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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
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ミノルという記憶 8

 散策するだけの、緩い歩調で、絵里たちの後ろ姿を眺めていた実のブレスレットが鳴った。

 初めての作動に、最初は、場違いな音が聞こえる、と、周囲を見渡してみたが、パラパラと目につく人たちの誰一人、何の反応も示さない。

 低い位置から聞こえると気づいたとき、ようやく、自分のブレスレットの音だとわかった。

 スイッチを入れて、耳に当てる。

 相手は、健だった。

『用事が済んだから、今から帰るよ』

 実は、それをそのまま、目の前を歩いている二人に告げた。

 絵里が、彼の傍に引き返す。

 ブレスレットに顔を近づけた。

「ケン、頼みがあるのよ」

 実の腕が、そのまま彼女の耳元に移動した。

『何? エリ』

「買い物をしてきてちょうだい」

「お、おい……」

 健には何もさせないと決めた実の目の前で、堂々と言った彼女を見過ごすわけがない。

 が、彼女は実に、わかっていることを目配せした。

「どうせ、あんたに言っても、品物なんてわからないでしょう? そこにタカヒロたちはいる?」

『いるよ』

「あたしがいうものをメモさせて」

『いいよ』

 彼女は、ご丁寧に店の名前と、そこで何を売っているのかを次々に並べていった。

 それは、すべて口にはいるものばかりだ。飲み物、食べ物、持って帰るだけでもかなりの量になりそうだ。

 腕をとられたまま彼女の注文を聞いていた実が、唖然とするほどだった。

「あんたたち、ブイトールで帰るの?」

 向こうでは、高志が何やら文句を言っているのが聞こえた。

『いや、のんびり帰るつもりだけれど』

「あ、そ」

 軽い返事のあとで、彼女が視線を泳がせて聞き耳をたてた。

「ちょっと、タカシに伝えてくれる? あんたの分を買わなければ軽くなるわよ、って」

 しばらくの沈黙のあと、彼女は満足そうに笑った。

「じゃ、お願いね」

 実に代わることなく、スイッチは切られた。

「大量のオーダーだな」

 彼女は、途中からこちらに戻ってきた夕子に笑いかけた。

「料理が趣味なら、いいものを食べなければ、参考にならないわよ。チバにいたときは結構買い込んでいたの。お勧めのお菓子も入っているのよ」

 夕子も嬉しそうだ。

「私、あまり市販のものを買うことがなかったんです」

「それなら尚更ね。あんたへのお土産だと思えばいいわ」

 お土産、と聞いて、彼女は思い出した。

 困ったように二人を見上げる。

「資料室のスタッフからいただいたお土産……置きっぱなし……」

「あら、そういえばそうだったわね」

「どうせ、スタッフが引き上げるだろうさ。放っておけばいい」

 実は、ブレスレットで時間を確認すると、二人に言った。

「買い物をしてからだと、戻るのは夕方だろうな。どうする?」

「そうねぇ。小休止したいわ。駅の方に行かない?」

 二人はまだまだ元気だ。

 本当に、保護者の気分だな……実は、首をすくめて、出口に足を向けた。



「芝さん、肉まんがくるわよ」

 絵里の抜け目のないところは、どうせ別館に戻ったところで、何もすることがないと考えたことだ。

 駅の方に行った、理由のひとつは、映画やドラマのディスクを買うためだった。

 実は、自分の体質を充分、理解している。

 店内に、いくつものディスプレーが置いてあり、別々の映画を写し出しているのがウインドウ越しに見えたとき、二人を店内に促して、暑い中、外でただ、立って待っていた。

 結構な時間、待たされた挙げ句、ビニール袋の中から、何を買ったのかを見せようとした絵里は、実が、興味がないと言っただけに留まったことに、首をすくめた。

