願うのは…… 4
実からの話で隆宏が依頼の継続を決定し、本格的に自分の作業を急いだものの、彼らが家に戻ったのは一時間以上もあとのことだった。
もちろん、資料室から、まだ本部にいるであろう高志たちに、続行の連絡を入れるのも忘れなかった。
開けたドアの中は静まり返っている。
だが、ほんの僅かな冷房の音がリビングから聞こえ、彼らはすかさず入っていく。
健は、隆宏のコンピューターを持ち込んでいた。
テーブルの上には、五つの銃が並んでいる。
買っていたカメラもそこにあった。
一心不乱にディスプレーに向いている彼に、躊躇いながらも隆宏が声をかける。
「戻ったよ、ケン」
返事はない。
やはりまだ怒っているのかと実を振り返ったとき、呼ばれた。
「タカヒロ、その箱を開けてくれ」
右手だけで示した先は、テーブルの向こうだ。
言われたとおりに回り込んで開けると、中には銃が一つ入っていた。
「これ……練習用のレーザーじゃないか」
「オレに向けて構えてくれ」
「えっ?」
「聞こえなかったか?」
今朝と同じだ。近寄りがたい眼の光がある。
仕方なく、隆宏はカメラを取り上げた彼に照準を合わせた。
「これでいい?」
「……おまえはいつも、適当に構えていたのか?」
「……」
「真面目にやってくれ」
冷たく言い捨てられ、彼は一度銃を下ろすと、呼吸を整えて構え直した。
健と目が合う。
数十秒はそのままでいただろうか。
健は全身を見回して、テーブルの銃を取り上げた。
実たちは、入り口付近に立ったまま、その光景を見ている。
「今度はこれだ。ミノル、そっちのドアの横に立ってくれ」
差し出されたほうに持ちかえた隆宏に、キッチンへのドアの横に立った実を狙うように指示して、今度はその姿をカメラで写した。
「オレのほうに向けて」
何をしようとしているのか理解できない緊張感が漂うなか、隆宏はもう一度、健に銃口を向ける。
写真を撮られた。
「マモル、交代して」
隆宏は、テーブルに置いた練習用の銃を彼に渡して場所を代わった。
同じように一度、健に向ける。
やはり、全身像を頭に入れるように見回してから、護の銃を渡した。
「ミノルに向けてくれ」
その名を聞いた途端、護の手が下がった。
困ったように首を振る。
そんなことができるわけがない。
写真を撮っていたところを見ると、形を残すつもりなのだろう。
だから本当に撃つわけではないのだが、それでも護にできることではないし、健もわかっているはずなのだ。
カメラを手に、彼は黙って待っている。
護は俯いた。
「タカヒロと……」
ターゲットの変更を頼むつもりで出した名前だったが、最後まで言わせず、
「私情を挟むな。構えろ」
静かな声だったから、なおさら迫力がある。
ここにいるのは頼りないリーダーではなかった。
実ですら不安を顔に出すほど、冷たく厳しい存在だった。
葛藤の末、ゆっくりと手が上がった。
実の目の位置で止まる。
シャッター音を待っていたが、音は聞こえなかった。
「マモル、おまえの夢はその程度か? あらゆる事態を想定できなくては困る。早くしてくれ」
銃口が揺れた。
実に銃を向ける事態など、起こるはずがない。
どうしても腕を上げることが出来ず、すがるような瞳を実に向けると、当の本人は、
『早くしろよ』
と、言っているように冷たく見返していた。
何か、仮想の事態はないか……?
