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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
54/356

本質の成果 5

 絵里が、また隆宏のあとを継いだ。

「あんたたち、妙なメールを見つけたそうね?」

 それは、壊滅させた組織へ、自分たちからメールを送ったときの返信のことだ。

「それが、この会社と繋がっているということか?」

 いち早く結びつけたのは、やはり実だった。

「まったくあり得ないとはいえないかもね。創業当時のこのパートナーだけれど、あの組織と無関係といえるかどうか」

「組員か?」

「いいえ。そこまではまだ、わからない。でも、交遊関係の中に、組織関係の会社名をみつけてはね」

「短絡的すぎないか?」

 実が、自分の、残ったお茶を飲み干すと、言った。

 絵里が、軽く彼を睨み付ける。

「ええ。そうよ。結びつけるには、小さな偶然にすぎない。ただ、その偶然をそのままにしておけるかどうかが問題なの。関係があるかないかは、この先の調査次第よ。依頼として受ける価値があるかどうか、……ケン、あんたが言ったのよ。だから、あたしたちはそこまで調べて引き上げてきたの」

 リストをじっと見下ろし、少しの間、黙っていたが、やがて、グルリと彼らを見回し、言った。

「おまえたちは、どうしたい?」

「は? 君が決めることだろう?」

「うん。だから、聞いているんだよ。調べたおまえたちの印象で、これを続ける価値があるかどうか」

 隆宏たちが顔を見合わせた。

 最初に発言したのは、絵里だった。

「印象はともかく、調査が半端なのは確かよ」

「けれど、掘り下げる必要がある?」

と、反論したのは隆宏だ。

「それを調べるわけでしょう?」

 隆宏と絵里では、多少意見がちがうのだろうか。

 ずっと黙っていた高志が、その中に入るように、軽く手を上げた。

 彼は、隆宏のいうままに、夕子とともに、今まで絵里たちが報告したことを黙々と調べていたのだが、それが、どう繋がっているのかを真剣には考えていなかった。

 つまり、ほとんど傍観者だったのだ。

 それが、発言しようとしている。

 健は、彼を促した。

「なあ、関係があるとか、掘り下げるとかいうけれど、このまま帰ったとしても、正式な依頼としてとんぼ返りする可能性もあるんじゃないか? 二度手間になるかもしれないのなら、納得するまで調べたほうがいいような気がするな。……どうせ、船はあさってにはヨコハマに着くんだし、キャップが何を言いたいのか、先に調べておくという手もあるぞ?」

