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TOGETHER  作者: SINO
~第一部 初めの時~ 一章 それぞれの器 それぞれの役割
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ヨコハマ 8

「あとはマモルだね。彼はどう?」

「あいつは……」

 言葉が途切れた。

 ドアを振り返り、まるでそこから護の感情を探るように見ていたが、しばらくすると首を振った。

「まるで人形のようだ。オレたちの中でトップだったから、何をさせても構わないと思うが……」

「君でもわからない?」

「……できれば、立ち入りたくない相手だな。オレとは別の意味で、人を寄せ付けない雰囲気をもっている」

 それは、単に寡黙なだけではないか? 

 隆宏は一瞬そう思ったが、自分も含め、絵里たちの性格を断言した実がいうのなら、間違いはないのかもしれない。

 いつの間にか、実を信じていることに苦笑しながら、彼は言った。

「わかった。オレなりに彼を理解するように努力するよ」

 誠実という言葉通りのセリフだ。

 隆宏は、改めて、自分の考えに頷いてから、また、実に向いた。

「じゃ、最後にケンのことを聞かせてよ。何もさせないことが彼のためになる理由、わかりやすく教えてくれない?」

「わかりやすく……か。……ケンがオレたちの中で一番強い、といえばわかるか?」

「強い……? かなあ……」

 力のことをいっているのだろうか?

 それならば護に並ぶことはあったようだが、それでも、一番だった記録はなかったはずだ。

 少なくとも、基礎体力自体は自分たちと変わらなかったように思う。

 実は、何かを思い出すように隆宏の背後にある窓の外に目を向けながら、ゆっくりと言った。

「力じゃ……ない」

「あ、また……そんなに簡単に入り込んでしまうのか?」

「しばらくは我慢してくれ。……簡単に言えば、オレたちの盾になる存在だ」

「盾……ねえ……」

 どう考えても、そうは見えないのだが。

「君はどうしてそう思ったわけ?」

「こればかりは口で説明できるものじゃない。あいつの本質が隠れているから、頼りなく感じるんだ。だから、その本質をオレたちで全面に引き出さなければならない」

「それと、何もさせないことが関係あるのか?」

「それこそ、だ。……今のあいつは、『リーダーとしてメンバーを理解しなければならない、役に立たなければ守れない』という心境だろう」

 隆宏は、首をかしげてしまった。

 それは、実の言葉である『盾』であるためには当たり前の考えではないか。

 その意識があって初めて、リーダーという責任を負うのではないのか?

 疑問を口にする前に、実は彼を制して続けた。

「あいつのその意識は、ケンどころか、オレたちのためにもならないんだ。おまえたちは、人をまとめる重責を軽く考えていたな。……いや、むしろ何も考えていなかった……」

 それは、キッチンで、高志も隆宏も思っていたことだ。

 これにも素直に頷く。

「ケンは逆に、考えようとしすぎる。だから、表面だけの責任に目隠しをされてしまう……」

「どうも……君の話は難しいよ」

「それは、おまえがあいつを見落としているからだ。おまえは一度、本質に触れているんだぞ」

「い、いつ?」

 心当たりがないために、彼の声が思わず上擦った。

「さっき、司令室での様子を話していたじゃないか」

 あれが、か?

 あのときの健を見たから頼りないと思ったこと自体がつまり、間違いだということなのだろうか。

 実は、視線を隆宏に戻した。

「今までの訓練と、キャップから受けた仕事の内容を考えれば、オレたちがこの先、どういう立場になるかは明らかだ。決して安全な仕事をするわけじゃない。心身ともに、だ。ケンの役目は、その危険からオレたちのすべてを守ることなんだ。……自身の命を懸けても、という絶対条件つきの責任なんだよ。けれど、考えてみろ、護身にかけては、オレたちが他人に頼る必要がない。自分を守るだけの術はあるからな。それなら、リーダーという立場は、何を意味するのか……。精神面での責任だけだ。それを頭で考えたところで何の役にも立たない。役に立とうと力みすぎるから、空回りする、ということまでは、理解できるだろう?」

「そうか……頭で考えるから、焦りが生じてしまう……ということだね?」

「実際、あいつは迷っている。今までのデータと、現実の性格のギャップに混乱しているんだ。ならば、考えることをやめさせればいい。そのためにあいつの世話をするんだ。ケンがオレたちのことを考える前に、こっちがあいつに、すべてを見せる。仕事上での役割、行動に対する癖、何もかもを、だ。あいつは、それを見ているだけでいいんだよ」

 考え込み、隆宏は、ベッドの上で足を組んだ。

 言っていることに、一応は納得できる。

 だが……。

「でも……それで彼に伝わるかなぁ。頼りないよ、やっぱり」

「だから、それは頭で考えているからだと言っただろう。今はまだ、あいつの本質が隠れているんだ。けれど、おまえは一度、それに触れている。だからこそ、頼りないと思ったわけだ」

