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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
46/356

眠り 7

 どうにも不便だな、と隆宏が苦笑したのは、警察署を出て、港のほうに歩きはじめてからだった。

 署内では、大勢の人に対する緊張感から、隆宏の腕にしがみつくように隠れていた夕子だが、今はさりげなく隣に並んで、

「何がですか?」

と、尋ねる。

「ん? いや、連絡をとる方法のこと。いちいち電話を探さなければならないだろう? こんなことなら、フクイから自分のものを持ってくればよかったと思ってね」

 彼らには、『実家』という概念がない。それも当然だ。

 育ったいえではあるが、自分の生まれたところではないのだから。

 家族ではないレイラーのいる家を、実家といえない。

 そして、各々のレイラーたちも、そのような考え方を、彼らにさせなかった。どれほど大切に育て、教育しても、所詮は他人であり、本当の両親がどこかにいるのなら、『実家』はそこであり、レイラーの元ではなかったからだ。

 隆宏は、胸のポケットから、護がはめていたベルトを抜き出した。

「これ……完全な失敗作だよな。こんなものを作るくらいなら、電話を配ってくれたほうがよかったのに」

 彼女がクスクス笑った。

「忘れました? タカヒロ、私たちが出掛けるとき、人数分の携帯を用意していましたよ?」

「覚えているよ。でも、あれは仕事用だろう?」

 ここに来る前、本部の受付で、ひとつだけ預かったのは、健だ。

 だからこそ、隆宏は仕事でしか使えないものだと思っていたし、そうすると、恐らく、健も同様に考えているだろう。

 実際、実が護のことで怒って家を飛び出したとき、慌てていたこともあっただろうが、健はそれを持っていかなかった。

 あの時、散々電話を探した挙げ句、交番からかけていると聞いたとき、隆宏はその苦労に笑ったくらいだ。

「ケンが仕事以外で持ち出さなかったからね。彼も、私用で使えるものだと思っていないんじゃない?」

「多分、そうなんでしょうね」

「そうなると、やっぱり不便だよ。こんなものを作るのなら、本部で、オレたち専用の無線か何かを作ってくれないかな?」

「ケンに進言してみたらどうですか?」

 歩いているうちに、海に面した、大きな建物に行き着いた。

 桟橋に隣接した建物だ。

「一応、言ってみるよ。じゃ、あそこでまた電話を探そうか」

 先日、健が電話を探し回ったように、隆宏も改めて実感する。

 携帯電話が普及している今、連絡方法を見つけるのは容易なことではない、と。

 先程実と連絡できたのは、公園管理事務所を見つけたからだ。

 短い通話だったから、事務員は遠慮してくれたが、本来なら通話料を支払うべきだったろう。しかし、それができなかったのは、現金をもっていなかったからだ。

 彼らに支給されたカードが、身分証明であり、キャッシュカードを兼ねているため、細かい支払いを手持ちで、というわけにはいかないのだ。

 隆宏が不便だ、というのはそういうことだ。

 かといって、自分の口座を持っているわけではないから、現金を引き出すこともできない。

 カードの支払いは、自動的に本部の総括に回り、そこから会計部にいく仕組みになっている。

 中に入り、観光客や、乗船を待っている人たちの間を見回しながら歩く。

 いくつか並ぶ土産物屋のひとつの前に公衆電話を見つけたが、やはり、現金を持っていない彼らは、それを無視して、港のインフォメーションセンターに向かった。

 公園事務所でもそうだったのだが、自分たちの身分を説明するのは困難なことだった。

