表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TOGETHER  作者: SINO
~第二部 切り札~  一章 八人目は居候
105/356

ナンバリング・16

 階下から、隆宏の声がする。

 高志と絵里の帰りを待っているようだ。

 部屋にはいると、玲の言いつけを律儀に守って、タオルを当てている実の傍らで、本に目を通している護がいた。

 健は、持っていた錠剤を彼に渡した。

「これを飲ませておいてくれないか。オレは……休ませてもらうから」

「……ケン……」

 どうやら寝ていたわけではなかったようだ。聞きづらい、弱い声がした。

 短時間で、ますます声が掠れてしまっているのは、熱が上がっているせいか?

 健は、そっとタオルを取った。

 眩しそうに目を細めながら、実が彼の腕をとる。

「ここに……いてくれないか……?」

 今日一日、護が傍にいながらそう言った実に、健が首を振る。

「マモルではダメなのか?」

「そうじゃ、ない。……シノのところに……おけない……」

「彼を一人にするつもり?」

 健には、実の気持ちはよくわかっているのだ。

 隆宏たちが認めるとおり、実は、メンバーの中で、一番、優しい。言葉や態度が、冷たく、棘があるように見えるが、本質は、誰よりもメンバーを思いやっているのである。

 健の一言に口を閉ざし、彼は体を横に向けて起き上がろうとした。

「ダメだよ、ミノル」

「戻る」

「ダメだってば。おとなしくしていてくれ」

「何も……わかっていないんだ……」

 腕の力が抜けた。

 今まで溜まっていた疲れが、熱のせいで一気に噴出したようだ。

 これだけの動きに、息が早くなっている。

「マモル、すまないが……」

「水を取り替えてくる」

 わかっている、と頷き、彼は洗面器を持って出ていった。

「ミノル、今のおまえでは、かえってシノに迷惑だよ。大丈夫。彼を一人にしないから」

「違う……。あいつはどうでも、いいんだ。……おまえのほうが……」

「ああ、もう、喋るな。本当にひどい声だな。オレが大丈夫だと言っているんだ。信じてくれよ。とにかく、おまえは安静だ。ちゃんと、薬を飲んでおくんだよ」

 こんな状態では、実の隠し事を知っているとは言えない。

 心配することはないのだ、と。

 実が何を志乃に教えようとしているのか、それを、少しではあるが、無意識に理解していると、言いたかったが、やはり、今夜はやめた方がいい。

 手に持ったままだったタオルを額に当て直して、健は、さっさと部屋を出た。

 廊下で待っていると、護が洗面器を持って上がってきた。

「マモル、さっきの薬、無理強いはしなくてもいいからね」

「わかった」

 一言呟いたものの、彼はなにか言いたそうに顔を上げた。

「ミノルの……ことだが……」

 そこで言葉が止まる。

 いつものことなので、健は、次の言葉を、黙って待っていた。

「……彼の……懸念は当然のことでは……ないだろうか?」

「さっきも言っただろう? 何とかなるよ。それに、今夜はおとなしく休ませてくれそうだから。……というより、強制的に休めと言われてはね。だから、寝かせてもらうよ」

「……」

 どう、答えていいのかが、護にはわからなかった。

 結局、ただ、頷いただけで部屋に戻る。

 健もまた、高志たちの帰りを待つことなく、戻った。

「おかえり~」

 志乃は、ベッドに腰を掛けたまま、そこをポンポンと叩いて、健を待っていた。

 デスクを見ると、コンピューターのスイッチも切られてしまっている。

 やはり、このまま寝るしかなさそうだ。

「ミノルのベッドはこっちだったね」

 必ず窓際に陣取る実の癖は、たとえ同室の人間が変わったところで譲るはずもない。

 正に今、志乃が座っているベッドが、実のものだ。

「そうだよ。ほら、早く横になる」

「はいはい……」

 素直に服を脱ぎ捨てて、ベッドに上がる。

 腰を掛けたまま、志乃は体を捻った。

「少し、話しててもいいかい?」

「いいよ。何?」

「ミノル、どうだった? なんの病気か、まだ聞いていないからな」

「病気じゃないよ。ただの疲れ。今朝も言ったとおり、限界だったんだ」

 昼間は仕事で外出していて、夜は志乃の相手、となると、確かに疲れが溜まっていても当然だったかもしれない、と、志乃は肩を落とした。

 やはり、気持ちのどこかに罪悪感がある。

「やっぱ、俺のせいか……」

「違うよ。これは、オレの責任だ」

「どうしてそうなるんだよ?」

「単純な、判断ミス、だね」

「はあ?」

 どうして、判断ミスになるんだ?

 もしかして、実を自分と同室にしたのは、健の判断だったのか?

 確かに、メンバーは彼の言うことなら反対はしない。

 尋ねたが、健は、あっさり否定した。

「わっかんねぇな。さっきのツルノ? アキラも何も言ってくれなかったしよ。……で、いつまで休ませるって?」

「オレが許可するまで、だよ」

「あっそ。……それで? いつまで?」

「さあ。ミノルに聞いてみないとわからないな」

「はい~?」

 ますます理解できないことを言う。

 今朝の電話では、実は、玲の診断に従うということで話はついていたはずだ。

 その玲が、健の判断に任せたはずなのに、健は実に聞かなければわからない?

