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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
55/356

ミノルという記憶 1

 不思議なもので、午後一杯眠っていたにも関わらず、健はベッドに潜り込んで、さほどの時間もかけずに寝てしまったようだ。

 だから、護が隣のベッドに入ったのは見ていたが、眠れたかどうかまでは確認できなかった。

 朝の光、というより、カーテンが引かれた音で目を覚ましたとき、護は、半身を起こして、夕べのように本を読んでいた。

 カーテンを開けたのは、実だった。

「あ、悪い。起こしたみたいだな」

 窓からの声に、気だるげに体を起こすと、健は思いきり背伸びをした。

「ミノル……」

「今、服を用意する」

 夕べ、脱ぎ散らかしたままの健の服は、実の腕に掛かっている。

 クローゼットから新しい一揃えを出すと、健に渡して、彼は苦笑混じりに言った。

「次からは部屋着を用意しておくから、着替えて寝てくれ。おまえが暑がりなのはわかるが、みっともないとは思わないのか?」

「ご、ごめん」

「別に、謝ることじゃないけれどな」

 ならば、最初から言わなければいいのに……。

 言うだけ言うと、実はさっさと部屋を出ていってしまった。

 健は、隣のベッドにいる護を気にしながら、というより、気を取り直すように背を向けると、着替え始めた。

 視線を感じる。

 振り返らずに言った。

「本部に戻るよ」

「……? ……調査は?」

「タカヒロたちだけで充分だろう? おまえもオレも、今は動かない方がいい。それに……」

 振り返り、彼は、情けない表情を向けた。

「本部に戻れば、おまえは話してくれるんだろう? その前に、オレ自身が最初からやり直さなくてはならないんだ。資料や想像でメンバーを推し量るのではなく、この目で、確かめなければね。それから……」

 ふと、口をつぐみ、身支度を整えると、彼は改めて、護に向き直った。

「夕べ……おまえが提示した条件だけれど、同じ過ちを繰り返すわけにはいかないから、断らせてもらうよ。ミノルがおまえをどう判断する化なんて、オレには命令できないから」

「……」

 それでは、話す意味もない。

 思わずそう言いかけた護に、彼は更に続けた。

「その代わり、おまえの命乞いもしない」

 そして、彼は、深々と頭を下げた。

「すまない。……本当に、ごめん。許してほしいとは思わない。どれだけオレを恨んでも、構わないよ。けれど、これだけはわかってほしい。オレはね、……おまえたちと同じ存在であったことに感謝、しているんだよ」

