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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
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ミノルという記憶 7

 司令室に入った玲は、剣崎司令のいるデスクに直行した。

「食べましたか?」

 司令は、彼を立たせたままにさせず、手招きをして隣の部屋に入っていった。

 そこは、司令の休憩室のようなものだ。

 客を招く部屋でもある。

 隅に簡易キッチンも備えてあり、司令が自らお茶を入れて、玲と向かい合った。

 玲が、複雑な笑顔を向ける。

「やはり、僕のあとで口をつけましたね。食べる量も少ない。最低限の栄養を摂るため、としか思えません」

「それでも……絶食されるよりはましなのでしょう」

「それはないと断言できますよ」

「できますか?」

 剣崎司令を安心させるためか、力強く頷く。

「三年ですよ。絶食をするつもりなら、いつでもできたはずです」

「しかし……それはミノルに会うという目的があったからでは? とりあえず目的は果たせたのですよ?」

「それは違います。マモルくんの目的は、黒沢くんの手による死、なんですよ。自分からはなにもしません」

 しかし、どちらにしても、護が死を望んでいるのは同じなのだ。

 司令の、重々しいため息が漏れた。

「ところで……」

 玲の問いかけに、司令の顔が上がる。

「白木くんはあれを読んだんでしょう? どうでした?」

「読んだかどうか……。あれから会っていません。芝さんの話では、ミノルとエリとユウコは戻っているようですが、多分、向こうにいったのでしょう」

 そして、気分を変えるように、ささやかに微笑んだ。

「ケンの印象はいかがでしたか?」

 玲は、大袈裟に腕を組んで、苦笑した。

「いやぁ……正直言わせてもらうと、怖い、ですかね」

「怖い?」

 訝しげに聞き返した司令に、玲は慌てて手を降った。

「悪い意味じゃないんです。なんと言えばいいのか……イメージができないんですね」

「……私には……どうも……」

 玲の、人の捉え方が独特だということは、司令も知っているが、イメージが『わかない』ではなく、『できない』という意味が、理解しがたい。

「そうですねぇ……。曖昧な表現しかできませんが、先入観があった分、彼ほどのノーセレクトはいない、と思います」

 彼が、ノーセレクト専属の主治医と決まったあとから、剣崎司令はメンバーの詳細を話している。

 本来なら、細かい資料を渡すべきだったのだが、玲のほうで断った。

 事前の知識を植え付けられると、それは先入観とイコールになってしまう、というのが、彼の考えだったからだ。

 だが、メンバーのことを何も知らずに主治医など、務まらないだろう。

 だから、ある程度の知識は、仕方なく聞き覚えた。

 しかし、やはり玲は、司令の話だけで、先入観を持ってしまったのだ。

 司令は、彼の言葉に、首をかしげた。

「彼のノーセレクト数値は、メンバーでは最低のものですが?」

「数値は関係ありませんね。というよりも、百パーセントは不完全だと思っています」

「なぜですか?」

「コンピューターの数値は百が上限でしょう。ならば、そこから先がないということになりませんか? 完璧に手が届いてしまっているんです。百パーセントという枠ができている。でも、白木くんには、その枠がない……」

「つまり、まだ先がある、と?」

 恥ずかしげに頭を掻いて、玲は頷いた。

「剣崎さんのお話を伺っていて思っていたんですが、彼のレイラーの育て方は、まさに、枠を作らないことだったのではないか、と……」

 枠がない……。

 司令の心の中に、先日、高志と絵里が戻ったときのことが浮かんだ。

 彼らも言っていた。

 健がいれば、自分たちは何をしてもいいということを感じる、と。

 レイラー・楠木哲郎の教育方針が、司令には理解できなかった。

 友人を作らせず、特定の人間以外を、健に接触させることを嫌っていた。

 訓練時には決して近づかず、放っていたにも関わらず、日常生活においては、細かいところまで世話を焼く。しかし、反面、知識を植え付けることを、避けていた。

 それを思い出したとき、司令は漠然と、玲の言葉がわかる気がした。

 レイラー・哲郎は、ノーマルという世界の枠を、健の中に作らなかった、ということに。

 玲が、続けて言った。

「僕は、彼が怖いですよ。ノーマルの目からは、決して見えない大きさを身に付けているように思います。……もっと話してみたいですねぇ」

「鶴野くん、……ケンは、マモルに何かできるでしょうか?」

 腕を組み、考え込むように目を伏せたが、玲はすぐに、

「わかりません」

と、キッパリと言った。

「マモルくんの願いは、あのディスクで読み取れるでしょう。だが、それを叶えれば、彼らはマモルくんを失うことになる。かといって、生かすことを強要すれば、マモルくんを今以上に苦しめることになるでしょう。どちらにしても、白木くんには辛い選択になります。……何とか、いい方法を見つけてほしいと、僕も思いますが……」

