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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
50/356

本質の成果 1

 隆宏たちの部屋の前で、実が足を止めた。

「そこに、今、マモルがいるぞ。肩のケガは軽いが、念のため、休ませている」

「食事は?」

「呼べば食うだろう?」

「それなら、おまえは先に下に行っていてくれ」

 咄嗟に止めようとした実の口許が開いたものの、リーダーの権限の逸脱はしないと決めたばかりだ。

「……気を付けろよ」

 それだけに留め、彼は階段を降りていった。

 一呼吸おいて、健がドアをノックし、ドアを開ける。

 護は、ベッドに腰を掛けて、外を見ているようだった。

 カーテンも閉めていないため、窓ガラスに健の姿が見えているし、何よりノックの音も聞こえたはずなのに、まるきり反応がない。

 健は、彼の見ている先を遮るように回り込んで見下ろした。

「痛みはない?」

 感情の篭っていない、焦げ茶の瞳は、返事もなく、ただ、健を見返した。

 今まで見ていた景色が遮断されても、まるで表情が変わらない。

 健は、軽く屈んで、だが、近づきすぎずに言った。

「おまえとの約束を果たそうか。ミノルに恨まれる方法、ひとつだけ、思い付いたんだ。聞く気はある?」

 ようやく彼が動いた。

 顔を逸らしたのだ。

 今さら、何をいう。今まで眠っていただけではないか。━━無表情の中に、そんな感情が読み取れた気がして、健はなお続けた。

「自分ではそれほど悪い人間だと思いたくはないんだけれど……。我ながら、卑怯な手を考え付いたと思うよ」

「?」

 本当に、思い付いたというのか。

 また、顔が戻る。

 それは、僅かな興味の欠片だったろう。

 護には目的があった。

 美鈴千春を殺すことで、自分を憎ませ、憎悪を糧として、実を生かす。

 彼がメンバーに溶け込むまで、そして、昔のように、心の中に陰を落とすことない笑顔を取り戻すまで、自分は、憎まれたまま、彼の傍にいようと。

 だが、それは、レイラー・千春との約束であり、彼女が生きていることが前提だった。

 亡くなっていたから、目的を失い、そして、別の方法を考えることもできないほど、動揺している。

 だから、不要な相談を、信じないどころか、今では憎んでいると自覚できる健に、してしまったのだ。

 できない約束を果たそうとしている彼が、どういう方法を思い付いたのか、護は聞こうとしている。

 健は、気まずそうに目を逸らしながら、言った。

「個人的には、おまえも、ミノルもオレにとっては傍にいてもらいたいというのが本音だ。だから、方法は教えるけれど、条件をつけるからね。実行するかどうかはおまえ次第だし、そのときは、オレもキッパリ諦める。……というか、諦める努力をするしかない。……正直なところ……」

 窓に寄りかかる。

「おまえがケガをしたことを、ミノルから聞いたよ。おまえに何かしらの障害があるかぎり、メンバーにとってマイナスになる可能性もある。おまえ一人のために、他を犠牲にすることはできないからね。仕方のないことだ……。……と、今でも言い聞かせている状態だ。……それを踏まえて、条件付きでもいいから聞くというのなら、答えてくれないか?」

 真実を見抜こうとするように健を凝視したが、護には、実のような能力があるわけでもない。

 結局、今の言葉が嘘か真実かを、自分の中で選り分け、ゆっくりと頷いた。

 嘘をついていない、と判断したのだ。

 どういう条件であろうと、実に生きる目的を与えられるのなら本望だった。同時に、やはり護は、自分の望みも叶えようとしている。

 実のために生きるのではなく、彼を生かすために死にたがっている。

 健もまた、僅かに頷いて、本題に入った。

「まず、ひとつ目の条件」

「……ひとつ目……?」

「条件がひとつとは言っていないよ。まず、最初の条件だ。これは、オレ自身が卑怯な方法だと自覚しているから、この件に関してだけは、オレを恨まないでほしいということ。別に、恨みが増えても同じなんだけれど、自覚しているだけに、これは辛い。だから、恨まないでほしいという頼みだ。いい?」

 これにも頷く。

「次の条件。オレは、方法を教えるだけだ。結果は保証できないことも、納得してほしい。最後の条件は、おまえが実行するまでは、オレたちに付き合うこと。……というより、ミノルがおまえを処理するまで、かな。要するに、おまえが生きている間は、メンバーとしての自覚を持って付き合ってもらうよ。……どう?」

