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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
53/356

本質の成果 4

 相手が誰であろうと、自分から口を開くことがほとんどない上に、二階から持ってきた本を読んでいる護と、口を開けば嫌みや皮肉が多い実を相手にして、どういう会話が成立するというのか。

 健はしかし、三人の間に流れる沈黙を、別段悪いものとは思わなかった。

 気を利かせたつもりか、実は、部屋のステレオの音楽を、極力小さくして流している。

 しかし、聞こえるか、聞こえないかのボリュームにも関わらず、時おり、実が眉を寄せ、それから苦笑する姿が見られた。

 当然だ。

 銃の『改良』をしたときに、テレビと、このステレオを最大音量で流していたのだから。

 スピーカーが壊れかかっているのだろう。音が掠れる。

 ポツリと、実が呟いた。

「初日にテーブルで、次がスピーカーか。おまえは物を壊すのが趣味なのか?」

「……ごめん」

 恥ずかしさに目を伏せて、一言謝る。

「ホッカイドウにいたときもスピーカーを壊していたんだ。自分で直せるから、買い換えることはしなかったんだけれどね。それも直そうか?」

「余計なことだな。それは、本部のメンテナンスの仕事じゃないか。……それよりも、よく、あの騒音の中で改良なんてできるな」

 実の言葉は、謙遜でしかなかっただろう。

 あれは、騒音などという程度ではない。

 頭の中がおかしくなりそうなほどの大音量が、二つも混じり合って、脳を圧迫されるような感覚だったのだ。

 音という振動は、時として凶器になるというのは、決して大袈裟な表現ではない。

 しかし、それでも、実は我慢して健に付き合っていた。

 むしろ、そちらのほうが驚くべきことだったのではないだろうか。

 健にとっては、そう、当たり前のことだったのだ。

「集中するときの癖なんだよ。牧場の片隅に建っていた家だからね。苦情があるわけでもなかった。……そう言えば、ここでも苦情はなかったのか?」

 一瞬、あんぐりを口を開けて、実が呆れた。

 今さらになって言い出す、健のあまりの鈍さに、次にはあからさまに笑い出した。

「あったよ。どうしてオレが、ノーマルの文句に配慮しなければならなかったんだか。……だから、本部のナンバーを教えておいた。文句があるのなら、そっちに言えとな。柄にもなく親切なことをしたと思っているよ」

「そう。よかったよ。オレ一人では気がつかなかったから」

 とはいうものの、正直、実もすぐに気がついたわけではない。

 なにしろ、あの音の中だ。玄関の、インターフォンのおとなど、聞こえるわけもない。手に持っていた電話が鳴ったので、対応するために廊下に出たときに、初めて玄関に人影を見つけ、それがチャイムの音と、ドアを叩く音をさせていたから気づいたのだ。

 相手からは、散々に文句を並べ立てられた。なんでも、庭まで回り込んで、窓まで叩いていたという。

 実は、健が座っていたソファの影に座り込んでいたため、それを確認できなかったし、健はというと、窓のほうに向いていたにも関わらず、あれだけ集中していれば、気がつかなくても仕方がなかっただろう。

