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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
57/356

ミノルという記憶 3

 ラウンジにいたはずの健が、廊下側からリビングに入ってきたとき、芝はおや、と首をかしげた。

「すみません、芝さん。一人欠けます」

 たった今、彼は、護を部屋に運んできたのだ。

 今朝、護は、夕子の隣の部屋に入っていった。その部屋替えを、健は何も聞いていなかったため、念のために剣崎司令に確認した上で、新しい部屋に連れていったのである。

 司令は、元の護の部屋に不備があったと言った。修理が終わるまで、ということだ。

 腑に落ちないところはあったが、健も、それ以上は追求しなかった。

 芝は、最後の仕上げに、水溶きの片栗粉を鍋に回しいれていたが、

「えっ?」

と、手を止めた。

 テーブルの席についた健が、すまなそうに頭を下げる。

「申し訳ありません。マモルの具合が悪くなって」

「ちょ……ちょっと、食べられないほど悪いのかい?」

「無理ですね」

「ありゃ……まあ……。どうしようかねぇ」

 二人分の料理を、しっかり用意してしまったのだ。

 だが、食べられないというのなら、仕方がない。

 とりあえず、一人分を取り分けて、それを、健の目の前に並べた。

 そのまま帰るかと思った彼女は、なぜか、自分の分のお茶を用意すると、目の前に腰を下ろした。

「お邪魔するよ」

「構いませんよ。いただきます」

 遠慮なく箸をつけはじめた料理は、夕子の作るものと同じで、味がいい家庭料理だ。

 レイラー・楠木哲郎のような、大雑把な味付けではない。

 もしかしたら、今まで、自分は損をしていたのではないだろうか。などと思う。

 緩んだ表情に、芝がクスッと笑った。

「うまいかい?」

「ええ、とても」

「そう、よかったよ。あたしは、こんな家庭料理しかできないからね」

「あなたは食べないんですか?」

 芝は、近所のおばちゃんのように、気安く手を振った。

「いやだよ。この子は。何時だと思ってるの。もう、済ませているよ。うちの夫はサラリーマンでね。娘は大学生。彼氏がいないらしくてさ。大体、同じくらいの時間に帰ってくるんだよ」

と、すると、一家の団らんの時間に呼び出してしまったか?

「すみません。オレが無理を言ってしまって」

「わかってるよ。ここに入るとき、こうなることは聞いていたからね」

 彼女は、お茶をすすって、好奇心に目を光らせながら、身を乗り出した。

「ところで、聞いてみたかったんだけど、ノーセレクトって、何なの? あんたたち、どういう仕事をしてるわけ?」

 一瞬、箸が止まった。

 が、何事もなかったかのように、笑いかける。

「そうですね……。簡単に言えば、意味のない存在、でしょうか。仕事内容は、殺人、ですね」

「さ、殺人?」

「ええ。実際、おとといは何人くらい殺したか、覚えていない」

 それが、あまりにもあっさりとした口調だったから、一度は唖然としたものの、芝はすぐに、豪快に笑いだした。

「まったく……おばちゃんをからかうんじゃないよ」

「本当ですよ。あなたは、キャップから何も聞いていないんですか?」

 途端に、彼女の顔が青ざめた。

 それは、冷ややかな健の言いように、ではない。

 殺人というものに対して、罪悪感も後悔も含まない、彼のふてぶてしいまでの態度が、急に恐ろしくなったのだ。

 乗り出していた体が、後ずさる。

 チラ、と目をあげて、健は、黙々と箸を動かした。

「……そ、その……相手って……悪いやつ……なのかい?」

 芝は、国の役人からの求人募集で雇われた。

 つまり、詳細は聞かされていないものの、健たちがてにかけるということは、正義のためだと思ったようだ。

 健は、今度は箸を置いた。

「芝さん、世の中に、悪い人間がいると思っているんですか?」

「あんたは思っていないのかい? よく、無差別殺人とかニュースでやってるじゃない」

「それでも、そういう人たちにも、普通の家族はいるでしょう? どんな人であっても、オレたちが殺していい理由にはなりませんよ。そういうことをしている時点で、本当の悪人はオレたちのほうだ。表向きは国の機関でも、オレたちは、正義の味方なんかじゃない。むしろ、世間では、決して受け入れられない、邪魔な存在なんですよ」

