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TOGETHER  作者: SINO
~第一部 初めの時~ 一章 それぞれの器 それぞれの役割
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ヨコハマ 9

 遥か昔に開港して以来、今日まで観光地となっているこの地には坂が多く、遊びに来る人の何人もが行き交っている。

 もう少し涼しければまだ楽なのだが、この暑さは夕方になってもほとんど変わらず、まして、夜になって港からの風が止むと、本格的な夏さながらに蒸し暑さが増した。

 それぞれ三方に分かれて歩き回っていたメンバーのうち、フラフラになって一番先に戻ってきたのは健と、実だった。

 暑さに慣れない健は、リビングに入るなりソファに倒れ込んでしまった。

 歩いている途中も、顔色が悪かったのだ。

 実は、そんな彼を覗き込んで、黙ってキッチンにはいるとタオルを濡らして、氷を入れたビニール袋を持って戻ってきた。

 頭にそれを乗せる。

「ご……ごめん、ミノル」

「構わないさ」

 街中を歩き回ったのは最初だけだった。

 物珍しげにあれこれと質問をしていた健は、自分の体温が上がっていたことにも気づかず、その上、ある程度見て回ったあとは暗くなるまで実に付き合って、坂の上にあった公園の、港を見下ろせる炎天下のベンチでぼんやりと座っていたのである。

 実が嫌みすら言わないのは、そのせいだ。

「タカヒロたちが戻ってくるまで寝ていろよ」

「でも……」

「いいじゃないか。休むことも大事だ」

 歩き回っていたときは、あまりに物を知らない健に対して、刺々しい皮肉ばかりを口にしていた実からこんなにも穏やかなセリフを聞くとは思っていなかった彼は、目を被せるように腕をのせると、深くため息をついた。

