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TOGETHER  作者: SINO
~第二部 切り札~  一章 八人目は居候
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ナンバリング・20

 水と薬をトレイに乗せて、左手に持つ。

 危なっかしい足取りで二階に上がると、痛む右手でドアを開け、健に渡す。

 その後で二人が出掛けたのは、昨日の時間よりも早かった。

 そのため、相手の男性が出てくる時間まで、健は、家のある通りから、一本手前の道の角で、塀に寄りかかっていた。

「ちゃんと手当てをしてもらった?」

 ここに来るまで、健は口を利かなかった。

 そのため、いつもなら家の中で、うるさいくらい喋っている志乃も、重苦しい雰囲気を感じたまま、ポツリと答える。

「うん」

 顔を見られないのは、まだ、怖いからか。

 それとも、怒りを後悔しているように見える健に、すまないと思う気持ちからか。

 志乃は、男性の家を見張るように、陰から覗き込んだ。

 しばらくして、そのまま口を開く。

「わかって、ないんだよな」

「……何が?」

「なんで怒られたか……」

 思いきって、振り返る。

 正面から、理由を聞きたかった。

「これを、見てくれる?」

 健は、護に見せたように、セーターの袖をまくり上げて見せた。

「昨日の注射のあとだよ」

 恐らく、実の処置であったのなら、このような痕はつかなかっただろう。槍なれていない隆宏が施したものだったから、内出血ができていたのだ。

「貧血の症状、らしいんだ。ほんの少しのことで内出血がおきる。だから……あんなキスマークをつけられたから、君を怒ったわけじゃ……ないんだ」

「……」

「最初……」

 きっと、どういう言葉に代えても、言い訳にしかならない。

 それでも、誤解のままでは、志乃には申し訳ない。

 健もまた、正直に話すつもりで、彼を見上げた。

「君を連れていくことに一番反対していたのはミノルだったんだ。なのに、一緒になった途端、君の傍にいると言い出した。その理由に気がついたとき……彼に申し訳ないと、思った。……君も、何となく気づいていたんじゃない? 彼は、オレたちの盾になってくれていたんだよ。でも、それは本来、オレの役目だ。だから……彼の身代わりになることも、ある程度は覚悟していた。もちろん……」

 困惑ぎみに、微笑む。

「君の気持ちは理解できない。個人的に言えば、一生、そういう関係とは無縁でいたいよ。……でも、それが、彼らを守る手段だというのなら、構わなかったんだ。約束が……無効だと言ったのは嘘じゃない」

「じゃ……」

「でもね」

 きっぱりと、志乃の言葉を遮った。

 表情が引き締まる。

「君は夕べ、オレに言った。なにもしない、と……。……信じたんだよ。君から言い出したことだ。ミノルとの約束を守ろうとしていた君を、信じていたんだ」

「信じて……」

「オレたちだって、最初から上手くいっていたわけじゃ、ないんだよ。個性が違うオレたちが今のようになったのは、互いの信頼感があるからだ。どれほど小さな、些細な約束であろうと、一度決めたからには、何があっても裏切らない。それがわかっているから信じられるんじゃないか?」

 返事を求めたわけではなかった。一応の確認のつもりの問いかけに、志乃がやっと、理解ができたのか、俯く。

 その背後が見えたとき、健は、軽く、彼の腕を軽くはたいた。

「ごめん。続きはあとだ」

 唐突に話を終わらせたから、てっきり男性が家から出たと思い、振り返る。

 だが、彼は動かず、家のドアを見ている。

「ケン?」

「今日は、もう少し視野を広げてくれ」

「視野?」

 どういうことだ?

