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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
63/356

ミノルという記憶 9

司令室での話は、やはり、今回の報告が主で、その際、システムの把握のために、総括のリーダーと、資料室のチーフも呼ばれた。

 健も実も、ソファに腰を掛けていたが、司令は、両リーダーとともに、テーブルの前に立ったままだ。

 司令の労いの言葉を聞き流し、さっそく総括リーダーに尋ねる。

「先程、ヨコハマの署長に言っていた、書類手続きとは、どういうことですか?」

 淡々と尋ねたことだったが、総括リーダーは、怒られるものだと思ったらしい。

 項垂れながら、ボソボソと言った。

「今はまだ……さほど多くはないんですが、これから、依頼が多くなってくると、すべてを引き受けることが困難になってきます。ですから、内容を書類にして、送ってもらうんです。それを、総括でより分けて、剣崎さんに回すようになっています」

「口約束はしない、ということですね?」

「はい」

「後処理とはどこからを指しますか?」

「今回の場合は、署長の依頼自体は完了していました。ですから、あとから発生した事実は、別の依頼と捉えます。そのため、署長への説得と、改めての依頼を文書にさせることが、今回の後処理の部類に入ります」

「けれど、昼の時点では断ったのでは?」

「そうです。別件という意味では、断るしかありませんから。改めての依頼も、引き受けるかどうかは、剣崎さんとの検討しだいとなります」

 それを聞いて、今度は野々村に向いた。

「二次的な事実は、総括を通しましたか?」

 野々村はハッとして、やはり俯いた。

「いえ。剣崎さんに直接伝えればいいと……。迂闊でした」

 どうやら、総括で受けたものは、いずれは司令にいくのだから、と、直接伝えた結果だったらしい。

 健は、事実を把握していなかっただけなので、

「わかりました。ありがとうございます」

と、二人には引き取ってもらった。

 所在無さそうに突っ立ったまま、司令が健を見下ろしている。

 ことの成り行きを、ただ傍観している実も、二人が出ていったあとで、何やら考えて黙り込んだ健の様子を見ていた。

「後処理……だとしたら……」

 小さな独り言を呟いて、また考え込んだあと、ようやく健は、司令を見上げた。

「まだ、椅子を用意していなかったんですか?」

 まったく違う問いかけに、司令が苦笑する。

「つい……ね」

 仕方なく、健に言われる前に、彼はソファに腰を下ろした。

「今回は、事実だけを報告します。ただ、できるなら、記録をとっておいてもらえませんか。資料部が勝手なことをすれば、総括は戸惑うだけでしょう。あの署長を押し付けられては、気の毒ですよ」

「こっちが迷惑だとハッキリ言えばいいじゃないか」

 隣で、実が関心もなさそうに言った。

 健が、子供をあやすように情けなく言う。

「そう思うのはおまえのほうだろう? オレは別にいいんだ。第一、野々村さんがあの資料に行き当たったから、二次的な事実を調べられたんだ。警察の手間が省けたのも事実だろう?」

「人がいいというか、甘いというか……」

「何とでも言えばいいさ。責めるつもりはないんだ。それよりも、報告します。資料部に送っておいてください」

「あ、ああ……待っていなさい」

 資料部に報告をするのなら、野々村がいる間にすれば早かっただろうに、また、呼び戻すことになる、と、司令は資料室に連絡を入れたが、その途中で、健に止められた。

「記録をとってもらうだけです。野々村さんは必要ありません。こちらの報告を、そのまま保存するようにしてください。資料部なら、それくらいはできるでしょう? 余計なことをされては、たまらない」

