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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
52/356

本質の成果 3

 帰った早々に、隆宏から文句を言われた。

 原因は、健が、実にしか行き先を言わなかったからで、その実が、隆宏たちにすぐに伝えなかったからである。

 支給された電話を、やはり持っていかなかった健と連絡がとれないため、今朝の事件の加害者が、まだ警察に勾留されていることを伝えられなかったことに怒っているのだ。

 ただし、その非は隆宏にもあったことは自覚していた。

 一通りの文句を、愚痴のように並べ立てたあとで、謝罪を忘れなかった。

 結局、加害者のことを隆宏が思い出したのは、デザートを食べているときだったから、どちらにしても、遅かったのである。

「とにかく」

と、最後に彼は言った。

「出掛けるたびに電話を忘れるようじゃ、支給されても無駄だよ。何か他の方法を本部に進言してくれないか?」

 健は、ミルクが入っただけのアイスコーヒーを片手に、聞いているのかいないのか、曖昧に頷いただけだった。

 その様子に、ようやく隆宏は心配そうに覗き込んだ。

「もしかして、まだ具合が悪い?」

 顔は、隆宏に向いている。視線も、だ。

 しかし、健は、彼を見ていない。

 答えはなく、おもむろに彼は、グラスをテーブルに置くと、リビングを出ていってしまった。

「ケン?」

 何か怒らせたか? やはり、余計なことを言ったのではないか。

 気まずく実を見ると、彼のほうが、応えるように席をたって、リビングから廊下に顔を出した。

 しばらく様子を伺って、クスッと笑いながら戻ってきた。

「おまえが心配することはなさそうだ。大方、勤勉モードにはいったんだろうよ」

 長い間、彼は戻ってこなかった。

 実が見たのは、電話をかけていたところだったから、先程の警察署か、本部だろうと見当をつけたが、隆宏が気まずく待っていたのはいうまでもない。

 ようやくリビングに入ってきた健は、絵里にまず、声をかけた。

「君は、コンピューターの扱いはどの程度?」

「あたしは……そうね、人並み以上というところかしら」

「タカシは?」

 彼は、小さく舌を出した。

「悪い。興味がなかった」

「ユウコ?」

「私は、インターネットで手芸や料理の調べごとくらいしかしていません」

「それなら、君も手伝ってくれ。タカシは、エリから操作指導をしてもらって」

 いうなり、彼は、ポケットに入れていた用紙を隆宏に渡した。

「このリストの人物すべての、現在の居所を突き止めてくれ。わかり次第、直接連絡を取って、その都度、こっちに教えてほしい。頼んだよ」

「依頼内容がわかったの?」

 渡されたリストを折り畳んで、隆宏が尋ねる。

「依頼? 依頼じゃないだろう? キャップはそういう言い方をしていたのか? エリ?」

「は? なんであたしに聞くのよ? あんた、今誰と話をしていたの?」

「本部だけれど?」

「依頼を受けたわけじゃないの?」

「オレは、君たちが言う、通信手段を頼んだだけだよ」

「待ってよ。まさか、あたしたちが勝手に持ってきたと思っていないでしょうね?」

 絵里の言葉を継ぐように、高志も口を開いた。

 野々村と剣崎司令の会話のあとで、資料を渡されたのだ、と。そのときの司令の言いようも、高志は覚えている限り、正確に伝えた。

 健は、情けない微笑みと共に、

「だから、さ」

と、言った。

「正式な依頼でないのなら、受けようがないじゃないか」

「わからないな。それなら、君はこれで、何を調べようとしているわけ?」

「オレたちが動く、正当な理由があるかどうかを、だよ。どうする? 行ってくれるの?」

