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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
58/356

ミノルという記憶 4

 警察署の屋上には、本部に戻る三人の他に、何故か、高志が待っていた。

 健と入れ違いに機体に乗り込む彼らに、持ってきたブレスレットを渡す。

 使い方を説明したあと、彼は、実に耳打ちをした。

「こっちを片付けたら、オレたちも戻るけれど、それまで、おまえは休んでいてくれ。マモルのことで、重要な話があるんだ」

「オレだけか?」

「いや。彼女たちも仕事はないんだけれどね。ただ、おまえだけは、オレが戻るまで、マモルと顔を合わせないでほしいんだ。いいね」

「……了解」

 理由をいわない彼に、あえて問い詰めようとはせずに、実は頷いた。

「ただ、ケン、あいつのシップはどうするんだ? 昨日治療したままだぞ」

「彼にはメモを残してきているよ。……エリ」

 すでに、後部座席に収まっている彼女は、健のほうに身を乗り出した。

「なあに?」

「戻ったら、シップ薬を用意して、司令室のテーブルの上に置いていてもらいたいんだよ」

「は? 何でそんなものを? キャップに渡せということ?」

「違うよ。彼はもう帰宅しているんだ。だから、司令室に置いてくれればいいから」

 訝しげに眉を寄せる。

「なんなのよ、それ。何の暗号?」

「エリ」

 厳しく声を抑え、実が振り返る。

「理由を言わなければ、やらないつもりか?」

 女性に対してさえ、容赦のない厳しい声に、勝ち気な彼女も思わずひるんだ。

「わ、わかったわ。やっておくから」

「頼むね」

 逆に、健の一言は、優しい。

「おまえのケガはどうするんだ?」

「これ? ……痛くないんだよなぁ」

と、軽くさすってみる。

 そのとき、スタッフと気軽に話していた高志が、唐突に口を挟んできた。

「ミノル、薬のある場所がわかるか? オレがやってもいいよ?」

「……包帯は巻けるのか?」

「慣れているからね」

「慣れている?」

 高志は。照れ笑いをしながら、まあね、と言った。

 いつもは饒舌な彼だが、何故か、今はそれだけでまた、スタッフの小堺に向き直った。

 もっとも、長々と話をされても、実に興味が沸くはずもない。

 健に軽く手を振り、高志に、薬の場所を教えて、ブイトールの副操縦席に乗り込む。

 操縦してきた小堺にとって、戻るまでの間は、きっと居心地が悪いだろう、と苦笑しながら、健は、彼らを見送った。

 機体が垂直上昇し、飛び立っていくと、やっと健は、署内に足を向けながら、高志に尋ねた。

「どうしておまえがついてきたんだ?」

「どうしてって、……おまえ……じゃない……君が聞くかなぁ?」

「別に、言い換えなくてもいいよ」

 普段の話の中で、高志は、実たちに対して、『おまえ』と言っている。その勢いでなのか、時おり、健にも口を滑らせるようだが、そのたびに言い換えているのである。

 少しずつ、回数は減っているようだ。

 高志は、ゴメン、と言っただけだったが、自分なりに、言い聞かせていたことなので、変えるつもりはなかった。

 健の本質に未だ触れていない彼は、それでも、実たちと、健とを分けることを決めていた。

 それは、健がリーダーだから、ではない。

 相変わらず、情けなくみえる彼への、ある意味、期待なのだ。

 話を戻して、高志は、茶目っ気たっぷりに笑った。

「君は、一人であの家に戻れるの?」

「えっ?」

 そう指摘されては、自信がない、と返すしかないではないか。

 というより、その言葉でやっと、理解した。

 実の差し金だ、と。

 高志は、勘違いをしている。

 別に、健は方向音痴なわけではないし、場所も覚えていなかったわけでもないのだ。

 健には何もさせない、という実の指示のままに、高志は付き添うつもりなのだろう。

 本当に、メンバー総出で監視をされているような気がしてくる。

