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TOGETHER  作者: SINO
~第一部 初めの時~ 一章 それぞれの器 それぞれの役割
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ヨコハマ 11

 夕子がリビングを片付け、キッチンの掃除まで済ませたのが真夜中の一時頃で、隆宏たちは『返り討ち』という形で、酔い潰れたまま健に部屋まで運ばれた。

 実はまだ、戻らない。

 一応、ある程度の酒の用意をテーブルに残して、夕子と絵里が寝室に引き上げると、静かになったリビングには護が、健の相手として残るだけだった。

「帰って……こないな」

 さすがに、健は心配になってきた。

 最初は気に留めなかったが、考えてみると大阪にいた実にとって、まして人との付き合いを絶っていた彼に、こちらでの用事があるはずがないのだ。

 一体、どこで、なにをしているのか。

「探しにいくか……」

 素面と変わらない動きで席をたった健に、護もまたグラスを置いた。

「あ、おまえはいいよ」

「見当はつく」

 護のほうは、さほど心配をしているわけではなさそうだが、健のあとについて外に出ると、静まり返った道路で坂の上と下を一度見回した。

 相変わらず蒸し暑い。

 冷房の効いていた部屋からでは、尚更、密度の濃い空気に圧迫される。

「今日は……どこを歩いた?」

「坂の上のほうにね。左に行くと突き当たりに公園があるんだ。今日はほとんどそこにいたよ」

 迷わず、護はそちらに足を向けた。

 急ぐわけでもない。夜の散歩をするような歩調だ。

「その公園にいるというのか?」

 自然、健も歩調を合わせる。

 護が僅かに頷いた。

 確信している歩みに健は、今日歩いた場所を思い出しながらついていく。

 問題のビル近辺から、今回の仕事に関しているのはそれほど広範囲ではない。

 だから彼は、実のいうままに坂の上の周辺と、そこから港まで歩いた。

 健とは違って、実は暑さをさほど気にする方ではなかったらしく、目的もなさそうに歩き続けていたが、港から大通りに面していくつかの店が建ち並んでいる辺りに来たとき、範囲を外れたと言いきって、元の道を戻ったのである。