「し、白木くん……あんた……」

 また、箸をとった健の言葉を、呆然と耳に入れていた芝だが、しばらくすると、深く息を吐いて、湯飲みを取り上げた。

「あんたは、かわいそうな子だね」

と、呟く。

 それが、どういう意味だったのか、興味もなく聞き流した健も、芝も、それきり、何も言わなかった。

 黙々と食事を続けていたが、やがて健は満足したのか、

「残してしまって、すみません」

と、言いながら、箸を置いた。

 彼には、少々多い量だったようだ。

「いいよ。満足してくれたかい?」

「はい」

 柔らかい微笑みに、芝も、口許が緩む。

「明日は何時ごろに来ればいい?」

「え?」

「朝食だよ。何が食べたい?」

「……オレたちが怖くないんですか? まだ、続けると?」

 横幅のある体を立ち上げて、彼女は言った。

「あんた、あたしのささやかな小遣い稼ぎを取り上げるつもりなの? 藤下くんには、お粥でも用意しようか?」

 健は、苦笑交じりに首を振った。

「まだ、仕事が残っているんです。内容次第では、戻らなくてはならないんだ」

「そう。わかったよ。なら、いつでも遠慮なく呼び出しなさい。いい? ひとつ言っておくけど、あまり恐縮しないでちょうだい。あたしは、ここの賄いなんだから」

「……ありがとう、芝さん」

 物好きだな……健の表情はそう言っていた。



 剣崎司令には、自分から隆宏たちに連絡すると言ったまま、結局、彼が電話をかけたのは、夜中になってからだった。

 食事のあと、部屋に戻って、健はまた、二つの音楽を、音量を上げてかけながら、ベッドに横になっていた。

 心をフラットにして、全体を見通す。

 キッシュの言葉だった。

『俺にできたことが、ノーセレクトのおまえさんに出来ないわけがないさ。視野ってのはな、いくらでも広げられるぞ』

 できないはずがない。

 静かに、自分の精神の波を抑えていく……。

 そして、ようやく、ステレオのスイッチを切ったのだ。

 何度目かのコールで、唐突に聞こえたのは、実の声だった。

『遅い!』

 誰かを確かめようともせずに怒鳴ったその声に、思わず健が笑う。

「ご、ごめん。……それで、調べはついた?」

『今、タカヒロに代わる』

 うって変わって落ち着いた口調で、すぐに、隆宏を呼ぶ。

 すぐに、声が変わった。

『ケン?』

「何かわかった?」

『コウベ直送の意味がね。麻薬らしいよ。警察が絡んでいるね』

「? 銃の横流しじゃなかったのか?」

『それは、目眩ましみたいだ。それと、一年前に入社したという、例の男ね、あれは、組織の准構成員だった。だから、とりあえず、始末される心配はなさそうだよ』

 構成員、という意味がわからず、首を捻った健だが、すぐに、

「今、詳細を聞いたほうがいい?」

と、尋ねた。

『できれば、戻ってほしいんだよね』

 ブレスレットで時間を確かめる。

「了解。じゃ、ミノルに代わってくれる?」

 僅かな沈黙のあと、実の返事があった。

「ブイトールを操縦してもいい?」

『ダメだ。スタッフに任せろ』

 にべもない言葉に、健がため息をつく。

「仕方がないなぁ。わかったよ。それからおまえと、エリとユウコは、こっちに戻ってくれ」

『……オレを外すつもりか?』

 声が低くなった。

 どうやら、機嫌を損ねたらしい。

「頼むから、言うことをきいてくれよ」

 相変わらず情けない声に、恐らく実は呆れたのだろう。あからさまな吐息のあとで、返事があった。

『了解した』

 彼らへの連絡のあとは、司令室だ。

 彼は、また時間を確認して、内線をプッシュした。

 コールは三回ほどか。

『はい、総括部、岡田です』

という男性の声に、訝しげに受話器を遠ざける。

「岡田? 総括?」

 なぜ、総括のスタッフが、司令室の電話を取るのだ?