考えた末に、ようやく護は顔を上げた。
静かな動作で、銃口を実の、僅か外れた壁に向ける。
今度は、シャッター音が聞こえた。
「オレに向けて」
健に対しては躊躇いがあるはずがない。
無表情のままこちらに構えた姿も、写した。
「ミノル、マモルと交代だ」
実に対しても、健は同じことを要求した。
もっとも彼の場合は、前の二人を見ていたから、健が口を開く前に動いていた。
最後に健は、夕子にも練習用の銃を渡した。
「わ、私もですか?」
「訓練をしていたのなら、基本の型くらいはとれるだろう?」
何をするつもりなのかをまったく口にしない彼は、たとえ夕子であっても容赦はなかった。
彼女が、自分の覚えた形を構える。
両手で支える姿は、小刻みに震えていた。
それを健はしっかり記憶に留め、彼女自身の銃に持ちかえさせてから、再び壁際に立った実へ向けた一枚と、自分に向いた姿を写し取った。
許可が下りたとき、彼女は安堵の息をついた。
自分には縁のないものと思い込んでいたから、今更ながら重く感じる。
彼女の銃を受け取った健は、それをテーブルに置くと、ディスプレーに目を落として動きを止めた。
長い間そうしていたが、やがてふと、視線に気がついて顔をあげる。
テーブルの向こうで、四人がこちらを見ていたのだ。
「どうした? もういいよ」
うって変わった優しい響きの声に、夕子がホッとしたように隆宏を見上げる。
彼も、すがり付いていた彼女の腕を優しく叩いて頷いた。
そして実はというと、乱暴な足取りで隣に腰を下ろすと、いきなり健の肩を押さえつけた。
「一体、何だよ! 怒って帰ったかと思えば、理由もなく指図をして! 説明しろよ!」
「……ごめん」
「オレの言ったことが気に入らなかったのか?」
「? おまえの? ……いや、そうじゃないよ。……それよりも……」
健は、目の前の三人を見回した。
「悪いんだけれど、夜まで出掛けていてくれないか。オレはやることがあるんだ」
と、遠慮がちに言う。
邪魔だと一言言えば楽なのに、これだけ気を使う彼に実が納得するはずもない。
わざと向きを変えて、彼に寄りかかった。
「タカヒロ、おまえたちは出掛けてこい。オレはこいつを見張っているから」
「見張るって……おまえにも」
「冗談じゃない。おまえには何もさせないと言ったのを忘れたのか? これだけの用意を一人でやったんだろうが」
少し前の張り詰めた雰囲気を忘れ、隆宏が笑い出した。
実は、本当に細かい……。
「わかったよ。そういうことなら遊んでくるから」
そう言って、彼は夕子を促してキッチンに入っていった。
護も実の目配せで、無言のままキッチンに足を向ける。
少しして、夕子だけがアイスコーヒーを用意して戻ると、テーブルに置いてから出ていった。
残った健が、目の前のグラスを見て実に伺う。
「コーヒーを飲みたいんだけれど……動いてもいいかな?」
怒られたばかりだ。
グラスを取ることも多分、許してくれないだろうと思って尋ねる。
実は、やはり不機嫌なまま体を起こしてそれを渡した。
一気に飲み干し、テーブルに置いたあと、並んだ銃のひとつを取り上げる。
バッテリーの蓋になっているグリップの底の部分に、イニシャルが彫り込んであった。
「こんなものがあったのか」
同じ色、同じ形のものだ。
イニシャルで個人のものと識別できるようになっていたらしい。
それで、隆宏は個人仕様だとわかったようだ。
健は角度を変えて全体を見回していたが、寄りかかっている実の体を押しやると、立ち上がってカメラを渡した。
「すまない。オレの分も撮ってくれるか」
本当に、何をするつもりなのか見当もつかない。
実が返事をするまもなくテーブルを回り込んだ健は、まるでオモチャを扱うように一度銃身を回したが、ピタリと銃口を、キッチン横の壁に向けて止めた。
何気ないことをするような自然体だったが、それが見惚れるほど見事な構えに映る。
射撃に関して、護と並んでトップだったのも当然か。
シャッターを切ると、
「こっちを向いてくれ」
と、声をかけた。
一度下ろされた手元が、実に向くと同時に構えに入る。
ファインダー越しに目が合ったとき、実は思わずカメラから目を離した。
“これは……ケンなのか……?”
人が変わったようだ。
持ち前の頼りなさも、優しさもない。
しかし、殺気も攻撃性も見えない。
あえて言うのなら実を見ていないような……。
というより、人間らしさすら感じない。
ピッタリと向けられた銃口から今にも光が飛び出しそうで、彼は慌ててカメラを構え直すとシャッターを押した。
途端に健の口元が緩み、構えを解いた。
「ありがとう」
もしかしたら……
健がソファに戻る。
それを目で追いながら、実は思った。
“本気を出せばこいつ……マモル以上かもしれない”
盾になる守りの強さは感じていたが……。
これもまた本質の一部だとしたら、健は自分が思った以上に恐ろしい相手だということにならないか?
