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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
44/356

眠り 5

「マモル……」

 どうやら、庭から直接上がり込んだらしい。ソファに腰を掛けるところだった。

 隆宏の呼び掛けにも反応せず、窓の方に目を移す。

 入ってきた隆宏は、何事もなかったかのように、にっこり笑いかけた。

「お帰り。おなか、すいていないか? 食事は用意できるよ」

 それにも反応がない。

 あとから入った実がわざと、護の視線を遮るように立ちふさがった。

「返事くらい、しろよ。食うのか?」

 突然視界に現れた顔に、目を見開いた護は、しかし、すぐに気まずそうに逸らし、無意識に左腕を右肩に上げかけて、止めた。

 そのまま、右肩を素通りして、髪をかき揚げる。

 ゆっくり立ち上がると、実のいる場所とは逆から、テーブルを回り込んでキッチンに入ろうとしたが、

「ちょっと、待て」

という実の呼び掛けに、背中を向けたまま、止まった。

「まだ……何か……?」

 問いかけようとしたが、実が近づく気配の方を、彼は察知した。

 素早く振り返るが、それよりも早く左腕を捕まれ、彼はまるで、体に電気が走ったように反応すると、乱暴に振りほどいた。

 途端に、右肩を抑えて蹲る。

「やっぱり痛めていたか。見せてみろ」

 どこで何をしていたかには興味はなかったが、護の後ろ姿に、実は違和感を感じたのだ。

 襟元を掴まれたとき、護は痛みを忘れた。

 思いきり実を突き飛ばし、部屋の隅に……まさに逃げ出したのだ。

「近寄るな!」

 声が震えている。固く目を閉じ、その場に崩れた。

 小刻みに震える手で、口元を抑えた。

「違う……あれは……違う」

 実は意地になっていた。

 突き飛ばされたことが気に入らなかったのだ。

 何より、完璧であるはずの護の醜態が、不愉快だ。

 反撃すらせずに、突き飛ばして逃げた、など、あっていいはずがない。

「タカヒロ!」

 怒鳴ったと同時に、実は護を抑え込んだ。

 慌てて、隆宏も彼の足を抑える。

 油断をすれば弾かれてしまいそうなほど、その抵抗は強かった。

「離せっ! 触るな!」

「動くんじゃない、マモル。肩を診るだけだ」

「嫌だ! 離せ! はなせっ!」

 小さな舌打ちとともに、実は思いきり、護の頬を叩いた。

 落ち着かせるための処置だったが、それが功を奏したのか、途端に、力が抜ける。

 だが、その目はどこを見るでもなく、まるで、魂が抜けてしまったかのようだった。

「落ち着け、マモル」

「……殺して、くれ……。もう……会えない。……ミノルに……会えない……」

「何を……? よく見ろ、オレならここにいるじゃないか」

「会いた……かった……。けれど……もう……」

「おまえ……オレがわからないのか?」

 隆宏は、いつしか抑えていた手を離していた。そのまま、心配そうに護と、実を見回す。

 護は目を閉じた。

「殺して、くれ。……彼の、ために……」

 その言葉に含まれた感情なのか、実の顔が歪む。

 溢れだした涙に、隆宏が目を見張った。

「ミノル、君……」

「こいつの感情だ。オレのものじゃない。ただ、……きついな。それより……」

 振り返ると、夕子が不安そうにドアから覗いていた。

「二人とも、向こうに行っていろ」

「……わかった」

 自分の感情ではないためか、実の、指示をする声はいつもの、しっかりとした張りがあった。

 他人が同居する、その心の中に実は、護のどんな感情を見ているのだろう。