 ただ、そうは思っても、表情に浮かぶことはなかったし、健は、どこか甘受している自分に気がついた。

 それでいいか、と。

 健の面倒をみる、という団結力も、あるいは不可欠なチームワークなのかもしれない。

 真夜中の街は、さすがにネオンが目立つばかりで、車の通りもさほど多くない。

 帰り道、健は何気に尋ねた。

「おまえは、訓練時のケガは少なかったんだろう?」

「うん。でも、細かい擦り傷とかはあったよ」

「なのに、包帯は巻きなれているって?」

 高志は、やはり気恥ずかしげに笑った。

「ああ……それは、彼女のいた施設で手伝いをしていたからだよ」

「彼女? 付き合っていた女性がいたのか?」

 その言い回しに、高志は頬を膨らませた。

「失礼だなぁ。長距離恋愛、進行形だよ。過去形で言わないでくれないか?」

「えっ、ご、ごめん」

 ばつの悪い取り乱しように吹き出したあとの、高志の話は長かった。

 絵里に一度、話しているとおり、彼には、事故でケガをした彼女がいるのだ、と。

 彼が育ったところは、どちらかというと、山の上のほうだった。そこには民家は少なく、村とはいえ、街に行くのに、車で一時間ほど下らなければならなかったという。

 そして、更に山の上のほうに、リハビリ施設があるというのだ。

 彼女は、何年か前に事故に遭って、ずっとその施設にいる。両足の切断と、失明した視力、そして、顔にも大きな傷があるのだが、高志には、そのようなものは、問題ではなかった。

 いずれは義足を作って歩くことも可能だし、目の方は、手術をすれば、元のようにはいかなくとも、少しは見えるようになる。

 ただ、その手術をする勇気がまだ、つかないだけのようだ。

 彼のレイラーは、教育の中に、施設でのボランティアを組み込んでいた。

 その中に、彼女がいたのだ。

「……なるほどね」

 健たちが出会ったその日に、高志が言っていた夢は、あるいは、彼女のための夢だったのかもしれない。

 ボランティア……か。

 そんな夢を持ちながら、結局、人の命を奪う仕事をしている。

「ねえ、タカシ……」

「ん?」

 坂に差し掛かった。

 歩調を緩めながら、健が問いかける。

「おまえの夢とは対局の仕事を……この先、続けていく気力はある?」

 高志の目が、驚いたように健に向いた。

「どうしてそんなことを聞くのさ? 気力も何も、オレはおま……君たちと同じことをするのは嫌じゃないよ?」

「だが……おまえは、人の役に立つ仕事をするのが夢だと言ったよね。これから先、オレたちは……」

 まだまだ、他人の命を絶っていくだろう。

 そればかりではない。他人の人生に介入し、強引に変えてしまうことが多くなるはずだ。

 彼らに、そんなことをさせて、いいのか……?

 しかし、高志は、首をすくめただけだった。

「役に立つ仕事だと思うけれど?」

「……?」

「忘れた? 君がそう言ったんじゃないか。オレが、誰よりも先に行動する、エリを守ることに専念しろって。……これって、彼女の役に立ったことにならないのか? 先動したことって、君の役に立たなかった?」

「それは……」

 何となく、健が何を思っているのかがわかったのだろう、高志が呆れながら頭を掻いた。

「あのさ、ボランティアのことを言いたいんだろう? あれは、昔の夢。第一、本気で考えていたわけじゃない。オレだって、ノーセレクトだということを、ずっと叩き込まれてきたんだ。だから、自分の役割も、訓練の意味も、理解していたんだよ。それとも、……ケン、君にとって、オレは邪魔か?」

 不安げに見上げられて、健は、思わず足を止めた。

「まさか! 邪魔なわけがないだろう! オレはただ……」

「ただ、なに?」

 健は、首を振ってまた、歩き出した。

 ノーセレクト、か。

 その言葉だけで、国の人間は、自分たちと彼らの間を隔てて育てたのだ。

 ならば……。

 無意識に、彼の指が、高志の髪に滑った。

“ノーマルの方で隔てた壁だ。それならば、オレたちだけの世界を作ればいい”