 絵里たちが顔を見合わせる。

 最初に動いたのは隆宏だった。

「電話を持っていくよ」

と、部屋を出る。

 そうなると、絵里たちも行かないわけにいかなかった。

「まったく、頼りないのか頼もしいのか、はっきりしてもらいたいわ」

 健にとって、意味不明の捨てゼリフだった。

 コンピューターについてすら、声をかけられることのなかった実が、健を見上げていた。

「それで? マモルとオレは、どうして残ったんだ?」

「ちょっと、話があってね。それに、しばらくは動かないほうがよさそうだし」

と、護を流し見ながら、自分の肩に手を伸ばしたのは、先程の、自分のことを教訓にしたからだろう。

 痛みがほとんどないからといって、無茶をして動けば、治りが遅くなる。

 健にしてもそうなのだが、護が下手に動いて、ケガが悪化すれば、その痛みがいつ、どのような形で実に入り込むかわからないのだ。

 実も、その点に気がついたのだろう。軽く肩をすくめて、先を促すように右手を差し出した。

「どうも、気に入らないんだ」

 健の出だしは、唐突なものだった。

「なにが?」

「そう、聞かれても困るんだけれど。……最初に本部で、キャップの話を聞いてから今日まで、オレなりに考えて来たんだけれど、思い返してみると、気に入らない、としか言えなくてね」

「漠然としすぎる感想だな。具体的な愚痴や文句なら答えようがあるが」

 健の腕が、肘掛けに乗った。一度、考えるように目が泳いだが、すぐに、実に向き直る。

「なら、具体的に言うよ。本部と国の連携ができていないんじゃないか、と思った」

「根拠は?」

「だから、それこそ何もかもだ。もっと具体的にいうのなら、国とキャップの考えが、ひとつを除いて食い違っている。その一つさえ、見る場所が違う。それが、気に入らない」

「……だから何だと言うんだ? 気に入らないから、一緒に反旗を翻せ、とでも?」

「察しがよくて、助かるよ」

 驚いて目を向いたのは、実だけではなかった。護すら、窓から健に意識を向けたのだ。

「意味合いは違うんだけれどね」

 言うなり立ち上がると、健は、自分が座っていたソファの後ろに回り込んで、その背もたれに手をついて、二人を見下ろした。

 そこで、改めて話し始めたのは、自分がいち早く本部に呼ばれていたと言うことだ。

 そこで聞いた『実験体』という言葉を、そのときの彼は、さほどの思いもなく聞き流した。

 実際、国にとっては最初のノーセレクトであり、どういう扱いをすればいいのかわからないまま、設けた教育方針の中で育てられたのだから。

 最初から、そんな環境の中にいれば、今になって、他人と違うと言われても、実感がなくて当然だ。

 実験体だろうが、なんだろうが、実際、今日、この日まで健は、そしてメンバーは、当たり前に生きてきた。ただ、ノーマルとは違うカリキュラムがあったというだけの違い、という認識しか、なかったのである。

「国と、キャップの、共通した考えが、その『実験体』の部分だ。ただ、言ったように、見る場所が、多分、違っている」

「だから、どうしてそう断言するんだよ?」

「さっきのリストだよ」

「あれがどうかしたのか?」

「タカヒロが言ったとおりなんだよ。オレたちには実績がない。キャップは、やり方の指示は出さなかっただろう? つまり、何者かわからない組織に依頼した警察に対し、オレたちがどういう解決をするか、実験をした、というのがキャップの方向なんだ。そこには、メンバーの意思優先はあっても、成果という概念はない。対して、国の思惑は……言うまでもないだろう? オレという実験体を手に入れてから、二十二年もかけて作った組織だ。確実な実績を挙げなければ意味がない。ならば、本部は、初仕事から、細かい指示を出して、失敗のないようにフォローしなければならないんだ」

