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TOGETHER  作者: SINO
~第一部 初めの時~ 一章 それぞれの器 それぞれの役割
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願うのは…… 5

 音楽のディスクを一体何枚取り替えただろう。

 その動きにも、また、何度かかかってきた電話の音にも、その都度二階に上がった実にすらまったく目もくれずに、そして驚いたことに一本のタバコを吸うこともなく、いつの間にか外は暗くなっていた。

 いくつかの電話は、一つを除いて隆宏からのものだった。

 念のためにと、受話器を手元に持ってきておいたからいいようなものの、騒音の中での呼び出し音は耳が麻痺しかかった実には聞き取りにくく、二階に上がってからの会話もほとんど耳鳴りの中で囁かれているような感覚だった。

 隆宏は何度も健の様子を尋ねてきたが、実は、まだ終わっていないとしか答えることができなかった。

 こういう場合の時間の潰し方を、実は知らない。

 だから隆宏たちは退屈しているだろうと思っていたが、予想に反して楽しんでいたようで、デパートやゲームセンター、遊園地にホテルのラウンジと、かかってくるたびに居場所が違っていた。

 残りの電話は、絵里からのものだ。

 仕事自体は無事に済ませたものの、高志がダウンしてしまったというのだ。

 彼女には、一切手を出させずに頑張ったらしい。

 よほど気が張っていたのだろう。

 大阪で一泊して、明日の夕方にもどるというものだった。

 その報告も、まだしてない。

 最後の一本のネジを止めて、拡大鏡についていたライトと、持ってきた二つのスタンドのスイッチを切ったとき、時間は九時近くを指していた。

「終わったぁ」

 健のその声も、やはり騒音にかき消された。

 ソファに座り直そうともせず床に倒れ込んだ彼は、実に、オーディオとテレビを指差す。

 二つともスイッチが切られると、一転して恐ろしいほど部屋が静かになった。

 実が近づく。

 ソファに腰を掛け、健を見下ろした。

「おまえは、銃の改造もできるんだな」

 健は、苦笑混じりに訂正を入れた。

「改良……と言ってほしいな」

 文字ひとつで、意味は違ってくる……らしい。

 実が笑った。

 健も、それにつられてニッコリ微笑んだが、それが消え、やがて仰向けになったまま天井に向かって呟いた。

「こんなことしかできないのが……悔しいよ」

「……」

「ずっと、人の命というものを教え込まれていたよね。なのに、訓練は、人を攻撃することが中心になっていた。……本当は、おまえたちに殺人なんて、させたくないのに。どうしても避けられないのなら、せめて、一人でも少なくしたかった。それなのに……オレがおまえに言えたのは、あんな方法だけだ。タカヒロの計画を否定できるだけの、他のやり方が考え付くわけでもない。何とかならないのか……もっと、いい解決法はないか……でも……」

 ━━そう考えた自分が情けなくなった。

 健は、心の中でそう呟いた。

 自分が方法を考えてしまったら、隆宏を否定することになると思い当たったのだ。

「……せめて、おまえの腕に狂いが出ないよう、武器の方を調整することでしか手助けができないんだと、気づいてね。情けない自分が腹立たしくて……。おまえを不安にもさせた。でも、気持ちを切り替えることもできなかったよ。本当に、ごめ……」

 最後まで言う間もなく、思いきり腕を引かれた。

 起こされた彼の首に、実が抱きつく。

「そんなこと……考えるなと言ったじゃないか……。おまえがオレを見下して、同情しているんだと思ったんだぞ。オレの勘違いにおまえが怒ったと……。そっちのほうがよほど……堪えたんだ……」

