼にすれば、問答無用で殺されなかったことが、今でも不思議に思う。

 健は、すぐに真顔になって、体を前に傾けた。

「ミノル。オレが言いたいのはね、彼は、誰であろうと、おまえを傷つけた人間を許さない、ということなんだよ」

「だから……」

「わからないか?」

「……?」

「誰も、例外はない。誰も、だよ」

 わからない。

 眉を寄せる実に、健は、目を伏せた。

「彼……自身もね」

「自身……。……あいつ、が?」

 伏せた視線が、テーブルの上に移り、健の手が、ゆっくりと日記に置かれた。

「三年前までは、おまえを守るつもりだった。けれど、それができなくなったどころか、彼自身が、おまえに、償いきれない罪を犯した。……おまえの手で、殺されることを、オレに頼んでいたんだよ」

「そんな……バカな! オレは何も……マモルからは何もされていないぞ! おまえは、オレに、あいつを始末しろと言うつもりか?」

「それを聞きたくてね」

「そんなことが……」

「ミノル、おまえは、本を読むことはできる?」

 唐突に、見当外れのことを聞かれ、更に怒鳴りかけた実の声は、呑み込まれた。

「……なんだって?」

「本。読んでも感情は入り込むのか?」

「……それは……。字を追っても……入り込んでくるが……」

「ならば、声だけだと? 誰かの言葉を聴いただけではどうだ?」

 健の、真剣な眼差しを避けるように俯いた先に、日記と、ディスクがあった。

「……これのことを言っているのか……。この中に、あいつの……」

「おまえに、重要なものを見せると言った。けれど、オレはまだ、迷っているんだ。これをおまえに見せるべきか、それとも……マモルの後悔を隠したままにしておくべきなのか、オレには判断がつかない。これを見て、聞いて、おまえに感情が入り込んでしまえば、おまえ自身が、彼と同じ思いをすることになる。だとしたら、見せないほうがいいのかもしれない。……でもね……」

 ゆっくりと、窓のほうに目を向ける。

 いつの間にか、外は暗くなっていた。

 目の前の、本部ビルの明かりは、すでにほとんどが消えていた。

 発足しはじめて、機能したものの、まだ、それほど仕事があるわけではなさそうだ。

 だが、健にとっては、本部の機能など、興味があるわけもなく、ただ、実の視線から離れたかっただけだ。

「オレの口からでは、彼の思いはおまえに伝わらない。彼に負い目が……後悔があるのなら、それはおまえにしか判断できないんだよ。おまえが彼を許すか、切り捨てるか……」

「つまり、それがおまえの責任放棄というわけだ」

「……そう。……ただ、ひとつだけ言うのなら、今のマモルは、メンバーとして一緒にいられない。彼一人のために、おまえたちを危険にさらすわけにはいかないんだ。……どのみち、彼を切り捨てるしか、ないかもしれないとは思っているよ。けれど、オレにはそれはできない。いや、オレがやっては意味がないんだ。おまえでなければ……彼は、無駄な死を受け入れるしかなくなる」

「オレに、できると思っているのか?」

 窓の外を向いたまま、健は首を振った。

「おまえには……できないよ」

 ならば、一体、どうしろというのだ。

 一向に煮えきらない結果に、次第に苛立ってきた実は、健の手をはらいのけて、日記に手を伸ばした。

「見せてもらうぞ」

と、取り上げようとしたその手を、健がすかさず押さえる。

「なんだよ。今さら止める気か?」

「そうじゃないよ。覚悟をしてほしいだけだ。オレでは、おまえの感情をコントロールできない。おまえが、自分で抑える努力をしてほしいんだ」

「……」

「それと、最後にもうひとつ。……おまえも知っているだろう? 彼は、他人に触れることも、触れられることもできない。共に行動できないと言ったのは、そういう理由からなんだ。その原因が、この中にある。だから、たとえおまえがこれを見ても、事態は変わらない。……オレがおまえに言いたいのは、マモルが背負っている罪を、おまえがどう判断するか、それだけなんだよ」

 健は、そっと手を離して、疲れたように、背もたれに深く、寄りかかった。

「オレはね……その出来事よりももっと前……彼がノーセレクトの自分を否定したことが許せないんだ。彼は自分のことを言っていた。けれど、結局はノーセレクトのすべてを否定したんだ。その結果が……今の彼なんだよ。……もし、オレたちを受け入れてくれていたら……生きることを諦めずにいてくれていたら、あんなことは起こらなかっただろう。そういう意味で言えば、その日記の出来事以前に、彼はおまえに罪を犯していることになるんだ。その出来事は、決して軽視できないが、彼が償わなければならないとしたら、おまえの手にかかることじゃないと、思った。おまえはその……」

と、彼は日記を見下ろした。

「出来事……事件を、不可抗力だと思って、許してあげてほしい。けれど、彼自身を許してはダメだ。……オレがいえることは、これだけだ。あとの判断を押し付けて、すまないと思う。けれど、彼のためには、オレが決めてはいけないことは、わかってほしいんだよ」

 実は、静かに日記を引き寄せて、その表紙を覆うように膝に乗せた。

「ここで読んだほうがいいのか? それとも部屋に戻ったほうがいいか?」

「好きなほうでいいよ」

 しばらくは日記を見下ろしていたが、実はまた、それをテーブルに戻すと、ワゴンに乗った酒をテーブルに置いて、新しいグラスを健に渡した。

 そのついでに、タバコもテーブルに乗せ、

「すまないが、自分でやってくれ」

と、言ってから、改めて日記を手に取った。

 静かに、ページをめくる。

 恐らく、この日、この夜は、実にとって、長いものになるだろう。

 

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