ヨコハマ 3
「大丈夫かね?」
医務室には、司令と護の二人しかいない。
医師も看護師も、廊下に追いやられていた。
一人だけ着ている長い袖を捲った護が、慣れた手つきで薬を塗っている。
その腕には、他にも多数の古い傷痕があり、剣崎司令は思わず目を逸らした。
「まったく、無茶なことをする。威力も確かめずに……。一番強くしてあったら、君の腕はなかったかもしれないのだよ」
それを言うのなら、司令の命自体なかったはずだ。
護は、大きなテープをハサミで切った。
「構いません」
かろうじて聞こえた呟きに、司令の顔が、辛そうに歪む。
「相変わらず……彼のため、かね……」
誰にも変えられない、その一筋の思いのために、護は今日までかろうじて生きてきたのだ。
それがわかっているだけに、それ以上、なにも言えない。
傷にテープを貼って、袖を下ろしたものの、そこには焼け焦げた穴が開いている。
司令は、話を変えた。
「それにしても、彼はなぜいきなり撃ったのだろう?」
その問いかけは、まるで、護ならば答えられると確信しているようだった。
「サブリーダーが気に入らなかった……のでは?」
抑揚のない声に、司令が首をかしげる。
「嫌だったというのかね?」
「美鈴さんを残して……いられるかどうか。……ここに……残る気がない……」
司令の顔色が変わった。
護は━━彼女が亡くなったことを知らないのか。
「……そうか……」
保護者の高木浩二郎は教えていなかったか。
だとしたら、司令の口から言うわけにはいかない。
━━いつか、護の想いに実は気づいてくれるだろうか。
昔から、実だけを命綱としてきた護の想いに……。
「ここに来ることは美鈴さんの意向でもあるからね。それに、サブリーダーは、彼をここに留める口実でもあるしね」
彼女が亡くなったからこそ、それは事実になる。
彼女もまた、実のために、そしてメンバーのために彼を育てた。
亡くなった彼女の意思だからこそ、実はここに来て、そしてもう帰ることはないだろうと思いたい。
「さあ、戻ろうか。君がなんともないとわかればミノルも安心するだろう」
手際よく、使った薬や器具を元の場所に戻し、護は司令と共に医務室を出た。
途中、エレベーターホールで司令が足を止めたのは、着替えを促すためだったが、護は首を振ってそのまま行きすぎた。
司令室の前では、座っている人影があった。
実だ。
足を投げ出して、相変わらず腕を抑えている。
考え事をしているのか、二人が近づくまで動かなかった。
「ミノル?」
司令の声で、はじめて反応する。
まず目がいったのは、護の右腕である。それから、表情。
平然としている彼に、ようやく実は腕を離して腰をあげた。
「こんなところでどうしたのだね?」
「別に」
まさか、護を心配して待っていたか?
確かに、彼の性格を考えれば心配はしていただろうが……。
だが、中途半端にこのようなところで待っているとも思えない。
と、すると、中でなにか、あったのか。
「とにかく入りなさい。話はまだ、途中だからね」
健は今、迷っていた。
これから移動をしなければならないのに、最初からこう、気持ちがバラバラでは、まとめるというプレッシャーのほうが先にたってしまう。
これで仕事になるのだろうか。
一階にいくエレベーターの中では、気まずい雰囲気の中、高志までもが黙っていた。
あからさまな反発の態度が、実に向いていたのだ。
ホールについたとき、今度は護が勝手に裏のほうに行ってしまう。
仕方なく、健はその後を追った。
「マモル、勝手に……」
その声に、別館に入ろうとした彼が振り返る。
駆け寄る健に、右腕をかざした。
そこに見えた服の穴は、かなり目立っていた。
ああ、と、健が頷く。