 だから、実は辛抱強く、そして、一言も反論せずに文句を聞き、その代わり、謝罪の言葉すら一切口にすることもなく、本部の連絡先を書いて渡したのだ。

 最後に、警察にも通報するという捨てぜりふを残して相手が帰ると、さすがの実も笑うしかなかった。

 元々は、その、警察からの依頼だ。動くはずがない。

 それでも、彼は、しばらくは誰か来るかもしれないと、階段に腰を下ろして待っていた。

 そんなことが二回ほどあっただろうか。

 しかし、他の苦情はなかった。

 近所が留守だったか、我慢していたか。

 それとも、苦情のあった家から、何らかの説明を受けたか……いずれにしても、健の騒音で迷惑を被ったのは、本部も同様だったのではないだろうか。

 そして、結局、その会話すらそれきりになって、また、耳に、途切れがちの掠れた音楽を流しながら、隆宏たちの連絡を待っていた。

 時おり、思い出したかのように、壁の時計を見上げる護に合わせて、実もそちらに目を向けたが、次第に苛立ちはじめ、ジュースの入ったグラスを置いて、窓の方を振り向いた。

「連絡が入るのが遅くないか? あれだけのリストの一人も所在が確認できないのかよ? しかも、四人がかりだぞ」

 健もまた、ソファの背もたれから、仰け反るように背後の時計を見上げた。

「確かに、遅いね。でも、逆に順調だと考えることもできるんじゃないか?」

「おまえは能天気だよ」

 調査を頼んだ当の健が、のんびりとグラスを傾けているのなら、実一人が心配しても仕方がない。

 彼は、それなら、と腰を上げた。

「ケン、シャワーを浴びてくる」

「うん」

 実が出ていってしまうと、護は静かに本を閉じた。

 それでも、しばらくは黙って、カーテン越しに外を見ていたが、そのまま、ポツリと口を開く。

「あなたは……」

 健は、酒のグラスを手に持ったまま、やはり、正面のカーテンを見つめている。

 どうやら、護の言葉を待っているようだ。

「……ミノルから……オレの……」

 言いあぐねながらも、時間をかけて、護は尋ねた。

「傷跡を……」

 健の口元が緩んだ。

「やっと、聞いたね」

「……?」

「よかったよ。ミノルから聞いてはいたけれど、こっちから切り出すわけにはいかないじゃないか」

 姿勢を正すように座り直して、グラスをテーブルに戻す。

「そのことは保留にするんだろう? オレは、話は聞いた。けれど、実際に見ていないし、今はそれで終わりにしたほうがいいと思うよ。それより、ひとつ、聞きたかったんだ。おまえ、どうして親のことを知っていたんだ? やっぱり、レイラーから聞いたのか?」

 答えは、やはり首を振っただけの否定だった。

 が、長い沈黙のあと、護はゆっくり、健のほうに振り返った。

「自分で……調べた」

「興味を持った?」

 これも、否定だった。

「興味……ではなく、疑問、だろう」

「疑問? ……親がいないとい?」

「違う。周囲の視線の意味が、理解できなかった」

 ふ、と、テーブルのグラスに目を落とし、護は、気がついたように健のものに酒を継ぎ足した。

 その合間に、ポツポツと、話し始める。

 護は、とりあえず、幼児期は普通だったようだ。近所の子供たちと、外で遊ぶことも、ごく自然にしていたという。

「ユウコと……同じではあったが……」

 これは、人見知りのことだ。

 健は、それを微笑ましく聞いた。

 今の姿からは想像しがたいが、それでも、子供の彼が、戸惑いがちにレイラーの陰に隠れる仕草が浮かんだからだ。

 最初に会ったころの夕子のように。

「レイラーからは……他人に対して、挨拶だけは必ずしろと、教えられていた。けれど……オレには、目上の視線が……その頃は怖かった。……言葉が、出てこない。ただ……頭を下げるだけだった。そのあとの……オレを見る目が、理解できなかったんだ」

 子供たちとは、公園などで一緒に遊んでいたが、相手には必ず、親がついている。その親同士が、━━もちろん、レイラーもその中に加わっていたが、どうも、自分を見るたびに囁き声が漏れていたという。

 はっきりと聞き取れていたわけではない。そして、いつの間にか、レイラーがその輪から外れていることもあったらしい。

「なぜ、挨拶をしろと言っていたのかを……レイラーは何度も諭していた」

 どうやら、それは、近所の、そして親の目、というものを気にしていたかららしい。

 レイラーにしてみれば、自分は親ではない。しかし、シングルマザーとしか見られていなかったようだ。

 要するに、片親だから、躾ができていないと見られることが堪らなかったらしい。

 しかも、親子にしては似ていないと言われる。

 結局、親戚の子供を引き取って育てている、そう嘘をつくしかなかったと言った。

 だが、それはそれで、今度は別の視線が護に向けられた。

「今でも……理解ができない。なぜ、他人の子供、というだけで、同情されたのか……」

「……そう、か。おまえを見る目が同情だったから……疑問を持った、ということか」

 静かに、肯定の意味で、護が頷く。

「親という存在がないことはおかしいのだろうか。……そう、思った」

 それでも、同年代の子供が、学校に行くようになるまでは、友人たちと何とか、付き合っていられたようだ。

 周囲の友人が学校に通うようになると、少しずつ、態度が変わってきたという。

 表面的にはそれほどの変化はなかった。しかし、言葉の端々に、棘があったのは確かだ。

 親の受け売りは、遠慮のない子供の言葉に代わる。『いじめ』という、ハッキリしたものではなかったが、護は次第に、外に出なくなった。

「辛かった?」

 そう尋ねてみた。

 やはり、護が首を振る。

「どうでもいいことだ。あなたも同様だろう。訓練が重視されれば、どのみち、彼らとは距離をおかなければならなくなる。だが、疑問だけは残っていた。だから……調べた」

 両親がいないことで、周囲の、同情の目がなかったら、護は生涯、調べようとは思わなかっただろう。

 普通の子供であれば、小学生でしかなかった年頃の彼が、自分の能力を活かして、調べあげてしまったのだ。

 精神訓練の、基本である命の大切さを教えられた自分が、よりによって、ノーセレクトとして生まれたというだけで、両親が自殺した、ということを知ったときのショックは、どのようなものだったろう。