 もっとも、彼が待ちくたびれて不機嫌にならなかった代わりに、

「君は、一番の浪費家のようだな」

と、呆れてはいたが。

 そのあとすぐ、別館に戻ってきたのである。

 最初は、彼女の部屋で観ることを提案したが、夕子が、リビングを指定したので、二人でそちらに向かった。

 当然、実はいない。

 興味がない、の一言を繰り返し、その代わりに今度は、護を誘ったらどうだと提案されたので、三人で、芝が来るまで、観ていたのである。

 顔を覗かせた芝に、開口一番に言ったのが、挨拶ではなく、

『肉まんがくる』

という一言だった。

「はあ? 肉まんが……来るって? 何のこと?」

「ケンたちも戻るのよ。ヨコハマに行っていたから、買い物を頼んだわけ。お茶も紅茶も、中国菓子も頼んであるわ」

 芝は、窓際に置いてある引き出しからエプロンを抜き出して、呆れ顔で言った。

「まさか、肉まんを夕食にしろと言うつもりかい?」

「あら、ダメかしら?」

「それだけじゃねぇ。あれはおやつだろう?」

「食べたかったのよ~。久しぶりなんだもの」

 妙な甘え声に、思わず夕子が笑う。

 もちろん、芝も、持ち前のおおらかさ……というより、まさに、『おばちゃん』という笑い声を響かせた。

「しょうがないねぇ。でも、夕食には勧められないよ。ご飯のあとで蒸かしてあげるよ。それでいいでしょう?」

 嬉しそうに含み笑いを向けて、もうひとつ、と、彼女は言った。

「あんかけ焼きそばは夕食になるでしょう? それも頼んでおいたから、野菜だけを用意しておいてよ」

「他にはないのかい?」

「春巻きと小籠包にエビ餃子」

「そんなに買ってきて、食べきれるのかねぇ」

 ともかく、今日は強制的に中華のようだ。

 それなら、健たちが戻ってから、足りない食材を揃えればいい。

 彼らに冷たいジュースを用意して、自分にはお茶を入れる。

「何を観ているんだい? あたしも混ぜてもらおうかね」

「大丈夫? ホラー映画よ?」

「あらま」

 どうやら、始まってさほど経っていないのか、淡々とストーリーが進んでいるだけのようだ。

 しばらくは、四人とも黙って観ていた。

 だが、中程になると、さすがに芝が小さく悲鳴をあげながら、所々顔を逸らし始める。

 夕子も同様だった。いつの間にか、絵里の腕にしがみついていたのだ。

 絵里はそんな彼女に、

「そんなに怖い?」

 などと、むしろ面白がっている。

 護の表情は相変わらずだ。

 三様の彼らに、芝は、内容を追うことを放棄したらしい。

 ポツリと呟く。

「仕事柄……平気なのかねえ」

と。

 健から、彼らの仕事を聞いた彼女の、無意識の言葉だったが、三人が反応し、視線が集まったことに気がついて、慌てて身を引いた。

「あっ、ごめんよ。悪いことを言ったわね」

 対し、絵里は別段気を悪くしたわけではなかった。

 護などは、何かが聞こえた、程度で、またテレビに目を向ける。

 絵里の、含み笑いが聞こえた。

「芝さん、仕事のせいじゃないのよ。あたしは所詮、作り物だと思っているだけ」

 そして、彼女は体の向きを変えて、芝の方に肘をついた。

「その言い方だと、あたしたちが何をしているのか、知っているみたいね」

 芝は、すまなそうに頷いた。

「白木くんから聞いたよ。そのあとで、剣崎さんからもね」

「だとしたら、あたしはあんたのほうに驚くわ。平気なの?」

「それがねぇ、平気なんだよ」

 クスクスと、絵里が笑う。

「ホラーが怖くて、現実の人殺しは平気というわけ?」

 途端に、怒ったように芝がテーブルを叩いた。

「自分を卑下しないの!」

 真剣な叱咤に、絵里も、そして画面に向いていた夕子も目を丸くした。

 芝が、息をつく。

「……なんていうか、実感がないのよ。こうして話していると、普通の子たちじゃない。そりゃ、最初に白木くんから聞いたときは驚いたし、怖かったけどね。……でも、あの子、あたしの料理をうまそうに食べてくれたのよ。あんたたちもそう。特に、佐竹くんはよく食べてくれるじゃない」

