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TOGETHER  作者: SINO
~第一部 初めの時~ 一章 それぞれの器 それぞれの役割
30/356

願うのは…… 1

 バスルームでシャワーを浴びたあと、濡れた髪を軽く拭いただけで着替えて出てきた実は、入ったキッチンで作業中の夕子に近づいた。

「何を、しているんだ?」

 かなり大きな音は、ハンドミキサーだ。

 それに負けない声に驚いた彼女は、スイッチを切ることも忘れ実を見上げた。

「おっ、おはようございます」

 朝の光が実の正面に当たり、拭き取りきれていない髪の雫が光っている。

 それを見た途端、彼女はわけのわからない胸の高まりに顔を逸らした。

「生クリームだな」

 彼が、ボウルの中を一瞥して言った。

「は、はい。シュークリームを……作ろうと思って」

「生地の方は焼いてあるのか?」

 彼女は実を見ることができず、そのまま棚に目を向けた。

「夕べのうちに仕上げてあります」

「朝早くからよくやるな」

「タカシと……エリがでかけるから……持っていってもらおうと……」

 まだ、実はその話を聞いていない。

 だがそれ以上の詳細を聞こうともせずに、彼女が示した棚を開けてシューを取り出すとテーブルに置いた。

「すごい量だな。間に合うのか?」

「カ、カスタードクリームのほうは出来ているんです。これが出来たら詰めるだけで……。……あっ」

 やっと思い出したらしく、彼女はミキサーのスイッチを切った。

「コーヒーを作っていなかったわ。すぐにやりますから座っていてください」

「ああ、それならオレがやる」

「そんな……」

 彼女が戸惑っている間に、実はさっさと道具を出してしまった。

 仕方なく、彼女はまたクリームを作り始める。

「ユウコ、マモルを見なかったか?」

「庭にいますよ」

「他に誰か起きているか?」

「いいえ」

ということは、とりあえず三人分を作ればいい。

 実が起きたとき、部屋に護の姿はなかった。

 前日、彼が寝ていた窓際のベッドには健が眠っていたため、起こさないように服を取りだし、シャワーついでに着替えに降りてきたのだ。

 大した時間もかからずにコーヒーができた頃には、夕子の作業も終わったらしく、気がつくと彼女が自分の方をじっと見ていた。

「……どうした?」

 ポットを取り上げた彼の声に、我に返る。

「な、何でも……いえ……その……」

「顔が赤いぞ。張り切りすぎたか?」

「えっ! ……あの……」

「大丈夫か?」

 彼はポットをテーブルに置くと、彼女の首筋に手を差し入れた。

「熱はなさそう……だ……」

 触れた途端に実の中に流れ込んできた感情は、昨日の朝、キッチンから護を呼びに外に出たときに感じたものだった。

“ユウコのものだったのか。……しかし……まさか、な”