 彼は、生きているのが嫌なのではない。

 生きていてはいけない存在だと、考えていたのだ。

「それで……生まれながらの殺人者、か……」

 公園で言っていた言葉の意味に含まれた絶望は、子供の精神では耐えられるものではなかったのだろう。

 それにしても……。

 よく、話してくれたなと、健は思った。

 てっきり黙り込むと思っていたし、期待して聞いたことではなかったので、意外だったのは確かだ。

「ねえ、マモル……」

 ついでに聞いておこうかと、口を開いたが、健の質問は、玄関先の声に遮られてしまった。

「ただいま、ケン。……ねえ、ミノルはどうして……」

「余計なことは言うなよ」

 次に入ってきた実が、彼を小突く。

「ミノル、どうか、したのか?」

 隆宏たち全員が、戻ってきたようだ。

 実は、健の隣に腰を掛けながら言った。

「入ろうとしたら、おまえたちが話をしていたようだったから、遠慮をしていただけだ。……済んだのか?」

「別に……気を使わなくてもよかったのに」

とは言ったが、護にすれば、聞かれたくない話だったかもしれない。

 本当に、実は、そういう細かいところに気を使う。

 夕子だけが姿を見せないのは、帰った早々、キッチンに入ったかららしく、隆宏たちはそれぞれ席についたが、絵里は、テーブルのうえにあったグラスを見つけると、ボトルと共にキッチンに持っていってしまった。

「ごめんね、ケン。電話をするより戻ったほうがいいと思ってさ」

と、渡されていた用紙を、健の目の前に差し出した。

 そこには、途中で用意をしたのだろう。蛍光ペンで、名前を彩ったあとがあった。その上、ある一人の人物のところは、二重丸がつけられている。

「リストの意味がわかったよ。これは、海運会社の社員リストだ。緑のラインの人たちは、今、コウベからこっちに向かう船のなかだよ」

 その数は、約、半数か。

 全部の人数が五十人程度だから、決して大きな会社ではなさそうだ。

「それで?」

「どうも、まともな会社じゃないみたいなんだ」

「というと?」

「ちょっと待って」

 隆宏は、キッチンから絵里たちが戻ってくるのを待って、彼女に話を引き継いだ。

 夕子が用意したのは、お茶だった。

 時間も時間だから、彼らは酒を飲むつもりはなかったらしい。

 ただ、健にだけは、日本酒を用意した。

 全員が席についたところで、隆宏が絵里を促す。

「この会社、表向きは小さな印刷会社でできた本をヨコハマに運んでいるの。普通、陸路よね。その方が安いし、早いもの。でも、その印刷会社は、海運会社の創業当時からの付き合いで、未だに契約しているらしいわ」

「君たちは、印刷会社の方を調べてきたわけ?」

「違うわよ。そっちはついで」

「海運会社がまともではないという根拠は?」

 健の横からリストを覗き込んで、実が尋ねた。

 再び、隆宏のほうが説明を始める。

「まず、このリストの人間の居所を調べるために、野々村さんに連絡をとったんだ」

 野々村が用意したリストなら、その意味を、本人に尋ねるのが一番だ。

 事後承諾になる形だったが、隆宏は、自分が責任をとると言って、詳細を聞いたらしい。

 もちろん、隆宏は野々村と面識がないどころか、絵里と高志の話で、初めて資料室のチーフだということを知った。

 そのため、リーダーではない自分の要請で、野々村が話してくれるかどうかが不安だったようだ。

 どうやら、訓示は行き届いていたらしく、また、ノーセレクトメンバーだということを、初めから知っている野々村は、協力を惜しまなかった。

 隆宏は、転送してもらった別の資料も健に渡した。

 そこには、神戸にあるその海運会社の、資本、資産、社員の経歴の他、社長や重役の住所、家族関係、他、仔細が並べられていた。

 その転送のあとで、ようやく、リストの人物すべての居所を調べたのだそうだ。

 その中で、『まともではない』と感じたことを報告する。

 まず、疑問に思ったのは、社長以下、重役の所得や、会社の経費などを比較すると、どう考えても、今の経営状態は、収入が心もとないというのだ。

 要するに、割りが合わない、らしい。

「裏帳簿とか何かがあるとか?」

 健の問いかけに、隆宏は困ったように眼鏡を外した。

「それが、そういう訳でもなさそうなんだ。というより、社長は、他にも会社を持っているんだよ。どちらかというと、そちらのほうが大きくてね。だから、印象としては、微々たる収入のために海運会社をやっている意味がない、ということなんだ」