「あたしもそう思うわ」

 これは、彼ら二人が、直接司令の言葉を聞いていたからだ。

 司令は、『次の仕事』だと言っていた。

 正式な依頼でなくとも、仕事として渡されたものならば、中途半端で終わらせたくはないだろう。

 隆宏は、別に反対をしていたわけではないのだ。

 なにしろ、自分が次々と、小さな事柄を実際に目にしていたのだから、むしろ、事件が繋がっているという印象は、彼が一番持っていたのではないだろうか。

 だから、関係の有無を抜きに、改めて依頼を受ける可能性もある今、もう少し調べたい、というのは、彼女たちと同意見なのである。

 ただ、率先して言えないのは、やはり、作戦担当として、彼女たちの手前、勝手な判断ができなかったからだ。

 むしろ、他のメンバーの意見をまとめてから、自分の意見をいうべきなのである。

「オレも……本音は続けたいんだ。何しろ、細かいところが一々引っ掛かるからね」

 基本、彼らの意見は一致しているといえる。

 健は、穏やかに頷くと、リストを手元に、言った。

「それじゃ、その、細かいところを関連付けてくれる?」

 隆宏が最初に言ったのは、やはりメールのことだった。

 それを健に見せたとき、彼は、文面がおかしい、と言ったのだ。

「あのメールを、オレなりに考えてみたんだけれど、もしかしてケン、君も思ったんじゃない? 数がはっきりしない、と」

「それもあるけれど、もっと単純なことを考えていたんだよ」

「何?」

「どういう取引かはわからないけれど、全体的に曖昧だな、って」

 情けなく笑いながら、健は息をついた。

「世間知らずだとはわかっているんだけれど、取引というのは、もっとはっきりしたものではないか、と思っていたからね」

「そんなことはないさ」

 実が、励ましのつもりか、軽く肩を叩く。

「確かに曖昧なんだよ。あの文面だと、連絡回数が多くなるからな。それこそ、警察全体で関わっていなければ、そこまで大胆なことはできないだろう?」

「警察ぐるみ、なのか?」

と、高志が口を挟む。 隆宏は腕を組んで、背もたれに倒れた。

「全部、じゃないとは思うけれど……。小規模でもないんじゃないかな。……とにかく、これでひとつ繋がっていることは間違いないだろう?」

 これは、今さら改めて確認するまでもない。否定がない中、隆宏は、健が手にしているリストを指差した。

「二つ目の繋がりは、その社員だ。……偶然かどうかはどうでもいいんだけれど、コウベ在住の彼が、ヨコハマの組織関連の会社と友好関係があったという現実は確かだからね。……三つ目、タカシの調査結果も、ある意味繋がっている可能性があるんだ」

 えっ? と、意外そうな声を上げたのは、当の高志であった。

 彼は、絵里から教えてもらいながら、リストの人物の居場所を調べていただけだ。

 その結果を知ってはいるが、どういう繋がりがあるのかが理解できない。

 あからさまに首をかしげる仕草で、隆宏に疑問をぶつける。

 隆宏は、クスッと笑って、上を指差した。

「コンピューターに入っているほうの調査結果だよ」

「だから、何を調べたっけ?」

「組織事務所周辺の聞き込み。君は、関連のありそうな商店街を回っていたじゃないか」

「それがどうかしたか?」

 確かに、商店街で話を聞いたし、噂もちらほらと聞き込んでいた。

 しかし、それが何の関係があるのかすら、高志には理解できない。

 もちろん、そのとき一緒にいた絵里にもわからなかったようだ。

 実際、事務所を潰すに当たって、話題にもならなかったからだ。

 今さら、何の関連性があるというのか。

「妙な符号があってね。そのときは別に、気にしていなかったんだよ」

 だから、何も言わなかったのだという。

 実際、高志の聞き込んだ噂というのは、どちらかというと商店街の、店同士のやっかみなどが多かったため、組織が潰れてしまえば共倒れだろう、程度にしか考えていなかった。

 どこの店に、組員が出入りしている、とか、裏で金を払っているから、客寄せの協力者だろう、とか。

 噂を確かめにそういう店に行ってみれば、確かに繁盛はしていたというが、それは、若者向けの洋品店や、洋菓子屋、喫茶店では当たり前の光景であり、さほど変わったところはなかったというのだ。

 隆宏は、そのとき、その情報を、呆れながら読み流していた。

 高志が、それぞれの噂話を思い出すように視線を泳がせ、ポツポツと呟いた。

「確か、何年か前に出店して、客足は多かったみたいだよ。実際行ってみたけれど、店内にはずいぶん、人がいた」

「そうね。どの店も盛況そうだったけれど……。ただ、気になったこともあるにはあったわ」

 絵里も、そのときの記憶を思い起こして、高志に顔を向けた。

「あんたは気にならなかった? 品物は、さほど売れていなかったように思えたんだけれど」

「やっぱりそうなのか?」

 どうやら、高志も気づいてはいたようだ。

 ただ、彼の場合、そんなものなのだと思っていたという。

 絵里の話だと、例えば洋品店は、自分も服を選んでみようかと、かなり店内を歩いたという。

 確かに、流行なのだろうと思える服は並んでいたが、量販店で買えるような出来映えのものを、値を上げて売っているように思えたという。

「だからかもしれないけれど、試着だけで帰る人が多かったのよ」

「洋菓子店なんかもそうだったよな。奥に喫茶コーナーがあったけれど、あれ、待ち合わせかなにかのコーナーみたいだったじゃないか」

「喫茶店もそうよ。どうして混んでいたのかがわからないの。そんなにおいしいところじゃなかったし、売りの一品とかがあるわけでもなかったのよ」

「でも、おまえが言う符号がわからないな。混んでいたことが共通点なのか?」

「違うよ。符合しているのは、何年か前の出店と、店の売り言葉だよ」

 高志と絵里が顔を見合わせる。

「……何年か前の出店と……」

 呟いた絵里より、先に気づいたのは高志のほうだった。

「コウベ直送だ!」

 まるで、新しい発見をしたかのような彼の声だったが、水をさすように、実が鼻で笑った。

「こじつけのような符号だな」

 しかし、隆宏はそれが言いたかったらしい。

「そうだろう? わざとらしい共通点なんだよ。どうしてヨコハマで、コウベの物を扱うんだ? ダメと言うわけではないけれど、同じ港町のものを、わざわざ取り寄せることが、引っ掛かるんだよ」

