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TOGETHER  作者: SINO
~第一部 初めの時~ 一章 それぞれの器 それぞれの役割
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ヨコハマ 4

 横浜地区の、目的地がある駅に降り立った二人は、あとから来るメンバーを待った。

 ホームは日陰とはいえその明るさはもう、夏だ。

 ここから見える、林立するビル群からの反射光に目を細めながら、健はホームを歩く人を眺めた。

 誰もが暑さで、動きがスローペースになっている。

 友人同士でいるもの、親子連れ、カップル、何人かの集まり……必ずといっていいほど、洩れ聞こえてくるのは、

「暑いね」

という、合言葉のような繰り返しのセリフだ。

 北海道にいた健も、この暑さにはまだ慣れない。

 東京に来て三日目だが、冷房の効いた部屋に籠っていては、気温に対応できる体になっているはずもない。

 焼けるような空気を軽く吸い込んで咳き込みかけながら、今度は別の理由で辺りを見回した。

「どうした?」

「え……ちょっとね……あ、あった」

 目的の場所を見つけ、実をそのままに足を向ける。

 喫煙コーナーになっているボックスがあり、そこに入ると健は、自分が持っていたポーチからタバコを取り出すと火をつけた。

 その背後から手が伸びる。

「……?」

 くわえたタバコを取り上げられて振り返ると、いつの間に入ってきたのか、実がそれをくわえていた。

 その上彼は、健のポーチからもう一本取り出すと、その口に押し込みライターを近づけたのだ。

 仕方なく、火をつける。

「君が吸うとは思わなかったな」

 法律的にはまだ未成年だということは頭になく、健本人も、勧められるままに老人に付き合っていたため、実のものを取り上げようとは考えていなかったようだ。

 逆に、実のほうが気むずかしい顔で言った。

「おまえは吸いすぎなんだよ」

 司令室では立て続けだった。

 それこそ、口にタバコがない時間を計ったほうが早かったのではないだろうか。

 健は、指に挟んだそれを見下ろして苦笑した。

「知り合いの癖が移ったかな。別に、レイラーも何も言わなかったし」

 だからといって、やめるわけでもなさそうだ。

「君自身は……」

「なあ、ケン」

 初めて名前を呼ばれて、健は何気に顔を上げた。

 司令室にいたときからそうだったが、実はやはり穴が開くほどこちらを見ている。

「なに?」

「おまえは本当に、リーダーをするつもりがあるのか?」

 突然、何をいいだすのだ。

「……まあ、……君には不満かもしれないな……。けれど、やらなければね」

「なら、それはやめてくれ」

「それって……タバコ?」

 今度はあからさまに実は息を吐き出した。

 髪をかき揚げながら睨み付けるその目は、確実に健をバカにしていた。

「おまえ……オレたちがなんだが、本当にわかっているのか?」

「……何が言いたいのか……ゴメン」

「イラつく奴だな。ノーセレクトならば、言葉を履き違えるなと言っているんだ」

「ああ……そうか。ゴメン」

「謝るな! おまえがリーダーだろう! 年上なんだ! 立場が逆だとはおもわないのか? 情けないんだよ、さっきから。どうして人の顔色を伺うんだ」

 荒げた声が注目をひいた。

 ボックスの中にいた何人かの視線の中、健はそれに対しても、

「ごめん」

と、謝るだけだ。

 実が何に腹を立て、食って掛かるのかが理解できない。

 やがて、健は困惑しながらも、微笑みながら彼に向き直った。

「オレは……どうすればいいんだろうね?」

 その問いかけは、どうやら実の心の何かに触れたらしい。

 顔色を変えると、持っていたタバコを灰皿に投げ捨てて、健の両肩をいきなり掴んだ。

「ミノル?」

「どうして……ここまでやらなければならないんだ……」

「な、何のこと?」

 肩口に力がこもる。

 実は、じっと何かを探るように俯いて目を閉じたものの、少しすると乱暴に、健を押し退けた。

