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TOGETHER  作者: SINO
~第二部 切り札~  一章 八人目は居候
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ナンバリング・18

 まだ眠っている実を覗きこんで、音をさせないようにクローゼットを開けると、健は、着ていたシャツを脱いで、タートルネックのセーターに着替えた。

 メンバーが一緒になってはじめての冬に、あまりにも寒さに無頓着な彼を見て、実が勝手に買い与えた服の一枚だ。

 結局、一度も袖を通していなかった。そのため、首の辺りがきつく感じられたが、しばらくは仕方がない。

 あとから入ってきた護は、リビングに薬箱を用意したと言った。

 健がそれに頷き、クローゼットの下の引き出しから、スティックを取り出す。

 それを見下ろして、やりきれない息をついた。

「できるのか? あなたに……」

 志乃もまた、ノーセレクトであるというのなら、健に、相手を傷つけるという行為ができるとは思えない。

 と、同時に、そうさせてしまう事態にまで追い込んだのが、まるで自分の責任であるかのように、護は心配そうに尋ねた。

 健は、やはり迷っている。

 そう、見える。

 彼の声もまた、小さかった。

「わからない。……本気で……怒ってはいけないんだけれど……でも、やっぱり、こっちが本気で向かわなければ、彼もわかってはくれないよ、ね。……なるべく……」

 できるだろうか……。

 ケガだけで、自分を抑えることが……。

 迷いを振りきるように、彼はドアに足を向けた。

「ミノルの傍にいてくれ」



 ベッドで、相変わらずの姿で志乃が眠っている。

 健と違って、寒さに弱いらしく、毛布に包まるような形だ。

 自信の塊のような人懐こい笑顔に反して、時に子供のような反応をする。

 気さくな性格は、敵であるにも関わらず、すぐにメンバーに打ち解けた。

 先程の迷いが浮かぶ。

 本当に、できるだろうか。

 生半可な怒りでは、相手には自分の思いを伝えきれない。

 だが、本気になれば、自己を失う。

 深呼吸をして、彼は目を閉じた。

『心をフラットにしろ。その中の自分を意識するんだ。おまえは、そこにいる、と』

 遥か昔に、レイラーが言った言葉を繰り返し、目を開けた。

 静かにベッドにあがり、スティックのスイッチを入れる。

 ナイフが、鈍い光と共に形を作ったのとは逆に、健の瞳からは、感情という光が消えた。

 左手に持ち変えて、毛布の上から馬乗りになり、動けないように固定をして、呼び掛ける。

「シノ」

 静かな声に、反応があった。

 先程、寝ぼけながらも一度は起きたからだろう。

 それに、息苦しさもあった。

 ゆっくりと開いた目に、健の姿を見つけ、志乃は声をかけようと口を開いたまま、止まった。

 首筋に、健の左手が動いたからだ。

 今まで見たことがない、しなやかな動きと共に、首に微かな熱を感じる。

 ナイフの、鈍い光が、志乃の動きを封じた。

「少しでも動けば……即座に殺す」

 静かな、声。……いや、音?

 言葉の意味とは逆に、殺意の欠片すらない表情が、志乃を見下ろしている。

 その目は……

 これは……なんだ? 自分の上に、何が乗っている?

 健に似た、だが、違う?

「オレは、おまえに確認をしたはずだ。おまえの意思に、反対をした覚えもない。信頼を裏切れば、どういう目にあうのかを理解できなかったとは……言わせない」

“……おまえ……?”

 今まで、ただの一度も、健は志乃に、そういう言い方をしたことがない。

 それが、何を意味するかを考える間も与えず、健は、ナイフを、彼の右腕に突き刺した。

 悲鳴が上がった。

 それでも、健の表情は僅かも変わらない。

 それだけではなかった。彼の瞳は……志乃という存在そのものを、映していないようだった。

 虚ろな眼差しというわけでは、決してない。

 人形……ロボット……機械、どのようなものにも例えられない、人間離れした瞳が、見下ろしている。

 口許が動いた。

「オレは、怒らせるなと言ったはずだ。この腕を切り落とせば、その言葉を思い出すか? それとも、指の先から切り刻むか?」

「や……や、め……ろ」

 痛みが頭に響く。だが、体が動かない。声が出ない。

 いや、それ以前に、怖い。

 何がどうなっているのかも理解出来ず、ただ、健の……健という形の、目の前の『モノ』の動きが怖い。

 これは、誰なんだ? いや、何なのだ?

