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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
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眠り 1

 足と腕を組んで椅子に座り、どうやらいつの間にか眠っていたようだ。

 腕の力が自然に解けて体勢が崩れたとき、健はハッとして目を覚ました。

 ゆるゆると振り返る。

 レースのカーテンから、朝の日差しが差し込んでいた。

 静かな部屋だった。

 はめたままだった腕時計で時間を確認してからそれを外し、ポーチにしまってから、ようやく彼は実を覗き込んだ。

 寝返りもしない実の寝息は、規則正しくタオルケットを上下させている。

 健は、窓に足を向けるとそこを開けた。

 そのままバルコニーに出る。

 自然、庭に目が向いた。

 片隅に置いてある白いテーブルセットのところに護が座って、じっとこちらを見上げていた。

 ━━夕べ、隆宏が落ち着くのを待って二階に上がった健は、部屋の前に座っていた彼を見つけた。

「……部屋に入ったのか?」

 そのときも、彼は僅かに首を振っただけだった。

「そう、もう寝たほうがいいよ」

と、隆宏の部屋に促したのだが、護はやはり首を振っただけで、立ち上がると階段のほうに向かった。

「……下にいる」

 彼を気にしながら部屋に入った隆宏を見送って、健はまた、下に降りた。

 護は、真っ暗になったリビングでソファに座っていた。

「マモル」

 あとから入り、ライトをつける。

 反応もない彼の横に、健も腰を下ろした。

「すまないね。ミノルと引き離すようなことを言って」

 答えは、しばらく経ってからの小さな呟きだった。

「構わない」

「彼が心配で寝られないか?」

 やはり、返事がない。

 だが、しばらくすると、小さく口が動いた。

「……迷っていた……」

「? ……何を?」

 それは、まるで健を避けるかのようだった。

 視線から逃げるように離れると、窓辺に足を向ける。

「……あなたを……信じることができない。どれほど、心を傾けようと、あなたの言葉はオレの中には入ってこない。オレには構わないでほしい。……何も聞かずに、オレの存在を消してほしい。……そう、思っている。けれど……」

 彼の左手が、ゆっくりと顔を覆った。

「けれど、そう思うほど、……オレは、あなたを意識している」

 それが、疎ましい。

 そう、心で呟く。

 しかし、それすらも意識している証拠ではないか。

「ミノルは、……あなたを信じようとしている。あなたは……応えられるようになる。人を観る、彼の目は確実だ。ならば、オレもまた、信じるしかない。……なのに、……話すことを迷っている……」

 どうしても、他人を信じることができない。

 それは、実すら信じられないと言っているようなものだ。

 それだけは、あってはいけない思いだというのに。

 護は、しばらくしてようやく決心したのか、手を外して顔をあげた。

 今度は、いつもの、自分の席に腰を下ろす。

 一度決めたことは躊躇わない。

 彼は、まっすぐ健を見返して、口を開いた。

「オレには、目的があった」

と。

「ミノルに許されないことをしたのは、事実だ。決して口にできることではない。それでも、彼を守っていきたかった。彼が、昔から持ち続けていた望みを、本当ならば、オレが叶えたかった。それができないのならば、あなたに託して、オレは自分の目的を果たすだけのこと……」

「……?」

「オレは、生きているつもりはない」

「ちょ……」

「あなたが言ったことはやはり、納得はできない。屋上では、ミノルを殺人者にさせないために諦めた。それは、彼に汚名をきせるわけにはいかなかったからだ。……オレは、彼の仲間である資格はない。自分で放棄した資格だ。ならば、彼の傷になるはずもない。……ミノルが……」

 確固とした決意の声が、彼の名を口にするときだけ、丸く響く。

「彼が……あなたを支えとするまでの間、オレが彼の心を支える。そのためには、彼に……憎まれなければならない。……ケン、オレは、一度だけ、あなたを信じる。彼に恨まれたまま、死ぬことができる方法を考えてもらいたい」

 そう、呟きながら、護は顔を背けた。

 小さく、だが角のない丸く包み込むような甘い声の中に僅かに含まれるのは、自分の言葉に感じた矛盾に対する戸惑いだったかもしれない。

 他人を信じることができない自分に目を背けて、恐らく、生まれてはじめて彼は他人に相談を持ちかけている。

 愕然としながら話を聞いていた健に、彼はなおも言った。

「すぐに、というわけではない。あなたが支えになるにはまだ、時間がかかる。その間、彼が正気でいられればいい。彼には、精神を保つための新たな目的が必要だ。そのためには、オレが彼に憎まれていればいいだけのことなんだ」

 健は、これ以上ないというほど、深くため息をついた。

 痛むはずのケガにも気づかず、髪をかきむしって、乱暴に背もたれに倒れかかる。

 考えあぐねるように天井を見上げていたが、やがてまたひとつ息をつくと、勢いをつけて起き上がった。

「わかった。よく、わかったよ。オレがどんな説得をしても、無駄なんだな。おまえは、最初から人生を諦めているわけだ。たとえミノルのためだと言っても、自分の意思を曲げる気がないんだ」