「人が多すぎるんだ……。こんなところで出来るわけがない。落ち着け……」

と、自分に言い聞かせる。

 どうしたというのか、健にはさっぱり理解ができなかった。

 何をいっているのか、どうしたいのか、尋ねようと覗き込んだとき、実が顔を上げた。

「ケン、あとで……話がある。そのときに……」

「……今じゃなく?」

「ク……ソ……。油断をするな……」

「ミノル?」

「とにかく、あとだ」

 何かを我慢して押し殺した声に、健はただ、頷くしかない。

「ケン」

 次の電車が到着するのを待つためにボックスから出たとき、実は、かろうじて聞こえる声で呼び掛けた。

「本当にうまくやっていきたいのなら、しばらくはオレの言う通りにしてみろ、いいか?」

「それって、協力してくれる、と?」

「だから、意味を履き違えるなと言っただろう。来たくて来たわけじゃない。せめて、自分の環境を居心地よくするためのアドバイスだ」

 そういっている間に、電車が滑り込んできた。

 急な風圧に健の髪がなびいたが、整える間もなく、ホームで待っている人の列が動き始める。

 いつの間にか、人数は増えていた。

 健は、実の腕をとると人波を掻き分けて奥へ引っ込んだ。

 止まった電車のドアが開くと、ホームの動きはますます激しくなった。

 中から出てくる人のあとで、ホームで待っていた人が入っていく。

 出てきた人波がまっすぐエスカレーターに向かう中、健たちはメンバーの姿を探したが、どうやらこれには乗っていなかったらしく、電車が通りすぎたあとの閑散としたホームを見回して、次を待つつもりで近くのベンチに腰を掛けた。

「ねえ、ミノル、とりあえず、オレはどうしたらいい?」

 実は、健を横目に見て、すぐにそっぽを向いた。

「話はあとだと言っただろう。ただ、一つだけ言っておくぞ。おまえは年上なんだ。いくら上品に接したところで、オレたちがする仕事が他人に受け入れられるとは思えない。『君』などという改まったセリフはやめておけ。奴らを仲間だと思いたいのならな」

「……でも……」

「反論するつもりなら、アドバイスはしないぞ」

「……わかったよ」

 諦めの混じった返事だったが、健は、あるいはその方がいいのかもしれないと漠然と思った。

 大体、最初から自信がなかったのだ。

 人との接触が制限されていた上に、少数の知り合いのほとんどが年上だった。

 人生という言い方は大袈裟だが、生き方自体すでに相当の経験を積んできた人たちの中で、彼はほとんど常識だけを教えられてきた。

 人を頼るなとか、疑問は自分で調べるとか、責任というものがどういうことなのかという、健にとっては自分の立場からの見方しか教えられなかったのだ。

 仲間という接し方よりも、年上という立場を重視した教育をされてきた健には、実の、そして、メンバーの望みを優先する意識を植え付けられていたといえる。

「他には?」

「だから!」

 うんざりだと言いたげに実が言い捨てた。 

 そして、それを抑えながら、顔を背ける。

「……もう……喋るな」

「了解」

 これにも素直に従った。

 しばらくの沈黙にホームのアナウンスが入り込んだのは、それから五分ほど経ってからだ。

 健は掲示板を見上げて、今度は座ったまま、また混みだした辺りをぼんやりと眺めていた。

 先程のように乗客の入れ換えがあり、そして、電車が行き過ぎたあとでホームの中央ほどのところに、立ち止まっている団体を見つけた。

「タカヒロ!」

 辺りを見回していた五人が気づき、走り寄ってきた。

「よかった。待っていてくれたんだ」

 気のせいか、隆宏が疲れているように見える。

 体が弱いと聞いていたから、もしかしたら具合が悪くなったかと、健は彼のほうに屈んで聞いた。

「大丈夫か?」

「……うん。ごめん。少し疲れてさ。……彼ら……うるさいよ」

と、軽く振り返った先にいたのは、やはり高志と絵里だった。

「ユウコは電車に乗ったことがなかったのかな? タカシと一緒になって騒ぐとは思わなかったよ。エリも声が大きくて。ずっと注目されていたのにも気づいていないんだ。マモルは一言も喋らないし……恨むよ」

