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TOGETHER  作者: SINO
~第二部 切り札~  一章 八人目は居候
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ナンバリング・19

 申し合わせたように降りてきた隆宏たちが見たのは、志乃の後ろ姿だった。

 テーブルに左手をのせて伏している彼に、三人は、二日続きの早起きが珍しいと笑おうとして、夕子に止められた。

 口許だけで、彼らに挨拶をして、声もなく手招きをする。

 キッチンの椅子に腰を下ろした彼らの前に、コーヒーを差し出して、声を潜めた。

「彼、ケガをしています」

「どうしたわけ?」

 高志もまた、一度彼を振り返って、小声で聞いた。

「私にはよくわからないの。でも、多分……ケンを怒らせたんだと思います。今、少し落ち着いて寝ているんです。さっきまで……泣いていたの」

「ケンが……怒った?」

 そんなことくらいで泣くのか?

 そう思ったのは当然だった。

 怒ったところで迫力は到底、実に敵わない。むしろ、情けない愚痴としか聞こえない。

 それほど、健と『怒り』というもののイメージがかけ離れている。

「何かの間違いじゃない?」

 絵里も、クスッと笑った。

 しかし、夕子は真剣な顔をしたままだ。

「でも……ケンのことを人間じゃないとか……言っていました。何もない……って」

「どういうこと?」

「わかりません。けれど、嘘ではないと思うんです。私……キャップからもそれらしい話を聞いたことがあって」

 彼女は、先程思い出した、司令の言葉を彼らに伝えた。

「決して怒らせるな? って? ……それって、つまり楠木さんは、ケンのそういうところを知っているということか?」

「だと思います。タカシ。それで……お食事ができているんですけれど、ケンに声をかけるのがちょっと……怖くて……」

「なんだよ、君まで。……いいよ、じゃ、オレが呼んでくる」

 親切心、というより、二人の話を聞いた上での好奇心も露に、腰を上げかけた彼を、隆宏が抑えた。

「オレが行くよ。君はダメ」

「どうしてさ」

「よく考えてごらんよ。もし、彼女たちのいうことが本当なら、好奇心むき出しの君じゃ、対処できないだろう?」

 もちろん、隆宏は、彼らの話を信じていないわけではない。

 しかし、やはり大袈裟な話だという気持ちがどこかにあった。そのため、自分のほうが、冷静に健に向き合える自信があったのだ。

 隆宏は、つまらなそうにそっぽを向いた高志の代わりに席をたつと、健のいる部屋に向かった。

「ケン? 食事ができているんだけれど……食べる?」

 軽いノックに、返事はなかった。

 その代わり、ドアが細目に開いた。

「……タカヒロ……」

 幾分、元気のない健が、廊下を伺うように見回す。

「みんな……起きたの?」

「だから呼びに来たんじゃない。どうするの? 食べる?」

 やはり、彼女たちの、大袈裟な言い回しだったようだ。

 僅かだが、緊張していた隆宏が、無意識のため息混じりに言う。

 健は、部屋の中を気にしながら、口を開いた。

「先に食べていてくれないか?」

「マモルにも声をかけるけれど、ミノルを一人にしても大丈夫かな?」

「寝ているみたいだから、構わないよ」

「あ、そう。わかった」

「タ、タカヒロ……」

「なに?」

 どうも、様子がおかしい。

 しきりに階下と、部屋の中を気にしている。

 と、思う間もなく、いきなり部屋に引きずり込まれてしまった。

「ちょ……っと。オレがここに入ったらミノルに怒られるよ」

「頼むよ……」

 言いながら、健は自分の左手を差し出した。

