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TOGETHER  作者: SINO
~第一部 初めの時~ 一章 それぞれの器 それぞれの役割
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本格的、始動 3

 健が、どこか間が抜けていると隆宏が感じたのは、記録がすべて終わったあとの言葉を聞いたからだ。

 作業が終わったあと、コンピューターの蓋を閉めて辺りを見回し、時計を見つけて時間を確認する。

「腕時計を持っていないの?」

と聞いた隆宏に、まあね、と呟く。

 何でも、腕時計はひとつしか持っていないらしく、その唯一のものも彼にとっては大事な品物なのだという。

 一応、移動の際には持って歩くが、なるべくなら使いたくないらしく家に置いて来たという。

 今まで、不便な思いをしたことがないため、新しく買う必要もなかったという、その気持ちはわかる。

 現に、隆宏自身も本部に置いてきた一つと、今はめているものしか持っていない。

 間が抜けていると思ったのは、だから、腕時計のことではなかった。

 今まで起動していたコンピューターにも時計機能がついていたし、携帯でも確認できる。

 さらに言うのなら、隆宏の腕時計にすら気づかなかったというのは、間が抜けているという以外、他の表現ができない。

 そしてもう一つ、

「やることが……なくなったなぁ」

と言ったことに、一番呆れた。

 実たちと分かれて一時間、こうなることを予測していなかったのか。

 確かに、健のコンピューターの扱いは早かった。

 だからこそ、短時間で作業が終わったわけだ。

 最後には、

「もう一つの調査は、エリたちのほうが適していると思うよ」

と、彼女たちの仕事を取り上げたことに、配慮したのも頷けた。

 しかしまさか、自分たちのことを考えていなかったとは……。

 隆宏は、それを聞いた途端、脱力したように彼の隣に腰を下ろした。

「ケン、次に何かしようとして早めに終わらせたんじゃなかったの?」

 作業する前、彼は隆宏に言っていたではないか。

『午前中だけでも休んでもらいたい』

 だから隆宏は、午後から動くものだと思っていたのだ。

「それは……その……」

 口ごもる健に、隆宏は尚も言った。

「もう一つを彼らに任せたのはいいよ。遊ばせておくわけにもいかないからね。でも、オレはてっきり、こっちにもすることがあるものだとおもっていたんだよ? もう充分休ませてもらったからね」

「……ごめん。考えて……いなかった」

 つまり、勢いでやっていたのか。

 やはり、本質だと思いたがっていた自分の、見当違いなのかもしれない。

“頼りないなぁ”

 コンピューターに向かっていた時の元気もなくなり、俯いてしまった彼を見て、隆宏は思いながらも先程から預かっていたタバコを取りだし、一本を渡した。

「いいよ。それなら君のほうが少し、頭を休めた方がいい。オレたちのことはあとから考えようよ」

 返事もなく火をつけると、健は、港の方に顔を向けた。

 しばらくは隆宏も、ゆっくりと周囲を眺めるだけだった。

 木陰になった芝生では、ピクニック気分でシートを広げた主婦の集まりか、お菓子を目の前に置いて、近くで遊ばせている子供たちを見守っている。

 デートをしているカップルも目立つ。

 観光地らしく、ツアーの団体も通りすぎたし、会社関係だろうと思われるネクタイ姿も見かけられた。

 大半は、携帯電話を片手に歩いている。

 カップル同士で携帯を使いながら歩くというのは、どういう付き合いなのだろう。

 などと、ふと思う。

 つまらないことを考えている時間は、どれくらいだったろう。

 隆宏は、何気に上を見上げた。

“さすがに、暑いな”