 それを最後に、二人とも沈黙した。

 が、思案しても、答えがでるわけもない。

 しばらくして、どちらともなく、腰をあげた。

 休憩室にも、廊下に出るドアがある。そこを開けて、司令は、丁寧に頭を下げた。

「助かりました」

 玲もまた、恐縮して頭を下げる。

「そんな……。こんなことで役に立つなら、いつでも呼んでください」

と、踵を返したが、ふと、また振り返った。

「剣崎さん、昨日のあなたの言葉、間違っていないと思いますよ」

「私の?」

「白木くんにあれを渡した時点で、もう、僕たちは口を出さないほうがいいんでしょう。……僕にとって、マモルくんは、医者としての最初の患者でした。あなたは、ここの司令だ。けれど、ノーセレクトにとって、僕たちはあくまでも、ノーマルなんです。……ずっと、マモルくんを診てきて……そして、彼らのことを聞いてわかったのは、彼らは、ノーセレクトという、僕たちでは理解できないプライドを植え付けられてきた、ということです。僕たちがどれだけ彼らを思っても、彼らには伝わらない」

 玲は、昨日と同じように、自分の右腕を無意識にさすって、苦笑交じりに言った。

「僕のノーセレクト数値では、マモルくんに近づくことすらできませんでした。三年もの間、距離は変わらなかったんです。それを、白木くんは短時間であれを託されるほど、彼の心を溶かした、とは思えませんか?」

 それが、死を願う護の決断であっても、か。

「……そうかも、しれません」

「僕は、それに期待したい。できれば……彼らの前では、この白衣を来たくはないですから」

 その言葉に含まれた意味に、剣崎司令は、彼の右腕から目を離せなかった。

 申し訳がない、ただ、それしかない。

 静かに、さすっていた手を下ろし、玲がクスッと笑う。

「そんな顔をなさらないでください。これは、僕の、ノーセレクト数値の証でもあるんですから」

 それから、彼は改めて会釈をすると、帰っていった。



 やはり、脅迫? か?

 隆宏と高志は同行させてもらえず、廊下で待たされていたから、健が、どういう話をしていたかはわからない。

 だが、時おり、署長室の中から、机を叩く音や、聞き取れない怒鳴り声がしていた。

 長い間、待っていた彼らの耳に、ドアが開く音が聞こえ、出てきた健の背後に見えたのは、ソファに座ったまま、青ざめた署長の横顔だった。

「帰ろうか」

 相変わらず、優しさと情けなさを伴った笑顔で、健が言った。

 あとに続きながら、僅かに署長室を振り返り、高志が、健の歩調に合わせる。

「やっぱり脅迫にとられた?」

「どうなんだろう。個人的には、わかってくれたと思いたいけれど……。理解してくれなければ、本部が困るだろうから」

「? なんで本部?」

 外に出ると、熱気はますます密度を増していた。

 今まで、適度に空調が効いた部屋にいたから、その暑さに健がため息をつく。

 先日、暑さに慣れたかと思ったが、どうも気のせいだったようだ。

 それとも、署長との話で神経を使ったか?