「一々重なる符号か」

 呟く実の言葉で、自然、メンバーの視線が健に向いた。

 途中で終わらせたくない、そんな瞳だ。

 健は、ラインで彩られた用紙と、隆宏が取り寄せた資料に目を落とし、やがて、声を潜めて言った。

「今日はもう、休もうか」

と。

 どうするとも言わずに返されたものだから、隆宏たちは思わず聞き返してしまった。

「休む?」

 健の視線が、いつの間にか資料から、自分の脇の床に座っていた夕子に移っていた。

 彼の左手にそっと、自分の手を添えている。肘掛けには、俯せるように頭が乗っていた。

 静かな寝息が、彼の手の甲に伝わっていたのである。

 一番遠くに座っていた高志が、腰を上げて彼女を覗き込む。

「……かわいいなぁ……」

 まるで子供のように、健の手に触れて眠ってしまったらしい。

 無理もない。

 夕べは、恐らく、さほど寝てはいなかっただろう。今日は今日で、健と、護のことがあり、出掛けていたとはいえ、神経が張り詰めていたことは容易に想像できる。

 彼女の、眠っている姿を、彼らはむしろ微笑ましく思い、結局、結論は明日でもいいと、絵里が腰を上げた。

「部屋に戻るわ」

と、言いながら、夕子の傍らに膝をつく。

「起きてちょうだい。戻るわよ」

 揺り動かそうとした彼女の手を、傍にいた健が、そっと抑えた。

「?」

 見上げた絵里に、彼が、自分の口元に指を当てて、微笑む。

 高志に目を向けた。

「頼める?」

 高志は、当然の了解とばかりにウインクをすると、絵里が腰をあげるのを待って、場所を代わった。

 静かに、ゆっくりと夕子を抱き上げる。

 完全な熟睡のようで、身じろぎをして、うっすら目を開けたものの、すぐに力が抜ける。

 それでも、途中で起きるかもしれないと、絵里は健たちに小さく、

「おやすみ」

と囁くと、高志のあとをついていった。

 すかさず、隆宏も腰をあげる。

「タカヒロ」

 呼び止められた彼は、中腰になった体を、また戻した。

 健は、今度は実に呼び掛け、廊下に連れ出した。

「おまえ、睡眠薬を飲んでいるよね?」

 断言する確認に、実が眉を寄せる。

「どうして知っているんだ?」

「マモルに教えてもらったからね。この間、おまえ、歩いている途中で寝てしまったじゃないか」

 この間、がいつのことなのか、咄嗟にはわからなかったようだが、少し考えて、

「……ああ……おまえにキスをしたときか」

と、妙なところを言い出した。

 健の顔が、気まずく天井に逸れる。

「そんなことを思い出すなよ」

 健にとって、できることなら忘れたい体験なのだ。

 だが、実は、キョトンとしながら、

「……違うのか?」

「いや、そうだけれど……」

 体が火照ってくる。

 考えてみれば、実にいきなりキスをされたことよりも、服を脱がされかけたまま、彼を背負って家まで戻ったことのほうが人目についていたのだ。

 隆宏に指摘されるまで、気づきもしなかったことのほうが恥ずかしい。

 参ったな、と呟いただけで黙ってしまった健に、実は息をついた。

「それで? 睡眠薬がどうかしたのか?」

 彼にしてみれば、健がなぜ、赤面しているのかがわからなかったようだ。

 強引に話を戻す。

 健は、

「そ、そう、それなんだけれど……」

と、ようやく彼に向き直った。

「その薬、誰でも飲めるものか?」

 真意を読み取れない問いかけに、また、実は眉を寄せたが、答えは否定を表す、首の動きだった。

「あれは、オレ用に調合しているものだ。やめたほうがいい」

「……そうか……」

「ひつようなのか?」

 尋ねられて、健は僅かに視線をリビングのほうに逸らした。

「オレと……タカヒロにね」

「どうして?」

 健は、困ったように両手で髪をかき揚げ、やがて、視線を泳がせながら言った。

「多分、タカヒロには何日か必要になるんじゃないかな」