「すまなかったね。面倒をかけて」

「本当だよ。向こうについたら少し休ませてくれる?」

 どうやら、実に対する反感は本部にいた時以上になっているらしく、高志も絵里も、隆宏の話を想像させる騒がしさがないどころか、あからさまに実を無視している。

 夕子などは、絵里に腕を絡めて隠れるように立っていた。

 司令室で、実がいない間に絵里たちが慰めていたが、やはり恐怖心を植え付けてしまったようだ。

 彼らが気になったものの、健は上体を起こすと誰にともなく尋ねた。

「ここから先、誰かわかる?」

「あ、あたし」

 絵里が手を上げた。

 腕を組んだまま離れない夕子とともに、

「こっちよ」

と、一番端のエスカレーターに足を向けた。



 護の後ろをついていく健が隣にいた隆宏から聞いた話では、健たちがラウンジに行っている間、受付から地図を借りて一通りの場所を覚えていたのだという。

 実は、例によって話に加わることはなかったが、駅名などは聞こえていたはずだということだから、健は、彼が迷わなかった理由がようやく理解できたわけだ。

 と同時に彼の、車内での言葉が嫌みだったということもわかったわけだが。

 絵里は、過去に何度も遊びに来ていたらしい。

 彼女がいた千葉から川崎地区までを車で移動し、それから横浜地区まで足を伸ばしていたのだという。

 そのため、地図を見ただけで大体の場所の見当がついたそうだ。

 この辺りは、坂の途中の住宅街だった。

 自分たちが通ってきた道を振り返ると、眼下に、微かに港が見下ろせる。

 道路に沿って並んだ家のひとつが彼らの利用する場所だとわかったとき、すでに高志たちは中に入っていた。

 広い庭に面して建っている家は、モスグリーンに落ち着いていて、横に幅をとっていた。

 屋根は、七対三の割合で右側が短く、入り口も右寄りにある。

 玄関から白いフェンスに囲まれた門扉までは、やはり白い道筋がついていたが、その他は色も鮮やかな芝生で、木や他の草花は一切なかった。

 左手のほうには、木製のテーブルと肘掛けの椅子が置いてある。

 夕子と絵里は、建物ではなく、そちらに足を向けた。

「静かね」

 絵里の記憶と、見てきた地図によれば、確か坂を上りきって左にいくと、突き当たりが公園になっていたはずだ。

 観光地のわりに住宅街だからか、ここは人通りがほとんどない。

「あんたも座ったら?」

 庭を見渡していた夕子は、彼女の言葉に我にかえった。

「は、はい……あの……でも……」

「なあに?」

「……あの……」

 口ごもって俯いた彼女に、絵里は軽くテーブルを叩く。

「顔を上げなさい! ユウコ!」

「は、はい」

 慌てて顔をあげた彼女の正面で絵里が、言葉とは逆に、肘をついて笑いかけていた。

「言いたいことがあるのならハッキリしなさい。ケンに教わったんでしょう? さっきまでの勢いはどうしたのよ。言ってごらんなさい」

「……はい。……あの、わ、私、お腹がすいていて……。できれば何か作りたいんです」

 一瞬、絵里は目を見開いて、そのあとで笑いだした。

「な、何を言うかと思えば……。そうね。あたしも同じよ」

 確かに、昼時なのだ。

 誰も何も言わなかったが、彼女はこちらに来たついでに外食するつもりで、何軒かのレストランを思い出していた。

 夕子が作ってくれるのなら、そっちのほうが好都合なのだ。

「いいわ。行きましょう」

 彼女は立ち上がると、気さくに夕子の腕を絡めた。

「ただね、そういうことで一々躊躇わないの。自分が思うことは遠慮しなくていいのよ。相手の機嫌は、言ったあとでわかる。ケンからそう教えてもらったんでしょう?」

「……はい。ごめんなさい」

「ほら、そうやって素直に謝ることができるじゃない。あたしね、奥ゆかしさとか上品とかいうことが必ずしも美徳だとは思っていないの。要は、個人の受け取り方ね。相手が不快に思うかどうかと考えるのは身勝手なことよ。そうしない努力をしなさい。いいわね」

