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TOGETHER  作者: SINO
ここから……
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集合前 2

 また、一瞬の沈黙が流れた。

 やりきれないというため息が漏れ、剣崎司令が続ける。

「しかし、同時に問題も持ち上がった。……どういう方向で育てるべきか、と」

「なぜです?」

 何でもできるというのなら、問題はないはずだが……健は思った。

 実際、彼自身は訓練とは別に、自分なりに科学者になりたいという漠然とした夢は持っていたのだ。

 それをレイラーに言ったとき、反対はなかった。

 もっとも、賛成してくれたわけでもなかったが。

 抽象的な、レイラーの言葉が甦る。

『希望も挫折も、必要なことだ。何事も経験しなければならない』

 そのときには首をかしげるだけだったが、結果的には挫折に違いなかった。

 限られた場所にしか行けなかった彼にとって、科学者とは、職種以前にすべてが異世界だったのだ。

 剣崎司令は、ポツリと問いかけられた一言に、続けた。

「たとえば何かの研究をさせる……君が科学者になりたがっていたようにね」

 どうやら、レイラー・哲郎から聞いていたらしい。

 挫折した希望に苦笑した健から目を背け、彼は言いづらそうに息をついた。

「……発明でもいい。発見でも発掘でも、とにかく新しいことをさせるという考えがあるにはあった。だが、広がっていた方向はすべて、ひとつの結果で却下されたのだ。……『よからぬことをしないか?』とね。……今現在でさえ、セレクト制度が定着してまだ、二十年余りだ。まして、君たちが子供の頃は、古い考えしかなかったのはわかるだろう。将来において、自分たち、凡人の驚異にならないかと恐れたのだよ。歴史でも、国全体を崩壊させかねないことをやった人物もいる。もちろん、一人ではない。その一人に、カリスマという力がついた結果だね。将来、コンピューターにかけられた子供たちが社会に出ていく。いずれはそちらが主流になる。そのときに、君たちのような人間に国を任せられるか? 古い人間はどうなる? ……起こるかどうかもわからないことに、過敏に反応してしまったのだ。反面、親元から引き離しておきながら、なにもしないわけにはいかない。結局……」

 グラスをテーブルに戻し、司令は両膝に腕を乗せた。

 相変わらず健から顔をそらし、やるせないという思いを更に、俯くことで下に向ける。

「科学者や国の意地が、誘拐にも等しい罪を犯したようなものだ。連れてきたのはいいが、明確な未来を決めていたわけではなかったのだから。……三人目、四人目と確認された頃、ようやく国は、方針を変えた。能力を測り、伸ばすよりもある方向に向けさせよう、と。三年の間に四人、となれば、今後も増える。もし、生まれなければ、人工的に作れないか、一定数のノーセレクトを作り、保安の訓練をさせよう……」

「人工的に? とは? どういうことですか?」

「……言葉通りだよ。君たちという実験体が存在するのなら、自然発生を待つよりも、生後、人工的に作り、何でもできる人間を育てればいい。もちろん、戦争などというものを考えてのことではない。むしろ、自衛のための警察力、機動部隊、そういう組織を作ろうというものだ。だが、そこまでの考えは、科学者のほうにはなかった。君たちの将来を奪った上に、人工的にノーセレクトを増やしていいわけがないよ。……最終的に、七人目を最後に、ノーセレクトの数値を持つものは生まれていない。……政治家には研究など、できないから、計画自体は頓挫したが、ならば、君たちをどうするか……それが、この組織を作ったといえる。国の方は未だ、人工的ノーセレクトを諦めていない。自然発生の君たちを先頭に立て、訓練をして、実験的に警察の補助をさせようというわけだ。公僕の身代わりならば、構わないだろう、ということらしい。……国という後ろ楯を作り、資金を投じ、せめて国内の事件を少しでも解決しよう……」

 ふと言葉が途切れ、司令は一瞬、まるで自分の言葉に憤慨したようにスクリーンを睨み付けた。

「安全大国という、昔の栄光を取り戻そうという、さもしい考えだと、私は思っているよ。……たった七人で何ができるというのか、とね」

 ここまで聞いて、健は首を傾げた。

 どうやら、司令はこの組織自体に反感があるようだ。

「なんか…まるで当事者のような言い方をしますね」

 そう、健はそれが気になったのだ。

 国の人間ではなく、まるで科学者として関与していたような印象を持つに充分な話ではなかったか。

 彼の呟きに、司令は驚いたように目を見開いたが、すぐに口許を緩めると首を振った。

「……責任者の任が決まったときから君たちを見ていたからね。そう聞こえたのだろう。第一、メンバーのことを知らなければ、責任者になど、なれない。君たちを見ていたからこそ憤慨もしたし、……同情もした。私はね、本音としては、この組織自体にも反対なのだよ。だが、逆に言えば、ここの存在こそ、君たちには必要だとも思っている。ここが、君たちの居場所になるのならね。……今更、君たちをご両親にお返しすることもできないのだ。その理由は……」