「確かにそれでは見映えが悪いね。じゃ、ホールで待って……」
途中で言葉を止め、背後を振り返り、それから武器のケースを見下ろした。
「マモル、少し付き合ってくれ」
何を思ったか、いきなり護のケースを受けとると、健は一度、ホールに戻った。
少し時間がかかったものの、待っていた護を二階ではなく三階のラウンジに連れていく。
ここに着いてから健は、最初の昼食以外は部屋に籠っていた。
食事はずっと、芝に部屋まで運んでもらっていたため、ラウンジに入るのは初めてだ。
ガラス越しに見えていたカウンターに腰を下ろし、彼は、口を開く前に部屋を見渡した。
リビング近くに何か大きな台があると思っていたが、それはビリヤード台だった。
それを置いてすら、圧迫感がない。
自分はやったことがないが、メンバーの誰かができるのなら、一度くらい手にとってみてもいいかもしれないと考えながら、改めて向き直る。
「少し、聞きたいことがあるんだ」
ずっと、健から目を離さなかった護が、それとわからないほど微かに頷く。
「さっき、聞いたよね。夕べ何があったか……」
「知らない、と……言った、はずだ」
「それは、言いたくないということも含まれる?」
剣崎司令は、何かを隠したがっている。
それは、司令室で護がケガをしたときに、健を近づけさせなかったことで確信した。
そして、それが護の意思でもあるのか、確かめたかったのだ。
まるで人形に話しかけたかのように、無表情に見返すだけの彼に、健は続けた。
「無理に聞くつもりはないんだけれどね。ただ、夕べ、君の部屋をキャップがノックしていた。そこにいたんだよ。彼には構うなと言われたんだけれど……。隠したがっているようにも見えたし」
反応らしきものを護が見せたのは、これが初めてではないか。
一瞬、視線がそれて、考え込む仕草を見せたあと、今度はカウンターに肘をついて、改めて向き直った。
「あなたは何故、何かがあったと……思った?」
「え?」
意外な質問だった。
司令のあの慌て方では、何かがあったとしか思えないだろう。
「それは……」
答えようとした健を、彼は手で制した。
「部屋にいなかった……とは思わなかったか?」
現に、護は別の部屋にいたのだ。
「……そうか……」
確かに、あり得る。
彼がいなかったのなら、知らない、という答えにも納得できるが……。
しかし、それなら夜中という時間に、どこに行っていたというのか。
聞こうとした健を、護はまた、言葉で遮った。
「あなたが見たのはキャップの姿だけか?」
一体、何が聞きたいんだ?
健は、一応、状況を説明した。
話し終わったとき、護には落胆と、困惑が見えたように健には感じた。
「ねえ、マモル……」
「教えてほしいの……オレの方だ」
「? どういう……ことなんだ?」
カウンターの向こうに目を背け、護は髪をかき揚げるように頭を抱えた。
「……ケン……知らないことは……隠せない。オレは、キャップが来たことを知らない。部屋にいたのかすら……わからない」
ポツポツと告げた護に、嘘をいっている様子は見えない。
それどころか、意味不明なことを言わなかったか?
━━部屋にいたのかもわからない?
嫌な予感がする。
もしかしたら、それ自体、聞いてはいけないことだったか?
剣崎司令は、護に深入りするなと、再三いっていたではないか。
“記憶障害……か?”
いつか、テレビで見たことがある。
何らかの原因で記憶がなくなる症状だ。
全てが失われる場合も、また、一部の場合もあり、その原因は病気や事故によるもの……。
“何か……あったんだ”
司令から渡された資料にも、一切記載されていなかった何かが。
しかも、司令は、知っていながらあくまでも隠して、護を合流させた。
メンバーに隠し続けられると思ったのか?