「はい」

 素直な返事ににっこり微笑んで、絵里はテラスの窓を開けて中に入った。

 リビングルームだ。

 レースのカーテンが、彼女の開けた窓から入る風に揺れた。

「ケン!」

 ここには誰もいなかった。

 絵里は、廊下へ続くドアを開けて叫んだ。

 返事が二階から聞こえる。

 リビングの隣がキッチンになっていて、廊下はその向こうの玄関へ続いているが、階段もそちらにあるらしい。

 足音が一つ、降りてきた。

「なに?」

「お昼はどうするつもり?」

 時計を持っていなかった健は、二階に置いてきたポーチを取りにいこうとはせずにリビングに入って、目についた時計を見上げた。

「そういえばそうだね。どうしようか」

「提案があるのよ。聞いてくれる?」

 言いながら、彼女は夕子を前に押し出した。

「さあ、ユウコ」

「は、はい」

 彼女にとって、これは自分の意見だ。

 一度は俯きながらも、心で気合いを入れて、顔をあげた。

「ケン、私……あの……今までおうちでは家事をやって来ました。それで……これからも、させてもらえませんか? お料理とかお掃除とか……好きなんです」

「……ああ、そうか。女性がふたりもいるんだから……」

「ストップ。あたしは含めないでちょうだい」

 いたずらっぽく笑った絵里は、今までまともにキッチンに入ったことがないと言った。

 彼女の場合、レイラーが料理好きの男性が幸いしたのだ。

 逆にいえば、女性としては不幸なことだったのかもしれないが、今時、女性だから家事ができなければならないとは考えていないという。

 つまり、彼女にとっても夕子の存在はありがたかったのだ。

「あの……いいでしょうか?」

 絵里の言葉にクスッと笑った健に、もう一度確認する。

 もちろん、反対があるはずがなかった。

「よく言えたね。むしろ、オレのほうから頼むよ」

「はい、ありがとうございます」

「でも、その前にちょっと、来てくれないか?」

 他の全員が二階にいるのだ。

 健は、二人を伴ってそちらに向かった。

 玄関は、ちょうど屋根の一番あがったところに位置しているらしく、その形通りに吹き抜けていた。

 三階くらいの高さはあるかもしれない。

 天井から長く伸びた三本のライトは、それぞれ長さが違い、一本ずつ自体が直線の蛍光灯を縦に下げたような感じだ。

 今は昼の光があるので消えているが、夜になれば、柔らかい光で玄関を照らすようになっている。

 きれいに磨かれた木の床も階段も、ワックスが効いていると思われるが、気になったのは二階に上がるまでにいくつか見つけた、壁や階段の小さな傷だ。

 壁のクロスも心持ち色褪せているような感じである。

 庭で絵里たちが座ったテーブルセットも、リビングの家具やカーテンもまっさらで新品だと一目でわかったが、家自体は決して新築ではない。

 玄関ホールを広くとったためか、二階の踊り場は狭く、人が並ぶほどの幅もなかったから、三人は右側にある唯一の部屋に入っていった。

「決まった?」

 入るなり、健が誰にともなく尋ねる。

 入り口近くにいた隆宏が首を振った。

「ここだけはね。エリとユウコの部屋に決まっていたみたいだ」

 迷うまでもなかった。

 薄いピンクの壁紙といい、二つのベッドに挟まれたドレッサーといい、二人のため以外に考えられない。

 一目見て、健も納得できたが、引っ掛かるのは今の言葉だ。

「どういうこと?」

と、改めて聞かれた途端、四人の表情が様々に変わった。

 護は、なぜか窓の方を向いてしまうし、高志は隆宏と共に、気まずく目を逸らす。

 実はというと、健たちに背を向けてこっそり笑っている。

 隣にいた高志に小突かれて、隆宏はドアに近い壁を軽く叩いた。

「あー、その……二人とも、ごめん」

 かなり言いにくそうだ。

 顔を逸らしたまま、女性二人に手招きをして、叩いた部分を指した。

 クローゼットだった。

「何? この中?」

「……うん」

「あたしたちの服でしょう? 見たの?」

「…………だから、ごめん」

「別にいいわよ。毎日着替えるものだもの。見られて困る服なんて、持っていないわ。もっとも、男の人が女性のクローゼットを開けるのは非常識だけれど」

 そういいながら、彼女が扉を開けた。