 木陰にいるとはいえ、今日は風がほとんどない。

 蒸し暑い。

 目の前の海から聞こえてくる波の音だけでは、この暑さをしのげるはずもなかった。

 健が仕事をしていた時間を含めれば、もう一時間半以上、ここにいることになる。

 相変わらず黙っている健に気兼ねをして自分も口を利かなかったが、そろそろどこかに移動しないと、昨日の彼のように自分もバテてしまう。

 隆宏は、伺うように声をかけた。

「ねえ、ケン、そんなに落ち込むなよ」

 ずっと海を見ていた健が、言葉に気がついたように首をかしげた。

「落ち込む? オレが?」

「違うの?」

「そう……見えたのか? ……違うよ。考え事をしていただけ」

「これからの予定? それくらいならいいけれど……」

「そうじゃないよ。まったく別のこと」

 今度は、隆宏のほうが不思議そうに健を覗き込んだ。

 その口が何かを言う前に、健が彼を見下ろす。

「おまえたち、何か企んでいないか?」

 一瞬、何のことかわからなかった隆宏だが、出かかった言葉を止めて聞き返そうとした途端、実たちとの会話を思い出して顔を背けてしまった。

「な、なんでいきなり……」

と、これではあからさまに隠し事を暴露しているようなものだ。

 唐突に振られた話題に咄嗟に対処できなかったのは、性格故のことだろう。

 やはり、健にはメンバーの行動を勝手に振り分けられたことが気に入らなかったのかもしれない。

 土台、自分には秘密を保持することが困難なのだ。

 こうなったら、正直に話した方がいいのではないだろうか。

 考えてみれば、実の言うことが正しいと言うのは所詮、こちら側からの意見でしかない。

 誰だって、リーダーと言う立場を無視されては面白くないだろう。

 実は、そんな健の感情を読み取れなかったのか?

 気まずい思いをするよりは、せめて自分だけでも白状して謝ろう。

 そして、改めて、健の指示を優先したほうが……。

「おまえたち、……ミノルに、オレの面倒を見ろとでも言われたのか?」

「……は?」

 これもまた、予想と違う問いかけに、思わず間の抜けた声が漏れた。

「いや、昨日からやたらとオレに手をかけるから。ミノルにも、何もさせないと言われていたし」

 ……なんだ、そんなことか。

 今度は表情に出ないように気を付けながら、隆宏は密かに息をついた。

 この辺りの言い訳くらいは、昨日の時点で話し合っていたから、彼はあっさり、

「そういう意味なら企んでいると言うのは的はずれだと思うよ。ケン」

 そう笑った。

「ミノルに聞いたよ。君の質問攻めには閉口したって。世間に疎いらしいね。それに、夕べだってそうだろう? エリのイヤリングとミノルのピアスの違いすら知らないとは思わなかったよ。外人墓地のことにしても、歴史を知らなかった証拠じゃないか」

 酒を交えた雑談の時のことだ。

 隆宏がたとえた二つのことなどは、どうしても知っていなければならないことではない。

 だが、一般社会の中で暮らしているのなら、どこかで聞いていてもおかしくはない些細な知識なのだ。

 アクセサリーの類いは、ファッション雑誌を見るとか、身近な人が身に付けているとかで知る術がある。

 また、横浜や神戸、そして長崎などの外人墓地は、観光地の一部でもあるのだから、テレビや小説、雑誌と言ったメディアで容易に目につく情報だ。

 そういう些細なことを知らないと言う点で、『世間に疎い』というのは当たっているはずだ。

「君が今まで知らなかったのなら、それはレイラーが教えなかったからだ。なら、オレたちも教えるな。世間に疎いのなら、オレたちが面倒を見ればすむことだ、……というわけ。別に、企んでいたわけじゃないよ。堂々と話し合って決めたことさ。文句があるのなら、ミノルに言ってよね。第一、オレの目からみても、君は間が抜けているよ」

「はっきり言ってくれるなぁ」

「これでも、自分では取り柄だと思っているんだよ」

 クスクス笑っている。

 そして、木漏れ日を見上げるように、背もたれに頭を乗せた。

「それにしても、君はそんなことを考えていたわけ? この暑い中で」

 確かに、何事も真剣に考え込んでいれば暑さや寒さを忘れるかもしれないが、自分が暑さに弱いと自覚しているのなら、何もこんなところでなくともいいはずだ。

 更にいえば、どうせ考えるのなら、自分たちの午後の予定を考えてほしかった。

 そろそろ、涼しいところに移動したほうがいいと、腰をあげようとした隆宏は健の一言で、中腰のまま止まった。

「同じ、なんだよ」

「……同じ? なにが?」

 健もまた、立ち上がる。

 彼は、木陰から炎天下の海のほうに歩きだした。

 後を追う。

 日陰から出た眩しさで細めたその目に、彼を待つように振り返った健が映った。

「タカヒロ、ミノルが言っていたのはもっと別の言葉だったんだろう? 世間に疎いのではなく、役に立たない……」

「そ、れは……」

「いいよ、無理に言い換えなくても。同じことを、オレはレイラーから散々言われていたんだから」

「ケン……」

 頼りなく、そして、寂しげに健が微笑んだ。

「不思議なものだね。ミノルは、オレがリーダーにふさわしい仕事ができるように手助けをしてくれると言った。そのやり方は、レイラーと同じだ。これって、偶然なのかな? それとも、常識か?」

 柵に寄りかかり、目の前に来た隆宏を見据える。

「レイラーも、ことあるごとに言っていたよ。なにもするな、考えるな。……なのに、次の言葉は決まっている。役立たず、だ」

 いくらなんでも、それはひどくないか?