 いくら国の機関だとはいえ、発足したばかりで、世間はまったく知らないのだ。この先も、知られることはほとんどないだろう。

 結局、自分のカードを提示し、ここに所属しているが、手持ちの現金がないから、電話を貸してほしいと頼むしかなかった。

 今度は、通話料を請求してほしいと、本部の住所を教えたのである。

 隆宏は、電話に出た実に、警察署での対応を報告しようとした。だが、それは健に、という返事と、戻ってもいいという許可に、それなら買い物をしてから戻ると伝える。

 腕時計の時間は、昼を大分過ぎていた。

 警察署で時間をとられた彼らは、食事もしていなかったのだ。

「ミノルはもう、自分で作って食べたって。買い物前に、何か食べていこうよ」

 彼らの、あてのない時間潰しは、思わぬ目的地で終わったわけだ。



 ビニール袋を両手に抱えた隆宏たちが帰りついたとき、リビングにいたのは実一人だった。

「マモルは?」

「おまえの部屋を借りているぞ」

「まだ起きないの?」

 戻ってもいいと言っていたから、てっきり起きているものだと思っていた。

 夕子がキッチンに入っていく。

 夕食の支度を始めるためだ。

「ユウコ」

 呼び止められ、リビングに戻る。

 実は、二人を座らせて、難しい顔で言った。

「二人とも、今朝のことは誰にも言うな。マモルに気取られることもしないでくれ。特にユウコ、君は注意してくれないか。あいつに感動したのはいい。だが、それこそ負担になることを覚えていてくれ」

 彼女は、躊躇いがちに頷いた。

「なるべく……やってみます」

「……とは言っても、何もかもに口をつぐむわけにはいかないからな。……まあ、まず、君には話しかけないだろうから、いつも通りにしてくれればいい」

「はい」

「もう、いいぞ」

 彼女がキッチンのドアを閉じるまで、実は黙って目で追っていたが、やがて、息をついて、背もたれに背中を倒した。

「あいつ……自分が他人に触れられることを極端に嫌っている。そうなった場合に、錯乱することを、どうも知っているようだ。だから、ある程度までは話しておいた」

「気がついたの? 彼」

「ああ。暴れたことと、おまえと押さえつけたこと、それに……触るなと言っていたことは教えた」

「何で……また……。何もなかったと言っておいたほうがよかっただろうに」

 護が、錯乱することまで自覚していながらメンバーに隠していたというのなら、黙っているほうが彼のためではないか、と思う。

 しかし、実はあっさり否定した。

「何かしたか、何を言ったか、とオレに確認したくらいだ。混乱していたときの自分の行動を知りたがっていたのに、何もないで終わらせても納得しないだろう。かえって不自然だ」

 隆宏は考えていたが、少しすると、頷いた。

「そうかも」

と。

 これを、自分に置き換えれば理解しやすい。

 同じ状況でなくとも、たとえばあからさまに何かを隠されれば、疑いたくなるのは自然なことだろう。まして、自分に後ろめたいことがあったとしたら……。

 そう考えれば、何もなかったと突き放されたことが、後々までわだかまりとして残る。

 結果的には、実は嘘をついていないのだから、肝心なところだけに口をつぐんでいればいいだけのことかもしれない。

「それにしても……なんで嫌がるんだろう? 何かあったのかな?」

「あった、と断言してもいいな。それも、相当なことだ。事件にでも巻き込まれたか……」

「事件?」

 実は一度、ため息混じりに顔を伏せたが、右のピアスを隠すように手をかけながら、また、隆宏を見据えた。

「事件、だろうな。他に考え付かない。他人に触れられて、精神が混乱するような事故なんて、あるとは思えないんだ。第一、あいつは訓練を休んだことがない。もし、事故にあったとしたら、そういう形跡があるはずだろう?」