 悔しそうに、顔を覆う。

「……どうして……そんな残酷なことをいえるんだよ……。おまえがそう思っているのなら、手を貸すしかなくなるじゃないか……」

「……」

 実さえいれば、他人がどうなろうと構わない……残酷な提案も、当然か。

 誰が傷つこうとも、護には関心がない。

 揺らぐことのない彼の決意を、変えることができない自分の非力が恨めしい。

 悔しくて、涙が出そうだ。

 泣き叫んで、護を止めることができたらどんなに楽か。

 なのに……

「……ひとつだけ、教えてくれ、マモル」

 くぐもった声の中には、どこにも乱れはなかった。

 七人だけのノーセレクトなのに、最後の夕子も含めて、どれだけ会う日を楽しみにしていたか。

 ノーマルでは、決して理解できないであろう想いがあったはずなのに、健の心の底に、ひっそりとした冷静な気持ちがあった。

 まっすぐに見返す護の視線を避けて、彼は言った。

「おまえの目的は果たせたのか?」

 沈黙が、部屋に漂う。

 健は、視線を護に戻した。

 そして、それを待っていたかのように、彼が首を振る。

「ならば、その目的はなんだったんだ?」

「……美鈴さんを……殺すつもりだった」

と、当然のことのように呟く。

 もう、今さら健は驚かなかった。

「彼女は……」

「知っている。……だから、目的を失った。彼女は、病気というものでミノルを傷つけた。彼に、精神的なダメージを与えた。……許せるものではない。彼女は、病気で死ぬべきではなかった。オレが手をかけることで、ミノルはオレを憎むようになる。それが、新たな目的になるはずだった」

 詭弁だ、と、片付けられることではなかった。

 護の言葉の中に、別の意味が含まれている。

 そう、感じる。

 実はきっと、彼女の病気を負い目として受け取っていたのだ。

 ノーセレクトを育てるために、彼女は自分の人生を犠牲にした。

 結婚すらせず、ひたすら、誰ともわからない夫婦の子供を教育し、そして発病した。

 彼女が大切に育てたからこそ、実は徐々に追い詰められていったのではないだろうか。

 彼の精神は、レイラーの発病と共に崩壊してもおかしくはなかったのだ。

 様々な人間の感情など、一人の器に入りきれるものではない。

 それを繋ぎ止めたのが、『医師免許』だったのだろう。

 崩壊しかかったはずの感情の流入を、どうやって克服したかはわからない。

 しかし、実はそのときに、自分の体質を理解した。

 だからこそ、目標を……迷う隙のない目標を持たなくてはならなくなったのではないだろうか。

 治せるかもしれないという、希望を含んだ目標を。

 だが、結果的には、果たせなかった。

 それで、護が、か。

 実がノーセレクトの仲間と共に、昔のような笑顔を取り戻せるのなら、自分が憎まれればいい━━。

 護の思いは、もはや、そのひとつしかなかったということか。

「……時間をくれ……マモル。……おまえのために一番ふさわしい方法を考える。必ず答えを出す。それまで……」

 ふと、健の瞳が揺れた。

 一瞬だが、意識が遠くなる。

 それが目眩だと感じ、健は目元を抑えた。

「待ってくれ……。オレを、信じて……待っていてくれ」

「……」

 じっと、健を見つめていた視線が、突き放すように逸れた。

 信じろ、と、よく言える。

 健が考える方法など、薄っぺらい正義感でしかない。

 底の浅い時間稼ぎにしか、思えない。

 時間を作り、様々な方法を駆使して説得するに違いない。

 自分が何故、死を望んでいるのかを健は知らないし、いうつもりもない。

 それは、知れば、別の説得をするだろうと容易に想像がつくからだ。

 一瞬、考えた。

 健も、自分と同じ目にあってみればいい、と。

 それでもなお、生に執着していられるかどうか、聞いてみたいものだ。

 仲間として、平然と顔を合わせていられるか、と。

 しかし、やはり護は口を閉ざしたまま、腰を上げた。

 窓を開け、振り返る。

「もうひとつ、言っておく。ケン、キャップがオレを隔離しようとしていた理由を話すつもりはない。彼の考えを受け入れるつもりもないが、少なくとも、他人が起きている限り、オレが眠ることはないことを忘れないでくれ。あなた方と同室になることは苦にはならないが、あなた方の負担になると判断するのなら、オレを別に閉じ込めることだ」

 それきりだった。護は、そのまま庭に出ていって━━。

 恐らく、あれからずっと、あの椅子に座っていたのだろう。

 少しは寝られたのだろうか……。

 健は、バルコニーの柵から身を乗り出した。

 しかし、どう声をかけていいのかに迷う。……いや、かけるべき言葉が見つからない。

 結局、何も言えずに、健は軽く背伸びをした。

「……? ……」

 また、目が回る。

 人の心配よりも、自分の方が寝不足だ。

 また部屋に戻って、元の椅子に座りながら実を覗き込んだ。

 まだ、起きる気配がない。

 静かな部屋の中で、健はいつしかまた眠ってしまっていた。


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