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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
59/356

ミノルという記憶 5

 健の迂闊なところは、夕子を本部に戻してしまったことだ。

 隆宏たちに指摘されるまで、不便なことなのだと気がつかなかった。

「ケン~。朝食をどうするつもりなんだよ。オレ、腹が減っているんだけれど」

 寝付くのが遅かったため、一番遅く起きてきた健に、途端に、愚痴をこぼした高志と、隆宏の目の前には、すでに空になったコーヒーカップがひっそりと置いてあるだけだった。

 どちらかが用意をして、それ一杯だけで凌いでいたらしい。

 空腹で力の出ない愚痴に、隆宏も健を見上げて苦笑している。

 慌てぎみに、健は二人を見渡した。

「ごっ、ごめん。そこまで考えていなかった」

「買い物をしてくるか、食べに出るしかないね。タカシもオレも、料理はできないんだよ」

 とはいえ、朝食といえるだけの食材がないわけではなかった。

 例えば、パンを焼くとか、目玉焼きを作るくらいならできるのだが、隆宏にしてみれば、たったそれだけの、質素な朝食をするくらいなら、外食したいと思っていたようだ。

「出る、か」

 そうと決まれば、反対はない。

 高志は、勢いよく腰を上げると、

「ちょっと待って」

と言って、二階から薬箱を持ってきた。

 もちろん、健の傷の処置のためだ。

 確かに、やり慣れた手つきで包帯を巻いて、ようやく外出だ。

 港近くに、朝からやっているレストランがあったことを覚えていたのは、高志の記憶の賜物だ。

 どうやら、モーニングをビュッフェ形式でやっているらしい。

 ホテルに程近い店だったから、店内は結構、席が埋まっていた。

 当然のことながら、ただ座っていろと言われた健の目の前に、料理が並べられる。

 隆宏たち、二人がかりで何種類も運んで来たものだから、その量は、朝食というには、健には多すぎた。

「こんなに食べられないよ」

「残してもいいよ。オレが食べるから」

 高志にすれば、想定内のようだ。

「確か、今日船がこっちにつくんだったよね?」

 食事の間に、健が確認をとる。

 隆宏が頷いた。

「あのね、夕べ言った、准構成員のことだけれど、あれ……」

「タカヒロ、悪い。その、ジュンコウセイインって? 初めて聞く単語なんだけれど? 言葉自体の意味がわからないんだ」

 思わず、隆宏と高志が顔を見合わせた。

「……知らない? の?」

という隆宏と、

「話の流れから想像がつかなかったのか?」

という高志に、続けて言われて、健は気まずく俯いてしまった。

「ごめん……」

 また、二人で顔を見合わせて、同時に首をすくめた。

 今さら、驚くことではないか、と。

 思い返してみれば、確かに健は、知識の持ち合わせが少ない。

 横浜に来た初日の会話でも、外人墓地に目を見張り、海を見たことがなく、船の大きさなどにも一々感心していたと実から聞いていた。

 その実が嵌めているピアスと、絵里の耳元を常に飾っているイヤリングの違いすら、知らないのだ。

 二人にとって、そこから説明することは、大したことではない。

 隆宏のほうが口を開いた。

「准、というのは、大学とかの准教授と同じ字を書くんだ。つまり、立場や地位が同じようなもの、という意味だよ」

「それなら……何となくわかる、かな」

「今回のあの男性だと、正規な組織員じゃないけれど、それに近い、ということだね」

 すっかりしょげてしまった健に、高志が料理を追いやる。

 それを口に運びながら、彼は、自分の知識の乏しさに息をつき、弱々しく続きを促した。

「准構成員のもうひとつの意味は、相手勢力の一員でもあったからなんだ」

 健の視線が、上がった。

「繋がっていた、ということか?」

「繋がっていたのは最初からわかっていたことだよ。オレたちがターゲットにしたのは、反対勢力のほうだったんだから。知らなかったのは、どうも署長だけだったみたいだ。言い換えれば、署長は、相手組織の手助けをしていたようなものだね」