欠陥のあるノーセレクトが、メンバーの中で通用すると本気で考えているのか。
リーダーとして責任を果たせる━━司令は健に、そう言った。
護という問題すら押し付けても大丈夫だと考えているとしたら、とんでもない誤解だ。
これは、夕子の人見知りに対処する程度の問題ではない。
自信がない……。
「すまない……」
無意識に漏れ出た健のため息を勘違いしたらしく、護が呟いた。
ハッとして、慌てて首を振る。
「あ、いや。謝るのはオレの方だ。余計なことを聞いて、ごめん」
もう、役目を放棄することは不可能だ。
第一、護の様子からも、彼自身、恐らく原因自体は理解しているはずだ。
事故にしろ、病気にしろ、体感したから記憶障害がでているということだ。
ここで健が見放すわけにはいかないし、彼のことを考えれば、リーダーとしての自信など些細な問題にしかならない。
夕べのことを、これ以上掘り下げないほうがよさそうだ。
「マモル、着替えに戻ろうか」
健は、努めて明るく、スツールから降りるとラウンジを出た。
初日に健が見た歩道は、エアーレールと言われているもので、試験的に東京の何ヵ所かに設置しているものらしい。
主に交通量の少ない住宅街にあり、一ヶ所だけビジネス街に敷いてあるが、便利な面よりも不便なところが多いという話だ。
実際、歩道が逆方向に一列ずつ、道路の両脇にあるからかなりの幅をとる。
レールに面した家に入るにもタイミングが必要だし、何より、曲がり角で一度途切れるから乗降の違和感もあるのだ。
だが、反面、子供や年寄りには、楽だという意見もある。
平日も十時を過ぎれば、住宅街であるこの辺りはそれほど人も通らない。
さんざん待たされたあげくに、この暑い中、また長袖を着てきた護を交えて、彼らはそのエアーレールを駅に向かって乗っていた。
この近所で育ったという夕子を先頭に、やはり高志たちは賑やかだ。
逆に、実はぼんやりと、空を見上げていた。
何を考えているのか。
あのとき、健の心配をよそに部屋を出ていったあと、実は司令や護とともに、再び戻ってきた。
そのあとはもう、一度も口を開かず、その代わり、視線はずっと健で止まっていた。
「ミノル?」
「……何だ?」
相変わらず、遠い空を見ている。
声をかけられたことに反応したものの、実は意識的に、健から顔を逸らしていた。
「いや……」
一方、健は、思わず声をかけてしまった自分に戸惑っていた。
まさか、返事があると思っていなかったためだ。
口ごもった彼に、実はようやく顔を向けた。
「なんだよ」
「……うん……その……」
「はっきりしろよ。イライラする」
そこまで言って、実は、健の後ろの視線に気づいた。
護の、昨日と同じ目だ。
何か言いたげに、ひっそりと存在する姿……。
多分、あのときに護は本部に着いたのだろう。
実は、夕方になって上のキッチンに飲み物を取りに行った。
そこには芝がいたが、彼女の挨拶に頷き返すだけで勝手に冷蔵庫をあさり、大きめのピッチャーに入ったグレープジュースしかなかったことに、仕方なく取り出して言った。
「今度からはオレンジジュースを用意してくれ」
他人に頼むな、と言われたことを忠実に守って、自分からすすんで芝に話しかけたようだ。
彼女は、料理の手を止めて、意外そうに振り返った。
「部屋にはないのかい?」
「なくなったから来たんだ」
「そうかい。本部も気がきかないねえ」
気が利かないもなにも、実が何も言わないのだから補充されるはずがない。
芝は気安く笑いかけた。
「いいよ、食事のときまでに用意しておこうね。それで? 今日も部屋で食べるのかい?」
頷くだけの返事に、彼女はまた調理を始めながら言った。
「できたら持っていくよ。それにしても……そう……あんたはオレンジジュースが好きなのね。覚えておくよ」
実が、他人から本気で説教をされたのが初めてならば、こうしてさりげなく好みを覚えておく、などと言われたことも初めてだった。
自覚はできなかったが多分、そのような些細なことが嬉しかったのだろう。
人を小バカにしたような笑顔にしかならなかったが、ピッチャーを掲げることで、持っていくぞという合図にし、部屋に戻っていった。
二階に降りて、エレベーターホールに一番近いドアのところに、一人の男が立っていた。
説明を受けていたため、そこが護の部屋であることは知っている。
部屋に入るところだったのか、実の姿を見留め、ドアのスイッチに手を当てたまま、行きすぎる彼の姿をじっと追っていた。
声を掛けられても煩わしいので、無視したまま自室に戻る寸前に実が見たのは、黒い長袖の左手が、まるで呼び止めるように伸ばそうと動いた彼の姿だった。
そして、もうひとつ━━
隆宏が、振り返って実を咎めるように見ていた。
その目の意味は、わかっている。
二日前、実は彼の問いに、自分からすすんで答えようとしなかった。
話を促すことすらしなかったのに、健には何故、話しかけるのかと言いたそうだ。
これも、煩わしい視線だった。
実は、いきなり健の腕をとった。
「先にいくぞ」
駅はもう近い。
腕を取られたまま、逆送するレールに跳び移った実に引きずられながら、健は隆宏たちに言った。
「ごめん! 先に……」
