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TOGETHER  作者: SINO
~第一部 初めの時~ 一章 それぞれの器 それぞれの役割
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願うのは…… 10

 まるで、隆宏の体の震えを押さえつけるように、健はしばらくの間彼の頭を抱えていた。

「ケ……」

「黙って」

 尚も沈黙が続く。

 が、今度はそれほど長くはなかった。

「タカヒロ……黙って、聞いてくれ」

 健は、彼の耳元で囁いた。

「おまえは、いいレイラーに恵まれたと、オレは思うよ。その誠実さは、誰にも真似はできないだろう。……だから、あえて言わせてもらうよ」

 そう言って、健は少しずつ、腕の力を抜いた。

「おまえ……後悔しているんだ。初めて人を殺したことを、怖がっている」

 ……ああ……そうだ……

 思い出した。

 いや、思い出してしまった……。

 自分が手にかけた人たちの、顔を……。

 隆宏の指示した行動は、結果的に言えば組織員を騙したのだ。

 ターゲットを特定していたとはいえ、その他を無傷のままで追い払うことができなかった。

 武器も持たず、油断しきっていた相手に、一方的な攻撃をしかけてしまったのだ。

 敗走してくれた組員が多かったものの、混乱した事務所内で、夢中で反撃してきた相手に手加減することもできなかった。

 騙し討ち━━それが後悔となって、また、体が震える。

 健は、腕の力を緩めた上で、今度は、ゆっくりと隆宏を自分から離した。

「その後悔は……許されない。ほんの僅かも、後悔してはダメだ。たとえ、自分に関係のないものの命を奪った事実であっても、だ。……いや、だからこそ、許されないことだと覚えておくんだ」

「そんな……でも……」

 更に、彼から離れる。

 そして、健は、テーブルに腰を下ろした。

「でも……は、言い訳にしかならない。おまえは、ミノルに頼まれて参謀を引き受けた。つまり、自分の明確な意思をもって、今回の計画をたてたはずだ。訓練が、コンピューター相手だったことも、生身の相手を殺す経験が初めてだったということも、今になっては、弱気になっていい理由にはならない。おまえに生じるのは、言い訳でも、正当化する理由でもなく、責任なんだ」

 健は、一度そこで口を閉ざした。

 責任、という一言が、漠然と隆宏の口から漏れる。

「そう、責任だよ。ノーセレクトという立場の責任を、常に忘れないようにしなければダメだ。……能力的にも、オレたちはノーマルを越えている。国の庇護にしてもそうだ。ノーマルが、持ちたくても持てないもの、努力しなければ手に入らないものを、オレたちは最初から手にしている。その差が、はじめから大きく開いているのなら、オレたちが勝って当たり前だ。なのに、おまえは、殺人が初体験だからといって、今になって恐れるのか? 自分のしたことに、後悔するのか? それでは、殺してしまった相手に失礼だ」

「……それじゃ……まるで……」

「殺人を平然としろ、と言っているようなものだと?」

「ち、違うというの? おかしいよ! 相手に失礼だから、何も考えずに人を殺せ、なんて!」

「そうじゃない。責任ということを忘れるなと言ったばかりだろう」

「ノーセレクトの責任じゃないか! 好きで生まれたわけじゃない!」

 言った途端、頬を叩かれた。

「……ケン……」

「落ち着け。そうでなければ、話もできないよ。判断も鈍る」

 頬を抑えた隆宏の指に、涙が伝った。

「おまえの言い方だと、なりたくもなかった者に生まれた人間の、嫌々にとった行動で簡単に殺された人たちの立場を考えていないじゃないか。…………そうじゃないんだ。オレたちに関わった、すべての人たちの恨みを、逃げずに受け止めることを責任と言っているんだよ」

