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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
49/356

眠り 10

 実に、帰るなり連れ込まれたのは、コンピューターが置いてある部屋だ。

 いくら、同じノーセレクトの仲間だという意識があっても、男女がひとつの部屋に二人きりになるのを自然に思うほど、彼女は実に気を許していない。

 まして、今になって急に、しかも真面目に、

『待っていた』

 などと言われては、何か下心があるのではないかと邪推しても当然だった。

「一体、なんなのよ?」

 警戒をあからさまに言う彼女に、実は一度、廊下の気配を伺うように振り返り、言った。

「ケンが部屋で寝ている」

「? ……だから?」

 一瞬、考えたのは、健もまた、高志のように初仕事の重責で寝込んだのかということだった。

 だとしたら、尚更情けないではないか。

「起こしてくれ」

「……なんであたしが?」

「君の声でなければ起きないようにしているんだ」

 おかしな言い回しに、眉を寄せる。

 とりあえず、妙な下心があって連れ込んだのではないことはわかった。

 が、そうなると、持ち前の気性から、絵里の口調が強くなる。

「あのね、頼みごとをするのなら、もう少しわかりやすく言ってくれない? オオサカから、本部を経由して戻ったばかりのあたしに、さっきまで庭でのほほんと過ごしていたあんたが、よりによって、さらに暢気に寝ているケンを起こせとはどういうことなのよ? 第一、あたしの声? なによ、それ。スリーピングっビューティーは、王子が姫を起こすのよ。逆じゃない」

 捲し立てる彼女に圧倒されたわけではなかったが、実は苦笑するしかなく、机に軽く腰を掛けて、簡単に説明をした。

 彼には、最初からわかっていたのだ。

 健が、自分の本質と、表面的な立場の間で悩むと言うことを。

 ただ、強さが仇になって、自分自身に問いかけることもできずにいる。 

 彼が熱を出すとは想定外だったが、ノーセレクトにはありがちなのだと結論付け、暗示をかけて眠らせたのだ。

「暗示?」

「催眠術と似たようなものだ。自己暗示ができないようだったから、オレが手を貸した」

「あんた……そんなことができるわけ?」

 実は、なんでもないことだと言いたげに、軽く首をすくめた。

「油断のならない人ね、あんたは。まさか、誰彼構わずにやるようなことはないでしょうね? 今回が特別だと思っていいのね?」

 念を押したのは、自分が知らないうちに術をかけられて、何かをされるかもしれないと思ったからだ。

 もちろん、彼は絵里に頷いた。

 これも、彼女の不安が伝わったから、といえる。

「よほどのことがない限り、オレだってひけらかすつもりはないさ。君が信用しなくても、約束する」

「……信じるわよ。わかった」

 納得すれば、行動も早い。

 さっさと踵を返すと、ドアを開けたが、何を思ったか、また閉め直し、振り向いた。

「ひとつ聞いておくけれど、キーワードがあたしということは、声をかければ起きるのよね?」

「ああ」

「あんたの言うとおりなら、中途半端で終わることはないわけ? 迷うだけ迷って、結局変わらないまま起こすことはない?」

「ない、とは言えないが、そこまで鈍いとは思いたくないな」

 何しろ、朝食の途中で倒れたのだ。普通の睡眠だったとしても、充分すぎる時間のはずだ。

 頷いて、今度こそ、健のいる部屋に向かう。

 コンピューターのある向かいは、隆宏と高志が使っている部屋だ。

 今は、護がいる。

 ドアは閉まっていた。

 ノックもしないで、突き当たりの部屋にはいる。

 健は、相変わらず、呼吸もしていないのではないかというほど静かに眠っていた。

 絵里が、あとから続いた実に、あからさまに意味を含めた笑みを浮かべて、ベッドに腰を掛ける。

 健の頭の、両脇に手をついて、耳元に囁きかけた。

「起きてちょうだい。帰ってきたわよ」

 それは、張りのあるいつもの声ではなく、女性の魅力をたっぷり含んだ、艶のある甘えた声だった。

“あたしにも、これくらいはできるのよ”