「本当に……情けないよ。タカヒロにも、おまえにも頼るばかりだ。これじゃ……何のためにリーダーを引き受けたのかわからないよ」

 実は、ソファの足元に腰を下ろして、健の胸に頭をのせて寄りかかった。

「何度も繰り返しているだろう? そんなことは考えるなよ。まとめようとする必要もないんだ」

「けれど、それじゃキャップに……」

「やめろって。奴らだって一人前の人間なんだぞ。子供じゃない。誰もおまえをリーダーとして特別視はしないんだ。偉ぶっても仕方がないだろうが」

「……存在感のないリーダーだよな」

 自虐的に笑った健は、腕をはずして、無意識に実の髪に手を漉き入れた。

「おまえは疲れていないのか?」

「ベンチで座っていただけだからな」

「それなら頼むよ、彼らに冷えたものを用意しておいて……」

「承知しているって。もう、喋るな。本当に、休んでいろよ」

 こうしてメンバーに気を使うことが、実には気に入らないのだ。

 リーダーという言葉ばかりに縛られている。

 健が、そういう考えでいる限り、本質など表には現れるわけがない。

 しかし、本人に説明をしても、無駄なことだ。

 寄りかかっていた体を起こし、実は彼の目を手で塞いだ。

「目を閉じろ。少なくとも、誰かが帰ってくるまでは体を冷やしておくんだ。いいな?」

「……わかったよ」

 静かに手を外して、健が目を閉じたことを確認すると、実はリビングの冷房を強めてキッチンに入っていった。



 次に戻ってきたのは、隆宏たちだが、リビングの扉を開けた途端、

「うわっ……」

 入るのに躊躇するほど部屋が冷えていた。

「な、なに、この温度」

 ソファで横になっている健の傍らで、実はコーヒーカップを両手で抱えていた。

 隆宏の後ろから入ってきた護を呼び止める。

「悪いが、服を借りたぞ」

 長袖の服は、護しか持っていない。

 それでも寒いらしい実の声は、微かに震えているように聞こえた。

「おい、ケン、戻ってきたぞ。起きられるか?」

 眠っていたわけではなかったらしく、健はようやく目を開けて半身を起こした。

 すかさず、実が額のタオルを取った。

 実の格好と、隆宏の表情に、ああ、と呟く。

「すまなかったね。もう、大丈夫みたいだ」

「これ」

 実がもうひとつ用意していたのは体温計だ。

 額にあてて、計ってみると、どうやら平熱に戻っているようだ。

「下がったな」

「楽になったよ。ありがとう」

「どうしたの? ケン」

「軽い熱中症だ。すまないが、冷房を切ってくれ。オレのほうが保たない」

 ソファに座ろうとした隆宏だが、クスクス笑いながら、スイッチを切るためにドアに戻った。

 寒いといいながら、医者として健の側にいたらしい。

 わざわざ、護の服を借りてまで、だ。

 本当に、彼は優しい……。

 それにしても、ちょうどいい室温になるまではまだ、時間がかかりそうだ。

 隆宏自身、この寒さは避けたかった。

「ミノル、オレ、上にいっているから。地図を作ってくるよ。できれば、君たちの見てきたところも教えてほしいんだけれど」

「了解した。……マモル、こいつの側にいてやってくれ」

 頷くことで返事をした護を残して、二人は二階に上がっていった。

 起き上がったもののソファに座ったまま、健は、実のいたところに腰をおろした護を見下ろした。

「長袖で暑くなかったのか?」

 自分がこれだけバテているのだ。

 蒸し暑さに、平然としている護が信じられなかった。

「……もう……慣れた」

「慣れた? 理由があって長袖なのか?」

 答えはなかった。

 静かな部屋で、健は僅かに気まずさを感じながら、背もたれに頭を乗せた。

