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TOGETHER  作者: SINO
~第一部 初めの時~ 一章 それぞれの器 それぞれの役割
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本格的、始動 5

 夕方、最初に健たちが戻ってきた。

 二人は、玄関を開けた途端に漂ってきた香りに、誘われるようにキッチンに入った。

「あ、お帰りなさい」

 椅子に座って、火にかけた鍋を見ていた夕子のほうが声をかける。

「カレーだね」

「シーフードです」

「楽しみにしているよ。オレたち、二階にいるから。それで、お酒を持ってきてくれる?」

「はい? ……構いませんが……大丈夫ですか?」

 彼女が懸念したのは、今朝の彼らの会話を聞いていたからだ。

 自然に、確認のために健を見上げる。

「やることがあるからね。そんなに飲まないよ」

 むしろ健のほうに元気がないと気がついたのは、その声を聞いたからだが、彼女はわかりました、と頷くと準備を始めた。

 二階に上がった二人は、一度、コンピューターのある部屋に入った。

「あ、涼しい」

 冷房が入っている。

 戻る時間を教えていなかったのに、手際がいい。

 夕方になっても湿度の籠った暑さが続いていたから、二人には気持ちのいい温度だった。

 さっそく、隆宏が机に向かう。

「それじゃ、頼むね」

「オーケー」

 少しだけ慣れたとはいえ、健にとっては、まだこの暑さが辛い。

 一人、シャワーを浴びに部屋を出ていった。

 一方隆宏は、健の足音が階段の下に消えていったのを確認して、やっと大きく背伸びをすると、座ったばかりの椅子から床に移り、横になった。

“気の毒すぎてこっちが疲れるよ”

 実たちとの昼食のあと、健は警察に足を運んだ。

 午後をぼんやり過ごさずに済んだのはいいことではある。

 なぜ、そこに行くかも納得できた。

 問題は、そのときからの彼の様子だ。

 表面的には何も変わらなかったが、ピッタリと質問がなくなった。

 その代わり、話すこともなくなったように寡黙になってしまったのだ。

 周辺の地理は頭に入っていたから、警察がどこにあるのかはわかっているはずだが、そこに行く交通手段を見つけることすら健は目で、隆宏に訴えるだけだった。

 もちろん、ついてくるだけで、警察内の案内も隆宏に従ったようなものだ。

 しかし、署長と話をする段階になると、彼は隆宏を部屋から追い出した。

 廊下で待っている時間は長く、やがて署長とともに出てきたあとは、地下にあるというコンピュータールームで時間を潰すように調べごとをしていた。

 それにも同行させてもらえなかった。

 ━━自分の好きな通りに動けばいい。

 実の言うままの状態だ。

 しかし、それが健の意向に沿っているのかというと、首をかしげるしかない。

 どちらかというと、実の指示に従おうと努力しているようにしか見えないのだ。

 口数が少なくなると共に、ここに戻ってくるまでに健はみるみる元気をなくしている。

 夕べの状態に戻ったような感じだ。

 それでも、実は満足するというのだろうか。

“いっそのこと、ミノルに全部押し付けてしまおうかなぁ”