「了解した」

 即答だ。

 やはり、決心は変わらないらしい。

 健は、言いづらそうに息をついた。

「惜しいよなぁ……。メンバーのトップなのに……」

「方法は?」

 迷いもしない問いかけに、健は、やはり諦めるしかなかった。

「うん。方法は、簡単だ。だからこそ、オレにも思い付いたんだよ」

 言ったあと、健の視線が、突然、冷たく護を捉えた。

「おまえの隠し事を、ミノルに話せばいい。それだけだ」

 はっきりと、護の表情が変わったのを見るのは初めてではないだろうか。

 いや、一度、見ているか。

 明らかに殺気を含めて、口を開いた護が言葉を発する前に、健の声が、遮った。

「条件のひとつ目だ。忘れないでくれ。おまえはオレに、できない相談を持ちかけた。断ることもできたけれど、あの時は、一瞬でもオレを信じてくれたおまえを裏切りたく、なかったんだ。……自分の気持ちに反することを承知で考えた方法なんだ。どういう内容であれ、オレは、約束を果たしたよ。おまえが反故にしてもいい理由はないだろう? 実行するか、やめるかはおまえ次第だ。オレは何も言わない。ただ、すべてを見届ける。答えは……聞かないでおくよ」

 とたんに表情を崩し、健は勢いをつけて、窓から離れた。

「すまないけれど、腹が空いているんだ。下に行くよ」

 体を震わせて、怒りで睨み付けたまま動こうとしない護に、健は手を差し出した。

「おまえがどう思っているかはわかるよ。でもね。約束は約束だ。無理矢理引っ張っていかれたくなければ、自分から動いてくれないか?」

 それでも動かなかったが、健の伸ばした手が、護の腕を掴もうとしたとき、素早く彼は、ベッドの反対側から足を下ろした。

「そう、素直にね。言いたいことがあるのなら、あとで聞くよ。それまで、自分を整理しておくんだね」

 先に部屋を出ていってしまった護のあとに続いて、部屋を出る。

 内心、彼はホッとすると同時に、自分自身に驚いていた。

 最初、部屋に入ったときは、純粋に、護のケガの様子を伺うだけのつもりだった。

 勢いで口に出た……というわけではないが、何故か、護の顔を見た途端、閃いた。

 やはり、自分は姑息なのか、などと思う。

 だが、あの方法が、結局自分にとって、一番の解決法だった。

 護は、決して自分からは実に言わない。

 つまり、実に憎まれた上の死、ではなく、護は、健を憎むことで、生きていくだろう。憎悪が、他人を生かす気力になるのは、なにも実だけに当てはまるわけではないのだ。

 それならば、自分がその対象になることなど、健には容易いことだった。

 それで、護がメンバーの……実の傍にいてくれるのならば……。



 お喋りな高志の声が聞こえるかと思いきや、リビングに入ると、そこに揃っていたメンバーは、それぞれ、ボソボソと話をしていた。

 健の姿に、ハッとして全員が振り返る。

 というより、護の姿に、と言えるかもしれない。

 真っ先に、高志が声をかけた。

「ケガをしたんだって? オレもこれを使ったんだけれど、使い方次第では危険なものだって聞いてさ。驚いたよ」

 どうやら、先日のような、彼に対するわだかまりはなさそうだ。

 護は、やはり反応も見せず、自分の席についた。

 もとより、高志はすでに、彼の無表情を当然に捉えていたためか、すぐに対象を健に向けた。

 自分のベルトを突きつける。

「タカヒロから聞いたんだけれど、こんなものより電話を支給してもらえないのか?」

「タカシ……。お疲れさま、くらいは言わせてもらえないのかな?」

「え? あ、……まあ、どうでもいいじゃない」

 ブイトールの中では、早く戻って、健たちから労ってほしいと思っていたはずなのに、不思議なもので、彼らの顔を見た途端、どうでもよくなっていたのだ。

 ベルトを弄びながら、高志が笑った。

「でも……そうだよな。報告のほうが先、か」

「それはあとでもいいよ。その顔を見れば、うまくやってくれたのはわかるから。それに、明日戻ってから改めて……」

「戻れないみたいよ」

 高志の隣で、絵里がバッグを開けて、中から折り畳んだ用紙を取り出した。

「次の仕事みたいね。今回の延長だと言っていたから、このまま続けろということじゃないかしら?」

 見ると、小さな文字で、びっしりと埋まっていた。

 表になっていたが、無理矢理詰め込んだという感じだ。

 名前と年齢、住所や経歴、資格が並んでいる。

「これは?」

 彼女が、首をすくめた。

「あたしにはさっぱり。野々村さんとキャップの話が漏れ聞こえていたけれど、今回のことで発覚するんじゃないかって。そのときに、あんたに見ぬふりができるかどうか、とも言っていたわ」

「なんのことだろう……」

 しばらくは、用紙に目を落としていたが、いともあっさり、

「まあ、いいや。それより……」

と、用紙をテーブルに置いた。

「ご飯でしょう? できているわ。いきましょう」



 空腹だったというわりに、健の食事の量はさほど多くなかった。

 もっとも、それは、高志の話を聞きながらだったせいかもしれない。

 よく喋る上に、話題がころころと変わる。それでいて、聞き手が不快になるような騒がしさがない。次々と捲し立てるわりには、絵里や隆宏、実までがあっさり話に割り込む隙もあったし、何より、今回行ったところが、実が育ったところに近かったため、その分、会話は弾んでいたようだ。