 咄嗟に、隆宏も高志も目を逸らしたまま離れる。

 絵里は、夕子にも確かめるように隣に連れてくると、二人の服を確認した。

「なるほどね。これがあったから、あたしたちの部屋だとわかったのね。きれいにかかっているじゃない。いじっていないんでしょう? 確認のためならまあ、ギリギリ許すわ」

「ち、違うんだ……。その、つまり……下のほうに、さ」

「下?」

 彼女たち二人は、ワンピースを持ってきているわけではなかった。

 そして、移動することが多いとわかっていたため、本部からは、なるべく少ない荷物をと言われていたのだ。

 だから、服の種類はせいぜい五、六着だった。

 その時々で買い足してもいいという理由もある。

 Tシャツにしてもブラウスにしても折り畳んであるわけではなく、スカートもすべてがハンガーに掛かっていたから、下のほうは空いていた。

 ……が、見るとそこにはプラスチックの、細かい仕切りのついた箱がいくつか置いてあり、中身が何だったのかわかった途端、絵里は思いきり扉を閉めた。

「見たの? これ!」

「だっ、だからゴメン、って……」

「最低っ! ごめんじゃないわよ! みんなで覗き込んでいたわけ?」

 夕子が一番、恥ずかしかったのではないだろうか。

 おろおろとして、彼女にしがみついている。

 かといって、自分の身につけるものを誰かに見られたという事実で、ここからすぐにでも逃げ出したかったに違いない。

 対照的な二人を見て、とうとう堪えきれなくなったのか、ベッドに腰を下ろしていた実が笑いだした。

「覗き込んだわけじゃない。こいつらは、見えてしまっただけだ。開けたのは……オレだ」

「あ、あんたねぇ……」

「一体、何が入っていたんだ?」

 それまでずっと聞いていた健がそう言った途端、絵里に睨まれた。

「あんたは知らなくていいの! こんなことで好奇心なんて出さないで!」

「そ、そう……」

 すごい剣幕だ。それが、すぐにまた実に向いた。

「あんたも余計なことをしないで! こんな嫌がらせをしても無駄なのよ! 逆効果だということを覚えておいて!」

 実だけではなかった。その瞬間、全員が、絵里の言葉に驚いたのである。

 注目をされて、一瞬戸惑ったものの、彼女はその場の雰囲気に呆れた。

「まったく……男って本当に単純ね」

 実が立ち上がった。

「悪かったな。二人とも。オレは退散させてもらうぞ」

 妙な具合に矛先が向きそうで、実はそのまま健の横をすり抜けて部屋を出ていってしまった。

 健の耳に、階段を降りていく足音が聞こえる。

 あとを追いたかったが、彼女の言葉のほうがやはり気になる。

「エリ、どういうこと?」

 彼女は、今まで実が座っていた場所に移った。

「わからない? 彼、わざと嫌われるようにしているじゃない。まるで子供のやり方だわ。自分から遠ざかるんじゃなく、あたしたちにそうさせようとしているのよ。身勝手だわ」

「どうしてそんなことをするんだ?」

 高志の問いかけに、絵里がそっぽを向く。

「そんなこと、あたしにわかるわけないでしょう? ただ、彼がそういう態度だと言っているの。考えてみてよ。あたしたち……タカヒロは別にしても、彼と会ったのは今朝が初めてよ。彼になにもしていないわ。タカヒロにしても、あんただけが悪い訳じゃないものね」

「何かあったのか?」

 健が、彼女を遮って、隆宏に尋ねた。

「まあね。ちょっと。……それで?」

「つまり、あたしたちは彼のことをどうも思っていなかった。少なくとも、司令室でキャップを狙うまでは近づくこともできなかったから、あえて避けていただけよ。彼だって、あたしたちが嫌なら無視をしていればいいじゃない。人間関係なんてそういうものよ。好きにしろ、嫌いにしろ、彼はあたしたちに関心を持っている。嫌われるような言動は、それだけ意識しているということよ」

「けれど、どうして嫌がらせをするんだろう」

 隆宏の呟きも当然なのだ。

 一応、自分が、実からどういう目に合わされたかの表面だけを彼女たちに話していた。

 それは、かなり不自然な嘘をつかなければならず、彼にはかえって精神的な苦痛だったのだが、それでも、なるべくならば彼女たちには実に対する悪影響にならないよう配慮していた。