 ノックが聞こえた。

 入ってきたのは、夕子だ。

 重そうにトレイを持っていた。

「お疲れさまでした」

 彼女は、二人分のグラスとワインを一本、机の上か、寝転んでいる隆宏の脇に置くか迷ったが、起き上がった彼が指差したとおり、足元にそれらを置いた。

「ありがとう」

「ケンがバスルームに入って行きましたよ」

「外は暑かったからね」

「それならお風呂の用意をしてきます」

「シャワーでいいと言っていたから大丈夫なんじゃない?」

 腰を上げかけた彼女が、座り直してドアを振り返る。

「でも……それだけで足りますか?」

「?」

「あの……」

 生意気に口を出していいものかと迷って、一度は言い淀んだ彼女は、それでも健が心配らしく続けた。

「疲れていたみたいですけれど」

 やはりそうか。

 彼女にさえわかってしまうのだ。

 隆宏は、コルクを抜いてあるワインを自分のグラスに注いで彼女に向いた。

「ね、ユウコ、君は、ミノルのやり方をどう思う?」

 彼の名を聞いた途端、夕子は複雑な表情で俯いた。

「まだ、彼が怖い?」

「……いえ……怖いのは……。……あの、……彼のやり方、ですよね」

 怖さのほかに、違う感情がある。

 彼女が漠然と感じたのは、今朝のことだった。

 鼓動が一瞬、高鳴ったことなど一度もなかったから、多分怖さの延長だろうとそのときは思ったのだが、彼の名を聞くのがどうも、妙にくすぐったい。

 慌てて話を戻し、彼女はそうですねと呟いた。

「ケンには気の毒なんですけれど、私、間違っているとは思えないんです」

「どうしてそう思う?」

「はい。あの人は、私に戦力外だと言いましたよね。もし、ケンも同じだったら、何もさせるな、とは言わないと思うんです」

「確かにね。彼なら、容赦なくきついことを言うかも」

「私、思い出したんですけれど、確か、楠木さんも同じことをしていたと聞きました。キャップがいつも、愚痴のように話してくれたんです」

 それは、レストランで、健から直接聞いている。

 隆宏は頷いた。

「楠木さんが言っていたそうです。ケンが、自分の役割を果たすための教育だと。……もちろん、キャップは聞き返したそうです。何もさせないことが教育なのか、相手もしてやらない、人に会わせないことが彼のためになるのか……考えることを許さない上に、他人との接触も制限されては、社交性が身に付くわけがない……仲間にはプラスにならないと、キャップは考えていたそうです」

「楠木さんは、その理由を教えてくれたのかな?」

 夕子はゆっくりと首を振った。

「よくはわかっていなかったと思います。確か……」

 彼女が、自分の指を額に当てて、思い出を探るように俯いた。

 そのまま続ける。

「彼には、誰にも変えられない運命があると……そのためには、私の……これは楠木さんですが、私の存在すら、邪魔なのだ、……だったと思います。でも、私、あの人の教育方針が、なんとなく理解できるんです」

「教えてくれる?」

 実も言っていた。夕子の判断能力は認められる。

「あの……つまり……」

 今度も言い淀んだが、それはどう言えばいいのかを考えてのことらしい。

 視線をさ迷わせて、彼女は静かに言った。

「ケンにとって、ノーマル自体が邪魔だ、と、楠木さんは考えていたのではないか……というふうに聞こえたんです」

「邪魔……?」

「はい。変えられない運命というのは、言うまでもなくノーセレクトだと思いました。だから……あの、……私、キャップからのお話を聞いて感じただけなんですけれど、楠木さんは彼に、人に頼ることも禁止していたらしいんです。まるで、あの人は……」

 一度目を閉じて、夕子は口元に微かに微笑みを浮かべた。

「……私には……楠木さんは、私たち、ノーセレクトのためだけに、あの人を育てたように思うんです」

「オレたちの……ため?」

「私、ミノルはすごいと思いました。最初は、ケンがかわいそうだったんです。期待されていない人だと。でも、違うんです。あの人は、楠木さんからほとんど、何も教えられていなかったわけですよね。それは、この世のことは、ノーマルでできた世界だからではないでしょうか。そういう常識や世界観は、あの人の役に立たないのかもしれません。余計な情報がない分、ノーセレクトのことだけを考えることができる……」

 隆宏は、腕を組んで、それでも疑問があったのだろう、夕子に尋ねた。

「でも、そのミノルはケンに、オレたちのことを考えるなと言っていたよ?」

「ええ。だから、すごいと思ったんです。……たとえばこの手とか……」

と、言いながら、彼女は自分の両腕を彼に差し出した。

「胸とか……肩……」

 最初にその両腕で胸を押さえ、それから肩を抱くように包む。

「私の顔……どれか一つだけを私だとは言いませんよね。すべてを見て、私なんです。私は、自分のどこだけが大事だとは言えません。私から見て、あなたのどこだけが好きと言えないんです。目の前のあなたは、心を含めてすべてがひとつ、……あなたなんです」