 隆宏は、眉を潜めて聞いた。

「例えば? そういう事例があったということだろう?」

「きりがないほどね。……気を利かせて手伝いをしようとすれば、余計なことだと言われた。ぼんやりしていると急かされるし、考え事をすれば、ダメだと言う。考えずに動けば、判断が間違っている、とね。何もかもが気に入らなかったか、それとも、満足する出来にならなかったか……。ならば、オレは一体、どうすればいいんだろう……。それしか考えられなくなるよ。でも、それすらもおまえたち……ミノルは許してくれそうもない。それで……夕べは考えた。知り合いの言っていたことをずっとね。……オレはどうしたらいい? と、自問するのはやめようと思った。同じ聞くのなら、別の質問をすればいいんだ。……タカヒロ、一体、おまえたちは……」

 健の右手が上がった。

 それを見下ろし、小さく呟く。

「オレに何を求めているんだ?」

 その言葉、言い方、表情に、隆宏は思わず顔を逸らした。

“……なんだろう……?”

 今一瞬、何かを感じた。

 夏の暑さではなく、まるで春の日だまりにいるような柔らかい空気が吹き抜けていったような。

 昔、どこかで感じたような、優しく、柔らかい温もり━━

 しかし、思い出せない。

 思い出そうとすればするほど、掠めた記憶が遠ざかる。

 しばらく考えていたが、諦めたのか、隆宏は健に並んで柵に手をかけて海を見つめた。

 それにしても、実が提案したやり方がレイラー・楠木哲郎と同じだったとは。

 実は、彼のことを知らないはずだ。

 人との関わりを絶っていたのなら北海道にいくはずはないし、連絡を取り合っていた可能性もない。

 それとも、健の感情を見透かしたか?

 だが、それがレイラーのやり方を知る術になるとも思えない。

 となると、やはり健が言うように偶然か。

 もっとも、偶然にしろ、健にとってはひどい話だ。

 どうすればいいか、から、何を求めているに変わったとはいえ、基本的に悩みがあることには違いないし、実やレイラーの考えている、健の理想像が理解できない限り、彼には永遠にわからないだろう。

 実際、隆宏自身にも、具体的には実の言っていた本質を想像できないのだ。

 何を求めている、と尋ねられても困る。

 ぼんやりと海を見つめていた彼は、いつの間にか、健が少しずつ後ずさりをし、笑いを堪えていることに気づかなかった。

“本質と言ったところでケンが理解するはずもないし、第一、ミノルに怒られるよなぁ”

 そのとき、いきなり背中から強く、誰かに抱きつかれた。

 途端に、健の笑い声が響く。

「なっ……!」

 首筋に髪が触れた。

 その上、思いきり感じる相手の体温に、隆宏は、投げ飛ばそうと手首と首筋に手をかけた。

 大体の予想はついていたが……。

「オレに触るなよ」

 そう言われて、腰を落とそうと身構えた力が抜ける。

「やっぱり君か」

 昨日抱きつかれたから、その感触は覚えている。

 その上、夕食のときも、実はまるで人が変わったかのように些細ないたずらまでしていた。

 口ばかりでなく、態度も子供っぽいところがあると隆宏は気づいていたから、かえって、白昼堂々と男に抱きつく彼に、多少腹が立っていたのである。

 本当に投げ飛ばしてやればよかった……。

 それにしても、健までが笑いながら見ているとは。

 実は、何事もなかったかのように隆宏から離れると、文句を言われる前に健に向き直った。

「偶然だな。おまえたちもやすんでいたのか?」

「……そう、なるのかな?」

 コンピューターに入れたデータだけでは、健たちの居場所はわからない。

 ここから動かなかったと言っても仕方のないことだったので、曖昧に言った。

 聞き流し、実が道路側を振り返った。

「食事にいくところだったんだ。付き合わないか?」

 そういえば、時間を確認してからだいぶ経っている。

 もちろん、反対はなかった。



 

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