 健はまだ、動かない。

 だが、一、二分ほどで、男性が家から出てくると、昨日と同様に、距離を置いて、動き始めた。

 視野を広げろ、と言われても、なんのことか、さっぱりわからない。

 しかし、駅から電車に乗って、会社のある駅までの間に、志乃は律儀に、周囲を見回し続けていた。

 言葉の意味に気がついたのは、徒歩で、会社についた頃だった。

「二人……あそこの。あいつら、怪しくない?」

 彼が、目立たないように指し示したのは、ビルの入り口近くで、こそこそと話をしていた男二人だった。

 健が、苦笑混じりに、駅に引き返し始めた。

「あとは帰りを待つから、少し、休もうか」

 言いながら、やはり昨日同様、耳にイヤホンのようなものをはめた。

「いいのかい? 放っておいて」

 あの二人のことを、だ。

「惜しいな……」

「えっ?」

 駅に戻る途中で、昨日飛び込んだ喫茶店の看板が見えた。

 さっさと、そこに入っていく健に、やはり黙ってついていく。

「いらっしゃい……ませ……」

 語尾が小さくなったウエイトレスが、反射的にカウンターを振り返った。

 マスターも気がついたらしく、ポットを片手に頭を下げる。

 今日は、まっすぐそちらに向かい、健は頭を下げた。

「昨日はご迷惑をお掛け致しました。コーヒーを二つ、お願いできますか」

「もう、具合のほうは?」

「おかげさまで。ありがとうございます」

 カウンター席に座り、志乃が隣に来ると、健はもう、マスターには関心を示さず、肘をついた。

「マスター、モーニングセット、表のサンプルのさ。こいつに出してくれよ」

 少し休む、ということは、昨日の続きをするつもりだ。

 と、なると、夕方までは籠りきりになる。

 今朝は、志乃のせいで朝食を抜いたのだ。せめて、これくらいの気を使わなければ、ただ、ついてきただけの役立たずになると思った。

 返事と共に、モーニングの用意を始めたマスターから、志乃は健に向き直った。

「さってと。……ケン、今のうちに教えてくれ。手伝うのに、なにも知らないじゃ、すまないからな」

「……手伝う?」

 一瞬、聞き間違えたかと思った。

 腰が抜けるほど恐れていた志乃が、手を貸すというのか?

 つまり、まだ傍にいる、と?

「オレ、が……怖いといったのに? 出ていくつもりは、ないのか?」

「追い出したいわけ?」

「と、とんでもない。でも……諦めていたから……」

 後悔を含んだ、辛そうな一言が、志乃の表情を曇らせた。

 自分の両手の平を、じっと見下ろす。

「……怖いよ。……怖かったよ。正直な話、しばらくは夢に出そうだ。でもな、だからって、逃げ出すのは性に合わない」

 言いながら、その両手で顔を覆う。

 だが、すぐに外すと、正面に見える、カウンターの向こうに並んだコーヒーカップに目を向けた。

「あんた……さっき言ったよな。約束をしたなら、何があっても裏切らないって。なら、俺ももう、裏切らない。じゃなきゃ、単なる負け犬じゃないか。あんたらを絶対に殺す。それが、圭吾との約束なんだ」

 カウンターの向こうで、皿が割れる音がした。

 ハッとして、思わず腰を浮かした志乃は、マスターが青ざめて、こちらを見ているのに気づいた。

「聞いてたのかよ。それとも俺の声が大きすぎたか?」

「こ、ころ……す……?」

「あんたのことじゃねぇよ。それに……あ~あ、それ、こいつのトーストじゃねぇのか?」

 マスターの足元に散らばったパンのことだ。

 健は、申し訳なさそうに苦笑すると、席を立った。

「ここでする話じゃ、なかったね。……すみませんでした。ここだけの話と思って、忘れていただけますか?」

「でで……でも……そ、そんな……」

「コンピューターゲームのプログラムなんですよ。キャラクターの件で、意見が分かれているから物騒な話に聞こえたかもしれません」

「ゲ、ゲームプログラム……?」

「ええ」

 彼の言葉を噛み締めて、マスターは長いため息をついた。

 胸を撫で下ろしながら、頭を下げる。

「申し訳ございません。聞くつもりはなかったんですが、その……耳に入ってしまって……」

「いえ。人前で話すことではありませんから。……奥の席をお借りします」

 昨日の電車内といい、今の態度といい、平然と嘘をつく健に閉口しながら、志乃は、一番奥の、目立たないボックス席に移動した彼についていった。

 席につく前に振り返ると、マスターが苦笑している。

 考えてみれば、なにも知らないものからすれば、健の言葉は本当の話になる。

 会社員でもない彼らは、スーツを着ているわけでもない。ラフな格好で、中途半端な時間に喫茶店に入り、話をする。

 女性なら、主婦が買い物ついでに立ち寄ることもあるだろうが、男性二人では、間違えられてせいぜい学生か、フリーターだ。

 話の内容に驚きはしたが、恐らく大学生あたりに見てくれたようだ。

 それにしても……

「あんたって、大嘘つきだな」

 健は、心外だとばかりに首をすくめた。

「この手のフォローに慣れていると言ってくれないか。人聞きが悪い」

「結構こういう失言、してるのかい? あいつら」

「と、いうより、誰もフォローしてくれないから、仕方がないんだ。ミノルはあの通り、誰に対しても高圧的だし、タカヒロは嘘が負担になるほど誠実でね。タカシはそういう気転がきかない。……その点で言えば、エリが一番マシだけれど、相手に対しても容赦がないから、フォローというより、押し通してしまうんだ。マモルは……完全な傍観者。だから、必然的に、ノーマルの相手はオレがするしかないんだ」