「なるほど……そういうことか」

 言いながら彼は眼鏡を外して、夕子の頭を軽く撫でた。

「君も、すごいよ。半端な訓練なんて、忘れたほうがよさそうだ。君も、立派なノーセレクトじゃないか。わかりやすかった。本当に、君の判断力は立派だよ」

 心の底から、そう思う。

 ノーセレクトを個々として考えるから、片寄りも出てしまう。

 事実、彼らは個性がそれぞれ違う。

 だから、普通ならその個々を尊重すべきなのだ。

 しかし、健の場合は、それではいけないということだ。

 メンバーそれぞれの性格や特徴をバラバラに考えるのではなく、ノーセレクトと、ひとつのものとして見る。

 そうすれば、自然に個々の違いに合わせられる。

 強い盾をメンバー一人一人の前に構えるのではなく、全員を守る大きさにするために、メンバーのことを考えず、健の視点から全体の安全圏を作る……。

 夕子は、剣崎司令からの又聞きでありながら、そこまでレイラー・哲郎の意図を汲み取ったのだ。

 そして、実の意図も、だろう。

 誉められて、恥ずかしそうに赤くなった彼女に、隆宏はもう一度聞いてみた。

「なんか、ミノルをもう、怖がっていないみたいだね」

「えっ?」

 言われた途端、夕子の胸が高鳴った。

 思わず口元を押さえ、隆宏から離れる。

「あの……こ……怖がる要素がないって……エリに言われて……そうしたら、なんか……ケンみたいに頼りになる人なんだって……」

「確かに、頼れる男だよ。それに、優しいしね」

「……はあ……」

 優しさにかけては疑問がある……らしい。

 しかしこの先、怯えて過ごす心配はしなくてよさそうだ。

 隆宏は軽く、彼女の頬に手を当てて、誠実な性格そのままを表現する優しい瞳を向けた。

「ありがとう、ユウコ。オレは、もう少しミノルを信じる努力をしなきゃね。いい話を聞かせてもらったよ」

「いえ、私の方こそ……。ケンには、ここに来る日まで、大事なことを教えてもらったんです。恩返しにもなりませんけれど、力になれることならなんでもやりたいんです」

「君のその気持ち、きっと、ケンも喜ぶよ」

「はい、じゃ、下にいきますね」

 調理が、まだ途中なのだ。

 彼女がキッチンに戻って行ったあと、隆宏は持っていたグラスのワインを一口で空けると、机のほうに移動した。

 健が戻ってくるまでに、少しでも仕事の方を進めなければならない。





 もう、なん十年も前になる。

 法律により、暴力団の数が少なくはなっていた。

 だが、犯罪というものが一般的に表立っていないが、団体が細かく、小規模になったというだけで、内情は根本的に変わっていない。

 横浜地区は港町だ。

 暴力団同士の勢力争いは、海路の確保という形で事件が多発している。

 外部から見れば平和だが、そこに住んでいる人間にとっては、時に迷惑な争いがあるのだという。

 ……というのが、剣崎司令のおおまかな説明だった。

 夕食後、やっと隆宏は初仕事の本題に入った。

 彼の手元にあるコンピューターを動かしながら、彼は依頼内容を改めてメンバーに説明したのだ。

 本部で聞いた内容は、ひとつの組織を潰す。

 それだけだった。

 なぜなのか、やり方の指示もなく、そのため隆宏は、昨日の段階で実と仕事の方針を、最初からの調査に決めたのだ。

 前夜と同じように、酒を目の前に隆宏は続けた。

「今日の調査でわかったことをまとめるよ。まず、ケンのおかげで、いつから苦情が出ていたかがわかった。一度はその組織の勢力が弱まったらしいんだ」

 これは、言うまでもなく、法律を盾にした住民の発起の結果だという。

 それが、約二十年前だったらしい。

 話し合いの末、そこを引き払わない代わりに、いさかいが起こったらその都度後始末をする、住民に迷惑をかけないようにする。