 が、しばらくして、沈黙を破ったのは、やはり健だった。

「話を……聞いてほしいんだ」

と。

 窓のほうを向いていた護が顔を上げるのが、雰囲気で感じられた。

「オレはね、先行してキャップに呼ばれたんだ。その時に、リーダーを言い渡されていたんだよ。同時に、おまえたちに関する資料を渡された。……おまえには、重大な問題があるみたいだね」

 初めて、護の表情が変わった。

 スッと顔を逸らしたが、青ざめて困惑した瞳を、健は見逃さなかった。

「記載が……あったのか?」

「いや。何も。ほとんど白紙だったよ。だから、余計に気になった。……ラウンジで話を聞いたときに思ったのは、記憶障害、ということだ。そうなる原因があったんだろうと……思った」

「……何が言いたい? 聞き出そうと?」

 健は、まだ僅かにぼんやりとする頭を振った。

「無理強いはできないよ。でも、ひとつだけ、教えてくれ。……おまえは、どうしてほしい?」

 答えはなく、どうやら質問の意図を読み取れなかったようだ。

 俯いた動きが、それを示していた。

 健が、もう一言付け加える。

「これも、想像なんだけれど、おまえはミノルを前から知っていたね?」

 今度は、そのまま頷いた。

「でも、ミノルはおまえのことを知らなかったみたいだよ。彼に言いたくないのか? それとも、言う機会がなかった?」

「必要がない」

「それだけ? 秘密というわけではないんだな?」

 これにも、答えはない。

「もうひとつ。部屋のことでもわかるけれど、キャップはおまえを特別に扱おうとしている。オレたちにもそうしてほしいか? ……じつはね、キャップから、おまえに深入りするなと言われたんだ。けれど、おまえに問題があれば、この先、隠し続けることは多分、不可能だ。それなら、キャップの言う通り、おまえを別にするべきかなって。……だから、聞きたいんだ。おまえの同意があれば、他のみんなは納得するだろうからね」

 答えに時間がかかったのは迷っていたからか、それとも、言葉を探していたか。

 いずれにしても、しばらくしてゆっくり顔をあげた護は、最初に会ったときのようにまっすぐ健を見据えた。

「あなたがリーダーだ。キャップはノーセレクトではない。判断は、あなたがすることではないのか? 事情を聞くも聞かないも、あなたの自由だ。だが、何も知らない状態でメンバーに採決を任せるのは無責任ではないのか?」

「それなら、話してくれるのか?」

「あなたのやり方次第だ。けれど……言わせてもらうなら、今のあなたには……答えるつもりはない」

 角のない、丸く柔らかい声に込められた壁を、健は感じ取った。

 力が抜ける。

「……そうだね……」

 自分の身が恨めしい……健は、初めて痛感した。

 完璧なノーセレクトの前では、自分の数値ではあまりにも無力だ。

 たった四パーセントなのに……。

 リーダーを引き受けたことを、今さら後悔はしていない。

 ただ、悔しかった。

 メンバーを理解することもできない自分に腹が立つ。

 何もできない。そんな自分を、護が信用するはずがないのだ。

 健の手がテーブルのタオルに伸びて、それを顔に被せると、ソファにまた横になった。

「マモル……。すまないけれど……少し席を外してくれ」

 感情を隠そうと抑えた声に、護は黙って立ち上がると部屋を出ていった。

 微かに、階段を上がっていく足音が聞こえる。

 健は、彼の気配がなくなるのを待って、転がるようにソファから降りると自然に落ちたタオルをそのままに、いきなり両手をテーブルに振り下ろした。

 鈍い音を立てて、厚いガラスにヒビが入る。

 手の痛みよりも、胸の痛みのほうが、健には堪えた。

 この先、どうすればいい? なにができる?