 先程、メンバーの個性が違うと聞いていたものの、メンバーから、以心伝心のようなセリフを何度も聞いていた志乃には、信じられなかった。

 しかし、こうして具体的に彼らの性格を聞いてみると、納得してしまう。

 隆宏の、誠実でバカ正直なところは、昨日、あっさり自分の非を認めて、謝った姿を見ている。

 高志に関しては、仕事の話し合いのときに、考えることより行動するほうが得意だということを漏れ聞いていた。

 絵里の、マイペースな態度は、他人に厳しく、健に対してすら、容赦なく文句を言っていたが、それは、自分に対しても厳しいからだということも、感じていた。

 そして……護。

 だが、志乃は、その印象を思い出すのに苦労した。

 とにかく、喋らない。表情も乏しい。

 意識的になのか、志乃の前では、メンバーに対してさえ、首の動きだけで、返事をしていたという印象しかないのだ。

「そう、か。こういう基本的なことから聞いてりゃ、ミノルだって、もっと教えてくれたかもしれないんだな」

「どういうことを聞いたの?」

 志乃は、今までを思い出すように目線を天井に向けた。

「えっと……確か、最初は……圭吾を殺したのは誰かってことだった。次は、あんたらの弱点。それから、ミノルの親のこと。……俺があんたらのこと知ったのはそれがきっかけだったからさ。……今のところ、それくらい」

「一ヶ月もかけて……それだけ?」

 途端に、爆発でもしたかのように、志乃は赤くなってそっぽを向いた。

「そ、そんなヒマ……なかったもん」

と、口ごもったものの、すぐに愚痴に変わる。

「大体さ、あいつ、意地悪すぎだよ。圭吾のことを聞きゃ、オレたちだ、としか言わねぇし、弱点となると、山ほどあるなんて言うくせに、ひとつも教えやしねぇ。親のことなんて、知らないの一言だけだ。だから、意地でも聞き出そうとすりゃ、今度はあんたの名前しか出さねぇ。……なあ、あんた、ホントにあいつとは……」