 二人の姿がキッチンに消えると、実は護をその場に残し、二階に上がっていった。

 ひとつの箱を持って、降りてくる。

 それは、実専用の薬箱だった。

 本部に集まる日が近づいた頃、それぞれのレイラーのもとに通達があり、私物は本部に置いておくものと、移動先に置くもの、それに予備、と、三つに分けてある。

 薬箱は、実が念のためにと、やはり三分割して用意していたのである。

 中から、錠剤を二つ、取り出した。

「マモル」

 静かな呼び掛けで、ただそこに座っていただけの護が、機械的に顔をあげた。

「これを飲んでくれ」

「……」

「これで、少しは楽になる」

 二粒の黄色い錠剤見下ろし、実を見上げ、そして、その手の上に、錠剤が渡された。

「楽、に……」

「それから、注射をするが、構わないな?」

 肯定も否定もなかったが、その代わり、錠剤は口に入れられた。

 飲み込む必要のないものを用意したため、それは、口の中ですぐに溶けるはずだ。

 どうせ、彼には薬の種類など、わからないだろう。気休めの、単なる栄養剤のタブレットだ。

 様子を見て、箱から今度は、注射器と液剤を出す。

「マモル、左腕を出してしっかり支えていろ。おまえには触らない。わかるな?」

 言葉の意味を理解しなくてもいい。ただ、従ってくれれば……。

 ゆっくりとした動作で、左の袖を捲った護は、腕を膝にのせて、伸ばした。

「……! おまえ……」

 腕に見えたのは、いくつもの傷跡だった。

 赤く筋が残った跡や、火傷が染み込んだ、赤黒い傷だ。

 だから、だったのだ。

 これを隠すために、夏にも関わらず、長袖を着ていた……。

 何があった?

 そう問いかけかけて、彼は、息をつくことで止めると、何も言わずに、差し出された左腕を凝視した。

 が、触診もせずに血管を探すのは、やはり困難なことだ。

 細く、白い腕にくっきりと残る、いくつもの傷跡が痛々しい。

「仕方がない。マモル、手の甲を上に向けてくれ」

 見ていられない。

 さっきとはうって変わって従順に、彼は腕を返した。

 手首の辺りにまた、目を凝らして、ようやく見当をつけたのか、スプレーを吹きかけて、針を当てる。

「我慢してくれ」

 こちらのほうが痛いはずだ。しかし、護は、自分の手首に針が当てられてから、それが刺さり、液剤が体内に入って抜き取られるまで、結局、眉ひとつ動かさずに見つめていた。

 針あとに、綿が被される。

「押さえていられるか?」

 これにも、素直に従った。

 しばらくの間、実は様子を見ていた。

 護の方は、綿を押さえたまま、動かない。

 しかし、それは長く続かなかった。

 ゆっくりと、右手が離れ、徐々に体が傾く。

 倒れる寸前で抱き止め、実は彼を背負った。

 一度、キッチンに顔を出す。

「タカヒロ、部屋を借りるぞ」

「う、うん。……あの……」

「今は何も聞くな」

 二階の、隆宏たちの部屋は、健たちの部屋のはす向かいにある。

 苦労してベッドに寝かせると、実はまた、部屋を出て、先程の箱を持って戻った。

 完全に意識のない護の、シャツのボタンを外していく。

 首筋から胸元、腹にかけてシャツがはだけていくと、そこに見えたのは、腕についていたよりも多くの傷跡だった。

 細かく調べるまでもなく、それらは刃物による傷だ。小さな火傷も、いたるところにある。

 まるで、拷問にあったような……。

 傷から目を逸らし、彼は胸元にあった、青いペンダントを見つけた。

 服の下に、しっかりと隠されていたそれは、真面目そのものといえる護には不釣り合いに見える。

 さほどの興味も持たず、シャツの右肩をめくった。

 赤く腫れている。

“軽い脱臼か”