 護は、じっと健を見つめていたが、持っていた本をベッドサイドに置くと、静かにベッドから降りた。

 ドアに足を向ける。

「あなたに……処分を任せると言ったはずだ。恨んでも……仕方がない」

 誰が、何を言おうと、決心は変わらないし、護にとってすでにどのような言葉も意味を持たない。

 ただ、ふと、思った。

 自分はあの時、精神が崩壊していればよかったのだ、と。



 健と護が本部に戻ると言われたときは驚いたものの隆宏は、

「わかったよ。調査はオレたちだけで大丈夫だから」

と、すぐに頭を切り替えた。

 考えてみれば、確かに二人とも、ケガ人なのだ。

 夕べの決定通り、調査だけならば、二人が欠けても支障はない。

 朝食を済ませると、二人は警察署に向かった。

 そこに、ブイトール・ハミングバードを運んでもらったのだ。

 操縦は、本部のスタッフがしてくれたため、彼らは二十分ほどで帰ることができた。

 飾り気のないライトが、一定間隔で並んでいる廊下の、一番、エレベーターホールに近い、三階のドアをノックすると、

「どうぞ」

という声が聞こえた。

 ドアを開くと、相変わらず青い空と同化したようなカーペットが部屋を染めている。

 コンピューターに向いていた顔が上がり、二人の姿に、目を見張る表情に変わった。

「ケン……どうしたんだね?」

 健がブイトールを手配した受付からは、どうも、何も聞いていなかったらしい。

 二人は、会釈だけでソファに腰を下ろした。

 司令も、デスクを回り込む。

 健は、何も言わずに護を促した。

 どこか決心したように、だが、それがわかったのは健だけだったろう。

 護が顔を上げる。

「キャップ……鶴野さんを……」

「鶴野くん? 具合が悪いのかね?」

 そうは見えないが……。

 護が、わからないほど小さく首を振る。

「預けていたものを……ケンに……」

 それが、どう言うものなのかを司令が知らないはずはなく、思わずその場に膝をついて、テーブルに両手を乗せた。

「は……話すつもりなのかね? その……ケンに……?」

 恐らく、ここに実がいたら、剣崎司令の、複雑な感情をいくつも並べ立てられたかもしれない。

 驚きはもちろんだが、その中には、あるいは安堵の気持ちもあったかもしれない。

 そして、期待もしていたに違いない。

 護が一番、触れられたくない過去を話すほど、健は彼の気持ちを動かしたのだ、と。

 やはり、彼をりーだーにしたことは間違っていなかった……。そんな喜びもあったはずだ。

 ただ、まったく懸念がなかったわけでもない。

 なぜ、話す気になったのか。

 子供の頃から、護には生への意思が気薄だった。彼のレイラー・高木春代と、実のレイラー・美鈴千春のおかげで、なんとか、実という、生への目的を見つけてくれたというのに、それすらも他人の手で壊されてからというもの、より以上に、命を放棄したがっていたのだ。

 何に対しても、もはや感情が動くことはなかった。

 ただ、実がいるから生きている……その彼が、健の存在を認めた、ということか?