 実がなぜ、断言したのかもわからなかった健だが、それを不思議に思うこともなかったのは、もちろん暑さのためでもある。

 しかしそれよりも、地の利がないどころか、景色に目を奪われていたことも原因であっただろう。

 なにしろ健は、海を直接見たことがなかった。

 テレビの知識だけでは、狭いディスプレーの範囲しか想像できなかったのだ。

 もちろん、大きな橋も、船も、現物を見たのは初めてだ。

 彼の住んでいたところは、北海道のほぼ真ん中、富良野地区だ。

 広大な畑や牧場、ひたすら真っ直ぐに通る道路はあっても、水路といえば、川しかない。

 上流にはダムもあったが、行動範囲を制限されていては行ったことがあるはずもなかった。

 それこそ、どれ程の秘境から上京してきたのかと実が呆れるほどの言動だった。

 多分実は、そんな彼の相手をするのにうんざりしていたのかもしれない。

 他愛のないことすら知らない彼の質問にも閉口していただろう。

 だから、後半はただ、公園で景色を見ていた。

 そんな気がする。

「そういえば……さっきの話なんだけれど……」

 黙って歩く、その雰囲気を気まずく感じ、健は唐突に言った。

「とりあえず聞いてみようかな。おまえ、どうしてミノルを知っていたんだ?」

 やはり、返事がない。

「調べたのか? おまえたちは同じオオサカにいたよね?」

「……調べたわけではない」

「なら、教えてもらった?」

「そうだ」

「やっぱり会いたかったから?」

 護は、ピタリと足を止めた。

「あなたにとって、それは必要な疑問なのか?」

 相変わらず、何の抑揚もない声だ。

 迷惑だとも、煩いとも思っていない。

 ただ、尋ねただけと聞こえる質問に、健がハッとして、苦笑した。

「……ごめん。余計な詮索か」

「そうではない。あなたの答え次第で、話す内容は違ってくる」

 俯いた健が答えるまで、護は黙って待っている。

 考えてみれば、今日一日、どれだけの質問をしたか。

 知識がないことは充分わかっている。

 だが、北海道にいたときは決して人に聞くことはなかった。

 それは、聞いたところで誰も答えてくれなかったからだ。

 故に、自分で調べることを自然に覚えた。

 そんな今まですら、すぐに判断できる性格ではなかった。

 物事を、慎重に考えて答えを出せばレイラーに咎められた。

 言葉で簡単に得られる答えは身にならないと言われていたから、自分で調べるようになった。

 しかし、それは逆に、さらに判断を遅らせる結果になる。

 レイラーがいい顔をするはずがないのだ。

 何がいけないのか、どうすれば誰もが納得できるのか、未だに答えが見つからない。

 実たちに会ってレイラーの目がなくなったと同時に、気が緩んだと言われても仕方がない。

 手っ取り早い逃げ道として、質問をしているのだから。

「……ごめん、マモル。無理に聞くつもりがないと言いながら聞いてしまっていたんだ」

「答えになっていない」

「そうだね」

 健は一度、腰に手を当てて体を反らせた。

 そして、どこか寂しげな微笑みを護に向けた。

「ただ……おまえたちのことを知りたい……が、答え、かな」

 その言葉よりも、護は感じたものに反応した。

 司令室で会ってから今まで、ずっと付きまとっていた健のイメージがフッと消えたのだ。

 一瞬だったが、言い様のない、スケールの大きな『何か』を感じる。

 もし、実がこの雰囲気を健から感じたのなら、自分は間違った解釈で彼を見ていたことになる。

 護は、黙って自分の首に手をかけた。

 襟元から、鎖を引き出す。

 それを外して、彼は健の目の前に差し出した。

 月の光に、青く光るペンダントだった。

「これは?」

「もう……七年以上も前だ。オレは、初めてミノルの姿を見た。彼は……知らない」

 鎖を引っ掛けて、健に渡す。

 そのまま、また坂を登り始めた。

「ミノルはいつも友人に囲まれていた」

 坂の頂上がT字に分かれている。

 右と、左。

 左を指差した健は、いつか護と並んでいた。

「その頃の彼は、楽しそうな、明るい表情をしていた。その……写真のように」

「写真?」

 護の目は、ただ一点、ペンダントだけに向いている。

 まるで、懐かしいものを見るように、だが、寂しげな瞳だ。

 それとはわからない、僅かな表情の変化だった。

 健は、手の中のペンダントに目を落とした。

 青い石の、ヘッドの部分に蝶番がついている。

 どうやら動くらしい。

 スライドをさせると、そこには、まだ子供の実の姿があった。

 こちらに向かって、招くように両手を差し出している。

 笑顔には、今の影はかけらも見えない。

「……メンバーのなかで、一番近くにいたのが彼だった」

 距離的に言えば、確かにそうだ。

 健は北海道、隆宏は福井、絵里が千葉で、高志に至っては中国だ。

 大阪と言っても地図上で見る限り、実は中心の、どちらかといえば海に近い方、そして、護は奈良や京都に近いところにいたはずだ。

 それでも、他のメンバーと比べれば近くにいたというしかない。

 護の声は、前方に向いて続いた。

「レイラーにとって、それが理由だったか、それとも……他の方法がなかったか……」

 言いながら、また言葉が健に向き、手が差し出される。

 健は、ペンダントを返した。

 蓋を閉じ、首に戻ったペンダントの青い光は、服のなかに納まった。

「オレは……彼に一切の興味がなかった。むしろ……煩わしかったんだ。どうして……オレを放っておいてくれないんだ、と。……オレを生かしておくメリットがあるとは思えなかった」

「メリット?」

「存在することが……苦痛だった。今も……同じだ」

 七年以上昔……と、すると、護は十才にも満たない頃だ。

 そんな頃から生きることが苦痛だったというのか。

 何が、そのような思いに追い込んだ?

 護の話は続いた。

「変わっていない……が、少なくとも、彼の……あの頃の笑顔は、ノーセレクトでも存在する価値があることを教えてくれた」

 車道が、公園に沿って通っている。

 そこを渡って、二人は中に足を踏み入れた。

「あなたは、知るべきだ。……ミノルは、人と関わることができない。それを、自覚している。けれど、一人でいられる強さもない。誰かが傍にいて、彼を守らなければ、精神がまともでいられないんだ。けれど、同時に、その関わりは彼のすべてを左右してしまう。今……」

 一度口を閉ざし、だが彼は、健が訝るまもなく続けた。

「彼には……心を保っていられる相手がいない」

「わかっているよ。オレたちが……いや、オレが頼りないからだろう?」

「逆だ」

 先程渡った車道と並行する形で、この公園は広がっている。

 横に細長いが、幅は二段になっているらしく、入り口からまっすぐ進むと柵が立っていた。

 崖に向いて置いてあるベンチに健を勧めて、自分は柵に寄りかかる。

 健が、座ったついでにと、胸ポケットからタバコとライターを取り出した。

 護にも勧めたが、首を振ったので、自分で一本くわえた。

 その手から、ライターが抜き取られたのは何度目だろう。

 火をつけて差し出された光景は、昼間は実がやっていた。

 彼が外出したあとは、隆宏に代わっていた。

 たかがタバコを吸うことすら、他人が手を貸す。

 健は、その行為というより押し付けを、断っても無駄だと諦めて受けた。

 まるで、北海道にいたときと変わらない。

「逆というのは?」

「わからないか?」

「……すまない」

 やはり、無意識に聞いてしまっている。

 だが、咎めたわけではなかったらしい。

 護は、また柵に寄りかかり、彼を見下ろした。

「彼は、普通の人よりもずっと感受性が高いと……美鈴さんは言っていた。メンバーを寄せ付けようとしなかったのは……他人の感情が伝わるからだ。喜びも、苦しみも痛みも、彼に伝わってしまう」