「逆に考えれば、意味があるから会社をやっている、ということよ」

「それが、まともでない根拠か?」

 なんとなく、絵里が言いたいことがわかる気がする。

 海路の確保のために、その会社が必要だ、ということだ。

「と、なると、その社長は……」

 隆宏が、手をかざして、健の言葉を止めた。

「社長には、後ろ暗いところはないんだ。彼自身はきっと、道楽くらいにしか考えていないんじゃないかな。だから、収入が少なくても、船が二隻しかなくても、会社が潰れても多分、構わないはずだ」

「海路の確保にも執着はない、と?」

「だろうと思う。……社長が会社を立ち上げたのが約、十一年前。ただ、少なくともその時は真面目に、運送をやろうとしていたんだろうね。約三年の間は顧客の獲得に奔走していた形跡があるんだ。それで、今の取引相手のいくつかとは続いている。けれど、メインはエリの言うとおり、印刷会社の定期的な運送だけなんだ。あとは、細々とやっているとしか言えない取引ばかり。どうも、社員を路頭に迷わせない程度に続けているという印象だよ」

 話を聞くうちに、実は、眉を寄せた。

「タカヒロ、おかしくないか? 社員を解雇するに忍びないから会社を続けているわけだろう? まともじゃないか。その社長は人がいい、で片付けられる話だぞ?」

「そうだよ。社長はね。まともじゃないのは、社員のほうなんだ」

「社員?」

「このリスト全員だよ。入社の時期はバラバラだけれど、必ず、誰かの伝で入って、今の人数になっているんだ。起業した当時の社員は一人だけ。この……一番古い重役」

と、隆宏の指が、リストの下のほうのひとつを指した。

「社長の、創業当時のパートナーだ。この二人で、最初は顧客の獲得に回っていたんだね。社員も、この頃は普通だった。けれど、会社が一度、軌道に乗り初めて、一時期売り上げを伸ばした頃から、変わり始めたんだ」

 もう一度、隆宏がリストをなぞり始めた。

「大体、五年後くらいかな。社員が入れ替わり始めた。一人入ると、二人やめたり、また入ると、一人やめたりして、一年くらいの間で、この人数、顔ぶれにそっくり変わってしまったんだよ」

 指が、止まる。二重丸がついているところだった。

「この社員が最後の入社員だ。約一年前のね」

 その人物こそ、本部で野々村が言っていた、命の危険があるという男だ。

「全部、伝で入った、と言ったね」

「そう。肝心なのは、誰かがやめたから求人したんじゃないということなんだ。逆なんだよ。人が入社したから、元々いた社員が削られていった。……と言い換えたほうがいいんだ。しかも、古株の伝、それから、またその新入社員の伝で入って、誰かがやめる。……何が言いたいか、わかるだろう?」

「会社の乗っとり?」

 健の呟きに、隆宏は曖昧に頷いて、それから首を振った。

「半分はそういうこと。ただ、単なる乗っ取りじゃない。会社名義は、未だにその社長だからね。パートナーのほうは、重役のままだ。今の重役は三人。オレンジの印がついている人だよ。もちろん、入った順で古株だからだと思うけれど。……彼らが重役になったのもまた、五年前くらいからで、この頃に、コウベとヨコハマのラインだけの経営に変わった。最初は関東と、四国のラインがあったんだけれどね。トウキョウ、チバ、シズオカ、いばらきと、カワサキ、エヒメ……二隻の船は、そのためのものだったらしいよ。それがたった一本、ヨコハマだけになったんだ」

「社長は、縮小した経営を傍観しているのか?」

「そこまでは調べていないよ、ミノル」

 とりあえず、調べたことといえば表面的なものと、そして、健のいうとおり、リストの人物の現在位置だけなのだ。

 隆宏は、改めて健に向いた。

「ケン、本部で野々村さんが言っていたという言葉、わかる気がするんだ。君には見過ごせる? この、最後の社員、殺されるかもしれないよ」

「……?」

 隆宏も絵里も、そして高志までが真剣な眼差しで彼を見ている。

 なにかを見つけたのだ。


 

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