 やはり、迷惑なことだったのか、冷たい言い方だった。

 嫌みを含めて、実が口許を緩めながら言った。

「文句は本人に言えばよかったじゃないか。陰口は陰険だぞ」

 健は、思わず怒鳴りそうになる自分を、大きく呼吸することで抑え、首を振った。

「だから……文句はないと言っただろう」

「なら、何を怒っているんだ?」

と、さりげなく健の手首を掴む。

 普通なら、これだけでも感情を感じとることはできるのだが、今の健から伝わるのは、まるで膜に覆われたような、微かな怒りくらいだった。

「……自分が情けないだけだよ。黙っていてくれ」

 言葉の端々には、こんなにも結構な怒りが含まれているというのに、だ。

 健は、手首を掴まれたまま、司令に向かった。

「報告します」

 二人のやり取りを聞いていた司令は、慌ててまた、資料部に指示をすると、引き出しから一枚のカードを取り出して戻った。

 それをテーブルに置いて、健を促す。

 改めて健が話し出したが、それは、報告というよりも、今日までの彼らの生活や、行動を告白するような内容だった。

 もちろん、仕事に関する報告も兼ねてはいたが、どちらかといえば、日記にしたほうがいいような子とばかりだ。

 しかし、当然、剣崎司令たちに言えないこともある。言いたくないことも、あった。

 それは、さりげなく飛ばした。

 健が、報告と言いながら、なぜ、そのような話し方をするのか、その意図が、司令にも実にも理解できない。

 ただ、少なくとも、実は最後の言葉で、おぼろげながら、彼の気持ちを理解できた。

「キャップ、オレたちに行動の自由があるのなら、そちらはきっちりと、本部の仕事をしてください。しっかりとした順を踏まえて、あなたがオレたちに指示をするように、お願いします」

 なるほどな……。

 実は、スッと、掴んでいた手を離し、背もたれに腕を引っ掻けた。

 確かに、健は野々村の進言に迷惑だったわけではなかったのだ。

 自分が、本部の仕組みを知らなかったばかりに、ノーセレクトとノーマルとのパイプを広げていたことに気づいたということだ。だから、司令一人と繋がることに絞り、本部に迷惑がかかる行動を、自分たち、ノーセレクトがしないようにしている。

 基本的に、実自身、ノーマルとの付き合いは、自分の感情が左右される分、避けたいと思っていた。

 夕子にしてもそうだ。あの人見知りでは、容易にノーマルと話はできないだろう。

 護も、とても他人に関心を持つとは思えない。ノーセレクトの中にいても、いつも離れている彼に、ノーマルとの付き合いは、迷惑以外にないかもしれないのだ。

 辛うじて、高志たちは社交的ではある。

 しかし、隆宏でさえ、自分がノーセレクトだったから、ノーマルの彼女を作ることをあえて避けてきたといっていたところをみると、やはり、どこか壁を作っていたことは、実と大差がない。

 健は、前面の盾になるつもりだ。

 最強の、盾に。

 剣崎司令は、健の真意に気づくことはなかったが、本部の機能についての進言には反対するつもりはなかったらしい。

 重々しく頷いた。

 そして、苦笑いとともに、優しく健に言った。

「君には苦労をかけるのだろうね。……私は、無責任に、君をリーダーにした気がするよ。……じつをいうと、私自身、人の上に立つ立場になったことがないのだよ。……君を見習うべきだ。ケン、これから、本部は全面的に君に従うようにする。重責は充分、わかっていて、君に押し付けてしまうが、頼むよ」