「下にも行けなくて困っていたんだ。手を洗うこともできなくて……」

 見ると、彼の左手は、こびりついた血液で黒くなっていた。

 擦った跡がある。

 ハッとして、思わず顔を覗きこんだ。

 本当だったのか……。

「これ……」

「まさか、ミノルの薬品棚を勝手にかき回す訳にもいかないから……」

「シノを怒ったってきいたけれど?」

 そう言われて健は、困惑しながら俯いた。

「彼の……ほうが怒っていなかった?」

「どうして! 逆だよ! 君、どれだけ彼を怖がらせたか、わかっていないの?」

「え?」

 いつものこととはいえ、どうしてこうまで間が抜けているんだ。

 怒ったのは健のほうだったはずだ。

 なぜ、志乃の伺いをたてるのか、理解ができない。

 隆宏は、そんな彼に苛立ちながら、

「まったく……気が知れないよ。待っていて。タオルを持ってくるから」

 そういうと、さっさと部屋を出ていってしまった。

 戻ってきた彼の手には、濡らしたタオルがあった。

 強引に健の腕を引いて、拭き始める。

「ゴメン……」

「いいよ、いちいち謝らなくても。……でも、聞かせてくれないか? 彼を怖がらせるほど怒っていたのか?」

 改めて聞かれて、健はキョトンと、首をかしげた。

「わらかないな。あれくらいでは迫力もなかったはずだけれど」

「でも、異常だよ。ユウコまで怯えているんだよ。どうやったら彼らをそれだけ怖がらせられるんだ?」

 どうやら、自覚がないらしい。ますます、表情が困惑に変わっていく。

「そう……聞かれてもなあ。……もしかしたら、ケガをさせたからかな?」

「あのね、彼がケガをしたくらいで怖がると思う? 第一、人間じゃないとか言っていたらしいんだよ。どういう意味?」

「……え……そこまで……?」

 どうやら思い当たったようだ。

 気まずそうに、窓のほうに顔を向けてしまった。

「そう……見えたのか……」

「なんか、その言い方だと前歴がありそうだね」

「……一度、だけ……」

「何をしたの?」

「えっと……その……」

 言いあぐねているうちに、彼の左手の血液は、すっかり拭き取られてきれいになった。

 改めて、隆宏が覗き込む。

「何を、したの?」

「……どう……言えばいいか……。結果的に……発狂死……させた? ……というか……」

「だっ、誰をっ?」

「一応……犯罪者……」

 まるで、尋問のようだ。自供させられているような気分で、健は気まずく隆宏に向き直った。

「その……覚えていないんだ。レイラーに聞くまで、何をしたのか……記憶がなかった。未だに……」

「いっ、いいよ。もう聞きたくない」

 詳細を聞くのが怖い、というのが本音だった。

 剣崎司令が、レイラー・楠木哲郎から聞いた話は本当だったのだ。

 そして、それを目の当たりにしたから、志乃はあれほど怯えた……。

 汚れたタオルを畳みなおして、隆宏は腰を上げた。

「それにしても……そこまで君が怒るとは……」

「初めてというわけではないだろう? それに……」

「それに?」

 部屋に入ったついでにカーテンを開けようとして、ベッドの足元に、大量のティッシュの残骸を見つけた隆宏は、途中で言葉を止めた健を振り返って聞き返した。

 相変わらず気まずそうに髪をかき揚げた健は、それでも、自分で納得できなかったのか、首をかしげる。

「あの程度ではやっぱり迫力がなかったかなって、思っていたから……」

「ああ……それで、か」

 健には、どれほど志乃を怖がらせたのか、本当に理解ができていないのだ。だから、逆に反撃されると思っていたのだろう。

 ……ということは……。

 本当に、本気で怒ったときの健は……

 想像できないながらも、隆宏は急に恐ろしくなって顔を逸らし、ティッシュを広い集めて、ゴミ箱に捨てた。

