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TOGETHER  作者: SINO
~第一部 初めの時~ 一章 それぞれの器 それぞれの役割
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願うのは…… 6

 月明かりだ。

 冬ほど空気が澄んでいないからはっきりとした明るさはないが、夕子の影は、ぼんやりと地面に浮き上がっていた。

 風もない。

 不快な蒸し暑さを感じる。

 彼女は、現場から離れた所定の屋上から海の方を向いていた。

 昼間は太陽の光が反射して青く見えていたのに、今はただ、暗闇が広がっているだけだ。

 隆宏が貸してくれた腕時計のアラームが、昼間の楽しかった時間を思い出していた意識を戻した。

 驚いて、慌ててビルのフェンスから下を見下ろす。

“……マモル”

 真下では、彼がこちらを見上げていた。

 隆宏と三人で出掛けていたときも一言も口を利かなかったが、それが本来の寡黙さからなのか、それとも彼女がぼんやりと感じた、何か別のことに意識が飛んでいるように見えたためなのかは、今、ここでは判断できない。

 いざ行動にかかる合図とばかりに彼女と目が合った護は、目的のビルと、道路を挟んだ建物脇に潜んでいる三人にもわかるように、左手を一度、高く振り上げた。

 そのまま、ライフルを構える。

 正面のビルに、まっすぐ。

 澄んだ音が耳にはいったとき、彼女の右下方に光が漏れた。

 目的のビルの正面玄関が、激しい音と共に爆発したのだ。

 光が、昼間のように輝くその玄関内にも人がいただろう。

 多分、何人か……吹き飛ばされている……。

『マモルは閃光弾を使うからね』

 ここに来る道すがら隆宏が言っていたとおり、それは想像以上の眩しさだった。

 慌てて彼女は空を見上げる。

 直接そちらを見ないよう指示されていたが、右目の隅がチカチカする。

 しばらくは光が続くとも言われていた。

 彼女のシールドは用意していなかったため、その光が弱まるまでは護の姿に集中するしかなく、見上げていた顔を下に向けた。

 彼の姿は、一直線にビルにライフルを構えたまま動かない。

 しかし、右隅の光が弱まり始めた頃に、彼の手元から二発目が撃たれた。

 立て続けに三発目、そして最後の一発を撃った彼は、ようやくライフルを下に置いた。 

 しかし休むわけではなく、今度は自分のレーザーを取り上げ、構えたのである。

『オレたちは、正面から乗り込む』

 きっと、ビルの内部はひどく混乱しているはずだ。

 彼らは大丈夫だろうか?

 夕子は、ようやくビルのほうに目を向けた。

 壊れた入り口から、時おり人が出てくるのが見える。

 ケガをしているのか、よろめきながら逃げていく。

 護にも見えているはずだ。だが、まっすぐに伸びた左手に動きはない。

 出てくる人たちが、こちらに来ないためかもしれない。

 実際、彼らは申し合わせたように、坂を下の方へと逃げていた。

 結局、護の銃は使われることなく、しばらくするとまた、ライフルに持ち変えられた。

 彼女は一度、ビルのほうに目を向けて、音が聞こえると同時に、視線を逸らした。

 護がまた、銃に持ちかえる。

“外からの守り……”

 それを目の当たりにしている。

 ライフルにしても、彼のことだ、闇雲に撃っているわけではないはず。

 と、すると、中から合図があったか。

 夕子は、中で動いているはずの三人の安否よりも、次第に彼らの動きに興味を持ち始めていた。

 隆宏が大した打ち合わせもしないまま、メンバーと共に飛び込んでいったことが最初は心配だったが、地上にいる護の様子から、彼らが無事なのだということを確認できる気がする。