 これならば、ずれた関節を戻して、シップをしておけばいい。

 手早く処置をして、シップの上から、肩を固定するように包帯を巻いていく。

 コルセットがあればよかったのだが、本部の医務室にでも行かない限り、すぐに手にはいるようなものでもない。

 優しく服を着せて、ボタンを留める。

 これで、麻酔の効果がなくなるまでは目を覚まさない。

 箱の中を整えて、彼は部屋を出た。

 キッチンでは、沈黙の中、二階の様子を伺うように二人して、上を見上げていた。

 まるで、聞こえない音を感じ取ろうとしているような様子だ。

 静かに、ドアが開く。

 二人の視線は、すかさず入ってきた実に移った。

「どうだった?」

 彼らが何を待っていたのかはわかっている。

 だからこそ、箱をテーブルに置いて、二人の問いかけを止めるために手をかざした。

「右肩の脱臼だ。処置をしたから、それほど大事にはならないはずだ」

「そ、そうじゃなくて……」

「これ以上は聞くな」

「……無茶なことを……言ってくれるよ」

 好奇心で聞いている訳ではないことくらい、実ならわかっているだろうに……。

「ユウコ、君も……」

 彼女は、口元を抑えていた。ホロホロと、涙をこぼしながら。

「どうした?」

「……ごめん、なさい……。見て、いられなかったの……。あの人は……あんなにも……あなたが大切なんだと、思うと……」

 どうやら、彼女にとって、あの状況の理由は必要がなかったようだ。

 感動の涙、か。

 彼女にとっては、自分の存在をなくしても悔いを残さないほど実を大事に思う護に、ただ、感動したらしい。

 しかし、実は、それが迷惑なことだという表情で、顔を逸らした。

 実際、迷惑だった。

 というより、疑問だったのだ。

 自分が護に会ったのは、本部が最初だ。

 彼の方は、レイラー・美鈴千春とは会っていたらしいが、それだけで、あれほど会いたがれる理由にはならないだろう。

 自分は彼に、何もしていないし、されてもいない。

 実のために殺してくれ、と言ったが、そんなことをされる謂れはないのだ。

 昨日まで、ことあるごとに護は実を見ていた。

 見られていると感じて視線を向ければ、顔を逸らすところを、何度も確認している。

 しかし、彼の感情は入ってこなかった。

 完璧に、気持ちを遮断していたということだ。

 一度だけ流れてきたものは、触れられたことへの嫌悪感と、後悔の思いだった。

 それを考えると、やはり、護の過去になにかがあったとしか考えられない。

 あの時は確か、レイラー・千春が亡くなったことを告げたあとだった。

 彼女に関係があって、触れられることを嫌悪し、そして、反撃も防御も思い付かずに━━別に、こちらが攻撃しようとしていたわけではなかったが━━ただ、逃げることしかできなかったほど追い詰められるめにあっていた、ということか。

“少なくとも、レイラーからは何も聞いていないな……”

 何しろ、護と彼女が知り合いだったことすら、知らなかったのだ。

 第一、会ったこともなかった護が、なぜ、実をあれほど大事に思う?

“……わからない……”

 やはり、迷惑だ。

「タカヒロ」

 彼女から顔を逸らしたまま、実は呼び掛けた。

「二人で出掛けてくれ。どうせ、あの二人は眠ったままだ。何もできないからな」

「君は?」

 それは、実のいつもの嫌みだった。

 見下すように、笑う。

「医者が患者に付き添うのは当たり前のことじゃないのか?」



 健は放っておくしかない。誰かが部屋に入れば邪魔になる。

 実は、二人が出掛けたあと、しばらくは椅子に座っていたが、夕子が途中でやめていた洗い物を見つけると、片付けまでしてから二階に上がっていった。

 入ったのは、護がいる部屋だ。

 ここ、横浜に来た日に、隆宏と今後のことを話し合った部屋……。

 メンバーの手助けをするつもりはなかった。

 してはいけないと言い聞かせていた。

 彼らが、最初のときのまま、自分を嫌っていてくれれば、彼はメンバーから離れた位置で、自分の決意を通すことができたのだ。やりぬく覚悟を持っていられた。

 レイラーが亡くならなければ、それはもっと、単純だったろう。

 すんなりと手を貸すこともできた。

 実際、彼女はずっと、言っていたのだ。

『メンバーのいい仲間になれるわ。みんなも、あなたを大事にしてくれる。それを楽しみにしていてね』

 そして……

『本当に、いい子に育ってくれたわ。ミノル、優しい子になってくれた……』

“やめてくれ!”