「そう、なるか……」

「考えてみれば、それも当然かも。なにしろ、署長が赴任してくる前から、少しずつ準備していたらしいから」

「……」

 無意識にフライドポテトを口に運び、考えながら健が呟く。

「……突き詰めれば……オレたちも相手組織の手助けをしていた、ということか……」

 隆宏は、ため息交じりに、ミルクの入ったグラスを取り上げた。

「そういうことだよ。せめてもの慰めは、誰かのために役に立ったことが明確になったというところさ」

「例えそれが、暴力団でも、だろう?」

 横から高志が口を挟む。

 それを、僅かに睨み付けたところを見ると、どうやら隆宏には不満だったようだ。

「タカヒロ、不本意でも、結果は署長の依頼通りだったんだ。オレは満足しているけれど?」

 慰めているわけではなく、本心から言った健に、隆宏はだが、ミルクを飲み干したグラスを、音を立てて置くことで、不満を表現した。

「そんなことを言っているわけじゃないよ。オレ自身の調査不足が気に入らなかったんだ。あせって行動を起こせば失敗するということを最初に覚えられたのは良かったけれどね」

と、投げやりに言い捨てる。

「あせっていたのか?」

「多分ね。自分が情けなくてさ」

 言いながら、目の前にあったパンを取り上げ、小さく千切りながらスープに放り込む。

 その合間に、隆宏はため息をついた。

「別に、誰に利用されようが構わないんだ。事務所の近所にいた住民の、勝手な文句を散々聞いたからね。ノーマル同士の衝突も、勝手にしろ、という感じだよ。ただ、君には謝りたかった。中途半端な調査で君たちを動かしてしまったことを謝りたかったんだよ」

「そんなこと……いいのに……」

「君ならそう言うだろうね。でも、オレが収まらない。本当に、ごめん」

 テーブルに両手をついて、スープに頭を突っ込むかと思うほど深く頭を下げた彼に、健は戸惑い、頭を掻いた。

“情けないオレにすら、謝るというのか……”

 そして、同様の感想を、隣の高志も持っていたようだ。

 本当に、誠実を絵に描いたような男だな、と。

 夕べ、調査結果がすべて揃ったとき、彼は、実たち全員にも、こうして頭を下げたのだ。

 本当は、一番先に、健に謝罪したかったのだろう。

 だから、何度も司令室に電話をして、健からの連絡を待っていた……。

 健は、そんな隆宏の誠実さに表情を緩めたが、彼が顔を上げたとき、謝罪する気持ちを無にしないよう、力強く、頷いた。

「わかった。もう、二度と同じ過ちをするな。オレも、繰り返し言い聞かせるつもりはないから」

 励ます訳ではなく、優しく叱咤してくれたことで、やっと心残りがなくなったらしい。

 隆宏は、安堵して、スープを掬いあげた。

 が……。

「あ……。何をやっていたんだ、オレは……」

と、スプーンを放り投げる。

「? どうした?」

 困ったように、隆宏はスープカップを覗き込んだ。

「ドロドロとしたものはダメなんだって。スープにパンを入れちゃった……」

 それは、無意識の、八つ当たりの結果だった。

 すかさず、高志がカップを引き寄せる。

「オレが食べるよ。いいだろう?」

「ごめん」

「気にするなって」

 言いながら、自分のスープを代わりに隆宏に押しやる。

 それを受け取って、隆宏は改めて健に向いた。

「それでね、ケン、今回のことなんだけれど……」

「うん」

「君の許可がほしいんだ。放棄したい」

「えっ?」

 驚いたのは、高志だ。

 いい加減にスープが染み込んだパンを、急いで飲み込んで、隆宏に詰め寄る。

「あれだけ調べたのに? 何のためにケンを呼び戻したんだよ?」

 健の方は、平然と微笑みかけた。

「タカヒロ、許可は必要がないだろう? おまえの判断でやめるのなら、反対するはずがないじゃないか」

 それを聞いて、隆宏はホッとしたようだ。

 高志に言った。

「ケンを呼んだのは、後始末のためだよ。彼の言うとおり、依頼にもなっていなかったから調べたというだけだ。その結果、無理に依頼として受ける必要がないと判断したの。オレたちが懸念していた男性に身の危険がないのなら、オレたちは何もすることはないんだよ」

「そんなことはないだろう?」

「じゃ、君は何がしたいんだ?」

 高志は、パンの入った、スープの残りを見下ろして、呟くように言った。

「介入している組織も潰すとか……」

「何のために?」

 そう言われて、高志は首を捻った。

 何のためにかはわからない。だが、やはりどこか納得できない。

「それは……たとえば……だけれど、調査不足を補うためとか……」

 嫌みや皮肉で言ったわけではなかっただろうし、恐らく高志は、隆宏のことをフォローするつもりで言ったのだろう。

 それがわかるから、隆宏は一度、頷いた。

「調査不足は事実だよ。でも、君の言う通りに動くと言うことは、保身のための行動にしかならないんだ。君は、オレたちの責任の後始末に……言い換えれば、自分の立場をいい方向に持っていくために、他人の命を奪える?」