と、言っているような目だ。

 実は、笑いを堪えるのに、口を抑えた。

「キスをしたら目が覚める? 王子さま?」

 彼女もなかなか茶目っ気がある。これで起きなければ、本当にキスをしかねない。

 しかし、僅かな身じろぎをして、健の目蓋が開くと、彼女は身を起こした。

「起きた?」

 艶のある瞳で見下ろす彼女に、次第に焦点が合ってきた健は、まるで、起こされたことを当然のように言った。

「……おかえり」

 あまりに普通に言われて、彼女は肩を落として、実を振り返った。

「ねえ、あたしって魅力がないの?」

 我慢しきれずに、実が笑う。

「そいつが鈍感なだけだろう?」

 そして、彼女と場所を変わるように、実のほうがベッドに腰を掛けて、額に手を当てた。

「熱っぽさはなくなったようだが……目眩は?」

 健は、自分自身を確かめるように目を閉じたが、やがてゆっくりと体を起こした。

「大丈夫みたいだ。ただ……」

 実とは反対側からベッドを降りて、彼は一度、頭を振った。

「なんか、頭がはっきりしないな」

 やっぱり時間が足りなかったんじゃないの? と言いたげに、絵里が実を突っつく。

 それでも、足取りはしっかりしているようで、窓を振り返り、

「一日寝ていたみたいだなぁ」

と、すまなそうに苦笑しながら部屋をで出かかった。

「ちょっと待てよ。そのまま降りる気か?」

「? いけないか?」

「服のままで寝ていたんだぞ。着替えろよ」

 言いながら、クローゼットに回り込む。

 絵里は、実の細かさに呆れながらも、

「もういいわね? 下に行っているわ」

「エリ、さっきの声、タカヒロたちに聞かせてみたらどうだ? 案外、効果があるかもしれないぞ」

 特に、隆宏に、とまでは口にしなかったが。

「冗談でしょう? 年下は眼中にないわよ。あんただって笑って聞いていたくせに。自信をなくすわ」

 出ていった彼女の後ろ姿を目で追って、健が首をかしげる。

「なにか……悪いことをしたのか? オレは……」

 服を取りだし、彼に渡した実が、また笑う。

「女の魅力を最大限に生かして起こしたおまえがたった一言、『おかえり』ではな。自信もなくすさ」

「それは悪かったな。……ごめん」

「オレに謝ることか?」

「まあ、それもそうか」

 あれだけ眠っていて、まだ時間が足りなかったか? それとも、ノーセレクトだから、睡眠が解決策だと思った実の勘違いだったのか、健の様子にまったくの変化がない。

 情けない雰囲気に、実は、まいったな、と呟いた。

「何が?」

「いや、別に。それより、頭は起きたか?」

 言われて、健は、自分の頭を軽く何度か叩いた。

「起きてはいるんだけれど、……どうもすっきりしないな」

「まだ休んでいるか?」

「いいよ。タカシも帰っているんだろう? オレだけ寝ているわけにもいかないよ」

 それにしても、と愚痴がこぼれる。

「ホッカイドウにいたときは寝込んだことなんてなかったのにな。虚弱でもなかったんだけれど……」

「暑さのせいだろう?」

「今からこれじゃ……先が心配だよ」

「暑さなんて、自然に慣れるものさ」

 励ましているつもりなのだろうか。

 目を丸くした健は、すぐに、

「そう、か。そうだな」

と、笑った。

 逆に、驚いたのは実のほうだ。

「おまえ、変に単純だな。納得するなよ」

「あれ? 違うのか?」

「……いや……」

 どうも、調子が狂う。

 昨日までなら、慣れるまでの間のことで、ウジウジと悩んでいる。

 そして……

 諦めて投げやりになった実に対しても、本当ならもっと突っ込んでくるはずなのに、あっさり流してしまった。

「寝ているだけでも腹は空くんだな。すぐに食事はできるのか?」

と、部屋をでかかったものだから、実はまた、慌てて彼を止めた。

「待て待て! 話があるんだよ」

 強引に、さっきまで寝ていたベッドに健を座らせる。

「後じゃダメなのか?」

「嫌みも愚痴も、タイミングがあるんだ。おまえの腹具合はあとにしてくれ」

 仕方なく、促す。

「それで? 今度はどんな嫌みだ?」

「違う。愚痴のほうだよ。おまえが寝ている間、大変だったんだぞ。一体、おまえはマモルと何を揉めていたんだ。外に出ていったきりで、帰ってきたと思ったらケガをしていた。治療をしようとしたら、なりふり構わず抵抗するし、オレのこともわからずに錯乱するし、だ」

「……それで……揉めていた理由があるから抵抗されたと思ったわけ?」

「理由なんてどうでもいい。聞きたいのは、相当憎まれている、内容のほうだよ。おまえが寝ている間、一度おまえを殺しかけた」

と、いいながら、実は目線で、サイドボードを示した。

 スティックが一本、忘れ去られて置かれている。

 健は、自分の体を見回し、言った。

「無事だと言うことは、おまえが止めてくれたわけだ」

「本気じゃなかったようだがな。おまえを試す価値もないと言っていたぞ」

「見捨てられたかな? できない約束をしたのは本当だから、言い返せないけれど。まあ……でも、おまえには感謝しなくてはね」

「わかった。じゃ、次だ。おまえは、キャップからマモルのことを何か聞いたか?」

「何かって?」

 資料など当てにするなと言っていたはずだ。どうしてそんなことを聞くのかわからない。

「あいつが長袖を着ていた理由がわかったんだ」

 隆宏たちに口止めをしておきながら、実は健に対して、護のことを隠さなかった。

 それは、自分が無関心でいるには問題が大きく、知らぬ顔をしていられなかったからだ。

 隆宏にも言ったとおり、サブリーダーの役目の範疇を越えていたのだ。

「全身に、だぞ。古い傷跡ばかりだったが、あるいはタカヒロの言うことのほうが正しいのかもしれない」

「彼はなんて?」

「レイラーによる虐待だ。確か、あいつのレイラーは女性から男に代わっていただろう? そいつが……」

「あ、それはないから」

 あっさりしすぎる返事だった。

「断言するな」

「まあ、高木さんのことを聞いたのは確かだからね。あの人はレイラーじゃないんだ。高木春代さんの旦那さんらしいよ。だから、二人目のレイラーじゃない。あくまでも保護者だそうだ。心当たりならあるし、高木さんは除外してもいいよ」