 心に響く声を、忘れられたらどんなにいいか。

 思い出す言葉を、彼女は最期の一言で否定したではないか。

 幻聴に耳を塞ぐように頭を抱えて、実は護の眠るベッドに腰をかけた。

“許されなくてもいい。……こいつらがオレをいらないというまでは……傍にいたいんだ”

 優しく、手を、指を護の髪に滑らせる。

 ダークブラウンに光るそれは、ほとんど抵抗のないまま、彼の指から滑り落ちた。

 僅かに開いた唇も、白い肌に整って閉じられている目も、こうしてみると、女性に見間違えそうだ。

 普段は、まったく表情がない。まるで、人形を見ているようだ。

 人の言うことに、返事もしない。小さな首の動きだけで、近づくこともない。

 訓練のデータは、常に、すべてにおいて完璧だった。

 それが、あれほど怯え、逃げて、想いを吐き出した。

 何があった?

 問い詰めるのは簡単だ。だが、彼はあのときまで、見事に隠していた。体の傷も、だ。

 聞けない。聞き出せるはずがない。

 恐らく、肩の治療をしたとわかれば、何かしらの反応はあるだろう。傷跡を見なかったとはいえないのだから。こちらもごまかすことはできない。

 話すだろうか? 何があったのか……。



「なあ、連絡を入れたほうがいいんじゃないか?」

 窓の外を見ていた高志が、そのまま聞いた。

 操縦桿を握っている絵里が、

「バカね」

と、軽い声で笑う。

 今さっき、帰路についたところだ。

「なんでさ」

「空の上で何ができるのよ。あたしたち、電話すら持っていないじゃない。無線は本部にしか繋がらないわ。それに、昨日、連絡だけはしておいたわよ。それより寝ていなさい。まだ無理しちゃダメよ」

「平気だよ」

 そう言ったものの、ムキになるほどの気力がない。

 当然だろう。

 覚えている限り、一度たりとも、高熱にうなされたことがなかったのだ。

 熱にうかされて、眠った気がしない。

 今朝は、幾分か楽になったから、午前中横になっていただけで、こうして戻る気になったが、熱があった間中、嫌な夢を見ていた気がする。

 それがなんだったかは覚えていない。

 気がついたときに、絵里が優しく声をかけてくれたことが、無性に嬉しかった。

「具合……悪かった訳じゃないのに……なんで熱を出したんだろう」

 絵里は、横目で彼を見て、その頬に手を当てた。

「あたしの分までがんばったからよ」

「確かに張り切っていたけれどさ」

「そうじゃなくて。要するにプレッシャーね。あたしに負担をかけないようにしてくれたんじゃない。嬉しかったわ。あんたとペアでよかった」

「だって、それは……」

 健に言われたからだ。

 女性を守るように、と。それだけを言い聞かせていた。

 もし、彼のアドバイスがなかったら、どうだったろう。

 彼女もメンバーなのだから……訓練の結果は同じようなものだったから、と、きっと彼女のあとについていたかもしれない。

「オレの考えじゃないよ……」

 どうやら、熱を出したことで、気弱になっているようだ。

 彼女は、軽く頬をピタピタと叩いた。

「何を言っているの。誰の考えでも、実際に動いたのはあんたなのよ。それに感謝しているの。……さあ、本当にもう、休んでいなさい。弱った体をケンたちに見せたいの?」

「わかったよ……」

 もそもそと、席のリクライニングを後ろに傾けて、彼は目を閉じた。

 なにかが足りない。それは多分、彼女だけではなく、他のメンバーにも励ましてほしいのだ。

 どうしてそう思うのかはわからないが、今は、彼らの声を聞きたかった。



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