 銃を構えたまま動かない彼には、三人の動きがわかっているのかもしれない。

 あるいは、わからずとも合図は送られているか。

 彼らには、細かい動きの指示など、必要がない……。

 そう、思う。

 何もいわなくても……。

『ノーセレクトと言う、七人だけの絆』

 物心ついた時から、心の底に植え付けられた意識だ。

 呼吸が合わないほうがおかしい━━。



 一直線に、レーザーの光がビルの窓から空に伸びたとき、護はようやく銃を下ろした。

 夕子を見上げ、ライフルを取り上げてビルに入る。

 彼女は屋上入り口から、彼が戻って来るのを待った。

 その姿が月の光の下に見えた頃には、地上からちらほらと声が聞こえ始めた。

 もちろんここからでは、何を言っているのかわからない。

 それに、声と言うよりもざわめきに近かったから、住民の何人もが外に出たか、それとも隣同士が窓越しに話しているのかの判断もつかなかった。

 護は無表情そのままに、夕子の足元に置いてあったケースに、ライフルを分解して片付け始めた。 

 銃も、自分のケースに収める。

「お、お疲れさまでした」

 何か言わなければ気まずいと労ったものの、彼は一瞥もせずにそのまま、フェンスの縁に腰を下ろしてしまった。

 反応のない相手に、より以上に気まずい思いがする。

 彼らに会う前は、自分が何かを言えば怒らせるのではないかという恐さがあったが、むしろこういう無関心のほうが怖いのだと、彼女は初めて感じた。

 自分の居場所がない━━。

 何か話さなければ……。

「座らないのか?」

 俯いていた彼女に声がかかった。

 見ると、護はこちらを見返している。

「す、座ってもいいですか?」

 何の返事もない。

 彼女は、おずおずと隣に腰を下ろした。

 が、護のほうが腰をずらして彼女から少し離れる。

「あ、あの……」

 夕子の声に、また顔を向ける。

 逆に、彼女のほうが目を逸らした。

「……あの……ケンたち……大丈夫でしょうか……?」

「……子犬……」

「え?」

 空耳かと思える一言を呟いたきり、護は黙ってしまった。

 仕方なく、彼女も下を向く。

 ━━落ち着かない。誰でもいい。早く戻ってきてほしい。

 しかし、彼女の願いは早々に叶うはずもなく、それから十分ほど沈黙の中で待たされた。

 動いたのは、護の方だった。

 何かを探るようにドアの方を見つめ、体を屈めると手探りでレーザーのケースを引き寄せる。

「マ、マモル?」

 彼の右手の人差し指が、口元に伸びた。

 黙っているようにという合図に、夕子が口を押さえる。

 彼の左手は、静かにケースを開けて、銃を握った。

 膝をついたまま、一歩前に出て、彼女に、背後にいるように目配せをする。

 銃口は入り口に向けられた。

 が、護にはどこか腑に落ちないところがあったらしい。

 僅かに首をかしげる仕草が見られた。

 それはそうだろう。待ち合わせたこの場所は、普段は誰も上がってこないはずなのだ。

 しかも夜中、騒ぎがあったとはいえ、健たち以外の誰がくるというのだ。

 夕子はだから、彼がなぜ、メンバーしか来ない入り口に警戒しているのかがわからなかった。

 誰かが確実に近づいている。

 それが殺気だっていることを感じ、護の指はいつでも引き金が引けるように構えられていた。

 一歩ずつ、ゆっくりとこちらに向かっている。

 それが鉄の扉の内側で一度、止まった。

 次の瞬間、乱暴な音と共にドアが開いた。

 扉上部のライトの下に現れたのは、やはりレーザーをこちらに向けた実の姿だった。

「ミ……」

「に……げろ……」

 両手で銃を握った、彼の体が震えている。

 絞り出すような言葉とは裏腹に、それは護たちに向いていた。

 実の殺意━━何のために? 何があった?

 護の銃は下ろされた。

 その動きが、実を刺激した。

 光が、護の右方を掠める。

 実の体の震えが幸いして、当たることがなかった。

「早く……逃げろ!」

 必死に、何かに抵抗しているような動きとは裏腹の叫びに護は戸惑い、僅かに背後に視線を向けた。

「君は逃げろ。ドアの死角に……」

「は、はい……」

 恐怖で、思うようにいかない体を無理矢理動かして、彼女が護から離れた。

 実の腕が、彼女に向き始める。

 その震えはますます大きくなり、見た目にも、彼の心の葛藤がうかがえた。

 護は、夕子から彼の殺意を逸らすために呼び掛けた。

 注意を自分に引き付けるために、静かに、そして許されるべきではない殺気を込めて、銃を構える。

 彼女が逃げるまで、実の意識をこちらに向けさせなければならなかった。

 実が、苦しげに護に向いた。

「おまえ……も、早く……!」

「撃てばいい」

 夕子の姿が昇降口の脇に隠れた瞬間、護は銃を下ろした。

 元々、そのつもりだったのだ。

 一瞬にして解いた殺気は、安堵へと変わった。

 ━━これで、楽になれる。

 生きているつもりはない。

 レイラー・美鈴千春との約束が果たせなくなった今、これ以外の考えはなかった。

 むしろ、自分にとって、望んでいた結果で終われるのだ。

“ミノル……ありがとう……”

 ゆっくりと目を閉じた。

「逃げろ! バカヤロウ!」

 実の、最後の命令と同時に、何かが軽く破裂するような音が聞こえた。

 と、同時に、何かが倒れる音……。

 不審に思って目を開いた護が見たのは、入り口に倒れていた実の姿だった。

「ミノル!」

 急いで駆け寄った彼は、その背後、昇降口の階段を息を切らして上がってきた健が、大きな息をついて膝をつくのを見た。

「ま、間に合った……」

 まだ、呼吸が荒い。

「殺した……のか?」

 健が、実を撃ったというのか。

 倒れた体は微動もしない。

 護の手が上がった。

 急激に込み上げる憎しみが、レーザーに込められ、今にも健に対して引き金を引こうと指が動く。

「ちょ、……待てって。死んでいないよ。意識がないだけだって……」

 苦しい呼吸の中で、必死に言い訳をしたため、健は咳き込みながら護に手をかざした。

「落ち着いてくれ、マモル」

「……」

「ユウコは無事か?」

 声は聞こえていたらしく、彼女は隠れていた陰から、恐る恐る顔を覗かせた。

「ぶ、無事です」

 まるで這うように健は階段を上がると、実に近づいて、その体を背負いあげた。

「何とか……なったな、ミノル」

 安心したのか、夕子が近づいてくる。

「ミノルは?」

「大丈夫だよ。予想はしていたんだけれど……まさかここまでひどくなるとは……」

「どう、なっているんですか?」

「……ごめん。説明しづらいな。仕事はもう終わったから、君は先に帰ってくれる? 部屋を冷やしておいて」

 彼女は、意識のない実と護、そして健を順に見て、わかりましたと立ち上がった。

 最初は怯えていたものの、護が庇ってくれたことや、健のいつもの優しい微笑みに勇気が出たようだ。

 そそくさと建物の中に入るのかと思いきや、彼女は、フェンスの方に走っていき、せめてひとつだけでもと、ライフルケースを抱えて帰っていった。



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