 また、言葉が途切れた。

 口にしてもいいのか迷うように、目が泳ぐ。

 健は、スクリーンの反射光に映るその表情を読み取り、

「それで、……本題はなんですか?」

と、促した。

「……本題?」

 唐突な問いかけに、司令が聞き返す。

 健は、クスッと笑いながらスクリーンのほうに視線を流した。

「オレを早めに呼んだ理由ですよ。こちらの疑問には答えてくれました。今度はあなたの本題に入ってください。この映像の説明も途中でしょう?」

 思わず、スクリーンと健を見返し、司令は、やりきれないというふうに首を振った。

「君は……本当になんとも思わないのだね」

「そんなことはありません。むしろ安心しました。メンバーの居場所を作ってくれた、それだけで充分です」

 時おり、コーヒーを飲んでいたからだろう。

 ふと、グラスが空になっていると気づいた健は、静かにそれをテーブルに置いた。

 そこには存在理由を聞きたがっていたときの気負いはなく、むしろ初めて見る、優しい微笑みが浮かんでいた。

 刺のない穏やかな健のその表情に、剣崎司令も、気を変えるかのように改めてコントローラーを取り上げた。

「話を続けよう。さっきも言ったように、ここは君たちのサポートをするためだけに作られた。だから、この建物自体、使っているのは全体の三分の一、真ん中だけになる。君たちが直接関係するところは更に限定されるよ。この一階には……」

と、コントローラーを持った手で、スクリーンを指し示す。

「ロビーに受付がある。来客自体はさほど多くはないから、普段はハウスクリーニング部門のスタッフが兼任しているよ。その部門は本館と、裏手の別館の掃除をしてくれる。ホールにはエレベーターが二基、階段はない。次に三階……」

 画面が切り替わった。

 このフロアのことだ。

 ロビーである吹き抜け部分を挟んで、やはり廊下が左右に延びていた。

 エレベーターのある部分は、廊下がぐるりと踊り場のように左右を繋いでいる。

 いくつかある部屋の中で、建物の左側に一つ、右の同じ側に一つ、色の違う箇所があった。

「左側がここだ。右側は医務室になっている。君たちは、どちらかというと外に出ているほうが多いから、あまり関係はないだろうが、何かあれば、そこを利用しなさい。それから、五階……そこには資料室があるよ。話したとおり、仕事で利用することが多いだろうから、時間を見て一度くらいは行っておきなさい。資料部のチーフは、野々村くんという子だ」

「子……?」

「まだ、二十七、だったかな。……あ、いや、こういう言い方では、私が老人のように聞こえるかな」

 慌てて苦笑した司令に、健もまた笑いかけた。

年相応の顔立ちだとしたら、司令はまだ四十代に見える。

 健のレイラーは今年、五十二になる。彼と比べても、司令はまだ若く見えるから、やはり二十七の男にそういう言い方をするギャップがおかしかった。

「ここで働いているのは大半が若い子でね。私自身、レイラーをしているからだろうが、どうも子供と一緒に働いているように錯覚するのだね」

 この人は━━何事も穏やかに話をする。

 判りやすく、さりげなく自分の思いを口にするようだ。

 少しだけゆっくりとした、低めの声が心地よかった。

「あなたが育てていた子……ユウコもいい子なんでしょうね」

 しみじみとした感想だった。

 彼のもとで教育を受けた、最後のノーセレクトメンバーのことだ。

 司令もまた、ニッコリと微笑んで頷いた。

「いい子だよ。君のようにね。だが、それは後にしよう。映像を切り替えるよ」

 五階のほとんどフロアを占めていた資料室から、画面は地下に移った。

 こちらはまた、小さな部屋と大きな空間で仕切られていて、構造からすると建物の下をはみ出しているように見える。

 一階ホールに当たる真下は、二つの部屋になっていた。

 そこから右側が広いスペースだ。

 いや、スペースという規模ではない。

「ここには製作室とブイトールの格納庫、それにコントロールルームがある。ブイトール自体は常備されているわけではないよ。必要なときに運ぶようになっているわけだね。その管理をしているのは黛さんという人だ。普段はコントロールルームにいる。……次は、裏庭だ」

 今度の映像は、最初に芝生の中に噴水が写っていた。

 画面の隅には、もう一つ、三階建ての建物が見える。

「この噴水がブイトールの入り口になっている。君もそこから来たはずだよ」

「……そう、でしたか?」

 見ていなかったのだ。

 ここに来るまで、彼はほとんど外の景色に目を向けなかった。

 考えていたのは、ここの責任者が『剣崎静人』という、最後のノーセレクトメンバーのレイラーだったということを、自分のレイラーから聞いていたことや、キャップと呼ぶように言い渡されていたこと、一度だけ対面していたが、ならば、どう挨拶すればいいのか、そんなことばかりだったため、頭の整理がつかないまま来てしまったというのが現状なのだ。