「うん」

「思い出してみろ。ケンがユウコをなだめる必要があったのか? エリたちの立場はどうなる? マモルはキャップが医務室に連れていったのを知っている。まして、キャップの心配をする義理もない。ケンが気づいたのは、まさにおまえのことだけだったろう」

 そう言われて思い返せば、確かに自分さえ、マモルたちを気遣う余裕はなかったと思う。

 彼自身、実のことしか心配していなかったのだ。

 医務室に行った護たちより、目の前にいた実の……。

 思い当たった途端、隆宏はアッと叫んだ。

「そういえば、腕はどうなの?」

 今さらの心配に、実は表情を緩めて、右腕を前にかざした。

「忘れたか? あの時、マモルがケガをしたんだぞ。あいつの感情が入り込むのを止められなかっただけだ」

「じゃ……あれは彼の痛み……だったのか。そう、か……。よかった……」

 あの時は、罪悪感だけがあった。

 出ていった実が戻ってきたときには平然としていたからいつの間にか忘れていたが、それでも気になっていたのは確かだ。

 だから、心底安心して笑った自分の思いが今さらのことだとわかっていても、安堵せずにいられなかった。

 そんな彼の頭に、実は手を添えた。

「おまえのそういうところはタカシたちの慰めになるだろうな。……いいか、忘れるな。ケンの本質を、オレたちで引き出す。それまではおまえが中心になるんだ」

「でも……君はそれでいいの? ケンのサポートだけというわけにはいかないよ。君にも指図しなければならなくなる」

「ああ。好きなように扱えばいい。どうせ……」

 急に実の表情が曇り、ベッドから降りると隆宏に背を向けた。

 それきり黙ってしまった実に、何かを察したように隆宏も腰をあげる。

 無理に聞き出すこともない。

「お腹がすいたね。ミノル、ただ、下に降りる前に、もう少し付き合ってよ」

 話を変えて、隆宏は実の肩を軽く叩くと、今度はコンピューターを移動させた隣の部屋に入っていった。



 もう少し、は、ほんの十分程度のことだった。

 仕事に関することだったので、それが済むとすぐに下に降りた。

 二人がキッチンに入っていくと、健はもう起きていて、三時に近い昼食を前に話をしていた。

 七人分のテーブルの上はフレンチトーストとマカロニサラダ、それに、パンだけでは足りないと気を回したトマトベースのパスタやアイスクリーム、ジュースがいっぱいに広がっている。