 続くはずの言葉が、腕の痛みで止まった。

 調子にのって聞いたら、また怒らせるかもしれない。

 あの姿だけはもう、見たくない。

 けれど、あるいは、志乃に対しても、先程のように平然と嘘をついているのかもしれないのだ。

 本当のことを知りたいと思うのは、やはり、本気で惚れているから、かもしれない。

 健は、言いあぐねている意味を察したようだ。クスッと笑った。

「嘘はついていないよ」

と、先回りをする。

「さっきも言ったとおり、オレにはそういう趣味が理解できないんだ。確かに、彼らが好きだよ。でも、意味が違う。第一、それ以前に、ミノルが嫌がるさ」

 確かに、実の、普段の態度を見ていれば、健の言っていることに納得はできる。

 しかし、だとしたら、なぜ、彼は相手を間違えるのだろう。

 自分は志乃であり、健じゃない、と何度繰り返しても、無駄なのだ。

 けれど……耳に入っていない。きっと……。

 実にしてみれば、ベッドの中にいるのは、彼を抱いているのは、健なのだ。

 ……と、思いながらも、やはり、ここで口にするのが怖い。

「ま、いいや。こんなことで拘っててもしょうがないな。変に疑って、また怒らせたくないしな」

 無意識に、予防線を張った言葉に、健が苦笑する。

「だから、もう怒らないと言っただろう? 人に意見できるほど、自分が正しいと思っているわけじゃ、ないんだから」

「どういうこと?」

 聞き返した志乃に答える前に、マスターが近づいてきた。

 オーダーしたコーヒーと、モーニングセットをトレイにのせて、ウエイトレスには頼まずに、自ら運んでくれたようだ。

「大変お待たせしました」

 営業用スマイルに、親しみを込めた声だ。健が、いちいち受け答えをするから、余計に相手は親しみを感じるらしい。

 実際、今も微笑みながら、

「ありがとうございます」

と、バカ丁寧に対応している。

 志乃は、呆れ果てて、背もたれに肘をかけながらそっぽを向いた。

 ただ、自分の前にもコーヒーを置かれたとき、軽く頷きはしたが。

 マスターがカウンターに戻ると、すかさず志乃のほうがミルクを取り上げた。

「確か、あんたはこれを入れるんだよな」

 昨日から、タバコのことはすっかり忘れているが、さすがに『コーヒーにはミルク』は、日常で見ていたから覚えた。

「で、どういうこと?」

 カップを取り上げて、健は答えた。

「よく考えればわかると思うけれど? オレは、君に対して、約束は無効だといったんだよ。だから、本当ならば、何をされても怒る立場じゃないんだ」

「でもさ、あんたはさっき、俺が約束を破ったからって……」

「そう。つまり、オレ自身は、君に対して、本気で怒ることはできなかった。でも、リーダーという立場では、やっぱり見過ごすことは……」

「ちょちょ……ちょっと待てっ!」

 大きな声に、店内にいた客が、一斉に振り向いた。

 が、それに気づかず、志乃が腰を浮かせる。

「ほ、本気じゃなかったって! あれのどこがっ?」

 腕が痛む。その時の彼が、本気ではなかった?

 健は逆に、周囲を気にしながら、手で、志乃に、抑えるように合図をすると、力なく腰を落とした彼に、気まずそうに言った。

「言いたくないんだけれど、……本気だったら、その程度じゃ……すまないよ」

「そ、それって……死んでたって、……こと?」

 確かに、降り下ろされたナイフが止まっていなかったら、即死していただろう。

 健が、小さく首を振る。

「そこまではわからない。けれど、君に何をしたかという記憶があるんだ。だから、本気で怒れなかったということだよ」

 呆然と、右手を見下ろす。

 途端に、体が震えてきた。

 記憶がある、程度の怒りでしかなかったというのなら、自分を見失うほどの怒りとは、どれだけの威力になるのだろう。

 あの時、志乃の目には、健が人間には見えなかった。

 それでも、本気ではなかったというのなら……。

 想像できない。いや、したくない。

 平静でいようというのか、カップを取り上げたが、体の震えは、コーヒーに波紋を作っていた。

 まともに健を見ることができない。

 今、目の前にいるのは、優しくて、頼りない笑顔が似合う彼だ。いつもと変わらない。

 無理矢理コーヒーを飲み干し、志乃はカップを持ったまま俯いた。

「また……怖くなってきた……」

 カタカタと震える彼の手元を見下ろし、健が、

「そう……」

と、息をついた。

 弱く、問いかける。

「どうする? 手伝い……やめる?」

 その声に、志乃の体がピクリ、と、動いた。

 恐る恐る、視線を上げる。

 健は、テーブルが横付けしてある壁のほうを向いていた。

 やはり、後悔を滲ませた、寂し気な表情だ。

「……いや……」

 しばらくして、手元からカップを離し、志乃は決心したように体を乗り出した。

「逃げない。怖いなら、それなりに慣れてやる」

「……?」

「ホントのこと言うと、怖いのは、あん時のあんただからだ。元に戻ったとき、罪悪感、あったんじゃない? そんな目をしてた。今も、そう見える」

「……鋭いところも……あるんだね」

 弱々しい声が、返った。

「オレは……自分が正しいと思える自信をもったことが、ないんだ。どこかで間違えていないか、いつも考えてしまう。けれど、そこにリーダーという責任がつくと、疑問に思うことすら許されなくなる。彼らのために役に立つと思わなければ、やっていられないんだ」

