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TOGETHER  作者: SINO
ここから……
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集合前 6

 リビングは大した広さではないな……と思った健だが、それは自分の家と比較した感想だった。

 北海道の家は、二人きりの生活の中で、リビングだけは無駄に広かった。

 客を呼べば軽く二、三十人は入るだろうというほどで、丸太を切ったような椅子がゴロゴロと転がっていた。

 しかし、彼が知る限り一度として、大勢の客が来たことはなかった。

 当然、牧舎のスタッフが入ってくることもなかったのである。

 恐らく別館のここは、メンバーには充分に広いところなのだろう。

 ただ、隣のラウンジはここよりも広かった。

 ガラスで仕切られた向こうは、バーカウンターまで備えてある。

 どちらかというと一般家庭のようなテーブルと、人数分の椅子がリビングにはセットしてあり、テレビとオーディオの横には棚が添えられている。

 廊下からのドア側には、観葉植物が並んでいた。

 そして、カウンターを挟んでやはり、普通の家庭のキッチンが隣り合っている。

 食事を作ってくれたのは、大きな体格の女性だった。

 健のことを待っていたらしく、

「芝敏子です」

と、丁寧な挨拶のあとは、人好きのする笑顔で慣れ親しむように言った。

「何が食べたい?」

 夕子が、剣崎司令とここに来たときには、彼女はいなかったらしい。

 恐る恐る、芝の挨拶に彼女も頭を下げたが、オーダーには答えることができずに、健の後ろに隠れてしまった。

 だから健が、自分の分と彼女の飲み物を頼んだのだ。

 そんな彼女に気を悪くすることもなく、芝は今、洗い物をすませて二人に挨拶をすると、帰っていった。

 食事を作っている間に、カウンターを挟んで彼女と会話を楽しんでいたのも健だけだ。

 どうやら、本館にも社員食堂のようなものがあるらしい。

 そこには専門のシェフがいて、腕もそれなりにいいそうだ。

 芝は普通の主婦で、作るもののリクエストには応じるが、家庭的な味にしかならないという。

 元々は栄養士だったらしい。

 メンバーがここにいる間の賄いだよ、と彼女は豪快に笑った。

 家では母親なのだそうだ。

 近所に住んでいるから、夕子がホームヘルパーと買い物をする姿を何度か見かけたこともあると言っていた。

 それはつまり、夕子はこの近所で育ったということだ。

 彼女と向かい合い、メインのチキンカツを食べながら、芝が出ていったあとで健はようやく声をかけた。

「君には、自分から話をする人はいるの?」

 紅茶に口をつけていた夕子は、カップを両手で包みながら首を振った。

「家にいる……ヘルパーの人と……レイラーだけ、です」

「どうしてその人たちは平気なのかな?」

「ずっと、一緒でしたから……。初めての、人は……怖いんです」

「なるほどね。それで、オレともさっきよりはマシなわけだ。……ちょっと、オレを見てごらん」

 面と向かっていることに躊躇いがあるらしく、夕子は下を向いたり、テーブルに目を向けたりして落ち着きがなかった。

 だから、突然の申し出に体を震わせたが、待っている間にゆっくりと顔を上げた。

「オレは、怖い?」

「あの……違うんです……」

 また、下を向いてしまった。

 しかし、話をしようとはしているらしい。

「私……人とどういう話をしていいのか、わからないんです。だから……相手の人が……嫌な……その……思いをするかと思うと……会うことが……怖くて。……怒っているかもしれない……とか……でも、どうすればいいのか……」

「それは、挨拶もできない理由にはならないよ」

 箸の動きを止めて、健はテーブルに肘をついた。

「それに、オレは下を向いていいとも言っていない」

 声が怒っている。

 夕子は、慌てて顔を上げた。

 正面では、やはり健が見据えている。

「君の考えは逆だよ。初対面の相手がわかるのか? 相手がはじめから嫌な思いをするわけがない。君が、そうさせるんだ。オレは、自然に君に会ったつもりだよ。なのに、君のほうは最初からオレを見ようともしないじゃないか」

 静かな声だった。

 瞳には優しさはなかったが、それでも、先ほどのような威圧感は見えない。

「君がまずやらなければならないのは、人を見ることじゃないか? 君も、ノーセレクトなんだ。ならば、人の雰囲気や気配を汲み取ろうと努力しなければダメだ。それに、自分のことをハッキリと口にしなければ、相手にも伝わらない。……もう一度聞くよ。オレは、怖い?」

 相変わらず真正面で見据えられて、夕子の心が萎縮する。

 やはり怒らせたのかと思うだけで、言葉はおろか、返事もできずに下を向きかけて、これがいけないのだと言われたばかりだと思い直し、恐る恐るだが震える唇を開いた。

「……少し……怖いです。でも……」

「もっとハッキリ」

「はい。つまり……怖いけれど、……あなたのおっしゃることが……わかります。レイラーも、言っていました。……あなたの言うことを聞いて、私が……きちんと話せばわかって、くれると……だから……」