彼らの返事を聞く暇もなかった。
まだ、梅雨の途中の割りに日差しは強く、熱気が圧迫感となっているホームから、今にも閉まりかけた電車に飛び乗った健が息つく暇もなく、実は連結部分に足を向けた。
途端に、軽い振動がかかり、電車が動き出す。
軽くよろめいたものの、ようやく安心した健は、冷房が効いた車内を見渡した。
それほど混んでいるわけではない。
むしろ、空いた席もあり、立っているのは彼らだけだ。
実が、連結部分のドアに寄りかかり、言った。
「話をするのなら、今のうちだぞ」
そう促して、外を見るために顔を逸らしたが、健の無言に、息をついた。
「あのな。話しやすいようにしたんだ。はっきりしろよ」
「……そんなことを言われても……。……そ、そうだ。腕」
あれこれと迷ったあげく、目についた彼の右手のことを尋ねた健に、
「これか?」
彼は、前に腕を差し出して、手の平を回した。
「疑い深いな。何でもないと言っただろう」
「でも、あのときはずいぶん痛がっていたじゃないか」
「だろうな。不自然な形でタカヒロの体重がかかったんだ。痛くないほうがおかしいだろう?」
「そう……だったか?」
どうしても、そうは見えなかったのだが。
というのも、あの時の実は腕を伸ばしていた。
隆宏が抑え込んだのが体のほうだったから、仮に痛めたとしたら、テーブルに腕をぶつけていたはずだ。
しかし、思い出してみても、音は聞こえなかったし、痛みを訴えたのが肘に近い方で、テーブルに当たる位置ではなかったように見えたのだ。
しかし、あの時も確認したが、傷がないどころか今、何をしても表情を変えない彼を見て、やはり自分が角度的に見誤ったのだと認めるしかなさそうだった。
苦笑して、健は上げたままの彼の腕をそっと押さえて下ろした。
「君がいきなり大胆なことをするから驚いたよ。……どうしてキャップを撃ったんだ?」
責めている口調ではなかった。
純粋に疑問をぶつけている。
先程もそうだったが、戻ってきた実に対して、隆宏たちは不満いっぱいの眼差しで彼を非難していたのに、健だけは何も言わなかった。
それどころか、何もなかったかのように司令に話を促し、あとは護や、実の腕を心配するように何度も二人に目を配っていた。
だから……かもしれない。
実はフイ、と、自分の腕を見下ろして、呟いた。
「おまえたちと……離れたかった。ここに来たのはレイラーの望みだったからだ。それだけのことだ……。なのに……おまえの補助をしろとは……」
「やっぱり、サブリーダーでは不満だったんだ?」
落胆のため息とともに健は言った。
実にすれば、サポートするよりも、リーダーの役目がしたかったのではないかと思う。
それはそうだろう。
データをみるまでもなく教育も訓練も、健は実に敵わなかった。
上回っていたのは射撃だけだ。
しかし、実は笑って否定をした。
「そんなことはないさ。むしろ、おまえの補助はオレにしかできないだろうよ。キャップがなぜ、おまえをリーダーにしたのかは、ある程度の理解はできるが、今のおまえは役立たずだ。だから、オレを足止めする意味も含めて補助に回したんだと……さっきまでは思っていたんだが……」
「思っていたが……?」
役立たずだ、とハッキリとした嫌味まで言ったのに通じなかったらしく、健は真剣に続きを促した。
実が、首をすくめる。
「……少なくとも、オレがおまえを見ようとしなかったのは確かだ。いい加減な人選に手を貸すつもりもなかった。だから……キャップにケガでもさせればおまえたちがオレを追い出す口実になると……思ったのさ。だが……」
と、睨むように健を凝視する。
「『それ』がおまえなんだとしたら、キャップは一番正しい人選をしたことになる。だとしたら、オレを補助に回したのはもう一つ、理由を推理できるが……」
言葉を止め、実は首を振った。
「……そこまでは深読みかもな。けれど、これだけは言っておくぞ。オレは、留まるつもりはなかった。それを引き留めたのはおまえだということは覚えていてくれ。リーダーに相応しい人間になるアドバイスはするが、それだけだ」
これは、諦めたということか。
沈んだ顔でため息をついて、実は俯いてしまった。
レイラー・千春がいない今、実の居場所はメンバーの側しかない。
そうなると、必然的に彼らと付き合っていかなければならないのだ。
何年も前から他人を遠ざけてきた実にとって、それは望んでいたことと同時に、負担でもあった。
そして健は……。
会ったばかりにも関わらず、自分の不甲斐なさを痛感していた。
実の言う通り、役立たずどころか今でも自信がないのだ。
剣崎司令から資料を受け取り、無駄だと思いながらもとりあえず暗記するまで読み込んだのに、実際に会ってみると、何を話していいのか、どう接していいのか、戸惑いはじめている。
だから、勘違いや思い込みが生じる。
護も実も、嫌な思いをしたはずだ。
夕子の気持ちがわかる気がする。
もっとも、だからといって、彼女のように恐れがあるわけではないが。
それにしても、リーダーというのは何なのだろう。
今まで、一度も会ったことのなかったメンバーをただ、まとめればいいのだろうか。
育った環境も、性格も違う人間を、では、どうやって……?