「やっぱり何か聞いていたんだな」

 それなんかえれどね、と健は苦笑した。

「キャップは何も言わないし、事前の資料はほとんどが空白だったし、マモルがオレに話すわけがないし、心当たりと言っても、虐待じゃないことくらいしか言えないんだ。第一、虐待なんて、隠しておけることじゃないよ」

「そんなことはないだろう?」

「だって、キャップは事情を知っているから、隠しているんだよ? もし、高木さんがそんな人だったら、問題にならないわけがないよ」

 頭ははっきりしていないながらも、健には確信があった。

 関係者が、みな、何かを隠している。というより、剣崎司令が、何もかも知っていて、秘密裏にどうにかしようとしている理由が、護自身の沈黙故だ。

 初日の司令室で、彼は健に言っていたではないか。

 自分だけが、メンバーのことを知っているが、それを自分の口からは言えない、と。

 彼の方針は、メンバーの自主性に任せる、というもの以外にない。 

 つまり、彼らの隠し事、隠さなければならないことを、そのままにして日々を過ごすか、それとも、メンバーで解決するかの選択までも、自主性に任せているということだ。

 実は、健の言うことのほうが正しいと認め、頷いた。

 確かに、ノーマルの生活の中では、発覚しないまま、虐待の末に死なせてしまう例は多い。

 しかし、ノーセレクトメンバーのレイラーと言う資格に、虐待の傾向がある人間を採用するとは思えない。

 また、国で運営、管理する機関だと、隠し通せる出来事があるとも思えない。

 と、なると、やはり、何らかの事件、か。

「……おまえがそういうなら、その、保護者の件も除外するが……」

「それよりミノル、マモルにはそういう傷があるということだね? それから、触れられることを……嫌がっているのではなく、恐れている……」

「そうだ。単に嫌がっているわけじゃない」

「それが判っただけでも助かるよ。タカヒロたちは、そこまでは知らないんだな?」

「言うわけにはいかないだろう?」

 あんなもの、吹聴できるわけもないし、もう、見たくもない。

 実の口調には、その思いがあからさまに表れていた。

「わかった。オレが、覚えておくよ」

「それだけか?」

「え? 他に何か?」

 呆れ果てた、という表情で、実が言い含むように体を乗り出した。

「あのな、あいつは、おまえを、恨んで、いるんだぞ」

 一言ずつを区切ることで、ことさら言葉を強調する。

「わかっているよ。本人もそう言っていたから」

 本人の口から聞いていたとは驚きだが、それなら尚更だ。

「この先、どうするつもりなんだ? 寝首をかかれるぞ」

「彼は、そんなことはしないよ」

「どうして断言するんだ。現に、さっき……」

「でも、こうして生きているじゃないか」

 実の言葉を遮って、まるで、自分のすべてをさらけ出すように両手を広げて見せた健は、未だ、頭の中にかかっている靄を振り払うように背伸びをすると、腰を上げた。

「ミノル、思うんだけれど、おまえたちが故意に隠すことを、オレは無理をして聞き出さないほうがいいんじゃないかな。おまえの言う通り、現実は目の前にある。なら、オレはそれだけ見ていればいい。……逆も、……同様じゃない? おまえたちから聞いたこと、見て、判ったことを、オレは自分の胸にしまっておきたいんだ。話せることなら、おまえたちには隠さないし、話す時期も、自分で見極めて、話すべき相手に言うよ。オレの存在は、おまえたちの成り行きの中にいると、思ってほしい。無理にねじ曲げる必要はないんだ。マモルのことは、大丈夫。オレの問題なら、自分で何とかするから」

 やはり、拒んだな。

 実は、思った。だが、手を振り払うような乱暴な拒否ではない。彼は、差し出した実の手を、優しく自分から遠ざけたようなものだ。

 これは、健が眠ることで、本質をみつけたのではないだろうか。

 というより、自覚がなくとも、身に付けられた、かもしれない。

 試しに、彼は一度、健を読み取ろうとして、目を閉じた。

 しかし、眠る前までは、あれほどはっきりとしていた感情が、柔らかい綿か何かで包まれているようで、伝わってこない。

 しかも、その『何か』に、温かささえある。

 表面的には何も変わっていない。

 変化のない変化も、あるいは健の強さ、その底力か。

 情けないほど頼りない外見の中の、ほんの僅かも揺るがない、盾という強さが、彼の根源だ。

 それがわかれば、これ以上実がこだわる必要は、ない。

 サブリーダーが、リーダーの補助でしかないからこそ、権限の逸脱は避けるべきだ。

 実もまた、腰を上げ、部屋を出た。





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