 軽く、胸をそらして、彼女は続けた。

「あたしは、ここの賄いだからね。料理を出すのが仕事。そう思えば、あんたたちも、その辺の子たちと変わらないよ」

 ただ、心配がひとつあったらしく、彼女は、今度は護に聞いた。

「藤下くん、だったね? あたしの料理は口に合わなかったかい?」

 僅かに、視線が動いたが、彼は何も言わず、また、映画の方に戻した。

 困惑気に、答えを待っていた芝に、絵里が笑いかける。

「無駄よ、芝さん。彼に口を開かせるのは、あたしたちにも困難なのよ。放っておいていいわ。それに、ユウコの料理も残すくらいだもの。合わないわけじゃ、なさそうよ」

「おや、ユウコちゃんは料理ができるのかい?」

 映画と、彼女たちの会話の両方が気になっていたからか、夕子は問いかけに、おずおずと返事をした。

「す、好きなんです……」

 まだ、芝に対しては、少し人見知りが残っているらしい。

 それも、当然かもしれない。

 彼女は、一度しか芝とは会っていないのだ。

 健と最初にあった日に、彼の昼食に付き合った。その時だけだ。

 健から、そのあと、本館に行くように言われてから、十三日に、ヨコハマに行くまで、別館には足を踏み入れていなかった。

 結局、リビング自体に入った回数も、都合三回目でしかないのである。

 芝は、彼女の小さな答えに、満面の笑みを浮かべた。

「それなら、あたしの手伝いを頼めるね。エリちゃんは料理ができないらしいからね」

 困惑ぎみに、夕子が絵里に目配せをする。

 絵里も、優しく頷いた。

「大丈夫よ。これからお世話になる人じゃない。怖がらなくていいわ」

「……じゃお」

「あら、あたしが怖いって?」

「人見知りよ。慣れれば何のことはないわ。それより……」

と、絵里はドアの方に目を向けた。

 護が、いつの間にかそちらを気にしていたからだ。

「帰ってきたみたいね」

「……え?」

 足音も聞こえなかった廊下からのドアが開いて、両手一杯の荷物とともに、まず入ってきたのは高志だった。

 目の前のテーブルに、絵里の姿を見つけ、

「エリ~ッ!」

 恨みがましく怒鳴る。

 それを、ケロリと受け流し、彼女は腰をあげた。

「芝さん、お願いね」

 芝も、音をたてて、テーブルに置かれた荷物を覗き込むために腰を浮かせる。

「ごくろうさんだったね、佐竹くん。今日の夕飯だそうだよ」

 あとから入ってきた隆宏も、紙袋を手に提げていた。それは、さほどの重さはなかったようだ。

 最後に入ってきた健と入れ替わりに、芝がキッチンに入っていく。

「ユウコちゃん、さっそく手伝っておくれ」

「は、はい」

と、思わず返事をしたものの、彼女は絵里の腕に手を絡ませたまま、離れようとしない。

 帰ってきたばかりだが、状況を理解したのか、健が、夕子の傍らに動き、ポン、と頭を撫でる。

「大丈夫だよ。いつも通りにね」

 夕子にとっては、健の存在は未だに安心感を与えるものなのだろう。

 ニッコリ笑うと、元気に席を立って、キッチンに入っていく。

 その間も、映画の悲鳴は、賑やかになったリビングに、空しく響いていた。

 絵里は、護に、

「観る?」

と、確認したが、彼がほんの僅かの動きで首を振ったため、テレビ自体のスイッチを切ってしまった。

「何を観ていたんだ?」

 高志は、結構テレビ番組が好きなようだ。ヨコハマに滞在していたとき、リビングではつけようとしていなかったが、部屋に戻ると、寝るまでの間、何気に観ていることもあったことを、隆宏は知っている。