 どうやら、健は、手についた血液を、ずっと懸命に拭き取っていたらしい。

 あらかた拾い捨てたところで、隆宏のブレスレットが鳴った。

 『ユウコ』の表示に、何事かと耳に当てる。

「どうしたの?」

『早く来てください。シノを起こしたら……暴れ始めたの。私たちを怖がっていて……。タカシとエリだけでは抑えきれないんです』

「わかった」

 そこまでひどい状態なのか。

 思わず、健を見下ろす。

 発狂死、という言葉を思い出した。

「君はここにいてくれ。どうも、顔を見せないほうがいいみたいだ」

 これは、護にも手伝ってもらわなければダメだろう。

 急いで飛び出した隆宏は、強引に護を呼び出して、下に降りた。

 高志たちが、志乃に突き飛ばされながらも、必死にしがみついている。

 階段を降りる二人の足音に、夕子が駆け寄った。

「夢を見ていたらしくて……」

 見ると、テーブルもソファも、あらぬ方向に動いている上に、倒れていた。

 その状況に、なにも知らないはずの護が動いた。

 しがみついて止めようとしている高志と絵里をそのままに、彼は、志乃の肩を掴むと、思いきりその頬を叩いた。

「落ち着け」

 衝撃と、静かな護の声で、一瞬、志乃の動きが止まる。

 目の焦点が、力なく護を捉えた。

「大丈夫だ」

 誰が何を言っているのかを理解できたかどうか、志乃がその場に崩れる。

「ご、ごめん……。ゆ、夢を見……アレが……怖くて……」

 高志と絵里が、ホッとして離れた。

 それに合わせて、夕子が逆に近づく。

「い、いいですか?」

 彼女は、高志たちに確認をとってから、座り込んだ志乃の頭を優しく抱えた。

「ごめんなさい。やっぱり、傍にいるべきでしたね」

「ユ……ユウコ……」

「もう、大丈夫ですよ。あの人は怒っていませんから」

「で、でも……」

「大丈夫」

 子供に言い聞かせるように、志乃の髪を撫でながら繰り返す。

 高志たちは、そっと、その場から離れた。

 階段のところで立ち止まっていた隆宏に近づきやっと、息をなでおろす。

「疲れたぁ。……あいつの腕力、相当なものだな」

 見ると、高志の服が破れていた。

「それは彼がやったの?」

 どうやら、夢中で抑えようとしていたときのものらしく、隆宏が指をさしたところを、高志が渋い顔で見下ろした。

「この服、結構気に入っていたのになぁ。……着替え直さなきゃ。それにしても……あれは異常だよ」

「仕事、どうするのよ。タカヒロ。あれではケンの付き添いなんて無理じゃない?」

 絵里にとっては、志乃の夢よりも、現実のほうが問題らしい。

 隆宏も唸ってしまった。

「……仕方がないな。この状態じゃ、パーティーの準備なんてやっていられないし。……中止するしかないね。君とタカシで女性のほうを任せるよ。ケンにはオレが……」

 二階から、足音が降りてきた。

「ケ、ケン、来るなって……」

 咄嗟に止めようと、段に足をかけた隆宏を仕草で抑えて、健は志乃に向いた。

「シノ、着替えて」

 その声に、夕子に抱えられていた志乃が、思いきり震え上がった。

 振り返ることすらできずに、彼女にしがみつく。

「シノ」

「ケン、もう少し待って……」

「黙って、ユウコ。……シノ」

 いつもと変わらない、優しい声だった。

 だからこそ、彼女も口をつぐみ、しがみついている志乃に囁いた。

「シノ、行ってください」

「や、やだよ……」

「信じて。お願い。私、待っていますから。ね?」

 今の志乃にとって、夕子の存在は、他のメンバーの誰よりも、拠り所になっていたようだ。子供のように怯えた目を彼女に向けたが、彼女ももう一度、彼を抱きかかえ、同じことを繰り返したことで、震えながらもゆっくりと離れると、力なく立ち上がった。