「……?」

 疑問を表すように、ぎこちなく、隆宏の首が傾く。

 健は、黙って立ち上がると、ようやく元のソファに腰を下ろした。

「おまえは、今まで育ててくれたレイラーに、好きで生まれたわけじゃないと、言えるのか?」

 隆宏の頭の中に、レイラー・関口勇平が、ぼんやりと浮かんだ。

「……言えない……」

と、呟く。

 自分の境遇を恨んだことは、一度もなかった。

 ただ、かつて疑問に思ったことはあった。

 そのときの、レイラーの答えは今も覚えている。

『ノーセレクトの能力は、私たちが望んで手にはいるものではありません。君たち、七人だけの能力です。それを、自惚れるのも、軽んじるのも君次第ですよ。君は、二人のレイラーに育てられました。つまり、君だけではなく、私ども、二人の人間の運命も引き受けるのだということを覚えておいてください』

 つまり、……生まれたくなかったと思うことは、彼を否定するようなもの……か。

 健の言葉が続いた。

「ならば、本部の存在を否定できる? 何をするにしても、オレたちがスムーズに動けるようにしてくれるスタッフの努力を無駄にできるか? ……オレたちが存在する限り、少しでも関わる人の、すべての思いを受け止めなければならないんだよ。ノーセレクトだからだ。望んでいなかったとしても、これは現実だ。ここから逃げれば、その人たちからも背を向けることになる。さらに言えば、現実を受け止めて、やってしまった行為に対しても、オレたちは背を背けるわけにはいかなくなる。殺してしまった人たちにも、家族はいただろう。その人たちがもし、仇を討ちたいと思ったときに、オレたちが恐れて逃げ腰になっていたら? ……そんな人間に殺されたのかと思うだろう。……そうじゃなくて、どうあがいても敵わない人種を相手にしたんだと思わせなければ、亡くなった人たちの命は、今以上につまらないものになってしまうんだ」

「でも……」

「もうひとつ、言い方を変えるなら、オレたちは、仕事だから、あるいは生きるために……ノーセレクトという存在を確立するために……様々な理由で、関係のない人たちを殺してしまった。今回は最初だ。けれど、最後じゃない。この先、罪はもっと重くなる。……今回のことを、これからのことを、オレたちはひとつも忘れてはダメだ。関わるすべての人たちの思いを、後悔ではなく、毅然とした意思で受け止める。……慣れろというんじゃない。武器を向けるごとに、相手の心を記憶するんだ。謝罪ではなく、覚悟を常に、心がけろと言うことだよ」

「それが……責任……?」

 健は、しっかりと頷いた。

「能力を生かした責任だ。ひとつの漏れもなく、覚えていくこと」

 恐らく、言っていることは正論なのだろう。

 しかし、隆宏は少しずつ項垂れて、やがて言った。

「……すぐには……無理だよ……」

「それも当然だ。すぐに切り替えてしまったら、次にくるのは慣れと、……感情の麻痺だからね。でも、ゆっくりとしている暇はない。おまえに許される時間はせいぜい、四、五時間というところか」

 なぜ、時間を区切ったのか、その意味を考えたとき、隆宏は無意識に時計を見上げた。

 今からだと……夜が明けて、……夕子が一日の、最初の家事を終わらせるまで……か。

 自然に、時間の計算をしてしまっている━━そして、健の言葉の意味を力に、怯えを忘れかけている。

 これは……話という形の誤魔化しだ。

 自分の感情を、他のことを考えることで騙しているようなものだ。

 気がつけば、あるいはそれが健の、一種の誘導なのかもしれないと思うことは、正当な評価だろうか。

 それとも、買いかぶりか?

 そんなことまで考えている。

 それにしても━━

「君は……容赦しないね。たったそれだけの時間で、後悔を覚悟に切り替えろ、なんて……。もっとも……話をしていて落ち着いてくるオレもだけれど……」

 まして、こんなことまで言い返すとは。

「でも……オレには君のような考え方は、容易にはできないよ。君は……どうして平然としていられるの? どうすればそれだけしっかりとした意識を持っていられるんだ?」

 健も、自分と同じに中に入って、直接相手を攻撃していたのだ。

 実は相手の感情に当てられて意識がない。

 護は外からの守りだったから、中の様子など見えるわけがなく、そうなると、やはりなぜ健だけが平然としていられるのかが理解できない。

 何のことはないと、彼は言った。

「理由は簡単なんだよ」

「?」

「オレにとって、ノーマルの運命や命なんて、どうでもいいんだ」

「なっ……」

「考え方の違いだね。オレにとっては、満足な結果だと思っているよ。おまえが計画をたてた。オレたちを指図して、タカシが真っ先に動いてくれた。……満足しているよ」

 驚いて見返す隆宏の前には、矛盾も意に介さない、純粋な笑顔があった。

 今しがた、他人の命を諭した同じ口で、なぜ健は逆のことを言えるのだ?