 痛みと、わけのわからない恐怖感に、追い討ちをかけるように、声という『音』が響いた。

「オレは、おまえを信じた。だが、それを簡単に裏切るおまえには用はない。今、ここで破壊する」

 まるで容赦のない力でナイフが引き抜かれた途端、志乃はまた、悲鳴を上げた。

 同時に、毛布が赤く染まっていく。

 それを感じる間もなく、苦痛に歪んだ志乃の目に映ったのは、逆に何も映していない健の、瞳の高さに上げられたナイフが振り下ろされるところだった。

「やめてくれぇっ!」

 動けず、覚悟がないまま、反射的に固く目を閉じた彼が、腕の痛みに、まだ生きていると実感し、恐る恐る目を開けたのは、少し経ってからだった。

 血液が滲み出ているのが、自分でわかる。

 そして、目の前の健は……。

 首筋でナイフを止めて、微動もしていなかった。

 それは、さながら、ロボットのエネルギーが切れたような感じだ。

 横から入り込む外の光が、ナイフの鈍い光に同化していた。

「な……何で……だよ……」

 声が出たのは、さらに後だ。

 ようやく、なぜ、自分がこんな目にあっているのかを問いかける。

 健の右手が静かに上がり、セーターの襟を下げた。

 そこに見えたのは、くっきりと浮かんだ、赤いアザだ。

「あ……」

「許すのは、一度限りだ。二度目はない。オレを見くびるな」

 言うと同時に、ベッドから降りると、ケガをしている志乃の右腕を、毛布ごと引っ張りあげて、ベッドから引きずりだした。

 そのまま、部屋の外まで引きずっていく。

「ユウコ!」

 志乃をそこに残したまま、健は中に入るとドアを閉めた。

 腕を抑え、蹲っている志乃の元に、すぐに夕子が駆け上がってきた。

「きゃっ……」

 小さな悲鳴をあげながらも、しゃがみこんで、志乃に手を貸す。

「すぐに手当てをします。歩けますか?」

「ユ……」

「しっかり抑えていてください」

 その代わり、彼女が志乃の体を支えて、なんとか立たせる。

 半ば呆然としている彼を、階下まで連れていくのに骨がおれたものの、体格差がありすぎる彼女でもできたのは、やはり、思いがけない状況でも、すぐに冷静になれた、ノーセレクトの力というべきか。

 護のアドバイスで薬を用意して、待機していた。

 何が起こるのか、なぜ、用意をさせたまま彼が姿を見せないのか、夕子はなにも聞いていない。

 が、今の志乃の様子で、漠然と、事態を把握した。

 志乃が、健を怒らせたのだ。

 ソファとテーブルの間に彼を座らせ、毛布ごと抑えているその腕を優しく外し、急いでスエットの袖を、肩口から切り落とした。

「少し我慢をしてくださいね」

 手際のいい仕草が、彼女の声に重なる。

 優しい声だった。

 志乃は、腕と、彼女にゆっくり視線を移し、我慢ができなかったのだろう。

 思わず抱きついて、震え始めた。

「……怖かった……よ」

 涙が溢れる。

 泣き叫ぶでもない。もし、ここで声をあげたら、また『アレ』が来るのではないかと思ってしまう。

「シノ……お願いします。手当てをさせて」

「だ、だって……」

「お願い。すぐに済みますから」

 無理に引き離すことはしなかったものの、青ざめて震えている彼を支えながら、夕子は手当てを始めた。

 刺された傷にしては、思ったより浅い。

 もっとも、その周囲は、多少肌が焼けていたから、それがある程度、血止めの役割を果たしていたといってもいい。

『くれぐれも、ケンを怒らせないでほしい。本気で怒れば、周囲がただではすまない……そう、念を押されたよ』

 夕子が、剣崎司令からそういう話を聞かされたのは、メンバーに会う、かなり前のことだった。

 あの時は急に司令━━当時はまだ、レイラーだったが━━が、北海道に行ってしまったのだ。

 予定がなかったことで、二日ほど、向こうに滞在して、戻ってきたときに聞かされた話だった。

 一体、何があったのか、当時は彼女のほうが怖くて、詳しい話は聞けなかった。

 それまで、メンバーのところに訪問しては、彼らの近況を、土産話として聞くのが楽しみだった彼女だから、健のことで、そのような言葉が出てくるとは思わなかったのだ。

 実際、彼らと生活するようになってから一年半。一度も、そういう場面を見たことがない。

 忘れてしまうほど、健は穏やかに、彼らを包み込んでいた。

 それが……。

 メンバーよりも体格のいい、明るく立派な志乃が、これだけ怯えるほどだったのか?

 包帯を巻き終えて、彼女は最後に、注射を施した。

 ケガをした場合、そこから雑菌が入るのを防ぐためだと、メンバー全員が、実からレクチャーされていたからだ。

 夕子の、優しい手当てが志乃に伝わったのか、器具を薬箱にしまう頃には、少しだけ落ち着いていた。

「このまま動かないでくださいね。着替えを持ってきます」

「ユウコ……」

 席を立とうとした彼女を左手で抑え、志乃はその肩を抱き込むと、胸に顔を埋めた。

「ケン……怒ってた……。でも……アレは……ケンじゃない、よ……」

「シノ?」

「アレ……人間じゃない……生き物じゃない……」

「ケンが、ですか?」

「あんたらは……わからないのか? アレには……なにもなかったんだ」

 そう、志乃が怯えているのは、殺されるかもしれないという恐怖などではなかった。

 ハッキリと聞こえた、『破壊』という言葉にすら、感情が籠っていなかった。

 あれは、声じゃない。音だ。機械にも似た、いや、機械自体、人間らしく見えるほど、かけ離れた『モノ』だ。

 次元が違いすぎる。この世のものとは到底思えない『モノ』が、『破壊』という音を発した。

 アレと、今まで一緒にいたのだ。

 恐怖がよみがえる。

 なにも映さない瞳が、志乃を見下ろした……頭から離れない。

 ノーセレクトのリーダーは、人間じゃ、ないんだ……。

 そう思った途端、彼は夕子から離れ、テーブルに伏してしまった。

 すかさず、夕子が席を立つ。

 志乃の部屋にはまだ、健がいるため、服を取りに行くわけにもいかず、バスルームの方から、洗ったばかりのスエットを取ってきた。

 小さく声をかけて、彼の体を起こすと、着ていたものを脱がして、新しいものと取り替えた。

 なすがままになっている彼に、次は、ミルクを温めて渡す。

 このまま落ち着けばいいが……。

 志乃が、健の中に何を見たのかは想像がつかない。だが、あの怯えは尋常ではなかった。

 このまま傍にいたほうがいいのか、迷ったあげく、彼女は席を離れた。


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