「うん。ごめん」

「もう……やめる。……他人の感情なんて、いらない。おまえのいうとおり、もう、……読み取るのをやめるよ……」

 同じなのだ。

 健も実も、同じ思いを持っている。

 メンバーが傷つかないように守りたい、と。

 違うのはその大きさだ。

 実は、たとえ自分がどうなろうと、全面に立ってメンバーを守ろうと決めていた。

 健は、メンバーはおろか、関係のない他人までも巻き込まないように考えようとする。

 精神面の盾となってメンバーを包み込もうとする本質は、やめると言いながらも、こんなにもはっきりと実に流れ込んでくる。

 誰も傷つけない。ノーマルの誰一人、メンバーに近づけさせない。

 その想いは、何にも代えられない温かい、健のバリアだ。

 健は、実の背中を軽く叩いてその手を外した。

「あのね、ミノル、タバコがほしいんだけれど」

 小さな反応があった。

 ゆっくり離れた実は俯きがちに、ソファに置いてあったポーチからタバコを取り出すと、火をつけて渡した。

「ありがとう。それから……さすがにお腹がすいたんだけれど、タカヒロたちから連絡はなかった?」

 やはり、何度もかかってきた電話の音に気づいていなかったらしい。

「何度か……あった。でも、多分まだ……戻らない。……何か作ってくる」

「え?」

 キッチンに入ってしまった実を見送ったものの、健はすぐにタバコの火を消すとあとを追った。

 冷蔵庫を覗いている。

 中からいくつかの食材を取りだし、それをテーブルに並べて、実は手をついて考え込んだ。

「料理……できるのか?」

「レイラーが寝込むことも多かったからな。でも……これじゃ……」

 目の前にあるのは、豚肉の塊と、キャベツ、ジャガイモやネギなどの野菜だけだ。

 それぞれに目を配っていた彼は、やがて作るものが決まったのか、いくつかある棚の上からミキサーを出すと、ジャガイモを手に取り皮を剥き始めた。



 さすがにもういいだろうと、電話もせずに隆宏たちが戻ってみると、なにやらいい香りが漂っていた。

「あなたのいうとおりでしたね」

 夕子が隆宏を見上げ、申し訳なさそうに笑った。

 彼のほうは、

「だろう?」

と、得意気だ。

 三人は外で夕食を済ませてきた。

 その際、彼女は、健たちの分をテイクアウトするといったのだ。

 隆宏はこの時、実は細かいところまで目がいくから食事くらいは気づくはずだと言ったのである。

 外食するなり、何かを買ってくるなり、機転を利かせているだろう、と。

 彼女は、こんな時間まで健が何かをしているのなら外食はしない、そして、傍にいて見張っているのなら、実が一人で買い物に出るとも思えないと推理した。

 これは、かなり急速に親しみ始めた彼女の積極性であり、ささやかな隆宏との賭け、だったろう。

 彼女は、護が持っていた袋に目を落として、

「負けてしまいましたね」

 そう言いながら、中に入った。

 もったいないが、捨てるしかなさそうだ。

 キッチンに入った途端、

「おかえり~」

と、力ない声が聞こえた。

 テーブルに肘をついて、健が待ちくたびれたという表情で、投げやりに出迎えた声だった。

 実もフライパンを火から下ろして、顔を振り向ける。

 夕子はすかさず駆け寄った。

「ごめんなさい。作っていたとは思いませんでした。あとは私が……」

「もう、できたからいい」

 フライパンの中はポークソテーだ。

 彼女の後ろをすり抜けて、食器棚から皿を二枚取り出した実はそれをテーブルに置き、冷蔵庫からはサラダを出した。

「あっ!」

 夕子が、先程から心に引っ掛かっていた何かを思い出して声を上げる。

 実が驚いて振り返った。

「……なんだ?」

 出した皿がまずかったか、それとも、サラダ用の野菜を使ってはいけなかったのか?

 彼が咄嗟に考えたのは、その二つだ。

 夕子が彼の方を呆然と見ていたからなのだが、どうも違っていたらしく、申し訳なさそうに隆宏に言った。

「今朝のことを考えると……この人が料理ができても不思議ではなかったんだわ……」

 夕子が撹拌していたボウルの中身を生クリームだと一目で言ったことや、シューの中にクリームを詰め込む作業も、やり慣れた手つきだったのである。

 隆宏も、食器を洗うことを面倒にも思わずにやっていたのを思い出した。

「そうかもね。もっと早く思い出せばよかったな」

「何の話だ?」

「これのこと」

 彼は、座った護がテーブルに置いた袋を実に差し出した。

 中を覗き込んで、今度は夕子に渡す。

「一緒に出せばいい。今のケンならば何でも食うだろう。 何しろ……昼も抜いたんだ。ついでにおまえたちも付き合え。スープだけは大量に作っておいたから」

と、彼女に食器を任せる。

 実はもう一度冷蔵庫を開けて、大きな鍋を出した。

 彼女が、皿を両手に覗き込む。

「嘘……これもあなたが作ったんですか?」

「ジャガイモがかなりあったからな。いけなかったか?」

「とんでもない! すごいわ」

「何のスープ?」

「ビシソワーズですよ。タカヒロ。材料自体は大したことはないんですけれど、手間がかかるの。……時間、かかったでしょう?」

 そう言いながらも、彼女の目は尊敬の眼差しに変わっていた。

 この人は何でもできるんだ━━

 嫌われようとしている、と絵里が教えてくれる前までは恐ろしさしかなかったのだが、今はそんな思いは一欠片もない。

 メンバーに役割を振り分けることもさりげなくやり遂げてしまったし、健に対して一番よく、気がつく。

 歩く仕草も、黙っている表情も、料理をしている時の姿も、そして一緒に歩いていたときに、ごく自然に夕子を気にして服を選んでくれたことも……やはり、すべてが誰よりも素敵だ。