「おまえ……本当にオレに話があったわけじゃないんだな」
急に黙り込んでしまった健に、実が声をかけたのは大分経ってからだった。
駅ごとに止まり、電車の中は人が入れ代わったが、その人数は減るよりも増えている。
声に、ふと健が顔をあげたとき、背後にも何人かが立っていたが、それすら気づかなかった。
実は、相変わらず連結部に寄りかかっている。
その目は、ずっと健に向けられていた。
本当は、一つ聞きたかったんだよ。……健は、心で言いながら、微笑んだ。
「なかったね。気の利いた話の一つでもあればよかったんだけれど」
“美鈴さんのことを、吹っ切ることはできる?”
同時に、心の中で問いかける。
最低の精神数値を持つ実。
今、その姿は、落ち着いた雰囲気で健の目の前にいる。
けれど、その胸の内は想像がつかない。
メンバーを遠ざけようとする言動に、どこまで本音が含まれているのか。
それとも、やはりメンバーから離れ、もう誰もいない、思い出だけが残る家に戻りたいと本気で考えているか。
何か言いたげな健の表情に、実は咄嗟に顔を背けた。
「話すことがないのなら、黙らせてもらうぞ」
「え? うん、いいよ」
実は、その場からドアのところについている地図に目を向けた。
どうやら、自分たちが今いる場所と、目的地を確認しているらしい。
健もまた、振り返った。
同じものを見たが、ただ実に連れ込まれたこの電車がどこに行くものなのか、それ以前に、これが目的の駅に行くのかどうかさえ知らない。
剣崎司令から場所を聞いていたものの、東京自体初めての彼にとっては、実がいなければ立ち往生していただろう。
「タカヒロたち……大丈夫かな……」
と、これは別に、問いかけたわけではなかった。
健自身、東京が初めてなのと同じように、隆宏たちも知らないはずだと思い当たったための呟きだ。
かろうじて、夕子が東京に住んでいたが、彼女からはあの近所以外に遠出をしたという話をきかなかったし、あったとしても司令かハウスキーパーに連れていってもらった程度だろう。
そうなると、目的の地名は知っていても、行き方までわかっているとは思えない。
やはり、迷っているのではないだろうか。
「子供じゃないんだ。平気だろう?」
黙ると言っていた実が鼻を鳴らして笑う。
「なら……いいけれど」
「心配か?」
これには苦笑するしかない。
「性分なんだね、きっと。オレは、君がいなければ困っていたから。……そういえば、君は迷いもしなかったね」
実は大阪に住んでいた。人と付き合わなかったというのなら、遠出をするはずもない。
彼は、くだらない疑問をもつものだと、呆れながら言った。
「おまえとマモルはいなかったからな」
「? ……だから?」
聞き返されて、実が眉をひそめる。
「だから……? おまえ、オレの言った意味がわからないのか?」
「?」
「オレがどうしてこれに乗ったかもわからないか?」
「目的地をしっているからだろう?」
なんと、的はずれな答えだ。
“こいつ……本当にノーセレクトなのか?”
実がそう思ったのも当然だ。
今までの訓練の他、教育もレイラーと共に行ってきたメンバーにとって、人の言葉や、状況に対する瞬時の判断は自然に身に付いている。
そのときの状態、相手との対話での推理も自然にできるはずで、それは、実自身の経験でも言えるのだが、相手が大人であったからこそ裏の意味も読み取れる。
悪い言葉で言えば、小狡さも備わっているはずだ。
健たちが別館にいる間に、何かをしていたという考えになぜ至らないのか、そう推理できないのかが理解できない。
素直なのか、それとも単に鈍いのか。
「……タカヒロたちならば、すぐに追い付く」
説明するのはたやすいが、実はあえて口をつぐんだ。
そして、それきり、本当に黙り込んでしまった。