 説得力がまるでないではないか。

「……ケン……君は……」

 からかっているのか?

 つい、そう口走っても、隆宏を責めることはできなかっただろう。

 健は、まさか、と笑いだした。

「他人事なんだよ。オレにはね。おまえが指揮をした。それに合わせてでた結果だ。オレにはできなかったことだ」

「それって……もしかしたら、君にとって不本意だったということ? 間違っていた……?」

 健の言い方だと、結局、突き詰めればそういうことにならないだろうか。

 そんな懸念が浮かんでも仕方がない。

 しかし、彼は、否定しなければ肯定もしなかった。

「そんな是非も……オレには関係がなかったな」

 言いながら、ポケットからタバコを取りだし、さりげない仕草で火をつけた。

 隆宏が、代わりにすることを命じられていたにも関わらず、それを忘れ、呆然と動きを見返している。

 一息ついて、健は身を乗り出した。

「タカヒロ、話したよね。……レイラーはまともに答えを言う人じゃなかったって。ただね、オレにも一人だけ、親身になってくれた人がいたんだよ。老人で、もうこの世にはいないけれど、若い頃は刑事だった人だ。それも、ひとつの部署を束ねる人だった。……その人のことを話してあげる」

 彼は、その姿を思い浮かべるようにぼんやりと、テーブルに目を落とした。

「ひとつのグループがあるとする。メンバーの数は問題じゃない。要は中身だ。ひとつのグループ、部署……つまり、目的も、ひとつだ。その中では、能力なんて、さほどの差はないさ。それならリーダーは何をすればいいのか……。……彼は、とことん、手を抜いていたそうだよ」

「……は?」

「自分がしっかりして、部下にも強要するか、それとも自分が怠けて、反面教師と決め込むか。……最初は判断に迷ったそうだ。……で、結局後者を選んだ。……二つの違いは何か……。前者の場合、自分がしっかりしている分にはさほどの問題はないが、部下に強要することで、互いの不信を生むと言っていたよ。上司は部下を信じていないから、自分の考えを押し付ける。部下は、やり方を押し付けられて、個性を失うだろうって。かといって、後者、反面教師もデメリットがないわけじゃなかった。上司を見て、真似をする部下を作るかもしれない懸念があったんだ。でも、その懸念自体、言い換えれば部下を信じていないことになるよね」

「後者を選んだと言うことは、部下を信頼していたと?」

 穏やかに優しく、そして懐かしげにゆっくりと健は頷いた。

「彼は、優秀な刑事だったんだよ。部下を、心から信じていたんだろうね。上司と言う立場は、自分が作るものじゃない。部下が作るものだ。……そう言っていたのを思い出した。彼はね、オレが、ノーセレクトの年長者だということを知っていた一人だ。だから、いつも自分と照らし合わせて、色々なことを教えてくれていたんだよ。まるで……オレがリーダーになることを予想していたみたいにね。ならば……」

 灰皿に、タバコを捨てて、彼は続けた。

「オレが思うことはひとつしかないじゃないか。彼と同じ考えを持てばいい。おまえたちだけを、信じればいいんだ。だから、今回のおまえの考えを、オレは無条件に受け入れた。おまえが、オレたちに命じたことなら、誰が否定しても、オレは全うできる。他人のことなど、オレには関係ないんだよ。必要だったのは、おまえの意思だけなんだから」

「……ケン……」

「でもね」

 溢れるほどの慈愛を感じた隆宏に、だが健はすかさず口を挟んだ。

 先程までとはいかないが、厳しい瞳が隆宏を見据える。

「それだけに、おまえには後悔という形で、その場に留まることはできなくなるんだ。背を向けることすら、許されなくなる。……何をしてもいい。どう考えてもいい。ただ、おまえが、自分の言動を恐れたり悔やんだりしたら、オレたちは間違った方向に進んでしまうということを、忘れないでくれ。……もうひとつ、たとえ、明らかに間違っていたとしても、責任を負うのはオレだ。最終的な決定を下すオレの責任まで、おまえは取り上げることは……しないよね?」