 顔の火照りに気づく間もなく、実に声をかけられた。

「本格的にとはいかないさ。習ったわけではないからな。第一、これ以上時間をかけたら、ケンが飢え死にする」

 その、スープが最初に健の前に出された。

 キッチンに入ってから約一時間半、朝食のあとに出されたシュークリームの残りも出して、ようやくの夕食になった。



「おかしい? 何が?」

「何が、と聞かれても困るよ。わからないから君に見てもらおうと思ったのに、話す時間がなかったんだから」

「おまえにわからないことがオレにわかるのかなぁ」

 困惑した、自信のない手が延びて、隆宏から何枚かの用紙を受け取った。

 健が、隣に座っている実にも見えるようにゆっくりと目を通す。

「……おまえたちが組織に送ったメールだろう? これ」

「うん」

「これがおかしいというのか?」

と、言った健は、二枚目を読んで目を見張った。

「これは……」

「おかしいのは、それ」

 隆宏たちは警察署につくと、まっすぐコンピュータールームに向かった。

 夜の行動に備えて、ターゲットには一ヶ所に集まってほしかったため、その旨を組織のトップに伝えるメールを送ったのだ。

 これは、署長が組織と繋がっているという前提でのことだ。

 健が驚いたその内容は、相手からの返事だった。

 しかも、堂々と、銃の取引があることを伝えてきている。

「これ、明らかに武器の横流し、だよね」

 この手の話は別に珍しいことではない。

 全国の警察、全部の警官が犯罪を犯しているわけではないが、隠れたところではまったく皆無ではないのだ。

 同意を求めた彼に、実が頷いた。

 彼にしても、また、昼間一緒にいた護にしても、隆宏がなぜおかしいといったのか、理解しているようだ。

 問題は……健なのだ。

 黙って、メールを読み返している。

 隆宏は、実に目配せをして、続けた。

「最初、この返事を見たときに思ったのは、署長はこれを、潜入する手段にしたのかということなんだ。でも、ミノルの話では、妙な正義感は持っているけれど、どうも、他の犯罪をして内通するような人じゃなさそうだし。……それに……」

「?」

「……なんか、引っ掛かるんだよ。何かを見落としているような感じなんだ」

「見落とし……ねぇ……」

 健は、隆宏が送った方のメールと、問題の紙面の両方をライトにかざして見比べた。

 そして、ふいに護に視線を流した。

「おまえの意見はないか?」

 話は聞いていたようだが、関心を持っていないことは一目瞭然といった態度だった。

 健に呼び掛けられ、返事もせずに顔を逸らす。

 その様子を少しの間見ていたが、健は、用紙をテーブルに放って微笑んだ。

「そうだな。おまえのほうが正しいか」

 目を見張ったのは、実や隆宏ばかりではなかった。

 護でさえ、不審そうに健を見つめる。

 全員の注目を浴びて、健はきょとんとして言った。

「……変なことをいったか?」

 隆宏が、護と健を見比べて首をかしげる。

「だって、彼は何も言っていないじゃない」

「だから、さ」

「は?」

「これに関わる必要はないと思わない? タカヒロ」

 そう言われると、頷くしかない。

 誰がどういう犯罪に手を染めようと、今回の依頼は、

『組織を潰せ』

というひとつしかないのだ。

 これが、仮に署長自身が介入してきた組織と通じて今の組織を潰そうと画策していただけなら、隆宏は依頼を放棄していた。

 しかし、通じてはいても結託していないのなら、他の犯罪は、メンバーにとって余計な知識になる。

 つまり、関心を持たずに護が返事もしなかったこと自体が、健の答えだと言えた。

 どうせ、今夜には壊滅する組織だ。

 そのあとで、どこの組織が介入しようと、誰が入れ替わろうと、この取引自体が無駄になる。

 そういうことなら、放っておいても問題はない。

 隆宏は納得をして、腕時計で時間を確認した。

「それじゃ、そろそろ出掛けようか」

「あ……じゃ……」

 健は、慌てて立ち上がると、急いで二階に上がっていった。

 降りてきたときには、その左腕に、真っ白い腕時計がはまっていた。

 これが健の言っていた、大切な時計か……。

 隆宏はそう思った。

「タカヒロ、行動の指示は?」

「うん、マモルには出掛けている間に話したから、君たちへの指示は、ただ、ターゲットを仕留めてくれ、ということだけだよ。他の人はなるべくケガだけで留めてほしいんだ。内部を破壊する爆弾はオレが設置するから、君たちは終わったら先に避難していて。それで、荷物なんだけれど、待ち合わせ場所に、目標の手前百メートルほどのビルの屋上を明け渡してもらっているから、そっちに運ぶよ」