 どちらにしても、一度、あの家に戻ってから本部に帰るしかない、と、自然、足は駅とは逆に向いた。

 歩きながら、隆宏にも詳細を話す。

 どうやら、健自身は、レストランで言ったように、事実を署長に伝えただけだったらしい。

 まあ、それも当然だ。

 公安や、警察本部などの捜査が入れば、ノーセレクトの出る幕はないし、まして、そこまで依頼されていないのだから。

 最初、そんな彼に対し、一度は受けた依頼を、延長線上のものとして受けてほしい、と詰め寄ったらしい。

 しかし、彼らが任されたのは、ヨコハマを拠点とした組織の『壊滅』という一点だけだ。

 つまり、結果的には完遂したのである。

 司令から渡された資料は、あくまでも野々村が勝手に持ち込んだものでしかないし、まして、単なる提案だったわけだから、依頼、という位置におくこと自体、間違いなのだ。

 そこで、署長は、健の目の前で本部と連絡をとった……そうだ。

「なんか、本部のシステムが面倒らしいんだ」

「面倒って?」

「書類手続き、だって」

 二人は、顔を見合わせて、ほぼ同時に肩をすくめた。

「面倒か? それ……。当たり前の手続きじゃないのか? タカヒロ?」

「当たり前だと思うけれど?」

 健には、そういう知識もない。

 だから、二人の表情に、

「そうなのか……当たり前か……」

と、呟いた。

 目の前で、署長が懸命になっていたのを見ていたから、面倒な手続きなのだと思い込んでいた。

 しかし、そのようなシステムを知らなかった健にも、ひとつだけ、わかったことがある。

 本部は断ったのだ。

 やがて、署長から受話器を渡された。

 相手は、本部の総括スタッフだった。

『申し訳ありませんでした。白木さん、ここから先は、本部の後始末の部類に入ります。あなた方の依頼は完了です。あとはお任せください』

 本部からそう言われれば、もう残る理由もない。

 だから、引き上げたのだという。

 大通りの人混みを避けて、裏通りから坂を上り始める。

 そこも、観光客やビジネスマンなどが行き交っていた。

 健は、署長の思惑もはっきりと聞いたのだと言った。

「彼がどうして、あの組織を潰したかったか、話してくれたよ」

「自分の功績のためだろう?」

 高志が、つまらなそうに言った。

 隆宏も、興味を示さず、首をすくめる。

 二人とも、手を引いた事象には、もう、関心はなかった。

 だから、健も、それ以上は聞かせようとも思わなかったのである。

 坂も途中に差し掛かったころ、家が見えてきた。

「ケン、先にいくよ。部屋を冷やすからさ」

 真っ先に、高志が二人の間をすり抜けた。

 全力疾走のアスリートのような素早さと、門扉から入らず、柵を飛び越すジャンプ力は、運動能力が発達している、彼らしい動きだった。

 子供のように無邪気で、ハツラツとしている。

 遅れてリビングに入ったとき、高志は、今朝使ったカップを片付けていた。

 冷房が、勢いのいい音をさせて、部屋を急激に冷やそうとしている。

 本部へ戻るのに、散らかしたままでは印象も悪いだろうと考えた高志を、微笑ましく思いながら、健は一度、自分の部屋に行くと、最後のブレスレットを持って戻り、隆宏に渡した。

 操作説明を聞く隆宏の表情は、嬉しそうだ。

 健は、苦笑するしかなかった。

「? どうしたの? ブレスレットに不満がありそうな顔だね?」

 顔に出ていたか、と、苦笑いを自分のブレスレットに向ける。

「どうも……男がこういうアクセサリーをつけるというのに抵抗があって……」

 隆宏が、真面目な顔で、彼に向き直った。

「間違いと、わがままと、失礼が一つずつあるよ」

「えっ?」

「まず、これは通信手段であって、アクセサリーじゃないという間違い。電話でさえ、君は持とうとしなかったじゃないか。いつも身に付けていれば、不便な思いをしないからね」

「……うん」

 それは確かだ。

 実が飛び出していったときも、すぐにあとを追ったから、電話を持ち出す余裕もなかった。

 結局、公衆電話を探し回ったことを考えれば、文句は言えない。

「次、今時、こんなブレスレットひとつを身に付けていたところで、目立つわけじゃない。男性のオシャレも不自然じゃないから、本部の気遣いに文句を言わないこと」

「……はい……」

 立場が逆転している。

 怒られているわけではないし、隆宏の声も態度も、さほど強くはないが、逆に、健のほうが恐縮して、声も小さな返事だった。

「最後に、ミノルはピアスをしているんだよ。彼に失礼だとは思わない?」

「そ、それは……」

 誤解なのだ。

 健は、言い訳たっぷりに言い換えた。

「おまえたちはいいんだよ。ただ……オレ自身が、……その……好きじゃなくて……」

「それこそわがままじゃないか。これをアクセサリーだと決めつけるから嫌なんだろう? 電話と同じだよ」

 これにも、彼は情けなく笑った。

 恥ずかしそうに呟く。

「持ったことが……なかったんだ。その、携帯電話」

「……そうなの?」

「必要がないということでね。電話をかけることすら、制限されていたし」

 考えてみれば、健は、遊びに行く友人もなく、知り合いと言えば、レイラーの監視の延長でしかなかったというから、行動範囲はかなり限られていたのだろう。

 つくづく、思う。

「本当に、君の生活は特殊だったんだなぁ」

と。

 自分がもし、最初からその環境だったら、我慢できただろうか。

 息苦しい思いをしていたかもしれない。

 気の毒だ、とは思うが、口にしては、同情にしか聞こえないだろう。

 気を取り直すように、隆宏は、

「とにかく」

と、健の腕を掴んだ。

「帰るんだろう? ミノルたちに連絡を入れてよ」

「あ、ああ、そうだね」

 この場合は、やはり実に、だろう。


 

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