 バカな考えを振り払うように彼女から離れると、またポットを取り上げてカップに注ぎ分けた。

 やはりソーサーとスプーンを用意して、そのひとつを彼女に渡す。

「マモルに持っていったら手伝う。待っていろ」

「いえっ、そんな。ひ、一人でできます」

 二杯目のコーヒーも、ソーサーに乗せられた。

「ユウコ、こういうときは快く引き受けるものだ。失礼だぞ」

 静かでいながら、張りのある大人びた声だった。

 夕子の臆病な辞退に怒るでもなく、まるで言い聞かせるように聞こえる。

 彼女は、顔の火照りを感じながら俯いた。

「はい……待っています」

「いい子だ」

 最後のコーヒーもソーサーに乗せられ、二つを持ってキッチンから外に出た実の後ろ姿を見送り、彼女は無意識に呟いた。

「とても……きれい……」



 護は隅の椅子に座って、本を片手に海を見ていた。

 梅雨の明けた夏の空は、雲ひとつなく、ただ青い。

 屋根の陰になってほとんど隙間からしか見えない海の色も、ここからなら青く澄んで見えるから不思議だ。

 芝を踏む足音に気づいて振り返ると、テーブルにコーヒーが置かれた。

「オレが入れたんだ。うまいぞ」

 対面に座った実から、関心も持たずにまた、海に目を移す。

「ずいぶん早起きだな。夕べも起きていたのか?」

 答えはただ、首を振っただけのものだった。

 その手から、本が抜き取られた。

「……なんだ? こんな本を買ったのか?」

 これは昨日の夕方、帰り際に立ち寄って買ったものだった。

 目についた本屋に護が入っていったからついていったのだが、実自身、何年も前から探している本があったため、店内では別に行動をしていた。

 今まで見つけられないものだったからさほど期待していたわけでもなく、一通り見回してから待つつもりで外に出ると、すでに護が袋を持って立っていたのだ。

 今、手にとってみると、どうも彼の性格にそぐわない内容の小説だ。

 裏表紙のあらすじを見ると、その中に『ホラー小説』と明記してあった。

「こんなものが好きなのか?」

 やはり、否定する首の動きだけの返事だ。

「? なら、どうしてこんなものを?」

「新刊だったから、買った」

ということは、内容を見ずに買ったということか。

 実は、開いてあったページをそのままにしてテーブルに伏せた。

「内容はどうでもいいという言い方だな」

「考え方や知識は役に立つ」

「そういうことか」

 実は読書をしない。

 というより、できないのだ。

 今まで買ったことがある本といえば、すべて医学に関するものだけである。

 知識など、自然に入ってくる情報でどうとでもなる。

 現に、実の知識は隆宏たちを上回っているだろう。

 それでも護に勝てなかったのは、こういう点での情報が不足していたからだ。

 彼は改めてその本を取り上げ、中身を軽く流し見た。

「情報源の宝庫、というわけだ。これを貸してくれるか?」

「やめたほうがいい」

 こんなものを読んだら、実がどうなるかは容易に想像がつく。

 恋愛小説や、ジョークを交えた軽いものとはわけが違うのだ。

 ケガの痛みや殺される恐怖感が、文字を通して伝わらないとは限らない。

 手元に引き寄せようとした本を止めるように差し出した護の腕を逆の手で掴み、実は口元に笑みを浮かべた。

「やっぱりオレを知っていたか」

「ミ……」

 一瞬、反応が鈍った。

 何を言っているのかと訝ると同時に、実が自分に触れていることに気づいて、まるで火に触れたように振り払うと護は椅子から転げるように離れた。

 掴まれたところを抑えながら、体を震わせる。

 固く目を閉じ、必死に我慢するように膝をついた。

「さ……触る……な」

 知られるわけにはいかない━━体が熱くなってくる。

 我慢のできない疼きに、気づかれるわけにはいかない。

 ここにいるのは……実だ……。

「どうしたんだ?」

 その声で、遠退き始めた意識をかろうじて留めることができた。

 息を止め、伺うように実を見上げる。

 彼はテーブル越しに、立ち上がってこちらを覗き込んでいた。

 落ち着かなければ、気取られる……。

「何でも……ない……すまなかった……」

「そんなに強く掴んだつもりはなかったが」

というより、それ以前、か。

 護から伝わったのは、これほどなのかと思えるほどの嫌悪感だった。

 改めて腰を下ろし、手のひらを、感情を思い起こすように見下ろしながら実は笑った。

「ここまで嫌がられるとはな。他人に触れられるのがそんなに嫌か? それとも、オレだから、か?」

「……すまない。君だから……では、ないんだ……」

 では、どうしてだ? と聞かれても答えられない。

 見せてはいけなかった醜態だ。

 理由を聞かれることを、護は恐れていた。

 顔を逸らし、何も言えずに黙っていると、実のほうが動く気配を感じた。

 持っていた本を、カップの脇に置いたのだ。

「レイラーから、オレのことを聞いていたらしいな」

「……?」

 話題を切り替えた?

「コーヒーが冷めるぞ」

「……」

 ゆっくりと、警戒しながら立ち上がり元の席に戻る。

 言われるまま、カップを取り上げた。

 まだ、僅かに手が震える。

 触れられたところがまだ、熱い。

「ケンから聞いたよ」

「……そう、か」

 秘密にしていたわけではない。

 別に、知られても構わないことだ。

 実の手がピアスを隠す。

 その仕草を、護は初めて見た。

 話だけは、聞いていたが。

 実が引きこもるようになってからは、一度も会うことが叶わなかった。

 彼のその癖は、ピアスが特別なものだったからだ。

 今では無意識に、そこにあることを確認しているのだと、レイラー・美鈴千春は言っていた。

 特別な、ピアス。

 珊瑚ではない。それは、レイラー・千春の血液の入ったピアスだ。

『私のせいなのよ。ミノルが誰にも会わなくなったのも』

 そうだ。彼女のせいなのだ。

 だから、約束をしたではないか。

「ミノル……。美鈴さんは今……一人でいるのか? それとも病院に……」

 実は、驚いてピアスから手を離した。

「なんだおまえ、知らなかったのか?」

「?」

「彼女なら、亡くなったよ」

 派手な音を立てて、カップが護の手から滑り落ちた。

 ソーサーの上に転がる。

 愕然とした表情が、実に向いた。

「死……? そ、んな……」

 約束を━━目的を……何よりも……

「……オレは……」

 どうすればいいのだ?

