ナンバリング・23
基本的に、ボックスの中に飲み物などを持ち込むこともできるのだが、喫茶コーナーのほうが、解放感がある。
コーナーの向こう側に、ガラスの扉を挟んで店員がいた。健たちの姿に、すかさず水を持ってきてくれたため、二人分の飲み物をオーダーする。
「なあ、……さっきのことで俺がわかったってことかい?」
オーダーしたものが来る間、本題に入らないとみて、志乃が尋ねた。
健が小さく否定する。
「それだけじゃ、ないよ。君が、マネージャーとして近づいた頃からのデータ、とでも言えばいいのかな。オレは、ミノルたちと違って、目の前の君を見て、判断することしかできない。例えば話し方、仕草、癖とか会話の内容……そういうものを目で見て、確かめる。先入観を持てない性質なんだ」
「ふうん……。よくわかんねぇけど……。じゃ、あんたは、最初に俺を見たとき、どう思ったわけ?」
という問いかけに、健の顔に、戸惑いが浮かんだ。
志乃が不審に思うほど、あからさまに顔を逸らしたのは、彼には言えない雰囲気を感じていたからだ。
ノーセレクト。
自分で確かめるまで、実にすら、言わなかった。
志乃は、彼の仕草をどうも、勘違いしたらしく、興味深げにテーブルを指で叩いた。
ゆっくりと、健が視線を戻す。
口にできないことならば、わからないように誤魔化すことも、彼には容易い。
ニコッと笑った。
「万里村志乃。バンドを組んだ、オレたちの後任マネージャー。スペイン生まれの日本人。二十三歳。趣味はスポーツ全般、日本に来て、半年ほどしか経っていない……」
「それって……最初の俺の紹介じゃねえか」
「そうだよ。だから、目の前の君、としか見えなかったということさ。その、君という器に、スナイパーという事実が加わった。それから、ケイゴさんの友人ということを教えてもらった。同時に、敵という名目がついたね。明るい性格で、誰とでも仲良くなれる柔軟なところを持っていたということも、男性にしか興味を持てないというところも、オレたちと暮らしはじめてから加わった事実だ。これから、もっと知識は増えるだろうね」
志乃は思った。
確かめる━━その一言が、健の強さではないだろうか、と。
普段は、実たちを相手に、呆れるほどに情けなく感じるのに、精神的な強さは、誰も敵わないのではないか?
実たちは、それを身近で接している。だから、健は紛れもなく、彼らのリーダーでいるのだ。
感心しながら唸った志乃が、何気にガラス扉の向こうに目を向けたとき、待っていたかのように、店員がグラスを二つ、運んできた。
その彼が、また奥に引っ込んだのを待って、志乃は、
「続きは?」
と、尋ねながら、健のアイスコーヒーにミルクを入れる。
ぼんやりと浮かんできた白い液体を見ながら、健も話始めた。
「オレは、君に概要の冒頭だけしか話していない。君は、それになぞった結論を出したけれど……」
「ダメだしくらったけどな」
「さっきも言ったけれど、君は、オレに対して、自分なりの先入観を持っていたから、勘違いしたんだ。多分、こう思っていたんじゃない? 優しく誘導してくれるから、オレが言ったことは、正しい道筋を示している。だから、意見を聞かれたときに、条件のすべてを提示しているはずだ。そこから答えを導き出せばいいだけのこと……」
「まったくもって、その通りデス」
見抜かれてるな、という思いで、志乃は恥ずかしげに髪をかき揚げた。
「何度も言うように、君は、オレの言葉に対しても、疑問を持つべきなんだ。穴があると言っただろう。それはね、君は、ほとんどオレに質問をしなかったからなんだよ」
頬杖をついて、志乃は深刻に考え始めた。
確かに、健は、事実をひとつしか提示していない。
息子は自殺だった、と。
それに対して、志乃の質問はほんの僅かだ。
先程、健が並べ立てたように、聞くべきことはいくらでもあった。
自殺、という事実だけでも、考えれば疑問はいく通りもあったはずだ。
……と、思い巡らせていた彼は、ふと、顔を上げた。
「そういえば……。会社の前でたむろしていた二人、放っておいてよかったのかい?」
そうだ。それも、流していい疑問ではなかったはずだ。
健の手が、カップを取り上げた。
満足したかのように、優しい微笑みがそこにあった。
「シノ、もう一度、言っておくよ。先入観をもつのと、白紙から事実を確認することとは、雲泥の差があることを覚えておいてほしい。オレたちは、依頼されたことを自分たちなりに調べてから動いているんだ。どこかで食い違って間違えた、では済まないんだよ」
「オッケー。手伝うからには、俺も間違えられないよな」
「そう。……じゃ、君の疑問に答えようか。……さっきの二人は、刑事だよ」
健に合わせてカップに口をつけた途端、志乃はプッと吹き出した。
軽くむせながら、それをテーブルに置く。
「そ、そうだったのか? 目付きは悪いし、サラリーマンっていうにはガラが悪そうだったから、てっきり……」
「暴力団が絡んでいる……とか?」
「ま、まあ……」
「それも先入観だね。相手の素性がわからない以上、見当をつけるべきじゃない」
「ごめん。……でもさ、昨日はいなかったじゃないか。だから、おっさんを狙ってる奴かと思ってた」
何も考えずについてきただけだと思っていたが、一応は、周囲に注意を払っていたわけだ。
「いなかったね。じゃ、刑事とわかった今、何か疑問はある?」
「あるよ。なんであんたらがいるのに刑事までおっさんを尾行してるんだ?」
「警察の方で動きがあったようだね。……で、ここで疑問が出てくる。どうして、父親の捜索ではなく、男性の護衛のほうをオレたちに依頼したのか」
「確かに。……あんたも言ったように、人手を割けないんなら、護衛のほうを警察がやってるよな」
「……警察は、捜索をやっていないよ」
「へっ?」
これもまた、あっさりと言ったものだから、志乃の返事は間の抜けたものになってしまった。
健は、カップを戻すと、両肘をついて、志乃のほうに身を乗り出した。