 夕子は、一度大きく呼吸をした。

 自分がなぜ、人に会うのが怖いのかは理解しているのだ。

 見られることが、そして人に視線を向けることが失礼なことではないかと、ずっと思っていた。

 いつも俯いて、小さくなって、レイラーたちの後ろに隠れていた。

 健は、そんな態度がかえって相手に失礼だと教えているのだ。

 意を決して、口を開く。

「私、本当はお話が……したいんです」

 思いきって言葉にしたとはいえ、気を抜けば涙が出てくる。

 夕子は、言ったことに対して健がどう思ったのか、それを考えてまた、視線を逸らしてしまった。

 小刻みに震える。

 少しずつ、後悔が浮かんできた。

 言葉もなく、ただ見返してくる健の視線を感じる。

 逃げ出したい。

 話がしたいなどと図々しい言い方をして、きっと、健は怒っている……そう思った直後、今度は忍び笑いが聞こえた。

「……?」

 笑いながらまた箸を取り上げた健は、思わず見返した夕子に、

「とりあえず、言えるじゃないか」

と、穏やかに言った。

「あ、あの……」

「それが大事なことだと、思うよ。自分が何かをしたいのなら、相手を見て、聞いて、きっかけを自分で作らなければね。自分の方から心を開かなければ、誰にも伝わらない。……人が怒るのにも、それなりの理由はあるよ。でもね、何もしない相手に怒る人なんて、いないんじゃない? さっき、言ったね。君の態度が人を怒らせる……」

「……はい」

「正直に言えば、オレは、君に何をしたのか考えてしまったよ。君のなかでは、オレは極悪人なのかな、って。いきなり逃げられたら、そう思ってしまう。もし、君が立ち止まってくれたら、素直に『はじめまして』と言えたんだ。それから、自己紹介ができる。……わかる? これが、挨拶なんだよ」

「挨拶……」

「人と話をする前から顔色を伺っていては、それすらもできないじゃないか。それ以前に、挨拶を交わすにも、やっぱり相手を見なければ言葉はでてこない。人の機嫌なんて、俯いて逃げたりしたら、判断できないよ」

「はい」

 素直な返事だ。声も強くなってきた。

 彼女はいつの間にか、恐怖心がおさまっている自覚もなくカップを取り上げた。

「あなたは……やっぱり優しい人ですね。……私、いつもわからなかったんです。何かを言えば、それが押し付けにならないか、と……」

 言葉を選んでいるのか、途切れがちに話す彼女によると、人見知りになった下地がやはりあったらしい。

 どのレイラーも、メンバーには同じことを教え込んでいたということだ。

 ノーセレクトは彼ら、七人だけであり、ある意味特別な存在だ、と。

 特に健とは違い、彼女は百パーセント、完全な数値をもつ一人だ。

 なのにレイラーは外出がちで、一人で訓練をしなければならず、それ故、何事も完璧にはできなかった。

 できるはずのことが出来ない。

 そんな自分が人から見られることが恥ずかしく、また、中途半端だったからこそ相手に接することが失礼だと、いつしか思い込んでしまったという。

 時間をかけて話をした彼女は、最後には遠慮がちに、健に微笑みかけられるようになっていた。

「あなたは……こういうことも……口にしていいと……」

「そうだよ。顔も見ずに逃げられるより、話すことが怖いと言われた方がマシだ。会話のきっかけになっただろう?」

「はい」

 自分のことを、これだけ話したのは初めてだった。

 だから、心が軽い。

 健にならば、勇気をもってもっと話せる気がして、彼女は自分から姿勢を正した。

「私、もっと教えてもらいたいんです。努力します。だから……」

 ふと、言葉を止めて、彼女は何かに気づき、ドアへ目を向けた。

「レイラーが来ます」

「……え?」

 つられて、彼も振り返った。

 しばらくは二人ともドアの方に向いていたが、健が人の気配を感じたのは、それから少し経ってからだった。

 ノックのあとにドアが開いて、夕子の言う通り、剣崎司令が入ってきたのをみて、健は驚いた。

「ケン、タカヒロくんとタカシくんが到着したよ。一応、知らせておこうと思ってね。邪魔ではなかったかな?」

と、言いながらも、彼は夕子の隣に腰を下ろした。

 代わりに彼女が席を立つ。

 そのまま、誰もいないキッチンに入っていった。

 夕子のほうが先に、司令の気配に気づいたというのか?

「どうしたのだね? なにか、あったのかな?」

 呆然と、夕子を目で追っていた健は、司令の声に我に返って慌てて首を振った。

「……すみません。何でもないんだ。それより……タカヒロたちが来たというんですか? あなたは、オレだけを先に呼んだと言っていませんでしたか?」

 剣崎司令は、予想外の二人の到着に微笑んだ。

「タカシくんいわく、待ちきれなかった……とね」

 彼の場合、海外から荷物を送る都合で、健たちなどよりよほど早く支度をしなければならなかったから、当然といえば当然だろう。

 おしゃべりだというのが本当ならば、待ちきれなかったという言葉にも頷ける。

「それにしても……」

と、司令が、キッチンのほうに目を向ける。

 夕子は、コーヒーを作っていた。

「ユウコはずいぶん早く慣れたようだね」

 正直なところ、健を信じていた反面、あるいは彼女が司令室に逃げ込んでくるのではないかと待っていたのだ。

 だからある意味、メンバーの到着は口実で、様子を見に来たと言ったほうが正しい。

 二人の到着は一緒で、高志の話によると、多分同じ電車に乗っていたのではないかという。

 動く歩道━━エアーレールの離れた前にいた隆宏が本部ビルに入るのをみて、高志がホールで追いついて声をかけたらしい。

 司令室で、健のときと同様に建物内部の説明を受けて、今は二人ともこの別館にいるとのことだ。

 健は、それを聞くと顔をしかめた。

「困ったな……」

 もちろん、二人の到着は健にとっても喜ばしいことなのだが、夕子はまだ、やっと健になつきはじめたばかりだ。

 少なくとも、今日いっぱいは彼女にアドバイスがてら、自信をつけさせることができると考えていたため、今は彼らと顔を合わせたくはなかった。

 仕方がない、と彼は夕子に声をかけた。

「ユウコ、オレは部屋に戻るよ。君は、キャップと本館のほうに行ってくれ。……司令室についたら、連絡をください、キャップ」

 最後を司令に言うと、席を立って部屋を出ていった。


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