初日に、分厚いガラステーブルにヒビを入れたほどの潜在的な力を、健は持っている……。
「ミノル」
耳元で声が聞こえ、彼はハッとしてカメラをテーブルに置いた。
「な、何か言ったか?」
「? いや。今言おうとしていたんだけれど」
「なんだ?」
「どうせ何もさせてくれないんだろう? オレたちの部屋に、銀色のケースが三つ、置いてあるんだ。持ってきてくれないか?」
「オレたちの……? おまえ、それも運んだのか?」
か細い声で、健が謝る。
「今夜使う武器と一緒に持ってきてくれていたんだよ。まさか、玄関に置きっぱなしにしておくわけにもいかなくて……」
呆れてしまう。
本当に、一人にさせたらすべて自分でやってしまいそうだ。
「銀のケース、三つだな?」
怒りたいのを我慢して、実は彼を睨み付けると部屋を出た。
本部のスタッフなど、自分たちが戻ってくるまで待たせておけばよかったんだ、などと心の中で愚痴をこぼしながら二階に上がっていく。
部屋に残った健は、持っていた銃を置いてコンピューターの操作に入った。
ケースを抱えて戻ってきたときには、先程までとはいわないが健からは緊張した雰囲気が漂っていた。
「どこに置けばいいんだ?」
「ここ」
彼の足元に重ねる。
覗き込んだディスプレーには、設計図と、細かく並んだ数字が表れていた。
それをみても、実には理解ができない。
ただ、近寄りがたい雰囲気に、隣に座るのを避けて彼の背後に回った。
健が、置かれたケースを三つとも開ける。
大小の工具の箱と、見たこともない材料が入ったものだった。
本格的に何かを始めるようだ。
健が振り返った。
「カーテンを開けてくれ。それから、部屋のライトをつけて、二階から電気スタンドを二つ、持ってきてくれないか?」
そう言いながら、ソファを降り床に座り込む。
実は最初にライトをつけ、その足でもう一度二階に行ったあと、言われたとおりに二つのスタンドを持ってくると、健の指示した位置にセットしてスイッチを入れてからカーテンを開けた。
部屋がかなり明るくなった。
「グラスを片付けてくれる?」
「あのなぁ……。一度に言ってくれよ。あとは何をすればいいんだ?」
「テーブルの水滴を取って、オーディオとテレビをつけてほしいんだ」
「ジャンルは?」
「音楽ならば何でもいいよ。テレビもついていればいいから。ボリュームは最大にして」
「両方か?」
「そう、両方とも」
カーテンを開けて、部屋のライトをつけた上でテレビを見たところで光が反射して見辛いだろうに。
それ以前に、音楽までかけたら音が混じってしまう。
しかも、ボリュームを最大に、だと?
まったく訳のわからないことを言うと思ったが、実は黙って言われたことを順にこなした。
その間に、健はコンピューターを足元に置きなおして、カメラをケーブルで繋いでいる。
まず、テレビのスイッチを入れ音を最大まで上げると、実は片耳を抑えながら、隣に置いてあるオーディオのスイッチも入れた。
音楽のディスクは廊下側の棚の中に並んでいたので、適当に選び出してセットしてからボリュームをあげる。
そうなると、音楽どころか騒音にしかならない。
両耳を塞いで戻った実が見たのは、箱に入っていた拡大鏡をテーブルに設置した健が、一つの銃を分解し始めたところだった。
「お、おい!」
それは、今夜使う銃なのだ。
さすがに驚いてやめさせようとしたが、その声は騒音にかき消された。
もっとも健にとってはもう、そんな彼の存在すらなかったかもしれない。
テーブルに、分解されたパーツが並んでいく。
そして時おり、コンピューターを操作するため手が伸びる。
どうやら、実の銃らしい。
先程の写真が数値化されて、設計図の隣に並び、それを見ながらまたテーブルの作業に移る。
実は、ソファの背後に腰を下ろした。