「だから、どうしてなんだよ?」

「うん……」

 言いづらそうに、健は廊下の壁に寄りかかった。

 思い出したのは、キッシュの昔話だ。

 彼は、刑事としての新人時代を、イギリスで経験していたという。

 そこは、アメリカほど銃社会ではなかったというが、それでも、日本より遥かに、危険な社会であった。

 いくら、発砲許可があったとはいえ、生まれて初めて犯人を射殺したときは、何日もうなされたそうだ。

 たとえ、子供の頃から訓練されていたとはいえ、隆宏も真っ当な神経の持ち主だ。

 夕べの様子をみれば、何日かは容易に寝付けるとは思えない。

 誠実だからこそ、騙し討ちのように事務所を襲撃し、こちらが指定したターゲットとはいえ、殺人まで犯した事実は、しばらくは彼の頭から離れないだろう。

 同時に、忘れてはならない事実でもあり、健は、、そう言い聞かせていたのだ。

 疲れたように息をついて、健は呟いた。

「作戦担当のプレッシャーは……しばらく続くよ。夜くらい、落ち着かせてあげたいんだ」

「……」

 実は、黙って健を見返していたが、すぐに踵を返して二階に上がっていった。

 リビングでは、隆宏が待っていた。

 呼び止められたままだったからだ。

「ケン、何か話があったの?」

 元の席に戻って、健は頷きながらグラスを取り上げた。

「ちょっとね。ミノルが戻るまで待っていて」

 それは、長くはなかった。

 程なく実が、キッチンから二人分の水まで用意して戻ると、それを健と、隆宏の前に置いて、手に持っていた錠剤を一つずつ、二人に手渡した。

 薬に目を落として、隆宏が首をかしげる。

「何の薬?」

「安定剤」

 首をかしげた隆宏が、次は苦笑しながら言った。

「オレは、薬が効きにくい体質じゃなかったの? 君が言ったんじゃないか。……いらないよ」

 本部で、初めて実に会ったときのことを言っているのだ。

 だが、実は、そんなことを忘れているのか、それとも承知で渡したのか、錠剤をテーブルに戻そうとした隆宏の手を、押し止めた。

「選択肢が二つあるぞ。その薬を飲むか、オレが、おまえを眠らせるか……。どうする?」

 眠らせる……その方法に、隆宏がムッとして睨み付ける。

 安易に暗示にかけられてはたまらない。

「強引に寝かせて、何の意味があるんだよ?」

 実は、軽く首をすくめた。

「さあな。オレは、ケンの頼みで用意しただけだ」

「……どうして? ケン」

 彼のほうは、自分の分をテーブルに置いて、優しく微笑んだ。

「悪いね。理由は聞かないでほしい。ただ、せめて一週間位は続けてくれないか」

 健から直接言われては、反対もできない。

 声も小さく、

「……君がそういうのなら……」

と、答えるしかないではないか。

 もっとも、本部で、まったく説明もないままに眠らされたことを思えば、今回は、『安定剤』と言ってくれただけ、マシか。

 ただ、健の頼みでなければ、彼は決して飲まなかっただろう。

 幼い頃から、熱を出しては飲まされていた解熱剤は、処方された粉薬だった。

 その苦さは未だに記憶に残っている。

 つまり、隆宏は、薬の類いが嫌いになっていたのである。

 たとえ、それがたった一錠の小さな粒であっても、できれば避けたかったと言うのが本音だ。

 嫌なことはさっさと済ませるに限る。

 グラスの水で、薬を流し込んだ隆宏は、一仕事を終えたとでも言いたげに深く息をついた。

「ごめんね。タカヒロ。あとはもう、部屋に戻っていいから」

「うん、そうするよ。……ただ……」

 視線が、テーブルの上の、ラインのついた資料で止まった。

「仕事、続けるの?」

 健が頷く。

「おまえたちが納得できるならね」

「正式な依頼じゃなくても?」

「それは、本部の都合だろう? おまえたち次第だよ。正式なものにすrかどうかは、オレたちが決めることだ」

 それは、隆宏にとって、満足できる答えだった。