 それとも……

 自分の過去を話すことによって、思いを叶えようとしている、ということも考えられる。

 いや、むしろ、そう判断する方が自然ではないだろうか。

 唐突に、そう思い当たった。

 真っ直ぐに司令を見返している護に、躊躇いも、戸惑いもない。昔から変わらない、人形のような無表情が、ただ、こちらに向いているだけだ。

 剣崎司令は、

「少し……待っていなさい」

 君は死ぬつもりか? そう尋ねることもできず、力なく立ち上がると、デスクに戻った。

 電話を取り上げる。

 まるで、二人に話を聞かせたくないとばかりに背を向けて、相手と話し込む。

 声を落としているから、静かな部屋にも関わらず、何をいっているのか聞き取れなかった。

 やがて、そっと受話器を置くと、今度はオープンマイクに声をかけた。

「キッチンですか? 飲み物を二人分、用意してください」

 心なしか、沈んだようなオーダーだった。

 司令が連絡を終えてまた、こちらに戻ってきたとき、健はようやく、自分のポーチからバンドを人数分取りだし、テーブルに置いた。

「せっかく作ってもらったものですが、お返しします」

 このワイヤーで護がケガをしたことは、夕べ話してある。

 もちろん、このようなものよりは、通信手段のほうが必要だと進言もしていた。

「ケガの具合はどうなんだね?」

 死に急いでいるかもしれない彼には、無用な質問かもしれないが、聞かずにはいられなかった。

 やはり、護からの答えはない。

 その代わり、健が口を開いた。

「二、三日シップをしていれば治る程度だそうです」

「そうか。……すまなかったね」

 力のない謝罪に、護が目を伏せる。

 変わらず、答えのない彼から、司令は気を取り直したように健に向いた。

「通信手段だが、もう作ってあるよ。本部が機能するまでに間に合わなかっただけなのだよ」

 そのために、初仕事で必要だと思い、携帯電話を支給していたのだという。

 彼は、ソファとは反対側の、一面に並んだ棚から、ジェラルミンのケースを持ってくると、テーブルに置いて、蓋を開けた。

 七つの、白いプラスチックの箱が詰められていた。

「ミノルたちも戻っているのかね?」

「いえ。オレたちだけです」

「ならば、君たちだけでも渡しておこう」

 どうやら、箱の裏側に何か刻んであるらしく、それを覗き込んで、二人分をテーブルに並べた。

 箱の中身はブレスレットだった。

 シルバーの鎖に、プレートがついている。タッチプレートだ。

 普段は時計機能になっているという説明通り、見ると、時間が表示されていた。

 そこを指先でスライドさせるごとに、一から七までの数字が表れるという。その数字が、メンバーのナンバーだ。

 当然、誕生順になっている。

 健、実、絵里、隆宏、護、高志、そして夕子。

 ベルトで一度、失敗しているため、健はブレスレットをはめると、すかさず護のスイッチを押した。

 途端に、右手首にはめた、護のブレスレットが音をたてる。

 コールの表示に触れて、耳に当てた。

「聞こえる?」

 護の耳には、健の声が二ヶ所から聞こえたようなものだ。

 隣の彼に頷いて、スイッチを切る。

「ありがとうございます」

 正常だ。

 もっとも、ベルトも別に、不良品だったわけではない。

 ただ、健たちには必要がなかっただけのことだ。

 というより、スタッフは、恐らく、ありきたりの使い方しか想像していなかったに違いない。まさか、肩を脱臼するような使い道があるとは考えていなかっただろう。

 一瞬、沈黙した。

 剣崎司令は立ったままだ。

 ブレスレットの機能を確かめていた健よりも、やはり、護から目が離せない。

 無意識にソファに腰をかける。

 が、それも、軽いノックのおとで、すぐに腰を上げた。

 デスクのマイクで対応しようとしたのだが、その間もなく、ドアが開く。

 入ってきたのは、コック帽に、白衣を着た女性だった。

 四階にある、食堂のスタッフだったが、司令はまだ、全員の名前を覚えていなかったらしく、自信のない呼び掛けだった。

「え……っと……山野さん……でしたか?」

「はい。ソーダフロートをお持ちしました」

 二つのオーダーなのに、三人いることに気づいた山野は、一瞬、数を聞き間違えたかと思ったようだが、司令の指し示した仕草で、健たち二人の前に、グラスを置いた。

 誰にともなく、会釈をして、部屋を出ていく。

 緑色のソーダの上に、アイスクリームが乗っていては、健が僅かに苦笑するのも当然と言えた。

 彼の表情を、司令は見逃さなかった。

「どうかしたのかね?」

「ええ……。甘いものは苦手なもので……」

「そうだったのか? なら、別のものを……」

「あ、いえ。いただきます」

 そうでなければ、護も手をつけないはずだ。

 これは、今までの食事のたびに、目についていたことなのだ。

 どうも、護は、自分から何かをするということがない。特に、毎回の食事が顕著だった。

 誰かが手をつけなければ、自分からは動かない。

 実際、苦手な健が、先にアイスクリームを口に運んでから、護はスプーンを取り上げた。

 健にしてみれば、ソーダの炭酸ですら、甘い。それを我慢して、少しだけ嵩を減らしたところで、またノックが聞こえた。

 今度は、司令が返答するまで、ドアは開かなかった。

 入ってきたのは、激しく息を切らした、小柄な男性だった。

 中肉ほどの彼もまた、白衣姿だ。違うのは、山野という女性が、コックらしく白いエプロンをしていた、ということくらいか。

 手には、大事そうにバックを抱えている。

 彼は、一歩中に踏み入れただけで、何度か呼吸を整えてから、不安そうに、デスクのところにいた司令に頭を下げた。

「剣崎さん、持ってきました」

 それを、デスクに持っていこうとしたとき、ようやく、ソファに腰を掛けていた健たちに気がついた。

 特に、護の姿に、思わず剣崎司令に視線を戻す。

「け、剣崎さん……」

 しかし、すぐに気を取り直し、弱く微笑むと、護のほうに身を屈めた。

「久しぶりだね、マモル君。元気そうだ」

 それは、社交辞令でしかなかっただろう。