「ホラー映画よ。観たいのなら最初から再生するけれど?」

「なんでホラー?」

 彼女はチラ、と、観ていたディスクのケースに目を落とした。

「適当に色々買い込んだのよ。ただ、これはあたしの好きなもののひとつだったから」

「他は?」

 重い荷物を持って帰ってきた疲れなど感じさせない彼に、絵里は、テレビの下の棚から、何枚ものディスクのケースを並べて見せた。

 ホラーも、恋愛映画も、アクションものや、日本映画まである。

 今まで観ていたのは二本目で、一枚目は、夕子が観たがった、昔のロマンス映画だったという。

「あ、これが観たいな」

 高志が取り上げたのは、外国でも流行っていたアクションものだった。

 どうせ、夕食の支度をするのにまだ、時間がかかる。

 彼女は、快く、ディスクを入れ換えて、テレビをつけた。

「ケン、お疲れさま。全部片付いたんでしょう?」

 高志たちに遠慮をして、小声で労う。

 健は、軽く頷いて、席につこうとせずに、

「ちょっと、キャップのところに行ってくるよ」

と言った。

「あら、もう少し休めばいいじゃない。今、飲み物を用意するから」

「いや、戻ってからでいいよ。それより、ミノルはどうしている?」

 彼女が、肩をすくめる。

「部屋にいるんじゃない? 彼、こういうものに興味がないのかしら? 付き合いが悪いわよ」

 多分、観たくても観られないのだろう。

 護がここにいることも理由のひとつだが、感情が入り込む彼の体質を考えれば、彼がいなくとも、一緒に観ることはできないはずだ。

 それなら、と、

「彼の様子も見てくるから」

と、部屋を出ていった。



 まず、実からだ。

 部屋をノックすると、返事があった。

「ミノル?」

 部屋のソファに深く座って、実は何をするでもなく時間を潰していたようだ。

「帰ってきたのか?」

「うん。今ね。何をしていた?」

「何も」

 対面に、腰を下ろす。

「退屈だったろう?」

「……まあな。けれど、慣れているさ。あいつら、まだ観ているのか?」

「タカシのリクエストで、何か観始めたよ」

 実は苦笑交じりに腰をあげると、夕方の日差しを閉ざすためか、スクリーンを下ろした。

 この部屋は、健のところとは違うスクリーンだった。

 見事に晴れ上がった、青い空と、同化するほど輝く、海原だ。

 空の雲は、ところどころに小さな塊が浮いている。

「ジュースが切れているんだ。取りにもいけないしな」

 ポツリと言った一言に、健が、首をかしげる。

「本部のスタッフが常時用意していると思ったけれど?」

「ああ。冷蔵庫に入っているよ。リンゴなら」

「リンゴジュース? それじゃダメなのか?」

「ダメじゃないけれど、オレが好きなのはオレンジ」

「それならスタッフに……」

と、言って、健は、ため息交じりに首を振った。

 言うわけがない。

 リビングで、絵里たちが居座っているから取りにはいけない。かといって、持ってきてもらえば、また、しつこくリビングに誘われることも目に見えていたから、ここで、ただ座っていたのだろう。

 健は、自分のブレスレットで、護を呼び出した。

 コールの音が途切れても、相手の返事はなかった。

「マモル、悪いんだけれど、ミノルの部屋にオレンジジュースを持ってきてくれないか」

 返事もなく、スイッチが切れる音がして、健もスイッチを切り替える。

「いいのか? マモルに会うなと言ったのはおまえじゃないか」

「そうだよ。おまえが場所を変えればすむことじゃないか」

「?」

「ちょっと、司令室に付き合ってほしいんだ」

 なんだ、という一言が、実から漏れた。

 おおかた、仕事の報告に付き合えということだろう。

 興味もなかったが、反対する理由もない。

 健と共に、本館のほうに足を運んだ。


 

 

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