と、表面は軽く説明したものの、隆宏に、まったく懸念がないわけではなかった。

 データだけの仲間が、今夜初めて行動を共にするのだ。

 腕は成績で推し量れても、実際の動きは性格も伴うから想像がつかない。

 実際の人間を相手にするという現実は、初めてとはいえ不安はなかったが、建物内部に入ってからの四人のタイミングが合うかどうかは、そのときにならなければわからないのだ。

 こればかりは信じるしかない。

 だから、表面には不安を出さずに、最後の決定を待つように、健に首をかしげた。

「了解した。じゃ、最後に、悪いんだけれど、もう一度、それぞれの銃を構えてみてくれないか?」

「え? ……いいけれど、まだ何かあるの?」

 改造、いや、銃の改良をしていたのだと隆宏たちが聞いたのは、食事が終わったあとの、リビングに広げたままになっていた工具を見たときだ。

 もし、手直しをしようというのなら時間はないよ、と言いながら、ケースから銃を取り出した隆宏は、それを健に向けて構えてみて、

「……軽くなっている……」

と、言った。

 ほんの僅かだが、昼間より持ちやすくなっている。

 健は、その体制を凝視したが、少しして満足そうに頷いた。

「おまえの力を考えたら、それがベストだと思うよ。グリップの下のほうに重心を置いたから、持ちやすいんじゃないか?」

「楽になったよ」

「マモル」

 護は昼間の位置にまで移動をして、健ではなく、あの時、実のいたところに標準を合わせた。

「どうかな?」

「右に……傾く」

「外側に向けるように意識してくれ。それでおまえの癖は治るはずだから」

「こいつに癖があったのか?」

 実にしてみれば、常に完璧にこなしていた護の腕にずれがあること自体、信じられなかったのだろう。

 健は、彼を促しながら言った。

「総合的には完璧だよ。ただ、数値が気に入らなかった。完璧というのなら、ほんの少しのずれでも直したほうがいいからね。それで、おまえは?」

「マモルと逆だな。左側が重い」

「もう少し銃を寝かせるんだ。おまえの場合、構え自体に癖があるだろう? 効き目が左なんじゃないか?」

「よくわかったな」

「腕が中央に向かおうとするから無理が出るんだ。少しずつ寝かせて、自分が楽だと思うところで止めてごらん」

 言われるままに、手の甲が上に向くように銃を横に寝かせていく。

 それにより、僅かだが、右腕が中央からずれた。

「……この辺りだな」

 感触を確かめて、右手を下ろす。

「それで? 肝心のおまえはどういう改良をしたんだ?」

 健は、自分の分にことさら時間をかけていた。

 見ていた実が尋ねたのも、そのためだ。

「オレのは……ちょっと特別にね。実験的に別の細工をしたんだよ。うまく作動すればいいけれど。……急場しのぎだからね。おまえたちの腕を信じているよ」

 隆宏に言われるまで、個人用のケースに入っていたという以外、どの銃も同じものだと考えていた。

 もし最初から、別個のケースに入っていた意味がわかっていたら、もっと早く対処できたはずなのだ。

 実験的にといったが、自分のものに施した細工を、彼らの銃にも施す時間も持てた。

 目立たない行動をさせるために、高志たちにはスティックしか持たせなかったが、もし銃を使わせていたら、もっとひどく後悔していただろう。

「じゃ、ユウコ……」

「はい、いっていらっしゃい」

 それぞれがケースを持ったところで、彼女も立ち上がり、見送るつもりでいったのだが、

「違うよ、君も行くんだ」

と、言われて、思わず自分のケースを見下ろした。

 隆宏からは、何の指示も受けていないというのに。

 健は、護の持っていたケースを彼女に渡すように言った。

「おまえはライフル担当だろう? そっちを持って。……君には、これからオレたちのすることを見ていてほしいんだ。荷物管理を兼ねてね」

「荷物……ですか」

 躊躇っている。

 完全に留守番と決め込んでいた彼女は、たとえ荷物の番をするだけでも、やはり現場には行きたくないという本音があったのだ。

 健は、諭すように彼女の前に屈んだ。

「言っただろう? 君もメンバーだ。オレたちのすることを、君の目で見て、覚える。君だって、いつかは動かなければならなくなる。そのときに、ミノルたちに迷惑をかけたくないだろう? わかるね?」

「……はい……」

 それでも残りたいと言う勇気もなく、彼女は護のケースを両手に抱えて、健たちのあとについていった。

 

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