 当然、ブイトールを操縦してくれた人とも、ほとんど会話をしていない。

 挨拶と、ここに着いたとき司令室の場所を教えてもらった程度だ。

「すみません。考え事ばかりしていたもので……」

「そうか。では、後で見ておくのもいいだろう。……そうなると、後ろに見える建物も見ていないね?」

「隣接していますね」

「エレベーター横に、外に続くドアがある。そこからあの建物に行ける。……君たちの生活の場だ」

 また映像が切り替わった。それもまた、簡単な図面になっている。

 スクリーンの片隅には、『二階平面』と書かれていた。

 建物の正面右側がエレベーターホールになっていて、そこから、廊下が中央を横断している。

 同じ広さの部屋が廊下を挟んで四つずつ、合計八部屋に区切られていた。

 健の部屋は、ホールに一番近いところだった。

 それぞれ名前が入っているということは、メンバーの部屋は決まっているらしい。

「一階は、仕事の上で関係があるのだが、君たちには直接関わりはないからね。三階は、君たち用のリビングとラウンジになっていて、食事は専門に作ってくれる人がいるよ。常時いるわけではないが、君たちが本部にいる間は通ってくれるから、不自由はないだろう」

 これを最後に、スクリーンのスイッチが切られた。

 コントローラーからの指示で、カーテンが開く。

 途端に、昼間の眩しいほどの日差しが入り込んで、健は思わず目を細めた。

 だが慣れてくると、先程と変わらない青い空が窓いっぱいに映って彼は、初めて自分の持ってきたポーチからタバコを取り出した。

 自覚はなかったが、やはり緊張していたのだろう。

 それを取り出してから、ここが禁煙なのかどうかを考え、テーブルに乗っている二つの灰皿に気がついた。

 正直なところ、これもまた自覚がないままに、周囲からはかなりのヘビースモーカーだと驚かれている。

 顔に似合わないと言われるのだ。

 確かにどちらかというと、微笑んだときの眼差しは女性的な柔らかさを持っている。

 刺がないのだ。

 もっとも、中毒ということもないようで、朝、ブイトールに乗り込んだときから吸っていなかった。

 ただ、映像を見た後で、気分的にも落ち着いたからだろう。

 一言断って、小さく首を傾けながら火をつける。

 司令は、その仕草ににっこり笑って、またデスクに戻った。

 それを機に、健が改めて部屋を見渡した。

 いつの間にか、スクリーンは天井に巻き取られていて、後ろの壁が見えていた。

 そこには、さほど大きくない本棚が嵌め込まれていて、ハードカバーの本が何冊かと、ディスクのプラスチックが並んでいた。

 しかし、それだけで棚を埋めることができなかったのか、置物や花━━造花らしい━━そして、小さなぬいぐるみが飾られている。

「キャップ、あのぬいぐるみは?」

 猫と、ウサギとキリンが三つ並んでいる。

 不似合いなアイテムに目を向けて、コンピューターを操作していた司令が苦笑した。

「十三日まではまだ、レイラーだからね。ユウコが毎年、私の誕生日に一つずつ増やしてくれたものの中から飾ってくれたようだ」

 いくらレイラーだとはいえ、ここは仮にも仕事場になるはずだ。

 私物を持ち込む彼女の姿を、今同様、微笑ましく見ていたというのか。

 自分のレイラーとは、あまりにも違う育てかただ。

 訓練のデータを見ていた限り、最後のメンバーである夕子の成績は一番悪い。

 何もかもが中途半端だったのだが、それすらも司令は、こうして微笑んで許していたのだろうか。

 本棚の横にはドアがひとつ。

 続き部屋のようだが、説明にはなかった。

 ノーセレクトメンバーには関係のないところ……らしい。

 再び、窓の外に目を向けた。

 ソファに座っているためデスクが邪魔になっている外は、ただ、空しか見えない。

 ビルなどの高い建物が近くにないのか、それとも単に視界に入らないだけなのか。

 自分のいたところとは違う空の色を見ていた健の視界に、デスクに身を乗り出すように屈んでいた司令が戻ってくる姿が入ってきた。

「待たせたね。本題に入ろうか」

と、また腰を下ろす。

「はい」

 司令はやっと、水木里美が持ってきた封筒を開けた。

 中に入っていたのは、ファイルだった。

 それを、健に向けて差し出す。

「これは、メンバーに対する簡単な予備知識だ。君たちは互いに、会ったことがない。だが、君はリーダーである手前、三日後に初対面では困るだろう。そのためのものだよ」

「ああ……それで、オレのものは必要がないと……」

 先程の、彼女との会話のことだ。

 受け取った資料のページをめくったところで、司令が覗き込んできた。

「この資料は、それぞれのレイラーからの話をまとめたものだ。私は、君たちのところに何度も行っていた。全部を鵜呑みにするわけにはいかないが、私なりに必要だと思うことを記録したつもりだよ」

「? どういうことですか?」

 言葉に引っ掛かったものの、返事がない司令から、健は資料のほうに目を落としページをめくった。


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