 なのに、司令室でのことも含めて、本当に自分から嫌われるようなことをわざとやっているのだ。

 絵里は、彼を冷たく睨んだ。

「だから、あたしに聞かないでよ。本人にしかわからないじゃない。でもね、見方を変えることはできるの。あたしは、レイラーから言われたわ……」

 彼女のレイラーは、自分の叶わなかった夢をよく話してくれたという。

 料理好きだったレイラーは、本当は調理師になりたかったらしい。

 それが、父親が公務員だったこともあって、お堅い職業しか許されなかったそうだ。

 古い考えだ、と絵里も思ったが、父親の存在はそれだけ大きかったという。

 彼女のレイラーとして志願したのは、婚約が破棄された頃だったというから、半ば自棄になったのが本音だと、彼女に言っていたが、もちろん父親の猛反対があったことも事実だったらしい。

 彼は言っていたそうだ。

『たとえ勘当されたとはいっても、血の繋がりは消せないんだよ。僕はおまえを育てるために、今までも、これからも独身を貫くだろう。つまり、僕の家系は途切れるわけだ。でもね、僕は、君を育ててる。新しい家系だと思えば、なにも悲観することじゃないんだ。他人が家族になるのは、結婚だけが道じゃない』

 そして、そのあとの言葉は、絵里をたいそう喜ばせた。

 ノーセレクトというのは、ある意味、血脈以上の絆があるのだという言葉だ。

「ノーセレクトいう言葉で縛り付けられていたと思っていたの、あたしはね。ノーマルとは違うんだ、って。でも、だからこそ、あたしはあんたたちに会うのが本当に楽しみだったし、この先の人生を、同じ仲間と暮らすんだと思ったら、今日が待ち遠しかったわ。……みんなも同じじゃない?」

 確認するまでもない。返事は、同じなのだ。

「そういう見方をすれば、彼は、帰りたくてもどこにも帰る場所なんて、ないのよ。彼がどういうつもりで嫌がらせをしているのかは、あたしには関係がない。むしろ、何をしても嫌わないでいくしかないのよ。彼も、ノーセレクトだから」

「仲間……だから、か……」

 納得しきれないらしい呟きは、高志だ。

 絵里は、彼のほうに顔を向けた。

「あたしね、司令室でのことも、今のことも確かに怒ったわ。でも、それは彼を嫌う要因にはならないのよ。少なくとも、あたしは今後も同じようなことで怒るでしょうね。けれど、決して彼を嫌うことはできない。うまく付き合っていくつもりよ。あんたたちはどうするの?」

 また、彼女はメンバーを一通り見回した。

 髪をかき上げ、健が息をつく。

「オレは、一応リーダーらしいからね。君の気持ちはわかった。オレも……簡単に見放すことはできないよ」

 妙に納得する一言に頷いて、彼女は隆宏を見上げた。

「あんたは被害者の一人よ、どう?」

 改めて聞かれると返答に困る。

 彼は、夕子を気まずそうに見て、首を振った。

「オレも……じつは同じなんだ。確かに、あのときのことは腹がたったよ。でも、こうも思うんだ。彼……本当は優しいんじゃないかって」

 そうでなければ、たとえ自分の薬が原因で相手にケガをさせたからといって、強引に治療などしなかったはずだ。

 放っておけばよかったのだから。

「なんだよ、タカヒロまで。あいつ、キャップを殺そうとしていたんだぞ。忘れたのかよ」

 高志の反論に、夕子が俯いてしまった。

 だが、絵里は逆に、彼を睨み付けたのだ。

「そんなこと、問題じゃないし、それをいうのなら、あたしたち全員が責められなくてはならないのよ」

「何でさ?」

「……判らないのなら説明をしても無駄よ。タカシ、それなら聞くけれど、彼を追い出したい? あたしは阻止するわよ」

「……」

 答えられずに、高志は目を逸らしたが、しばらくすると、一度大きく足を踏み鳴らした。

「わかったよ。要するにオレたちがあいつの嫌がらせに我慢しろっていうんだろう? たとえ、どういう目に遭っても、許してやれというわけだ。キャップに銃を向けたように、いつ殺されても、文句を言うなというのなら、そうするさ」

「タカシ、その心配は必要ないと思うよ」


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