 言われてみれば、確かにそうだ。どういう見方をしても、相手組織にまで手をつけてしまえば、自分たちの失態を、より大きな功績でごまかす結果にしか、ならない。

 それは理解できる。

 できるのだが、やはりまだ、疑問が残る。

「……でも……タカヒロ、それなら、警察のほうはどうなのさ。癒着しているのも事実じゃないか」

「うん」

 彼らが調べた結果を、隆宏はようやく、健に説明し始めた。

 神戸に本拠地をおく、侵攻してきた暴力団は、何年も前から、壊滅させた組織を吸収するため下準備をしてきたという。

 と、ここで、健がどちらにともなく、聞いた。

「何故、コウベの組織がヨコハマに乗り込んできたんだ?」

 答えたのは、やはり隆宏だ。

「それは、ヨコハマのほうが、先にコウベ間の海路を確保していたからだよ」

 海路での運搬品は、主に改造拳銃だったようだ。

「目眩ましの意味は?」

「目眩ましというより、貢ぎ物に近いかな」

「ここで、警察が出てくるんだって」

 また、高志が口を挟む。

 つまり、改造拳銃は、わざと、警察に摘発させる。その見返りが、警察で押収した麻薬なのだそうだ。

 もちろん、そのような摘発という、点数稼ぎだけで、警察内部の内通者が満足するわけがない。当然、金も絡んでいただろう。

 健は、まだ納得していないようだ。

「けれど、……そんなに何度も摘発されていれば、逮捕者も多かったんじゃないか? 一つの組織で、大量の逮捕者を出せば、当然、マークされているだろう?」

「銃は、組織内で売られたわけじゃないよ。みんな、マニアの手に渡っていたようだ。素人にも売っていたしね」

「そういう人に売り付けて、そのあとで摘発させる、ということか」

 隆宏に言わせると━━もっとも、これは彼の想像だと、前置きがあったが━━改造銃を造るには、材料費はかかるし、手間もかかる。それを売ったとしても、大した収入にはならないだろう、ということだ。

 全国で、暴力団による発砲事件は皆無ではないが、そういうことに使うには、改造銃では危険が伴う。

 考えてみれば、それを警察に押収させる見返りの麻薬、という図式を当てはめれば、収入は遥かに大きいのではないだろうか。

 何しろ、麻薬の元手がかからない。

 健は、すでに手をつけるのをやめてしまっていた料理を、高志のほうに押しやって、テーブルに肘をついた。

「手を引くしか、なさそうだね」

「だから、どうしてそうなるんだ? 警察のほうまで見逃すのか?」

「タカシ、これは、オレたちが手を出してはいけないことなんだよ」

 隆宏も、ほとんど満足したようだ。

 空になった皿を、やはりテーブルの隅に追いやって、グラスを片手に立ち上がった。

 飲み物を持ってくるようだ。

 しばらく時間がかかったのは、ドリンクバーに人がいたからか。

 その間、納得していない高志は、黙々と、健の残した料理に口をつけていた。

 が、やがて、ポツリと言った。

「あのさぁ。ケン、言いたくないけれど、ちょっと食べる量が少なくないか?」

 自分が、結構な大食だと自覚しているからかもしれない。

 しかし、逆に健は、自覚がなかったようだ。

「そうかな?」

「ユウコが言っていたよ。料理は大体、七人分作るって」

 疑問符を頭に並べながら、健が眉を寄せる。

 メンバーは七人だ。おかしくはないはずだが。

 高志は、尚も言った。

「わからないかな。オレは、君たちより食べるんだよ。一人前では足りないくらいにね。それが、七人分だと、計算が合わないじゃないか。君と、マモルが圧倒的に少ないんだってば」