とはいえ、それは事故に巻き込まれても同じか、と、実は呟いた。

 なにしろ、全身の、あの傷跡だ。故意につけられたものであることは間違いがない。

 隆宏は、何かを思い付いたらしく、言った。

「ねえ、まさか、レイラーに何かされたとか……ないかな?」

「何か? ……そうか……」

 傷跡のことは、隆宏は知らないから、恐らく、精神的ダメージのことについて言ったのだろうが、実も、それならば事件よりは受け入れられやすい理由であることに気がついた。

 拷問よりは、虐待だと考えるほうが自然だ。

「そうかも……しれないな。それに……ひとつ、確実なことがある」

 実は、チラッとキッチンのドアに視線を走らせた。

「キャップは知っているな」

「嘘……」

「マモルだけを隔離しようとしていたじゃないか。あれは、オレたちが安易にあいつに近づかせないように対処したつもりじゃないか?」

 そういえば、そうだ。

 健の許可を得て、ベッドを三つ、一番大きな部屋に移したが、本来は、護一人がそこを使うように配置していたのだ。

「マモルも、キャップもオレたちに言えずにいるのかもしれない。だから、ケンが部屋替えを進言しても、何も言えなかった……従うしかなかったのかもな」

 隆宏が、目を逸らした。

 眼鏡を外して、考えるように肘をつく。

「ケンは……知らないだろうなぁ……」

「かもな」

「彼にも秘密?」

 いいや、と実は首を振った。

「リーダーに任せるさ。サブリーダーでは、さすがに荷が重い」

 おや、と隆宏が眼鏡をかけ直す。

「積極的な意見だね。サブリーダーを自覚した?」

 鼻先で笑われてしまった。

「バァカ。巻き込んだのはおまえじゃないか」

 だが、彼はすぐに真顔になった。

「ケンからオレのことをどこまで聞いた?」

「……君が言ったことの繰り返し、かな。でも、元に戻らない訳じゃないから仕事から外すなって」

 でも、実感がないと首をすくめたのは、夕べのことを目の当たりにしていないから、仕方のないことだろう。

「たとえばさ、さっきのマモルの感情は入り込まなかったの? 泣いていたのは見たけれど」

「心構えがあったからな。夕べのようなことを繰り返すわけにはいかないだろう? これでも、少しずつは学習しているんだ。もっとも、強すぎるとオレのほうが負ける」

「泣いていたのは?」

「そうだな……。言いたくはないが、絶望、か。オレのほうには心当たりはないんだが、よほどオレに会いたかったんだろう。それができないことの絶望、と受け取った。あとは、恐怖感だ」

「は?」

 おもむろに、隆宏が首をかしげる。

 嫌悪感ではないのか? と。

「嫌悪感は、触れられることに対するものでしかないさ。暴れていたときには、他人に対する恐怖感しかなかった」

「ああ、それで事件、か」

 話は戻ってしまうが、隆宏にはやっと、納得がいった。

 人に何かをされたことが恐怖感となり、その感情を読み取ったから実は事件、と見当をつけたのだ。

 しかし……

 彼は、大きく背伸びをすると、腕を伸ばしたまま、背もたれに凭れた。

「まあ、これ以上話していても仕方ないね。……さっきのことは了解したよ。君と口裏を合わせればいいんだろう? ……あ、と、思い出した」

 胸ポケットの違和感を思い出して、そこからベルトを取り出す。

「これ、ケンに渡しておくべきだね。マモルがケガをしたんじゃ、使えないよ」

「そう思って、オレも外した。これも言っておくさ」

「それより、個人の電話を支給してくれるように頼んでおいてよ。いちいち探すのは面倒だからさ」

「……そうだな」

 それ以前に、初仕事でいきなり二手にわかれたのだ。今後、このようなことがないとは言えない。

 と、なれば、健には報告がてらに進言してもらうべきだろう。

 仕事のたびに電話を支給してもらうよりも、個人的に揃えてほしい、と。

 どちらともなく会話が途切れる。

 実は、隆宏の背後にある窓を、そして、隆宏は取り出したまま、手に持っていたベルトを弄んでいたが、何気に目に入った、テーブルの上のコントローラーを取り上げた。

 テレビのリモコンだ。スイッチを入れようと、テレビに向ける。

「やめてくれ」

 いつの間にか、実は彼を睨んでいた。

「え?」

「テレビが見たいのなら、オレのいないところで見てくれ」

「どうして?」

 実が、自分の胸を軽く突く。

 一度は首をかしげたが、やがて隆宏は、納得したように息をついた。

「気の毒な体質だね、君も。……ニュースもダメなのか?」

「それ自体はいいんだ。新聞なら読める。時折入るインタビューが、だ」

「感情を遮断してもダメ?」

「そうなると、内容が理解できない」

「見ても無駄か。昔からそうなの?」

「まあな」

 思い出すように、実は天井を見上げて、ポツポツと話始めた。

 レイラーの発病がわかる前までは、もちろん友人も多かったし、テレビや本も当たり前に見ていた。

 ただ、自分の体質に気づかなかったため、とんでもないところで別の反応をしていたという。

 具体例を促されて思い出したのは、バラエティー番組だった。

 特別枠の生番組で、タレントがいろいろなアクションをするというものだったと覚えている。

 スタントマンの真似事のように、規模を小さくして高いところから飛び降りた一人のタレントが、成功したと、周囲から誉められていたとき、実が突然、自分の右足のかかとに痛みを訴えた。そのときはすぐに治まったが、そのあとは、なぜか画面にその男性が映るたびに痛む。しかも、それが次第にひどくなってくる。