「知らなかったことが、そんなにショックだったか?」

 実の声が、遠くから聞こえてくるような感覚だ。

 両手で頭を抱え、護は呟いた。

「お願い……だ……。一人にしてくれ……」

「……わかったよ」

 今は、そっとしておいたほうがいいのだろう。

 そう判断して、実は席を立った。

 見事なまでに自分を隠していた護の感情が、ここまで乱れるとは意外だ。

 どうも、彼女の死を哀しんでいるわけではなさそうだが。

 ただ、ショックを受けているのは確かだ。

 その中に、迷いが見える。

 あとは……

“何を後悔しているんだ? こいつ……”



 朝食のとき、妙に緊張していたのは高志だ。

 夕べのことがあって、護を意識しているのかといえば、そうでもないらしい。

 話をしていても、時おり言葉が詰まったり、返事が曖昧だったり、絵里の方に何度も視線を向けたりしていた。

 それでも、出掛ける間際には、夕子の作ったシュークリームを受け取って、上機嫌になっていた。

 実と一緒に作ったのだと言った彼女に、意外そうな顔をしながらも、楽しみだと、袋を両手に抱えた。

 道路まで見送りに出た健に強く、

「行ってくるね」

と言ったのも、彼の方だ。

 絵里がさっさと歩き出す。

 健は、踵を返した彼の腕を取った。

「タカシ」

「ん?」

 健の目が、絵里に向いたが、すぐに彼を見下ろした。

「無駄足になるかも知れないことは承知しているね?」

「うん。聞いているよ」

「だが、続行と決まったら、おまえがしっかりしなければならないことも、わかるね? 年上と言っても、彼女は女性だ」

「そんなこと、わかっているよ。たかが二人の始末じゃないか。本当は、オレ一人でもよかったくらいだ」

「それはダメだ」

 思いもよらず真面目な顔つきに、高志は戸惑いながら首をかしげた。

 健は、一度目を伏せたものの、すぐに心を決めたように頷いた。

「自分の気持ちをごまかしてはダメだ。最初の仕事からおまえたちが先行するんだよ。これは、訓練でもシミュレーションでもない。しかも、オレたちがすることは、殺人だ。……不安だったんだろう?」

「……うん」

 健たち、ノーセレクトの七人の家には、それぞれ、それほど大きくはないが、施設が備えてあった。

 彼らはそこで、『自分の身を守る』名目の訓練をしてきた。

 だが、その内容は、年を重ねるごとに、『攻撃を重視』したものに変わっていったのである。と、なれば、いくら知識のない健にも、普通の社会で通用する、普通の仕事をするわけではないということくらいは理解ができた。

 しかし、あくまでも訓練は訓練であり、実践ではない。

 コンピューター中心のシミュレーションや、イメージトレーニング、ナイフやレーザーを使った訓練はあっても、実際の感触は初めてなのである。

 食事の間、高志の落ち着きがなかったのは、自分よりも能力が上のはずの健たちではなく、自分が先に行動をしなければならないプレッシャーなのだと、健は見抜いた。

 その不安が蘇り、高志の顔から笑顔が消えた。

「本当は……怖いよ。失敗したら、君たちが困るよね。そっちのほうが……怖いんだ。ケン、絶対に成功するって言ってくれないか?」

 健は、彼の両肩を柔らかく支えて、微笑んだ。

「気休めはおまえのためにならないから、言えない。けれど、その不安は、おまえにとって、大切なものだというアドバイスはできるかな」

「そんなの、わからないよ」

「いいんだ。不安も怖さも、隠さなくていい。おまえは、自分の力を信じて動けば、それでいいんだよ。オレたちのことは一切、考える必要はないんだ。おまえが、一番先になにかをするということが、オレにとっても大事だよ。おまえはただ、エリだけを守ってあげてくれ。いいね?」