 ふと、彼は自分の腕に目を落とした。

 撃たれた傷のある右手を上げる。

「オレを撃った痛みは、彼に伝わったはずだ」

 驚いた健が、目を見開いた。

「じゃ……あれは……おまえの……?」

 道理で、傷がなかったはずだ。

 それだけではない。

 確かに、隆宏の責任でもなかったのである。そして……

「おまえ……わざと当たったのか……」

 返事は、やはりなかった。

 しかし、隆宏でさえ反応できた攻撃をたやすく受けてしまったという事実は、護の今までのデータと結びつけることはやはり難しく、まして彼が、実の性格を知っているのなら、尚更わざと当たったとしか判断できない。

 そう、実が次の攻撃ができないように、右手を差し出したと言える。

 健は、頭を抱えた。

「なんて……無茶なことを……」

 それしか言い様がない。

 が、ある意味、その行動も当然か、と同時に思う。

 あの状況で、咄嗟に実の銃を『落とさせる』ことができたのは、護が、彼のその体質を知っていたからに他ならない。

 頭を抱えていた右手が、顔を撫でて、下に落ちた。

 そこには、苦笑いにも近い、彼の口許があった。

「まいったね。オレには、おまえほどの反応はできないよ。やっぱり、情けないリーダーでは、彼を守るなんて、無理なんだろうな……」

「逆だ、と、言ったはずだ」

 不審そうに、健が見返す。

「今のあなたは、確かに頼りない。だが、彼があなたのサポートを始めたときから、あなたは一番、恐れる相手になったはずだ。あなたならば、彼を理解する。守ることができる。それを、彼は知っている。そうでなければ、手を貸すものか。彼は……自分の意思を貫こうとしているんだ。そのためには、自分がどうなろうと、構わない。自分の望みを叶えるためならば、あなたを、完璧に指導する。その結果、自分自身を保てなくなるかもしれない。それを……恐れているんだ。矛盾する夢を……彼は持ち続けている」

「ちょ……ちょっと……待ってくれ。頭が混乱してきた。……よく理解できないんだが……ミノルの望みって、なんだ?」

「言ったはずだ。あなたの問いに答えるか、答えないかは、……あなたのやり方次第だと。彼の望みは、彼のものだ。オレに聞いて、答えると思うか?」

 まったく容赦のない、一言の反論も許さない言葉だった。

 健は力なく肩を落とすと、ずっと手に持ったままだったタバコを、灰皿に捨てた。

 ゆっくりと立ち上がる。

「ミノルを……探さなきゃね」

 当初の目的は、それだったはずだ。

 ここで、答えのない疑問をぶつけても仕方がない。

 自分で調べるしかないのだ。

 かつて、レイラーのもとで、何もかも一人でやっていたように。

 左右を見回す。

 右手側は、何か建物が建っていた。

 暗い外灯は、左手の方の散策路も照らしている。

 健は、迷わず左手側に足を向けた。

 しかし、探すまでもなかったようだ。

 道路の向こうが階段になっていたらしく、一段ずつ、人影が上がってくる。

 俯いたまま、外灯の下に現れたのは実だった。

 待っていると、彼が二人に気づいて、駆け寄ってくる。

「なんだ? 二人とも」

 ここにいることが意外だったようだ。

「どうしたんだ? まさか、オレを探しにきたわけじゃないだろうな?」

と、二人を見比べる。

「帰りが遅いから……」

「……あのなあ……。子供じゃあるまいし、遅くなったくらいで普通、探しに来るか?」

 自然に帰路につきながら、実が呆れきって言った。

 それに対して、健が答える。

「一応、遅いことは自覚していたんだ」

「まあな。いつもなら寝ているよ」

「公園でなにをしていたんだ?」

 聞いた途端、実に睨まれた。

 だが、すぐにため息混じりに答えが返った。

「質問攻めのおまえにどう対処するか、考えていた」

 さすがに冗談だとはわかったが、それでも、辛辣な皮肉に違いない。

 健もまた、自分に呆れながら小声で謝る。

 それきり、家に帰りつくまで、三人とも口を利かなかった。

 


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