 今回は、署長の依頼通り、言われた組織を壊滅することにはなった、と健は言った。

 しかし、それは本当に、誰にとってプラスになったのか、ということを考えると、決して満足できる結果ではなかったと言える。

 実は、その言葉に、顔をしかめた。

「タカヒロの行動指示が間違っていたというのか?」

「まさか」

「なら、何が満足できないと?」

 気まずそうに、というより、すまなそうに苦笑した健は、言いにくいのか、二人に背を向けると、ソファの背もたれに寄りかかった。

「つまり……言ってみれば、署長の依頼自体が、後々に失敗だったと言われる……というところかな」

「だから、それが……」

「ミノル、わからないかな? 今回の仕事は、署長の独断で入ったものだったはずだよ。彼の自己満足だというのはわかっていたよね?」

「ああ」

「地方の署長と、都会の署長という地位では規模が違う。以前に成功した方法が、ここでうまくいくと思う?」

 答えには間があった。

 しかし、実の口から漏れた言葉は、健の質問を否定するものではなかった。

「上手く……いくわけがない」

「住民運動の失敗と、他の組織の介入阻止ができないという結果は、目に見えているよ。そうなると、あの署長のことだ。責任を、オレたちに押し付けてくるのはわかりきっている。つまり、実績は、なしだ。もっとも……」

 背もたれから離れ、健はまた、二人に向き直って続けた。

「そんなこと、オレには関心はないんだけれどね。ただ、これで理解できるだろう? キャップと、国の方針の違いがさ」

「そういうことか。オレたち重視と、実績重視の違いなわけだ」

 簡潔にまとめた実に、満足して頷いた健だが、それきり、息をついて、窓の方に目を移したまま、黙ってしまった。

 実が、首をかしげる。

「……で? 方針の違いが気に入らないから、どうだというんだ?」

 護もまた、僅かだが、興味があるのか、健を見上げている。

 彼は、外を見たまま、言った。

「自分なりの方針を定める、といったら、手を貸してくれる……かな?」

と。

 機嫌を伺うような、弱々しい問いかけだった。

 実が、首をすくめ、含むように笑った。

「手を貸すもなにも、おまえがリーダーじゃないか。だが、それが頼みなら、答えはノー、だ。判断を誤るなよ」

 護の答えは……なかった。

 しかし、それが、実の返事に反対をしているわけではないとわかると、健は首を振った。

「悪いね。でも、命令はしない。……あくまでも、オレはおまえたちに頼むんだ。これから先も、好んで命令をするとは思わないでほしい。きっと……」

と、優しく微笑みながら、二人を見回した。

 それから、元のソファに戻り、情けなく俯いた。

「オレは、いつまでも自信を持つことはできないと思う。……オレにはおまえたちが必要なんだ。だから、リーダーという立場を誇示したくない。……わかってくれないか。オレは、最初から最後まで、守るべき立場でいたいんだ。だから、頼むんだ、と」

 護の視線が、動いた。

 実に、そして、健に向く。

 守るべき立場……それは、先程、公園で決意した護に対しての答えではないだろうか、と。

 やはり、健は、どういう方法であろうと生きろ、と言っている。

 確かに、頼みだというのなら、護ならば断ることはできる。

 しかし、一度決意したことを翻して断ることは、彼のプライドが許さない。

 結局、従うしか、ないのだ。

「方針、とは?」

 一言、尋ねた護に、健は安堵しながら顔を上げた。

 護は納得してくれたと判断し、今度は、実に目で、問いかける。

 もちろん、実も同意するしかなかっただろう。

「オーケー。手を貸そうじゃないか。その方針とやらも、オレたちの役割も話してくれ」

 ホッとして、健は、それでも言いづらそうにポツポツと言った。

「ノーマルの言うままに操られるのは本意じゃないことをわかってほしいんだ。そういう意味で言えば、オレは国にも、キャップにも従いたくはない。けれど、少なくともキャップが、メンバー重視の立場を作ろうとしているのなら、オレたちがすることはひとつだ。彼の言うとおり、自立するべきなんだよ。国や本部に反発することは不可能じゃないと思うけれど、そういうやり方もしたくはない。だから……入ってくる依頼のすべてを、独自の調査で、オレたちなりの解決という形に進めていきたいんだ」