 もし、迷惑がかかったら保障をするという条件で和解した理由は、おそらく、ビル近辺以外では保障の限りではなかったからだろう。

 もうひとつの理由として、仮にその組織が引き払ったとしても別の組織が介入してくる恐れがある。

 その場合、また最初から運動を起こさなければならないという懸念もあったらしい。

 その後、ずっと平和だったという。

「いざこざが起こり始めたのは二、三年前からで、その前から小さな問題はあったらしいけれど、それが住民に迷惑がかかるまでになり始めて、結局、警察への苦情になったんだ」

「苦情の内容はおおかた、麻薬取引やつまらない因縁じゃないか?」

 言い捨てるような実の呟きに、隆宏が、よくわかったねと洩らした。

 それに対し、彼は軽く首をすくめる。

「今時、組織が相手にするのは会社規模だ。いさかい程度なら、その辺りしかないじゃないか」

「……まあ、そういうことなんだけれどね。問題は、そのいざこざはその組織がやっていた訳じゃないということ。他の組織が介入してきたわけだよ。警察は、そのたびに取り締まりはしていたんだけれど、組織を潰すという依頼にまで発展したことはなかった……」

「前置きはいいよ、もったいつけるなって」

「あのね、タカシ。君にもわかるように説明しているんだよ。我慢してくれないか?」

「そんな、バカにするなよ」

 相変わらず軽い口調だ。

 真面目な話をしようという気がないのか。

 隆宏はわざと、彼の頭をポン、と抑えた。

「ちゃんと説明してあげるからね」

「やめろって。そういう子供扱いは」

「とにかく、もう少し我慢して聞いてくれよ」

「もう……わかったよ」

 高志自身は、根本的に、不真面目なわけではないのだ。

 彼にしてみれば別に、細かい内容を気にしないだけなのである。

 組織を壊滅させろ、司令の言葉だけでいいではないかというところだろう。

 隆宏が続けた。

「それで、今年の四月に警察署長が変わっているんだ。それが、組織壊滅という方針に変わった一番の理由なんだね」

 メンバーを見回す。そして、彼は最後に、特に高志に話しかけるように微笑んだ。

「つまりね……」

「その署長が優秀だということなんだろう?」

「そう言うと思ったよ」

 やはり、わかっていない。

「違うのか?」

「だから、説明は必要なんだよ。……優秀かどうかはちょっと置いてくれるかな。問題は、前の署長がどうして黙認していたかということ。対処自体は間違っていなかったんだ」

「黙認することが正しかったというの?」

 絵里にも疑問があったらしく、すかさず尋ねた。

「間違っていなかっただけだよ。正しかったかどうかはわからない。普通は、黙認すること自体、警察ではあり得ないことだ。それこそ、裏で組織と繋がっていない限りね。だから、一つ一つには、それなりの取り締まりはしていた。けれど、他の組織にしろ、その組織にしろ、警察は深く関与しなかった。それで、大きな争いがなかったといえるんだ」

「わからないわ。どういうこと?」

「調べた結果で言うと、あの組織は海路を確保している。他の組織はそれを狙っているわけ。つまり、警察にすれば、潰すのは可能かもしれないけれど、他の組織が入ってきたら同じことになるよね。これが、国内の組織ならいいけれど、外国の組織だと、地域の警察規模では抑えられなくなるんだ」

「ああ……そういうこと」

「それに、ビル周辺の住民にしても、さっきも言ったように、安全を保障されているわけだから、潰されたら困るんだ」

 一度、ここで言葉を切り、隆宏は再びメンバーを見回した。

 その沈黙に、一様に絵里たちは考えていたが、間をおかず、

「あれ?」

という高志の疑問符と、

「おかしいですね」

と、呟く夕子の声が重なった。



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