「エリだけを? 失敗しても迷惑じゃない?」

「迷惑なものか。おまえがトップだ。それだけで、誇りだよ」

「うん。やってみる」

 一度不安を覚えると、虚勢でごまかすことなどできない。

 敢えてそう仕向けた健を恨みたいところだが、失敗してもいいのだと言った時の、優しい声は、高志の心の底に染み込んだ。

 少しだけだが、自信が出てきた。

 絵里を守ることだけに重点をおけばいい。

 一点集中。

 それだけだ。

「行ってくるね」

 先程とは違う力強さで、高志は、待っている絵里の元に走っていった。

 二人の姿が坂の下に消えていくまで見送った健は、次の作業にかかった。

 隆宏に言われた道具を、本部に頼むために電話をかける。

 言われたとおりの品物は、夕方までには届くということで、納得をしてリビングに戻る。

「えっと、ライフルがひとつと、閃光弾と、……プラスチック爆弾、それだけだったよね」

 電話をかけた後で確認をとるとは、彼らしいと言えばそうかもしれない。

 隆宏が、苦笑混じりに首をすくめた。

 自信がないのなら、かける前に確かめればいいのに、と。

 しかも、漏れまで出ている。

「シールドは頼んだの?」

「シールド? ……あっ、そうか」

 顔を赤らめて出ていく健の背中に、実の笑い声が響いた。

「閃光弾まではよかったのにな。どうしてシールドを忘れるんだ?」

という声まで聞こえる。

 隆宏に言われたものをそのまま伝えたのだが、確かに閃光弾を使うのなら、言われなくてもシールドと一対と考えるのが当然なのだ。

 それがなければ目を潰す。

 健のほうが迂闊だったので怒るに怒れず、彼はもう一度、本部と連絡を取った。

「それで? オレは今日のことを何も聞いていないぞ」

 健が戻るまでの間に、実が尋ねる。

「うん。ちょっと確認が先なんだ。それがわかってから説明するよ。だから、今日は警察に行く以外、昼間の仕事はないからね。動くとしたら、夜中になるんだ。……あ、そうだ」

 突然立ち上がると、隆宏もリビングを出た。

「ケン」

 まだ、電話中だ。

 振り向いた彼が、送話部を押さえる。

 隆宏が、すまなそうに声を潜めた。

「ライフルなんだけれど、マモルに使ってもらうから」

 そんなことを言いにきたのか?

「あとで聞くよ」

「彼が左利きだということを覚えている?」

「それがどうかしたか?」

「レーザーは個人で勝手が違うんだよ。同じ右利きでも、タカシとオレとでは違うから、ライフルも同じなんじゃない?」

「えっ?」

 どうやら、知らなかったようだ。

 健はここで待っているように隆宏に言うと、また、受話器を耳に当てた。

 剣崎司令が相手のようだ。ライフルのことを聞いている。

 その答えが、隆宏の言った通りだとわかった途端、健の顔色が変わった。

 再び送話部を押さえる。

「タカヒロ、ここにいる全員の銃をリビングに運んでおいてくれ」

 それだけ言って、電話に向かう。

 返事もさせない雰囲気が、どこか近寄りがたく、隆宏は、実たちの元に戻ることなく二階へあがった。

 しばらくして、五つのケースを山積みにして、危ない足取りで降りてきた彼は、健が、電話を前にして考え込んでいるのを見た。

 その後ろを通って、リビングに入っていく。

 少しして、電話が鳴った。

 すぐに止んだのは、健が取ったからだろう。

 理由もわからず、急に態度が変わったのを見て、不安な思いで待っていると、健は軽く頭を抱えて戻ってきた。

 まだ何かを考えている。

 入りしなに時計を見上げて、独り言を呟きながら、実の横に腰を下ろす。

「間に合うのか? ライフルは……任せるとして……」

 どうも、彼は独り言を、頭の中だけで留めることができないらしい。

「……設計図の転送にも時間はかかるし……市販のものは……」

と、また時計を見上げる。

「カメラ……」

 注目されていることに気づいて、彼は誰にともなく言った。

「……持っているわけ、ないよな。届くまでに二時間くらいか? ……仕方がない。買ってくるか」

 座ってすぐに立ち上がった彼の腕を、実が掴んだ。

「買い物はおまえのすることじゃないぞ」

「わかっているよ。ついでだから出掛けよう」

 掴まれていた腕を逆に握り返し、さっさとドアに足を向ける。

「お、おい!」

 引きずられるまま、よろめいて実が続いた。その後ろを、隆宏が護に声をかけて慌てて追う。

 見送りに出ようとした夕子も誘って、全員で外出になった。








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