「わかる気がする」

 確かに、そういう目をしている。

 メンバーのため、というのなら、今朝のことは、紛れもなく実たちのためだ。

 さっき、言っていたように、約束という信頼感で繋がれているのなら、簡単に反故にしてしまった志乃が怒られて当然だった。

「あんたには責任があるもんな。ミノルとの約束を破ったのは俺のほうだ。今さらだけど、悪かったよ。ごめん」

「あ……いや、……違うんだ」

「? また違ってた?」

「そういう意味じゃなくて……」

 どうもハッキリしない。これが、彼の癖なのだろうか。

 時には明確に、自分の意思を隠し、相手を誘導するかと思えば、理解してほしいことを、口をつぐむというよりも、上手く言い表せないとでも言いたげに、言葉が止まる。

 だから、情けなく見える。

 まるで、相手に、自分のことを察してほしいと思っているように、困惑しながら笑う仕草は、到底、メンバーを引っ張っているリーダーとは思えない。

 しかし、多分、この姿でも、メンバーは理解しているのだ。

 以心伝心、その言葉どおりに、彼らには伝わっている。

 だが、ノーマルである自分に、そこまで求められても困る。

 志乃は、怖さも忘れて息をついた。

「悪いけど、ちゃんと教えてくれないかい? わかんねぇよ」

「……うん……つまり、ケガをさせておいて言うのもおかしいんだけれど、そこまでしなければ、マモルのことを止められなかったから……」

「マモル? なんであいつ?」

 突拍子なところで出てきた名前に、おもむろに首をかしげる。

 実ならわかるが、存在さえ思い出すのが難しい護が、なぜ、ここで出てくるというのか。

「つまりね、……夕べ、オレは彼に、ゆっくり休むから、と言ったんだよ。なのに、今朝、あの痣を見たから……」

「? ……」

 それなら、当然か、と、思ったものの、すぐに、目を見開いて、志乃は言った。

「それって、あいつも俺たちのこと、知ってるわけか? ミノルも俺も、黙ってたのに?」

「オレが話したからね」

「え……? ……なんで、あいつに?」

「彼には隠しておけないよ。今は彼が、ミノルの傍にいるんだ。リストバンドのことを気にするのは当然だろう?」

「……そっか……それがあったな」

 決して、志乃が好んでつけた傷ではなかった。

 元々、恋愛にしても、対象が同性だというだけで、アブノーマルな行為を好まない。

 実が望んだことだ、というのは、だが、言い逃れにしか、ならないだろう。

 突き詰めれば、志乃にも責任がないとはいえないのだから。

 申し訳なさそうに、彼は、空のカップの淵をなぞった。

「なるほどな。要するに、あんな影の薄いやつでも、ミノルはメンバーとして大事だから、傷つけられた上に、あんたに手を出した俺が許せなかった、か。……あんな奴にも絆ってのはあったんだな」

「……表面的には、そうなるね。内情はもっと、複雑なんだけれど」

「複雑? どういうふうに?」

「そこまで聞くつもり?」

 不意に冷たくなった健の声に、志乃は思わずのけぞった。

「ご、ごめん。簡単に聞くのはダメなんだっけな」

 話題を志乃のほうから振っているとはいえ、健の言葉の中には、いつの間にか、誘導するものが含まれている。

 そのたびに、志乃の心の中に疑問が生まれ、そして、それを自分の目で確かめろと健は言っているのだ。

 それは、決して親切な誘導ではない。だが、優しい誘導、なのかもしれない。

 多分、志乃が気づかないだけだ。健の言葉の中には、答えがすでに、含まれている。

「オーケー。わかったよ。それも、俺が直接肌で感じる。あんたの言うとおり、ミノルだけじゃなく、メンバーを見るように努力する。……だよな?」

 健が、穏やかに微笑みながら頷いた。

「少なくとも、君がまだ、オレたちの傍にいてくれるというのならね」

「それも罪悪感、ってわけ? 言っただろ? あん時のあんただから怖かったんだって。今のあんたと『アレ』は結びつかねぇよ」

「その決心……変わらないね?」

 ようやく、志乃にも笑顔が浮かんだ。

「しつこいねぇ。それなら話してよ。今回の、手伝いの詳細をさ」

 本格的に手伝いをすれば、離れるつもりがないとわかってくれるはずだ。

 そのためにも、もっとよく聞いておく必要がある。

 怖がらせたこと、そして、自信がないと言いながらも他人に怒り、傷つけたという罪悪感を、彼が持っているのなら、それを消してやらなければ、と思う。

 健は、柔らかく微笑むと、腰を上げた。

「それなら、昨日のところに行くよ。話はそこで」

 やはり、続きをするつもりだったか。腹ごしらえをさせて、正解だった。

 サラダは残したものの、とりあえず、それで足りるだろう。

 志乃もまた、健の後に続いた。



 


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