「待ちくたびれたぞぉ」

という高志の隣に隆宏が座ると、必然的に、空いていた健の隣が実の席になる。

 楕円形のテーブルだったから、対面に三人ずついて、丸くなったところには何故か、護がいた。

 普通、そういう場所には健がいてもおかしくはないのだが、その謎はすぐに解けた。

 護は左利きだった。

 隣同士の窮屈さを避けたらしい。

 リクエストに近かったとはいえ、健は初めて本物のフレンチトーストを目の前に、珍しげに顔を近づけている。

 取り上げたフォークで軽く突っついているところは、まるで子供のようだ。

 二人が席についたところで、彼は夕子に小首をかしげた。

「もう、食べてもいいか?」

 思わず夕子が吹き出す。

「い、いいですよ。お口に合えばいいんですけれど」

「じゃ、遠慮なく」

 一口サイズに切ってあった一切れを口に入れる。

 途端に、

「……! あっ、甘っ……」

 慌ててグラスを取り上げると、流し込むように飲み込んだ。

 ジュースを空にして、顔をしかめてフォークを置く。

「甘すぎましたか?」

 心配そうに、夕子が実たちにも確認する。

 絵里は、目の前にいた彼女に不思議そうに顔を向けた。

「おいしく出来ているじゃない。シナモンがちょうどいいわ。そんなに甘くないわよ」

「うん。おいしいよ、ユウコ」

 高志も同意する。

「どこが甘いんだよ?」

 同時に、健に言った。

「あ……いや……。ごめん。その……つまり、これがデザートだとは思わなかったから……」

 実が、顔をしかめて健を覗き込む。

「デザートじゃないぞ。ケーキとは違うんだ。知らなかったのか?」

「違うのか? こんなに甘いのに?」

「だから、そんなに甘くないって。……苦手なのか?」

「……ちょっと……」

 嫌なものを追いやるように、健は皿を遠ざけた。

「ごめん、ユウコ。レイラーが作ったものは味がなかったんだよ。まさか、こんなに甘いものだとは思わなくて……、残してもいい?」

「あ、はい、気にしないでください」

「これも言っておけばよかったんだね。昔から甘いものも苦手だったんだ。食べられないわけじゃないから黙っていたんだけれど、すすんで食べる気にならないんだよ」

 どうやら、パスタを作っていたのは正解だったようだ。

 夕子は、それならばとパスタの大皿を滑らせた。

「こちらを食べてください」

と、小皿も渡す。

 それを横から実が取り上げ、パスタを取り分けて健の目の前に差し出した。

「ありがと……」

 意外な親切にポツリと礼を言ったものの、実の方は単なる親切心ではなかったらしく、あからさまにバカにした視線を向け、更にフォークまでも取り上げてしまった。

 実は、それでパスタを巻き取ると、健の口元に持っていった。

「い、いいよ、自分で食べるから」

「人が作ったものに文句をいう奴のことが信じられるか。甘いものも、ということは、他にも嫌いなものがあるようだな。わがままなんだよ。無理をしても食わせるからな」

 まくし立てながら、彼の口にパスタを突っ込む。

 隆宏はその光景を、自分と重ね合わせて苦笑した。

 一見、親切の押し売りのようだが、これもまた世話を焼く行為として示唆したのではないかと思ったのだ。

 根本的に、実は優しい。

 そんな気がする。

 一方、健の方は注目の中、強く断ることもできずに結局、いうがままになっていた。

“今になってこんなことになるとはなぁ”

 何年か前の自分の姿を思い出す。

 レイラーとの二人暮らし、来客は皆無で、何をするにも知識を教えてくれる人がいなかった頃は、こうして食べさせてもらうことを当然だと思っていた。

 そのため、高志や絵里、それどころか夕子までが一度は唖然とし、それから遠慮がちに笑いを堪えているのを見ても、不思議と恥ずかしさは感じていなかった。

 そんな雰囲気の中で絵里たちは楽しそうに会話をしていたが、頃合いを見て隆宏はおずおずと健に声をかけた。

「ねえ、ケン、今日これからのことなんだけれど、オレの考えを聞いてくれる?」

「何?」

「現場の下見をしたいんだ。あと、この辺りを見て回るのはどうかな?」

 この提案は、あくまでも隆宏の独断だ。

 健は、今初めてここに来た目的を思い出したらしく、申し訳無さそうに頷いた。

「そうだね。なんか、おまえたちを待っているつもりで寝てしまったから……。本当はオレの方から言わなければならないのに、ごめん」

「きっと……疲れていたんだよ」

 実が『寝かせた』とは思っていないようだ。

 先程二階でコンピューターに向かいながら、隆宏はそのことを実から聞いていた。

 司令室からここに来ただけなのに、実に言われただけで眠ってしまうとは思えなかったからだ。

 それに対して、実の答えはあっさりとしていた。

『暗示もかけられるからな』

 医師免許を持っていることを隆宏に教えていた今、実はもう隠しておこうとは思わなかったようだ。

「せっかくコンピューターがあるんだ。自分たちの目で確かめた地図を作りたくてさ」

「だとしたら一人ずつより……」

「二人一組というのはどう? タカシとエリで一組、マモルとオレが一緒、君はミノルと動いてほしいんだ」

「……」

 一通りメンバーを見渡した健は、返事もせずに運ばれたサラダを口に入れた。

 その一瞬の沈黙が気になる。

「ごめん……勝手に決めて……」

 本人抜きのやり方なのだ。

 いくら頭で納得をしても、隆宏にとっては、沈黙という雰囲気は気まずい。

 言い換えればこれもまた秘密の類いであり、そ知らぬ顔でいられるほど性格が曲がっているわけではない。

 だが、健のほうが慌てて首を振った。

「違うんだ。よくペアリングができたと感心しているんだよ。ただ……」

「ダメなところがある?」

「ユウコは?」

 黙って聞いていた実の視線が、隆宏に向いた。

 言いたいことはわかる。

 ……が、いくらなんでも『戦力外』とは言えない。

「彼女にはオレたちの身の回りの世話をしてもらいたいんだ」

と、言い換えた。

「だとしたら、尚更だよ。七人分の材料を一人で持たせるつもり? 第一、……一人で外出させたくないし……」

 いきなり、外界に突き放すつもりはなかった。

 彼女の今までの生活を考えると、どうしても『慣れ』の期間は必要だろう。

 健は、ペアリングのうちの、高志に声をかけた。

「力仕事は平気かな?」

「荷物持ち? 任せてくれよ」

 隣にいる絵里も、必然的に手伝うことになる。

 高志は、彼女にも確認をとって、快く引き受けた。

「それでいいかな? タカヒロ」

「もちろん」

「それじゃ、ユウコ、これからも頼むね」

 夕子にとって、勇気を持って言い出したことが受け入れられて嬉しかった。

 自分は、訓練を応用するような動きはできない。

 メンバーである健たちに追い付けない。

 彼らとともに何をしていくのかを、レイラーであった司令から聞いていた彼女は、いつしかこうして、身の回りのことだけをやっていきたいと願っていた。

 できることなら、自分から仕事を避けたかったのだ。

 だが、それを口にする勇気こそ、彼女になかった。

 もしメンバーと同じことを命じられたら、絶対に迷惑をかける……そう思っていた。

 だから、健や絵里に促されながらもやりたいことを口にできたのは、彼女にとって、最初であり、最大の意思だったのだ。



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