 曖昧に、用紙を一枚渡され、仕事の延長だと言われただけでは、何もしようがない。

 初仕事と同時に、具体的なことの何一つ示唆しない剣崎司令のやり方に、不満がなかったとはいえないのだ。

 けれど、健が方向を示してくれれば、自分はそれになぞって、調べることができる。

 今度こそ腰を上げて、隆宏は三人に挨拶をすると、リビングを出ていった。

「さ、てと……」

と、今度は実に声をかける。

「おまえも部屋に戻ってくれるか?」

「おまえたちはどうするんだ? まさか、また酒盛りでもするつもりか?」

「まさか。ただ、マモルに話があるだけだよ。おまえには、席をはずしてもらいたいだけ」

 はっきりとした申し出であったからこそ、実はすんなりと席を立った。

「ケン、窓際のベッドを使わせてもらうぞ。これから先も、そうしてくれ」

「? ……別に、構わないよ」

「じゃあな」

 邪魔者扱いされたことにも興味を持たなかったようで、実が出ていったあと、健は、最後に残った護に向いた。

「本音を言うとね」

と、切り出す。

 護は、いつものように、心の底まで見透かすように彼を見返した。

「眠くないんだ」

 そう言われても、護に思うところがあるはずがない。

 また、興味もない。

 何の反応も、返事もなかった。

 健は、テーブルに置いていた錠剤を、護の前に滑らせた。

「……?」

 ようやく、表情が動いた。

 何のつもりだ? という疑問だ。

「これから先、眠らずにいられるとは……思っていないだろう?」

「……だから?」

「おまえだけを隔離するつもりはないよ。おまえ自身言っていたよね。オレたちと同室でも苦にならないのなら、それを飲んで、部屋で寝てくれ。オレが、しばらくはここにいるから」

 僅かな反感が、こみあげる。

 護は、一度錠剤を取り上げて、すかさず、健のほうに放り投げた。

「断る」

「……そう」

 元々、無理強いするつもりもなかったため、錠剤は再び、テーブルに置かれた。

 しばらくは、二人とも黙っていた。

 ただ、繰り返し流れているステレオの、途切れがちの音楽が、ずっと部屋に漂っているだけだ。

 隆宏たちが戻ったときも、消していなかった。

 彼らの声で、まったく聞こえなかったが、こうして沈黙の中に流れるメロディーは、まるで、休ませてほしいと訴えているように聞こえる。

 健は、すでに飲む気をなくした酒のグラスに手をつけることなく、ただぼんやりと時間を過ごしていたが、やがて、ゆっくりと振り返ると、壁にかけてあった時計で時間を確認した。

 実が戻ってから三十分ほどか。

「マモル」

 黙っていた間、護は健の存在を忘れたかのように、本を読んでいた。

 声をかけられて、顔を向ける。

 健の表情は、なぜか、厳しく護に向いていた。

「服を脱いでくれ」

 その声さえも、冷たく護には聞こえ、咄嗟に顔を逸らした。

「……なぜ……?」

「おまえは、オレの言うことにいちいち理由を聞くのか?」

「……」

 何度か、見せた……。

 健の、反対を許さない頑なな態度は、すでに感情もなくしたはずの護ですら、圧倒する。

 突っぱねて、無視することもできず、彼は本をテーブルに置いて、シャツのボタンを外し始めた。 

 湿布している右肩が痛む。それでも、緩慢な動きでシャツを脱ぐと、顔を逸らしたまま、健の視線を受け止めた。

 一通り、彼の体を眺める。

 右の肩口に包帯が巻かれていたが、それでも、ほぼ、上半身の、至るところに古い傷跡が浮かび上がっていた。

 胸元の、青いペンダントが、部屋のライトに反射する。

 やがて、

「ありがとう。もういいよ」

という、いつもの優しい声が聞こえた。

 同時に、健が腰を上げる。

「部屋に戻るよ」


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