 再び耳に当てて、健が言った。

「すみません、ノーセレクト部、白木ですが、キャップをお願いします」

『白木さんですか? 剣崎さんは帰宅しています。僕が夜勤なので、ご用がありましたら、代わりに承ります』

「そう、ですか。あの……ハミングバードを使いたいんですが……」

と、言ったものの、パイロット付きでは、実たちを戻すのに、少々窮屈か、と思い直した。

『ハミングバードなら……』

「いえ、イーグル機はすぐに用意できますか?」

『イーグルですか……。一時間ほどいただければ、ご用意しますよ』

 ブイトールを何機も収納できるほど、この本部は広くはない。

 普段は、飛行場のほうに置いてあるので、まず、パイロットを本部に呼び、ハミングバードと入れ換えなければならないらしい。

 仕方がない。

「わかりました。ハミングバードをお願いします」

『では、パイロットが到着次第、ご連絡します』

「今、そちらに行きますから」

『え? 総括部にですか?』

「は?」

 どうも、話が噛み合わない。

 相手が、何か気がついたようで、軽い笑いが聞こえた。

『白木さん、司令室の電話は、総括に転送されているんですよ』

と、言った。

 なるほど、そういうことだったのか。

 そういえば、健が本部に来た初日も、資料部の女性が、同じことを言っていたのを思い出す。

「……失礼しました。それでは、こちらに連絡をお願いします」

 受話器を置くと、健はすぐに部屋を出て、司令室に足を向けた。

 真っ暗で、人気のない部屋の明かりをつけ、棚に戻されていた、実たちのブレスレットを勝手に持ち出し、その足で、今度は、護のいる部屋にとって返す。

 未だ、目の覚めない彼の様子を、少しの間、覗き込んでいたが、やがて机の中から、コピー用紙を取り出すと、メモを書き残して、自分の部屋に戻った。

 しばらく待っていると、パイロットが到着したという連絡が入った。

 急ぎ足で、地下に向かう。

 ブイトール格納庫の手前は、コントロールルームだ。

 そこでまた、健は実に連絡をとった。

 警察署にブイトールを下ろすために、そちらでの待機を指示してから、乗り込む。

 パイロットは、今朝、ここに来るときに操縦してくれたスタッフだった。

 にこやかに会釈を交わし、上昇させた機体が横浜方面に向かい始めてから、そのスタッフは、隣に陣取った健に、問いかけた。

「確か、白木さんもライセンスは持っていましたよね?」

 表情は穏やかな青年だが、どうやら、遠回しに愚痴を言っているようだ。

 苦笑交じりに、健は頷いた。

「持ってはいるんですけれど、ケガをしているので、止められたんです」

「ケガ?」

 健は、自分の右腕の袖を、少しだけ引き上げて見せた。

 半袖の服の下に、巻いたままの包帯が見える。

「あっ、それはすみませんでした」

と、気まずそうに目を逸らす。

 健は、気にする素振りもなく言った。

「こちらこそ、こんな時間にすみません」

 こんなことなら、無理に押しきって、自分で操縦すべきだったか。

 そう思いながらも口を閉ざした健に、しばらくして、やはり言いにくそうにスタッフは声をかけた。

「本来……僕の仕事って、これなんですけどね」

「……?」

「ブイトールの運搬……つまり、操縦なんです。だから、要請があれば、いつでも駆けつけるように言われてたんですよ。でも、聞くと、ノーセレクト部もライセンスを持ってるって。それに、頻繁に使うわけでもないって言われて、楽な仕事だって思っていたんですね。すみませんでした」

 ブイトールの操縦専門……。

 健は、改めて、スタッフに顔を向けた。

「もしかして、ホッカイドウに迎えに来てくれたのも、あなたですか?」

「思い出してくれました? 白木さんと藤下さんを担当しました」

「マモルも?」

「あの人は、綺麗な人ですねえ。男だってことが、今でも信じられませんよ」

 やはり、誰もが一度は疑うのか。

 自分も間違えたから、何も言えないが、芝に続いて、はっきりと言われると、他人事ながら、いい意味には聞こえない。

 目を伏せて、健は言った。

「本人には言わないでください。オレも、聞かなかったことにします」

 どうやら、健の心情に気がつかなかったらしい。

 わかってますよ、と、口調も軽かった。

 計器と、モニターに目を移し、彼は、すぐにマイクを取り上げた。

「ヨコハマ警察署、こちら、ハミングバード・小堺です。着陸許可を願います」

 横浜の、眠らないネオンが、きらびやかに浮かび上がっていた。


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