 何しろ、彼はつい先日、護を見ているのだ。

 別館の、護の部屋から夕子の隣の部屋に、意識のない彼が運ばれたあと、真夜中も大分過ぎたという時間にも関わらず、剣崎司令に呼び出された。

 しばらくは小康状態だった護が、なぜ、本部に来たその日にこのようになってしまったのか、剣崎司令は彼に尋ねた。

 どのような状況で意識がなくなったのかがわからなかった彼にしてみれば、答えようがなかったようだ。

 ただ、仮説として、環境が変わったからではないか、という前置きのあと、一度慣れてしまえば大丈夫だ、と付け加えた。

 実際、今の護を見ると、大阪にいたときと、イメージは変わっていない。

 そのことを知らない護は、僅かに目礼しただけだった。

 司令は、デスクの椅子を持ってくると、そこに彼を座らせて言った。

「鶴野くん。彼が白木健。ノーセレクトメンバーのリーダーです」

 一度、司令を見上げ、驚いたように目を見開いたが、すぐに健に向き直ると、おそらくは元々の性格なのだろう、気安い笑顔を見せた。

「君が白木くんかぁ。始めまして、鶴野玲です。君たちの主治医だよ」

 健もまた、座ったままではあったが、玲に頭を下げた。

「はじめまして。よろしくお願いします」

「ところで……」

 玲が、すぐに司令を見上げた。

「これ……ですが、どうなさるつもりで?」

 そう言いながら、玲は、バックを抱えていた手に力を込める。まるで、手放すことを恐れているかのようだ。

 玲に、というより、そのバックに目を落として、司令が諦め顔で息をつく。

「ケンに、渡してください」

「……いいんですか? これは……」

「渡してください」

 それが、護の意思だからこそ、剣崎司令は強く繰り返した。

 それでも、玲は未練がましく、司令と、護を順に見回し、そして、最後にバックを健に差し出した。

「これを……君に」

 護は、バックから顔を逸らしていた。

 そんな彼を目の隅に捉え、玲が椅子ごと、テーブルに乗り出す。

「マモル君、諦めちゃダメだ。せめて、白木くんは信じてあげてくれ。頼むから……」

「鶴野くん、……もう……私たちが口を出すことはできません。それ以上は、マモルを追い詰めないで下さい」

 追い詰める……。

 やはり、そうなのか。

 玲は、力なく頷いた。

 が、諦めきれずに健に向く。

「白木くん、その中身は、マモル君のすべてなんだ。大切なものなんだよ。どうか、そのことは忘れないでほしい」

「……お預かりします」

 三人の様子を見れば、充分すぎるほど理解できる。

 健もまた、そのバックを抱え込んだ。

「マモル、部屋に戻るよ。しばらくは休んでいてくれ」



 健が本部に戻った理由は二つあった。

 ひとつはこの記録。

 まさか、このようなものを渡されるとは思わなかったが、夕べ、護が、保留にしてくれと言っていた意味がようやく理解できた。

 もうひとつは、護に睡眠をとらせることだ。

 彼は言っていた。

『他人が起きている限り、眠ることがない』

と。

 ならば、人がいなければいい。

 恐らく、横浜に滞在している間、まったく不眠だったわけではなかっただろう。だが、睡眠時間が極端に短いだろうことは、想像がつく。

 この先、今回のようにすることは容易にはできない。それでも、健は、護だけを引き離すことは考えていなかった。

 護は、なぜか、自分の部屋を素通りして、夕子の隣の部屋に入っていった。

 あえてその理由を聞かずに、健もまた、部屋に戻ると、バックをテーブルに乗せて、ソファに倒れ込んだ。

 一度、背伸びをして、気がついたのは腕の包帯だ。

“診てもらえばよかったな”

 夕べ、警察署で処置をしてもらったまま、忘れていた傷だ。

 痛みの耐性が人よりも強いというのは、こういうときに困る。

 もっとも、放っておいても自然に治る……ものだろう、と、大して気に留めずに、勢いをつけて体を起こすと、改めてバックを開けた。

 中には、二枚のディスクと、何冊かのノートが入っていた。

“……日記?”

 ノート自体は普通のものだったが、表紙には、期間を区切った日付が記されていた。

 玲の言葉では、護のすべてだということだが、と、すると、これは彼の日記なのだろうか。

“彼らしくないけれど……”

 ディスクのほうは、黒い表面に、白文字でただ、『護』とだけ書かれている。もう一枚は、白いディスクで、こちらには黒文字で、やはり『玲』と、一文字だけだ。

 その二枚を聞くためには、コンピューターを起動させる必要があるため、健は先に、日記の方を読むことにした。

 ━━七月二十六日

 そこから始まった文字を追っていく健の目が、驚きで見開かれたのは、日付けの次の書き出しに対してだった。

 ━━護がいなくなって、二ヶ月になる。

“二……ヶ月?”

 思わず表紙に注意を戻す。

 他の日記の表紙にも目を通したが、やはり、この一冊が最初のようだ。

 年は、今から三年前。

 彼は立ち上がると、机に向かった。

 コンピューターを立ち上げる。

 呼び出したのは、メンバーの、訓練の記録だった。

 三年前の護の記録を、日記の日付から二ヶ月遡って、一日ごとに目を通していく。

 休日を除けば、毎日の記録はひとつも欠けていない。

「どういうことだ?」

 時おり、健は独り言を呟く癖があった。

 無意識に口に出た自分の声に、彼はまた、ソファに戻ると、ノートを開いた。

 文面から察すると、護自身の日記ではなく、レイラー・高木春代のものかとも思ったが、文字じたいは男の筆跡のようだ。

 と、すると、彼女の夫の、高木浩二郎、か。

 護がいなくなった……という記載にも関わらず、訓練記録が残されている……。

 いなくなったことを、隠蔽していたのか?

 一瞬、頭に浮かんだ考えを、健は頭を振ることで追い払った。

 先入観はダメだ。

 気を取り直して、彼は日記を読み進めた。

 ゆっくり文字を追って、一言ずつを、まるですべて記憶するかのように。


 

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