 絆で、メンバーの拠り所を作る。そして、守りきってみせる。

 誰の同情もいらない。

 こちらから、ノーマルに擦り寄る必要もない。

「タカシ、信じているよ」

 優しい一言に、高志は満面の笑みを返し、そして、唐突に大きく手を振った。

 見ると、街灯の向こうの闇に滲む庭でも、何か動いている。

 隆宏だった。

 走り出した高志のあとから、健も庭に入り込む。

「ここで待っていたのか? 暑かっただろうに」

「一人で中にいてもつまらなくてね」

「どうする? 今夜中に話を聞いたほうがいい? それとも、もう休む?」

 玄関から一度、リビングに入ったものの、隆宏はただ、冷房のスイッチを切るためだったらしく、振り返った。

「眠いんだよね」

「わかった。明日、聞くよ」

「そう思ってさ」

と、リビングのテーブルを指差した。

 そこには、水の入ったグラスと、手付かずの錠剤がひとつ、置いてあった。

「本当に薬って、嫌いなんだよなぁ」

 そう言いながらも、隆宏は先に飲んだらしい。

 そして、実は、健の分も用意していたという。

「君、夕べは飲まなかったみたいだね。どうする?」

「オレは、いらないよ。昨日はほとんど一日寝ていたようなものだったからね。夜に寝られるかどうかわからなくて頼んだだけだったんだ」

「なんだ、そういうことだったの」

 今朝、健たちが本部に向かったあと、実が、残っていた錠剤を見つけ、文句を言っていたのだという。

 結局、テーブルに取り残された今日の、健の分も、そのまま置き去りに、三人は、揃って二階に上がっていった。

「じゃ、おやすみ」

と、先に部屋に入った隆宏のあとに続こうとした高志を、健が呼び止める。

 一度、ドアを閉めて、言った。

「タカヒロが何の薬を飲んだのかはわかるよね?」

「え? うん。安定剤か、睡眠薬だろう?」

「生まれて初めての殺人に対して、ナーバスになったから、という理由も、わかるね?」

 そうは見えなかったが、高志は、後ろを振り返り、頷いた。

 そして、それなら自分も同じだと言った。

 実際、あの日、夜になって、発熱で寝込んでしまったのだ。

 ダウンしたときは、何故なのかがわからなかった。

 今日、調査の合間の、隆宏たちとの会話で、原因を知ったのである。

 初めての殺人という、プレッシャーだった、と。

 健は、彼の肩をそっと、支えた。

「おまえには必要が、ないんだよ」

「どうして?」

「おまえは、薬で自分を誤魔化してはいけないんだ。覚えているだろう? 不安も怖さも、おまえには大事な経験なんだ」

「……」

「これから先、おまえは必ず、誰かを守っていかなければならなくなる。今はタカヒロだ。その姿を、オレは、ずっと見守っていくから。……メンバーを守る。それが、おまえの大事な役目だということを忘れないでくれ。いいね」

 俯いて、健の言葉を心に染み込ませる。

 メンバーに合うやり方を、示唆してくれたのかもしれない。

 隆宏は、結構厳しいことを言われたと、聞いた。それでも、健は、薬を与えることでフォローした。

 高志は、自分には必要がないと言われたことを、一瞬、理不尽だと感じたが、不思議と、彼の言葉を反芻すると、妙に納得してしまう。

 どうやら、先行して大阪に向かったときに考えた方法が、自分にはしっくりくるらしい。

“一点集中だな”