「独自の調査って、……タカヒロが言っていた、納得のいく理由のことか?」

「そう。……基本的に、本部に入る依頼は、警察からになるわけだよね。今回は、署長の自己満足という依頼だ。だから、タカヒロの行動指示は間違っていない。けれど、今後、入ってくるもののすべてが、警察を満足させるためのものであってはいけないんだよ。そのためには、必ず、念頭においてほしい。……『誰にとってプラスなのか』……。国に認められる必要はない。自分の保身のために動いてはダメだ。あくまでも、ノーマルの、誰が、どういう思いをもっているか、その思いを叶える。……その先の解決が、どういう結果になっても、誰にも文句は言わせない。キャップであっても、国にとって不本意であっても、一言の反論もさせない。それが……オレの方針だよ」

 穏やかな、染み入る静かな声に含まれた健の決意は、実たちに対しては包み込む優しい頼みとして、そして、それ以外に向いては、好戦的な言葉として、聞こえた。

 そして……。

 健の頼みは、次に個人に向けられた。

「ミノル、オレへのフォローを期待しているからね」

「……了解した」

「マモル、おまえの気力が続く限り、ミノルをフォローしてほしい。……それがオレの頼みだ。けれどもし、……決心が揺るがないのなら……無理強いはしないよ。どうする?」

 考えるまでもない。

 護は、僅かに実を一瞥したが、すぐに口を開いた。

「本部に戻るまで、保留にしてもらいたい。答えは……向こうにある」

「……いいよ。おまえの思う通りにね」

 その言葉を最後に、護は席を立つと、リビングの窓を開けて、庭に出ていった。

 意味不明の会話を聞いていた実が振り返り、彼の消えた窓を見ていたが、やがて、体を戻すと、肘掛けに肘をついた手で、頬杖をついた。

「タカヒロたちの同意は必要ないのか?」

「彼らには、おまえから指示が出ているんだろう? なにも言うことはないよ」

「オレは、やつらに役割を振っただけだぞ?」

「それでいいんだよ。オレは、見守るだけだ。最終的な決断をする以外の口出しは、もうしない。おまえたちのやり易いようにしてくれればね。さっきも言っただろう? おまえたちの成り行きの中にオレがいることが望みなんだ」

 レイラー・哲郎は、健がブイトールに乗り込む直前、たった一言だけ残した。

「行きなさい」

 それは、普通ならば言わない言葉だったろう。

『行って来い』

 ではなかった。

『行きなさい』

 昨日までの家はすでに、健には過去の場所なのだ。偽りの家でしかない。

 ━━本当の居場所に……帰れ。

 レイラーにしては、当たり前なほど抽象的で、同時に、なんと多くの感情を含めた、具体的な言葉だったろう。

 健の拠り所は、血脈などではないのだ。

 生後半年に失った肉親という血に、ほんの僅かも頼ることなく、それ以上の絆が、同じノーセレクトという境遇だから、作られる。

 それが、『行きなさい』なのだ。

 これから先、レイラーの、そしてキッシュの一言一言が、必ず、健の中で明確になる。

 抽象的で、理解できなかったレイラーの言動も、立場というものを、過去の人間関係になぞって教えてくれたキッシュの言葉も、すべて、意味を持っていく。

 健の居場所、その地盤を、レイラーたちは最初から、作ってくれていたのだ。

「さしあたって……」

 健は、カーテンの向こうの庭で、空を見上げながら佇んでいる護を見透かすように呟いた。

「彼には休んでもらいたいんだけれど、ケガが治るのにどれくらいかかる?」

「どうしてオレに聞くんだ?」

と、問いかけて、目の前の微笑みに、苦笑した。

「……マモルも、余計なことを言ってくれたな」

 隆宏が、約束したことを言うわけがない。

 絵里たちは、実がライセンスを持っていることすら知らない。

 と、なると、レイラー・美鈴千春と知り合いだったらしい護しか、健に暴露する相手がいない。

「それも、おまえの役割だと思ってもらいたいな」

「迷惑な役目だよ」

 言いながらも、だが、表情には納得しか、表れていなかった。

「腫れが引けば、すぐさ。二、三日シップをしておけばいいだろう。大したケガじゃない」

 それから、彼は、億劫そうにキッチンに入っていった。

 戻ってきたとき、ワゴンにワインと、オレンジジュースを載せて戻ってきた。

 グラスは、三つだった。


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