 やはり、理解していない。

 心の中で、落胆のため息をついて、健は渋々と頷いた。

 本部の協力というものが、健にとって、最大の迷惑なのだ。

 ここの存在を否定するつもりはない。スタッフに役割があるのなら、それだけに専念してくれればいいのであって、協力してくれとは、一言も言っていないのだ。

 しかし、その思いを、僅かも顔に出すことなく、健は、気を取り直したように顔をあげた。

「次の仕事はあるんですか?」

「入っているよ。フクシマの殺人事件だ」

 司令は、デスクに戻って、コンピューターから資料をプリントすると、そのまま健に渡した。

 流し読んでみるが、やはり、どこから入った仕事なのか、それに、メンバーの滞在場所、今日までの経過が簡単に記してあるだけだ。

 健たちに、どのような解決を望むのか、それすら書いていない。

 犯人が特定されていないところをみると、その辺りの捜査を依頼したのかもしれないが、今、ここで結論づけることもできない。

 健は、

「明日からそちらに移ります」

 そういうと、実に目配せをして、司令室を出た。

 エレベーターで、一階に戻り、それから別館に移る間、二人とも黙っていたが、別館のエレベーターに乗り込んだとき、実は健に向き直った。

「ひとつ聞くが、苛立っているように見えるのは、オレの気のせいか?」

「……情けないよな」

 実が、首をかしげる。

「違ったか」

「いや、当たっているよ」

 言いながら、二階へのボタンを押す。

 僅かな振動に、実の声が、揺れた。

「オレは、その苛立ちの意味を聞いたほうがいいのか?」

 答えは、なかった。

 そのまま、健の部屋に戻る。

 自然、対面のソファに座ったものの、健は、持ったままだった資料をテーブルに置いて、考え込むように頭を抱えた。

 それを、実が黙って見ている。

 だが、いつまで考えても、時間を引き伸ばしているだけで、解決するわけがない。

 夕べ、横浜に戻ったことも、報告と言いながら、司令室で話していた時間も、結局、自分なりに何か方法がないかと考える時間を作っていただけだ。

 目の前の実が、どういう思いをするのか、護に何をしてやれるか……。そう思うと、次第に自分の中に余裕がなくなってくる。

 それが苛立ちとして、実に見抜かれてしまった自分が情けなく思えても……。

 結局は、無駄な時間を潰していくようなものだ。

 ようやく、健はブレスレットのスイッチを押した。

「ユウコ? 食事の支度はできた?」

『はい。あなた方を待っていたんですが?』

「じゃ、二人分をオレの部屋に持ってきてくれる?」

『はい』

「タカヒロに持ってこさせてほしいんだけれど」

『わかりました』

 スイッチを切った途端、実が大袈裟に肩をすくめた。

「一体、何がしたいのか、理解できないんだが?」

 彼にしてみれば、護と顔を合わせるなと言われたこと自体、理解できないのだ。

 そのためだけに、上で一緒に食事もできないのか、と言いたげだ。

 健は、それすらにも返事をせず、席を立つと、実の背後にあるサイドボードから、酒のボトルを出そうとした。

「やめろって」

 すかさず、実が立ち上がる。

 健が取り出した酒を取り上げると、さっさとすべての用意をして、実は一度、部屋を出た。

 自分の部屋から、護に頼んでいたオレンジジュースを持ってくると、テーブルに置いて、今度は部屋を見渡す。

 いつも、健が持って歩いているポーチを探したのだが、ここにはなく、仕方なく、勝手にクローゼットを開けて回り、最後に、窓際の棚の中からタバコを見つけて、火をつけて渡してから、ようやく水割りを作って、彼の前に滑らせた。

 それを一言、

「ありがとう」

と言って、飲み干す様は、例によってジュース感覚だ。

 空のグラスを実に手渡し、健は言った。

「これでもね」

 チラリと、健を見上げる。

「どちらかというと、人と話をするのは好きな方なんだ」

「……? だから?」

 二杯目の酒も、一気に半分ほども減らして、健はグラスを手の中で揺らした。

「だから、尚更言いづらい」

「なにが?」

「けれど、おまえには伝えなければならないんだよ」

「……」

 返事のしようがない。

 黙っていると、廊下に気配がした。

 ノックの音と、入ってきたのは隆宏で、ワゴンをテーブルに横付けする。

 テーブルの上に載っていた資料は、健によって取り上げられ、その代わりに料理が並べられた。

「タカヒロ、次の仕事の資料だよ」

 そのために、彼を指定したらしい。

 渡された用紙にざっと目を遠し、尋ねる。

「今日?」

「いや。明日でいいよ。それで、行くのはおまえとエリ、ユウコ、タカシだ」

「君たちは?」

「別の仕事があってね」

 健と実を交互に見て、隆宏は息をついた。

「リーダーとサブリーダーがいないと、心細いなぁ」

「ごめんね。こっちのほうが深刻なものだから」

「そっちひとつに絞れない?」

「無理なんだ。頼むよ、タカヒロ」

「……わかった。頑張ってみるよ」

 まずは、周辺調査をするから、と言いおいて彼が部屋を出ると、実はようやく箸を取り上げて、意味ありげに笑った。

「相当深刻な『仕事』らしいな」

 司令室で渡された依頼はひとつだ。

 実が想像できたのは、健の苛立ちの原因が、もうひとつの、依頼のない『仕事』だろうということだ。

 それには、隆宏たちが邪魔なのだろう。

 黙々と、自分たちで買ってきた料理を口に運んでいた健だが、やがて、途中でぱったりと止めて、箸を置いてしまった。

「本当に……残すな、おまえは」

「うん。ごめん」

「オレでは食いきれないぞ」

「わかっているよ。……ミノル、これから話すことは、ある意味、オレ自身が責任を放棄するようなものなんだ。おまえに採決を任せることになるかもしれない。でも、わかってほしいんだ。オレだけではどうしようもなくて。何もできない。けれど、放っておくこともできない……。……そういう話を、聞いてくれる?」



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