 健は、高志に、薬よりも効き目のある目標を与えてくれたのだ。

「サンキュー、ケン。タカヒロを守る。任せて」

 心が軽くなったのか、彼は、持ち前の明るさで挨拶をすると、部屋に入っていった。

 健もまた、部屋に戻る。

 暗い室内は、まるで蒸し風呂のような熱気が居座っていた。

 息苦しいほどの暑さに、急いでエアコンのコントローラーを持ち出すと、スイッチを入れて、階下に戻る。

 部屋が冷えるまで、リビングで待つしかなかった。



 真夜中の、それでも朝が近い頃、護は目を覚ました。

 ぼんやりと天井を見つめ、それから気だるそうに体を起こす。

 部屋のライトは、ついたままだ。

 ラウンジで意識を失ったことは自覚している。と、すると、部屋に運んだのは、健しかいない。

 そう思うと、自分に、彼の感触が残っているようで、思わず体が震えた。

 健の言葉が、自然に頭に浮かぶ。

『メンバー全員に対して償ってもらう』

 そして、

『身勝手な思い込み』

 それが何か、護には理解ができない。

 以前は、実に対してだけの罪悪感があった。もちろん、未だにそれは忘れていないし、償えるものなら、そうするべきだとも、思う。

 彼以外はどうでもいい。

 その思いも変わらないはずなのに、なぜ、健の言葉が引っ掛かる?

 信じてはいけないはずなのに、彼のイメージの中に、自分が埋もれていきそうだ。

 彼の何が、そうさせるのかもわからない。

 護は、一度顔を覆い、考えを振り払うように勢いをつけてベッドを降りた。

 窓際の、棚の中に折り畳まれている服を取ろうとして、気がついたのは、テーブルの上の、一枚の用紙だった。

 取り上げようともせずに、書かれた文字を目で追って、窓の外に視線を移す。

 まだ、夜明けには若干の時間がある。

 彼は、着替えてから部屋を出ると、司令室に足を向けた。

 そこにシップ薬を用意してあるというメモ通りに、箱ごと置いてあったそれを持って、部屋に引き返すと、自分で薬を張り替える。

 実が最初に処置をしたままで、すでに効力もなくなっているシップを剥ぎ取るまでには、彼の足元は、包帯が小さな山になっていた。

 それを、一人では巻き直すことができない。結局、彼にできたのは、新しいシップ薬を張ることだけだった。

 あとは……

 いつも通り、夜明けを、外を見て過ごすだけだ。

 今年の一月三十日、その日が、護の、訓練の最終日だった。

 その夜、ささやかなパーティーだったが、保護者である高木浩二郎は。ご馳走を用意し、レイラーの遺影の前で、護を労った。

『ありがとう』

 彼はたった一言、そう言っただけだ。その言葉の中にすら、感情が含まれていないことは、保護者も、充分に理解していただろう。

 それから半年の間、護は自分の部屋で、何もせずに、風景を見ているか、読書をするだけで過ごしてきた。

 時おり、地下のトレーニングルームに足を運ぶことはあったが、何をするでもなく、ただ、佇んでいるだけで部屋に戻る。

 保護者は、見守ることしか、できなかった。

 護は、ここに来るまでの三年もの間、庭にすら出なかったのである。そして、高木浩二郎も、絶対に彼を外には出さなかった。

 出発の日のことが頭に浮かぶ。

 近くの川岸に着陸していたブイトールに乗り込む前、高木浩二郎は、泣き笑いの表情で言った。

『忘れないでくれ。春代も俺も、おまえを愛しているよ。おまえの将来が続くことを、いつまでも願っているからね』

 護は、深く頭を下げた。

『お世話に……なりました』

 それだけだった。

 ノーセレクトである身を憎悪し、どういう状況でも構わない死を願いながら、結局、今もこうして、変わらずに風景を見ている。

 何も変わらない。

 死を願い、一日を過ごし、そして、翌日に繋がっていく。

『マモル、愛しているよ』

 唐突に、健の声が心に響いた。

 高木浩二郎と同じ言葉……

 なのに、健の声だけが、心に染みる。

 護は、すすり泣くように息をつくと、目を覆った。







 

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