 レイラーが心配して、病院に連れていってくれたが、そのときにはもう、嘘のように痛みは引いていたし、傷ひとつ、見当たらなかった。

 結局、成長期の特徴で片付けられて戻ったのだ。

 帰ってからも痛みはなかった。

 生番組で、タレントがケガをしたと報道されたのは、翌日のワイドショーでのことだった。

 ちょうど見ていた番組だったから、二人は目を見張ったが、そのときは、実の症状と結び付く考えは、まったくなかった。

 が、それだけではないことに、漠然と感じ始めたきっかけの番組だったことには違いない。

 ドラマを観ていても、おかしな傾向はあったのだ。

 もちろん、ストーリーに感情移入するのは日常で、それどころか、周囲のエキストラや、主要キャラクターの、シナリオとはまったく違う心情までも感じていた。

 一人の感情ではない。ひとつのものでもない。

 テレビを見たり、本を読んでは疲れていた。

「ニュースのインタビューにしてもそうさ。事件や事故の関係者とか目撃者はそれらしいことを言うが、内心は面白がっていたり、迷惑だという感情まで伝わってはな。ノーマルの姑息なところしか見えなくなってくる。だから、観るのをやめたんだ」

 唖然と聞いていた隆宏の感情が、一瞬だが、実に浮かんだ。

「別に、苦痛ではなかったさ。訓練と医学、それに、レイラーの看病で他のことを考えないようにしていたからな」

「本当に……気の毒な体質だね……。それしか言いようがないよ」

 実は、ソファに横になると、肘掛けを枕にして笑った。

「同情する前に、おまえのほうが気を付けたほうがいいぞ」

「? 何を?」

「その気になれば、その言葉が本当か嘘か、見抜けるということさ。口先だけで慰められるばかりでは……素直に受け止める気も無くす」

「そんな……」

「ああ、わかっているさ。おまえたちならば、心にもないことは言わないだろう。だが……本当に、誉められることも、同情されることも嫌いなんだ」

「難しいなぁ」

と、隆宏が苦笑した。

「オレ、昔から思ったことを口にしていたから。……言うなと言われても、口に出てしまうよ」

「まあ、いいさ。気に入らなければ、オレが不機嫌になるだけだ。素直に喜ぶ感情も、ないわけじゃないし。……なにしろ、いくつもの他人が入り込んでいるんだ。どれが表面に出るか、そのときにならなければわからない」

「まるで多重人格だね」

「は、バカらしい。ホストの自覚はハッキリしているんだ。当てはまらないよ」

 それは確かだ。

 隆宏は、目を細めながら、思った。

 目まぐるしく態度が変わるのに、結局は今、目の前にいる彼の姿がベースになっている。どれだけ突拍子のないことを言っても、本心があるかぎり、まともに対応してくれるのだ。

 多重人格にも錯覚しそうだが、ベースに時折、他人が混じるだけだ。そう考えれば、今日まで見てきた、彼のすべてに頷ける。

 それにしても、と、隆宏は、室内の時計ではなく、腕時計を見下ろした。

 今の時間なら、夕べの事件をテレビでやっているはずだ。

 事件そのものにはもう、興味はない。

 気になったのは、署長がどういう出方をしたか、である。

 夕べは、結局姿を見せなかった。

 もしかしたら、報道関係を前にして、自分なりの演説をしていたかもしれないし、それを報道しているかもしれないのだ。

 自分たちのことを、吹聴していなければいいが。

 だが、ある意味、これは意地の悪い好奇心のほうが強いか、とも思い、席を立った。

「ユウコの手伝いをしてくるよ。ついでに、テレビも見たいからね」

 彼は、一度はキッチンに向きかけたが、はたと気がついて、足を止めた。

「それとも……君がキッチンに行ったほうがいいかな?」

と、意味を含んで笑う。

 実が、訝しげに体を起こした。

「オレに、彼女を手伝えというのか?」

「なんか……その方が彼女が喜びそうだからさ」

 なるほど、彼女に気を使ったか。

 どうやら、隆宏も気づいたらしい。

 迷惑だと突き放す代わりに、実は小バカにしたように言った。

「オレがいたら、かえって手につかないだろうよ」

「なんだ。知っていたの」

「あれでわからないとしたら、鈍感でも言葉がたりないんじゃないか?」

「応えてあげるつもり、ない?」

「応えるも何も、彼女自身、理解していないんだぞ。一時的なものじゃないか。第一……」

 クスッと笑う。

「初恋は実らないと相場は決まっている」

 隆宏は、彼女もかわいそうにと、首をすくめながらキッチンに入っていった。





 


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