 どう考えていけばいいのだ。

 答えのない自問ばかりが頭に浮かぶ。

“オレは……どうしてレイラーのいうことを……疑問も持たずに従っていたんだ……”

 何も考えるな。

 何もするな。

 ことあるごとに言われていた言葉の真意が、未だにわからないし、疑いもせずに従って来たからこそ、メンバーを理解できずにいる。

『居場所を見つけろ』

“これが……ここがオレの場所だと言うのか? 何もできないオレが、ここにいてもいいというのか?”

 あまりにも自分の考えに固執していた彼は、階段を降りてくる足音にも、ドアが開く音にも気づかなかった。

 だから、自分への腹立たしさにまた振り上げた両手を捕まれたとき、驚愕といっていいほど見開いた目で、相手を見上げた。

「ミノル……」

 彼は、テーブルを見下ろして、それから、掴んでいた健の両手に移した。

「ケガでもしたらどうするつもりだよ」

「……」

 一気に力が抜ける。

 自然に俯いた目に、ヒビのはいったガラスが映った。

「……壊してしまったね。ごめん」

「手は痛むか?」

「いや。大丈夫だよ」

 実は、ため息混じりに横に座ると、テーブルを前に押しやった。

「マモルはどうしておまえを怒らせたんだ?」

「? 彼がそう言った?」

「いや。何も言わなかったが……」

 そうだ。護が何か言うわけがない。

 健は、寂しそうに笑って首を振った。

「怒ってなんて……いないよ。ただ、……一人になりたかっただけなんだ」

「それで、テーブルを壊したというわけか。すごい力を持っているな」

「……割れるとは……思っていなかった……から……」

 言葉が続かず、彼は頭を抱えて息をついた。

「本当に……一人にしてくれないか……。ほんの少しでいいんだ」

 あからさまに落ち込むわけにはいかない。

 八つ当たりをするわけにもいかない。

 自分の不甲斐なさで沈む気持ちを落ち着かせる時間がほしかった。

「八つ当たりでも構わないのにな」

 心を見透かすように一言呟くと、実は静かに部屋を出ていった。

 なぜ、見抜かれたのかを考える余裕もなく、健はまた、誰もいなくなった部屋でその場に横になった。



 最後の一組、高志たちが戻ってきたのはそれから一時間も経っていただろうか。

 玄関に入るなり、

「手伝えーっ!」

という大声に、二階から実と護が降りてきた。

 二人は、絵里と夕子がキッチンに入るのを見届けると、その場に座り込んでしまった高志と山積みの荷物に笑った。

「こんなにあるのか?」

 野菜の袋、肉の袋、魚が入ったもの、飲み物、調味料……合計して数えると、八つもある。

 さすがに高志は息を切らしていた。

 最後に遅れてリビングから出てきた健も、気持ちの切り替えができないまま、袋の大群を見て膝をついた。

「ずいぶん買ってきたね」

 いつも通りにしようとしているのか、優しい声をかける。

 そして、一番重そうな飲み物の袋を二つ持ち上げたのだが、途端に取り上げられてしまった。

 護が二つと、もうひとつ手近な袋を持って、黙ってキッチンに入っていく。

 実は、野菜の袋と、肉の入ったものを四つ、それから、気だるげに立ち上がった高志に、残りを持ってくるように言った。

 結局、健には何もさせずにキッチンに入っていく。

 実と共に街の中を歩いていたときに、彼は言われていた。

『おまえにはなにもさせない』

 いつの間にそういう相談をしていたのかは知らないが、一人玄関に残った健は、メンバーの中はもう、団結しているように感じた。

 何も考えるな、とも言われたが、これでは自分一人が孤立しているみたいだ。

 やはり、実際に会って、自分というリーダーでは納得してくれなかったのかもしれない。

 安易に、剣崎司令の言葉を信じたのがいけなかったのだ。

 彼の保証など、メンバーには迷惑以外、なにものでもなかったのではないか。

 一人でいればいるほど、落ち込んでくる。

 健は、のろのろとキッチンに入っていった。

「あ、ケン、お酒は飲めますか?」

 すかさず声がかかった。

「え?」

「お酒です。お食事の用意が出来るまでの繋ぎですけれど」

「飲めるよ」

「じゃ、すぐに用意しますね」

 夕子は、キッチンでは生き生きとしてみえる。

 片隅にあったワゴンを引っ張ると、そこにグラスを並べ、冷蔵庫に入れる間もなかったワインを一本取り出してそれも置いた。

 同時に、実がグラスを別に一つと、リンゴジュースのボトルも並べる。

「ユウコ、次からはオレンジジュースも用意しておいてくれないか」

「オレンジ……ですか?」

「飲みたいのなら、買ってくるわよ?」

 ワゴンをリビングに持っていこうとした絵里が振り返った。

 実は、

「今でなくてもいい」

 あっさり諦めて、健の腕を引っ張り、リビングに連れていく。

 そこでは、高志がしきりに首をかしげながらテーブルを見下ろしていた。

 すでに腰を下ろしていた護にではなく、入ってきた実にそこを指し示す。

「壊れているよ?」

 ものを壊すとしたら、実がやりかねないとでも思ったらしい。

 彼は、首をすくめた。

「大したヒビじゃない。明日にでも取り替えてもらえばいいじゃないか。今日のところは我慢しろよ」

「何をやったのさ」

「タカシ、詮索は、時として精神的な暴力になることを知っているか?」

 高志は、これもまた実の皮肉だとわかっていたから、うんざりとしながら空いたソファに座った。

 もう一方のソファに追いやられていたテーブルを元に戻したのはやはり実で、そこに、気を利かせたつもりかキッチンのテーブルにかけてあったクロスを持ってきて敷く。

「あら? タカヒロは?」

 ワゴンを押して入ってきた絵里が、これもまた実に尋ねた。

 しかし、今度は何も言わない。

 代わりに、健が答えた。

「二階にいるよ。今日見てきたことを入力しているんだ。君たちの分も報告したほうがいいんだけれど……」

と、視線が実に向く。

「……どうしてオレを見るんだよ?」

「……それは……」

 どういう言い方をしても、愚痴になってしまいそうだ。

 黙り込んでしまった彼に、実はそっぽを向いて言った。

「決めるのはおまえだろう。リーダー」

「……わかったよ。タカシ、すまないが報告に行ってくれないか。疲れているのに悪いんだけれど」

「それがわかっているのならエリにでも……」

 彼の言葉が止まったのは、実がものすごい目で睨んでいたからだ。

 健が、首をかしげたとき、高志は相当の圧力に負けたらしく、

「……行ってくるよ」

と、立ち上がった。

「エリにはユウコの手伝いを頼みたかったんだよ。すまないね」

 それを聞いた途端、彼は慌てて首を振った。

「そういうことなら謝らないでよ。ほら……荷物は全部オレが持たされていたからさ。エリは何もしなかったんだ。少しは手伝ってくれてもよさそうなのにさ。昼間なんかは……」