 それは、冷たく尖った言葉のあとだっただけに、最後の問いかけはことさら優しく響いた。

 教え諭す━━レイラー・関口勇平の言葉は、いつも穏やかで、まるで神父か牧師のように、しみじみとしていたが、今の、健の言葉ほどには心に染み込まなかった。

 だから、だろう。

 次第に、隆宏の顔が歪んでいった。

「こ……わかったんだよ。……本当は……。……相手を……騙して……恨みがましくに、睨みあげられて……そのまま死んで、しまった人たちの……顔が……怖かった……。オレは……とんでもない、ことを……したんだ、と……君たちにさせて……しまったんだと……」



 ドアの脇に、腕を組んで寄りかかり、伏し目がちにリビングの会話を聞いていた護は、ようやくそこから離れると、音をたてないようにドアを閉めて二階に上がっていった。

 盗み聞きするほどの興味を持ったことなど、今まで一度もなかった。

 隆宏の様子が気になったからか?

 自問するまでもない。

 彼がどういう状態であろうと、実にさえ迷惑がかからなければ存在などないに等しいのだから。

 引っ掛かっていたのは、健のほうだ。

 彼が、隆宏をどう説得するのか。

 夕べ、護自身が、言わなくてもいいことまで口にしてしまった。

『ミノルが大事か?』

 そう聞かれたときに感じた言い様のない温かさに、本音を漏らしていた。

 ビルの屋上でもそうだ。

 決して許されない罪を、もし、突き詰められていたら話していただろう。

 一体、健の何が、メンバーの口を緩めるのだろう。

 話したところで、何ができるわけでもない、年上というだけの男の、一体、何がそうさせる?

 今まで聞いていた会話の中にも、確実な信頼性は見いだせなかったというのに、隆宏は━━

 彼は、何を感じたのか。

 二階の突き当たりの部屋には、実が眠っている。

 そのドアに手の平を押し当てて、護はまるで、そこから中の気配を感じ取ろうとするように目を閉じた。

“ミノル……ケンは……あの男はあなたの支えになるのか?”

 深いため息が、漏れた。

“美鈴さん、オレには……あの男にミノルを任せていいのかすら、わからない。なぜ、生きていてくれなかったんだ……。二度も彼を裏切って……その後始末をオレに押し付ける権利があなたにあったというのか? 今のオレに……何ができるというんだ”

 たとえ本心でなかったとしても、ビルの屋上で健が実を止めてさえいなければ、自分は楽になれた。

 元々、初めからないものと思っていた命だ。

 存在してはいけなかったのだ。

 その気持ちを、生きることへと変えたのは、レイラー・美鈴千春の言葉ではなかったか。

『あの子は優しい子よ。あなたたちを傷つけないという信念を持ち続けているの。あの子にとっては、あなたもまた、大切な仲間なのよ。お願い、彼を守ってあげてね。とても優しくて、弱い子だから……』

 実のためだけの命だ。

 そう思うようになったのもまた、彼女の言葉があったからだ。

 だからこそ、約束をした。

 彼のために、そして、最期には彼の手によって死ぬことを望んでいたというのに。

“矛盾している……。身勝手な、望みだ”

 守っていきたいと思いながら、彼が傷つくのを見ずに終わりたい、などと……。

“あなたは……彼のどこを信じられるんだ?”

 答えがあるはずもなく、護はドアから手を離すと、そこに寄りかかり腰を下ろした。

 何の音もしない。

 健たちが上がってくる気配もない。

 ……が……。

 護の耳に、微かな声が掠めて入ってきた。

“……?”

 初めて気づいたそれは、小さな、本当に小さな声だった。

 目の前に続く、踊り場の向こうから聞こえる。

“……子犬……”

 怯えた瞳をした、まるで捨てられた子犬のような、メンバーの泣き声だ。

 しかし、それは僅かに耳を掠めたというだけだった。

 護にとって、それすらも、関心を持つことがなかった。

 

 



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