 健が、階段を上がっていく。

 隆宏たちの間を抜けて、ともすれば腰が砕けそうな足取りで、志乃はあとについていった。

 部屋に戻ると、健が、クローゼットの扉を開けた。

「着替えて。出掛けなければならないから」

 とうとう、志乃が、その場に崩れこんでしまった。

「か、勘弁……してくれよ。……うご、けない、よ……」

 そう訴えることができたのは、彼にも、健が元に戻っていることを感じ取れたからだ。

 しかし、体の力が抜けてしまって、動かない。その上、いつまたあの『モノ』に変わるのかと思うと、こうしてひとつの部屋にいることすら怖くて仕方がない。

 健は、困り果ててしまった。

 同じノーセレクトなのに、やはりノーマルとして生きてきた彼には、健たちの思いは伝わらないのだろうか……と。

 何か言いかけて、口を開いた健は、それだけでまた、体を震わせた志乃を目の当たりにして、あるいは、諦めなければならないことを、覚悟するしかなかった。

 静かに彼に近づく。

 ドアにへばりついて、逃げ腰になっている彼の前に膝をついて、健は、哀しそうに微笑んだ。

「すまなかったね。……もう……二度と怒らないよ。約束する。だから、……せめて今日だけでも……つきあってくれないか。そうしたら、君には近づかないから。……頼むよ」

 それが、考えた末の結論だった。

 個人的なことよりも、仕事を優先させなければならない今、とりあえず彼の協力は必要なのだ。

 しかし、その後は……。

 自分のわがままで、志乃を引き留めるわけにはいかない。

 やはり、自分の責任だ。

 目的があって、彼を受け入れたのだが、それももう、いい。

 もし、このままメンバーから離れるとしても、引き留めるつもりはなかった。

「ケン……」

 いつも通りの穏やかな声……。

 いや、違う。

 志乃が感じたのは、その中の罪悪感だった。

 初めて、彼は、とんでもないことをしたのだと、思った。

『よく見れば、わかるよ』

 健にとっては、怒りは存在してはいけないものだったのだ。

 怒りを他人に向けたことを、こんなにも後悔している。

 人間じゃないとか、『モノ』に見えたとか、そう感じた自分のほうが、情けない。

「ごめんなさい……ケン」

 見れば、わかる。

 はっきりと感じる、健の気持ちを思うと、涙がまた、出てきた。すぐに拭き取ったものの、声は小さかった。

「ミノルが……付き合ってくれたから、いい気になってたんだ。男に……そんな痕、つけられるの、普通は嫌だよな」

「わかって、いないね……」

「……?」

「仕方が……ないのか、それも。とにかく、今日だけは頼むよ」

 志乃が動きやすいように離れ、健は窓際に移った。なるべく、彼を見ないようにと外を向いて、音だけを聞く。

 よろめくように立ち上がり、開いていたクローゼットから服を出して着替える。

 その音を聞きながら、健はカーテンに手をかけた。

“最後……だな”

 どうしても、考えていたことが裏目に出る。

 ノーマルの環境で育ったノーセレクトには、やはり、ギャップがありすぎたのかもしれない。

 一緒にいられるはずが、なかったのかも、しれない……。

「ケン」

 しばらくして、音がやんだ。着替え終わったらしい。

 背を向けたまま、健が頷いた。

「食事……しておいで」

「あんたは?」

「オレはいいから」

 隆宏たちと、顔を合わせづらい。一緒に食事をしたら、引き留めずにいられなくなる。

 怖がらせた上に、自分勝手な頼みをすれば、聞くほうには脅迫としか思えないだろう。

 健という存在を我慢しても、ここにいるというのなら止めはしないが、多分、無理な相談だ。

 いちど、植え付けられた恐怖は消えない。

 返事もせずに、志乃は部屋を出ていった。

 気配を探るように、シンと静まり帰った雰囲気の階下に、姿を表す。

 夕子が立ち上がった。

「シノ」

 彼は、キッチンの、いつもの席に腰を下ろすと、近づいた彼女の手をとった。

「迷惑かけたな、ごめんよ」

 顔色は悪かったが、先程よりはよほど、落ち着いていた。

「大丈夫ですか?」

「うん。……メシ……出してくれる? 食べたら出掛けるから」

 全員が、えっ、と目を剥いた。

 当然だ。

 あれだけ怖がっていた相手に、まだ付き合うというのか。

「無理するなよ。シノ、オレが彼に同行するから」

 それは、先程決めたことだ。

 が、彼は、隆宏に対して、無理に笑って見せた。

「いいんだ。みっともないとこ見せたけど、もう、平気だから。……怖がってたら、あんたらと付き合えないじゃないか」

「タフだなぁ」

「そうでもないよ。気を抜いたら、体が震えてくるもん」

 実際、地声が大きい彼にしては、遠慮をして喋っているという雰囲気がある。

 虚勢、かもしれない。

 夕子が、彼を気にしながらも料理を並べた。

 ケガをしたのが利き腕だったために、箸ではなく、彼にだけはフォークを渡す。

「あ、ありがと」

 そのフォークを、不器用そうに使う彼に、隆宏が言った。

「痛いんだろう?」

「……うん」

「やっぱり、オレが代わるよ。パーティーの準備にエリとユウコを空けただろう? それを中止すれば……」

「やってよ」

「……え? だって……」

「初めてなんだろ? 誕生日のパーティー、やったこと、なかったんだろ? 俺……」

 多分、本当は羨ましかったんだ……。志乃は、心の中で呟いた。

 仲間がいて、話をする。一緒に行動して、時にケンカをし、でも、信頼しているから毎日、いられる。

 志乃には無縁だった関係だ。

 いつも一人だったから、誰かと話しながら食事をすることにも憧れていた。

 だからこそ、圭吾と年に二回、これ以上ない、というほど騒いだ。スナイパーという特殊な仕事をしていながら、彼との付き合いは、大事なものだった。

 志乃は、気分を変えるように首を振った。

「ユウコの料理、食いたいよ。あんたのケーキを楽しみにしてるんだからさ、やろうよ」

 ノーマルとは、こういう付き合いかたをするのか、と、妙に納得をした隆宏が、小さく、

「わかったよ」

と、言った。

「それじゃ、昨日のキャスティングどおりにしよう。いいね、みんな」

 反対があるはずが、なかった。




   

 

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