「早く行きなさいよ」

 一緒に行動していた絵里は、話し始めたらまた腰を据えてしまうはずの彼の言葉を、強引に止めた。

「わかったよ」

 部屋を出かかった彼を、実が呼び止めた。

「タカシ、タカヒロとよく、話し合ってこい」

 『よく』の部分を強調する。

 それに気づいた高志は、健を盗み見てオッケーのサインと共に出ていった。

 本当に疲れているのかと思うほど、軽い足取りだった。

 何事もなかったかのように、絵里がテーブルに並べられた品物を見回して、キッチンに戻る。

 すかさず実がワインを取り上げたが、やはり辺りを見渡してボトルを置いてしまった。

「マモル、おまえちょっと……」

 言っている間に、彼女が戻ってきた。

「これでしょう?」

 手にあったのは、コルク抜きだ。

「よくわかったな」

「当然。……それより、あたしにも入れてちょうだい。向こうに持っていくから」

「そういうのなら、君がやるのが普通だろう?」

「差別はしないの。あたしがそんな女に見える?」

「君は、性別を間違えて生まれたんじゃないか?」

 彼女は、コロコロと笑った。

「自分でもそう思うわ。あんたと代わりたいくらいよ」

 彼女だけかもしれない。実の嫌みや皮肉に、臆することなく反撃する。

 むしろ、本気で言い合ったら、実のほうが負けるのではないだろうか。

 軽く首をすくめてボトルを取り上げ、実は器用にコルクを抜くと、三つのグラスに注ぎ分けてひとつを絵里に渡した。

 彼女がさっさとキッチンに戻っていくそばで、健にひとつ、残りを護に渡して自分はリンゴジュースを注ぐ。

 健は、受け取ったものの、口をつけることなくグラスを置いた。

 無口で表情を見せない護と、嫌みの塊で他人を見下す実を前に、話す話題があるわけでもない。

 気まずい思いが甦る。

 それでも、落ち込んでいたままでは、迷惑をかけるだけだ。

 気を引き締めて、彼は、護のほうに身を乗り出した。

「マモル、改めてだけれど、お疲れさま」

という言葉に、護は微かに口元を緩めて頷いた。

 そうとは見えない変化だったが、健は、思った以上に心が和んだ。

 労いくらいなら、拒絶はないらしい。

「ごめんくださーい!」

 そのとき、廊下とキッチン、そして、キッチンとリビングのドアが開いていたためか、玄関から大声が響いてきた。

 健と実が、思わず顔を見合わせる。

 一体、誰が来たのか。

 健たちの元に客が来ることなど、ありえない。

 夜になって、セールスマンが来るはずもない。

 キッチンのほうが玄関に近いから、対応に出たのは絵里だった。

 が、念のためと席を立とうとした健を押さえつけて、実が廊下に出る。

 しばらくは、向こうの様子を伺っていた。

 実が、ドアから顔を覗かせた。

「ケン、来てくれ」

 玄関には、司令室で渡されていたケースが積み重ねられていた。

 なるほど、受付に預けていたものが、やっと届いたというわけだ。

 青い作業服の男が、玄関先でボードを持ってたっていた。

 胸には、写真つきのプレートがついている。

「遅くなりました。荷物のお届けです。中身を確認の上、サインをお願いします」

「ああ……はい」

 健は、自分のものを取り上げると蓋を開けた。

 午前中には開くことのなかったケースだ。中も、きちんと入っている。

 絵里と実は、他のメンバーの分と、確認を終えた健のケースを抱えて運んでいった。

「本部には、配達の部署まであるんですか?」

 彼らが中身を確認するまでの会話だ。

 男の方は、はっきりとした返事で笑った。

「今回のように、危険なものもありますからね、民間には任せるわけにはいきません。……とはいえ、僕も少し怖かったんですけど」

「もしかして、ここの家具も?」

「そうです。配達と配置は部署が違いますから、不便なところがありましたら伝えておきますよ?」

 健は、一度、リビングのほうを振り向いた。

「ありがとう。それじゃ、頼まれてくれますか? リビングのテーブルを壊してしまったもので、入れ換えてもらいたいんです」

 初日からいきなり、か? という表情がありありと見えた。

 健たちノーセレクトメンバーが国の機関であり、本部もそこに所属しているため、武器使用の許可があることは知っているが、具体的に何をするのかはよく理解していないスタッフもいる。

 自分たちが運んできた家具だから覚えているが、あれは簡単に壊れるものではない。

 どういう扱いをしたのかと、訝るのも無理はなかった。

「すみません、その……」

 言い訳になるかな、と思いながら言いかけたが、

「ケン、いいぞ」

「こちらもオーケーよ」

という、立て続けの二人の声に遮られてしまった。

 二階とリビングからの、タイミングのいい呼び掛けに、男は何故かホッとしながらボードを健に渡した。

 紙が一枚挟まっていて、そこに、荷物の内容物が印刷されている。

 サインをして、返した。

「ありがとうございます。テーブルは、明日、お届けします」

 彼は、そそくさと、まるで逃げるように出ていった。

 その後ろ姿に苦笑して、リビングに戻る。

 護が、バンドを右手首に巻いていた。

 それを見て、思い出した。

「マモル、ケガは痛まないのか?」

 今さらのことを尋ねる健に、護はやはりただ、頷くだけだ。

「最低の威力だったらしいけれど、火傷になっていたんじゃないか? 痕は残りそうか?」

 本当は、傷口を見せてもらったほうが安心するのだが、医務室で手当ての際にテープくらいは貼っただろう。

 それを剥がしてまで見せてくれとは言えない。

 護の口元が、小さく動いた。

「傷跡……か……」

「え?」

 聞き返した健に首を振って、護はグラスを取り上げた。

 今さら、傷がひとつ増えたところで、他のものに紛れるだけだ。

 それを、口に出しても仕方がない。

 むしろ何も言わずに、最後の役目を果たすつもりで護は合流したのだ。

 頼りない男を信じるつもりはない。

 だが……。

 彼は、グラスを見つめ、真っ赤な液体に心で問いかけた。

“ミノル……君は、この男を信用するのか? まだ……意思は変わっていないのか?”

 もし、実の本心が昔と同じならば、自分もまた健に従うしかなくなる。

 たとえ、信用のおけない相手であっても、そしてそれが短い期間であっても、だ。

 実が二階から戻ってきた姿に気づき、護はグラスに口をつけた。

 


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