 どうやら、夕子も、彼らの会話自体に興味はあるし、自分も入りたかったようだが、それが中々できずにいるのは、奥手という性格ゆえか。

 護は論外で、まるで、自分以外の人間が存在していないかのようだった。

 ケガをしたのが右肩だったから、食べることに支障はなかったが、さすがに器を持ち変えるときまで無表情ではいられなかったらしく、小さく顔をしかめていた。

 健は、自分が利き腕に傷を負っていることを、完全に忘れているようだった。

 痛みはあるのだが、それがまったく気にならない。というより、昔から、痛みに対する耐性が、他人よりあった、といえる。

 最初に、食事をやめてしまった護が席を立ったあと、すぐに健も箸を置いたため、そのときになって初めて、彼がさほど食べていないことに気がついたのは、実だった。

「なんだよ。腹が減っていたというわりには少ないじゃないか」

 首をかしげたのは、自分としてはそう思っていなかったからだ。

 現に、彼の食器にはなにも残っていない。

 むしろ、護のほうが、量としては少ないはずだ。器に、残っていたのだから。

 健は、

「もう、いいよ」

と、夕子に言って席をたつと、テーブルを見渡した。

「えっと……」

 彼らの料理は、まだ大分残っている。

 特に、一番食事量が多い高志が、やはり一番喋っていたものだから、済ませるのにまだまだ時間がかかりそうだ。

「まあ……いいか」

 彼は、意味不明に一人呟くと、リビングのドアを開けた。

「マモル、でかけるよ」

 ドアが閉まる寸前、実が箸を投げ出してあとに続いた。

「どこに行くつもりなんだ?

と、問い詰めたのは、護を同伴させる危険を思い出させるためだ。

 憎まれているとわかっていて、どこに行こうというのか。

 健は、テーブルに載っていた用紙を取り上げて、呆れ顔で実に向き直った。

「まるで監視されているみたいだな。警察署に行くだけだよ。一人で外出させてもらえそうもないから、マモルに付き合ってもらおうとすることもダメなのか?」

「なにもこいつでなくてもいいだろう? オレが……」

「わかった。言い換える。マモルでなければダメなんだ。それなら納得してくれるな?」

 口を開けて、反論しかけた実だが、二人を交互に見て、ため息混じりに頷いた。

「了解。……その代わり……」

 恐らく、何らかの話をするつもりだ。

 そのために連れ出す。約束とか言っていたから、その辺りだろうと見当をつけて、実は、自分の腰に差していたスティックを健に渡した。

「念のためだ。持っていけ」

 訝しげに受け取った健だが、仕方がないな、と、ポケットに押し込んだ。

 実は、

「今さっきいいか、と言ったのは、オレたちにもついてこいということじゃないんだな?」

と、念をおした。

 健が、持っていた用紙を、彼の目の前で、軽く振ってみせた。

「問題はひとつずつ解決したほうが近道だからね。とりあえず、マモルの方を片付けてくるよ」

 実が何を心配しているのかは、健にも充分、理解しているのだ。

 しかし、正直なところ、彼に言ったとおり、監視されているようで息が詰まる。

 だから、納得しかねるのか、席を立とうとしない護に、手を差し出すことで、無言の脅しをかけるように彼を外に連れ出したのである。

 触れられることを極端に嫌がる彼ならば、そうすることで付き合うしかないことを理解してもらえただけでも、健にはありがたかった。

 坂を降りる護は、当然何も言わない。

 しかし、背後に感じる彼の気配は、針を刺すように健に向いている。

 それを充分に受けながら、健ははたと足を止めると、思い出したように、ポケットからタバコを取り出した。

「一応、渡しておくよ」

 いくらチェーンスモーカーとはいえ、歩きながらタバコは吸わない。

 健は、話のきっかけを作るようにそれを渡したのだ。

「で、警察署に案内してくれるかな?」

 口実ではなく、本当にそこに行くつもりだったのか、と、護は彼を見返したが、すぐに彼の脇をすり抜けて、先に歩き出した。

 横に並んだ健が、もうひとつ、今度は、用紙を取り出した。

 街灯の、情けない光では、内容が読み取れないそれを見下ろしながら、呟く。

「キャップの意図がわからないんだよな」

と、ヒラヒラと用紙を目の前にかざしながら歩く。

「何をさせたいんだろう。おまえはこれを、どう解釈する?」

 黙って歩いている護からはなんの答えもなく、やがて、大きな通りで迷わず駅の方に向きを変えると、ポツリと言った。

「オレが判断することではない。あなたに疑問があるのなら、本部に問い合わせればいい」

 どうせ、詳細を聞いたところで、隆宏に任せて、メンバーのことで悩み、右往左往するだけだ。

 その程度の人間に、真剣に付き合うつもりもない。

「……警察署は、ここからならば真っ直ぐだ。これ以上付き合う必要もないだろう。あとは、人に聞けばいい」

と、踵を返した彼に、健は声だけをかけた。

「マモル、おまえがいなければならないと言ったはずだよ」

「オレは、警察などに用はない」

「それを言うために行くんだよ。オレだって、これ以上面倒を増やしたくない。問題はひとつずつ、片付けたいんだ」

 背中を向けていた護が、僅かに息をつくのが見えた。


 

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