「……そういえば、マモルは少食だね」

「君もだって。ユウコ、気にしているんだよ」

「どうして?」

 何もわかっていない。健の鈍さに、高志の目が、ウォーマーで温められながら並んでいる料理に移った。

 そこには、なん十種類かのトレイが置いてあり、次から次へと、客が取り分けている。なくなりかけると、途切れることなく補充されていた。

 高志が注意を向けたのは、パンのコーナーにあった、フレンチトーストだった。

「最初の食事の時に、フレンチトーストを残したの、君だよ。それで、ユウコが、自分の味付けは美味しくないんじゃないかって」

「そんな……誤解だよ」

「前から少食だったわけ?」

 ここで、隆宏が戻ってきた。

 自分のグラスに、コーラと、健には新しくアイスコーヒーを渡す。

 もちろん、ミルクはすでに入っていた。

 ストローでミルクをかき回しながら、健は言った。

「タカシ、オレから言っても仕方がないよ。おまえが伝えておいてくれないか。昔から、こんなものだったって」

「なんの話?」

「ケンの食事の量だよ」

「ああ、そういえば、少ないね。オレより食べないんじゃない?」

「おまえもそう思うだろう? ユウコが気にしていたって言ったんだ」

「そうなの?」

 隆宏は知らなかったらしい。

「でも、それを言ったら、マモルも少ないじゃない。彼のことは気にしていないわけ?」

「だからぁ」

 高志は、同じ話を繰り返した。

 フレンチトーストを、一口でやめてしまったことが最初だったからこそ、彼女は尚更、健のことが気になっていたのだ。

 もちろん、夕子が、護のことにも気がつかないわけがない。

 彼は、必ず料理を残す。

 だが、表情が変わらないから、自分の料理が気に入らないのかどうかすら、聞けずにいるのだ。

 かといって、今まで、レイラーであった剣崎司令に出していた、作り慣れた味付けを工夫して変えるという器用なことも、彼女にはできなかった。

 つまり、彼女は彼女で悩んでいる、と高志は言いたかったのだ。

 健は、ため息交じりに、高志のほうに押しやった皿から、仕方なくという仕草で、煮物のニンジンを摘まんで、口に入れた。

 実がいたら、行儀が悪いと一喝されそうな格好だった。

「白状すると……」

 もうひとつ、今度はしいたけを取り上げる。

「レイラーの作った料理はおいしくなくてさ。残すことが結構あったんだよ。だから、いつの間にか、胃が受け付けなくなっているのかもしれないな」

「じゃ、彼女の料理が口に合わないということは……」

「まさか。昨日も、芝さんの料理を食べていて思ったんだけれど、今まで損をしていたような気がしたくらいだ。でも……」

 彼は、頬杖をつきながら、今度は左手に箸を持って、こんにゃくを摘まみ上げる。

 それを目の前にかざしながら、苦笑した。

「確かに、おまえたちと比べると、少なかったかな」

 自覚がなかった大半の理由は、恐らく、周囲の人間、特にレイラーが、健に『食べさせて』いたからだ。食べ物を、まるで、病人を介護するように食べさせていた。

 彼が、自分で箸やフォークなどを持つようになるまで世話をされていては、基準がわからなくなっても当然だったのかもしれない。

 隆宏が、何気に高志に聞いた。

「それにしても、彼女、気にしていたなんて、よく聞き出せたね?」

「聞いていないよ」

「は? だって、さっき……」

 確かに彼は言ったではないか。『気にしている』と。

 高志がクスッと笑う。

「だからさ、聞いてはいないけれど、会話や表情でわかるって」

 夕子の件に関しては、隆宏たちが鈍いというより、高志が、他人の言葉に敏感だったからこそ、気がついた、というほうが正しいだろう。

 これは高志の、一種の特技といえる。自分がおしゃべりだということを自覚しているからこそ、相手の話も、可能な限り、記憶するのだ。

 そして、二人に出した彼の結論は、実際に作っている夕子が、健たちの食事量が少ないことを知らないわけがない、ということになる。

 健は、挟んだままだったこんにゃくを口に入れて、苦笑交じりに言った。

「なるべく……食べるように努力するか」

「努力で食べてもプレッシャーになるんじゃない? 別に無理をすること、ないよ」

 隆宏はそう言ったが、高志は違っていた。

「できるだけ、そうしてほしいな。彼女のためにもさ。それに、マモルだよ。あいつが一番、細いじゃないか。タカヒロより痩せているんじゃないか?」

 確かに、見た目で一番細いのは、護だ。

 傷跡が残る体を直接目にした健も、気がついていた。

 しかし、彼に対しては、それこそ無理強いできそうにない。

 生きる気力のない彼には、どのような言葉も通じないだろう。

 黙ってしまった健からの言葉を待っていたが、やがて高志は、自分の分の飲み物を用意するために、席を立った。


 

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