 体を捻っていることが面倒になったのか、ベッドに乗り上げて、彼は胡座をかいた。

「あのよ、あんた、本っ当に俺をからかってないか?」

 今日一日で、何度ごまかされたか、わからない。はぐらかしては謎ばかり残して、さっさと次にいってしまうのだ。

「まさか。君をからかう理由がないよ。オレは、事実を言っているんだ。君の方が、オレたちを理解しようとしていないだけじゃないか」

 この言葉もまた、志乃は隆宏からも聞いている。

 本当に、同じ考えをしているな……。

 ならば、彼らが言うように、見ていれば志乃にもわかるようになるのだろうか。

 そうは思えないのだが……。

 大体、彼らは、ずっと一緒にいた。団結力も、健を中心に、強くなっているはずだ。そんな中に、いきなり割り込んだ志乃に、同じことをしろというのは無茶もいいところだ。

「見ればわかるって言われてもなぁ。俺もノーセレクトなら理解できるんだろうけど、あんたら見たいな芸当を求められてもな」

「無理、かな?」

「だね。降参。教えてくれ」

 あっさり手を上げる。

 健は、その潔さに苦笑しながらも、自分のやり方を譲る気はないらしく、噛んで含めるように繰り返した。

「聞く以前に、もう一度、考えてみようか。アキラさんはノーマルだね?」

「らしいな」

「ノーマルの彼が、オレに判断を任せた。それはどうしてなのか」

 考える時間を与えて、だが、答えを待つつもりはなく、彼は続けた。

「次に、同じ医者の資格を持つノーセレクトのミノルは、自分の症状を知っている。けれど、ノーマルのアキラさんには逆らえない。これはなぜかな?」

 やはり、ここでも、彼は志乃に、少しの間、考える時間を与えた。

「最後に、ノーセレクトだけれど、医者の知識がないオレは、ミノルに教えてもらわなければ、判断がつかない。……さあ、もう一度考えて」

 言葉を変えてまとめただけだ。

 だが、三竦みのように聞こえた謎かけを、志乃は真剣に考え始めた。

 見ればわかる。理解しようとすれば、必ず見える。

 その言葉を信じて、健に視線を落とし、窓に写し、俯いて……やがて……

「あ……。あんたの判断の意味が違うのか」

「わかったようだね」

「ミノルに教えてもらう、ってのがイコール、あいつを見て、判断するってことか。直接聞くんじゃなく、様子を観察することで、聞くことになるってわけだ」

「そういうこと。どこでわかった?」

「そりゃ、今朝のことを思い出して……」

 頭に浮かんだのは、健のセリフだ。

 志乃の前で薬を飲んだことも、それをわざわざ健に言ったのも、余分な薬を作ったことも、すべてがメッセージだったとすると、実の言動もまた、健が観察した上で、変化を判断することになる。

「だからよく見ろって……みんなが言うのか……」

 健は、両膝をたてて、そこに腕を引っ掻けながらにっこり笑った。

「オレたちもね、はじめからこうだったわけじゃないんだよ。ノーセレクトだからという理由は、一部でしか、ないんだ」

「じゃ、ホントに、見てりゃ俺にもわかるようになるのか?」

「今はね、それで充分だ。好きなミノルだけじゃなくて、オレたちにも目を向けてほしいな」

 不意をつかれて、志乃は赤くなりながら髪をかき揚げた。

「言ってくれるぜ。まったく、あんたはなんでも見抜いてるよな。それも、俺を見て、わかったのかい?」

「君だけじゃないよ。ミノルも……だ」

「えっ? もしかしてあいつも俺を?」

 期待に目が輝いた。

 しかし、健の方は逆に、迷うように首を振る。

「いや……。そこまではわからない。ただ、彼の場合ははっきりとしているからね。好きか、嫌いか、どちらかなのは確かだけれど」

「……両極端な気持ちだな。……というか、嫌われてる方が確率が高いか」

 そうは言ったものの、彼の表情には、さほどの落胆は感じられない。

「いいのか? それでも」

 不思議に思い、尋ねる。

 彼が、苦笑いで肩をすくめた。

「別に……いいさ。どうせ、俺の方だって気づいてなかったんだ。好かれてるなんて、思ってねえよ。俺にとって肝心なのは、自分の気持ちってことさ。これでも俺、結構一途なんだぜ」

「……なるほど……だから、か……」

 一人で納得して頷く健に、志乃が身を乗り出した。

「また何を考えてんのかなぁ~?」

「うん……まあ、つまり……なぜ、彼が急に具合が悪くなったか、ということ」

「それって、あんたの判断ミス、だろ?」

「まあね。まさか、そこまでとはね……」

「はあ? 何が?」

 健は、クスッと笑って、首を振った。

 それ以上は言えないだろう。

 恐らく、実もまた、自分の気持ちの変化に気づいていない。

 感じた思いを、他人のものと比べることでしか認識できない彼には、『スキ』と『キライ』は同じなのだ。

 要するに、どちらにしても、実にとって志乃という存在は、メンバーと同等になっているということだ。

 つまり……

「……とはいっても……どちらにしろ……」

 時として口にしてしまう独り言は、志乃をますます混乱させた。

「なんだよ~。ホント、あんたってわかんねぇ奴だよな。思わせ振りなことばっかりじゃねぇか」

 躊躇いもなく聞いてくる志乃に、彼は、笑いながらも首を振った。

「ごめん。でも……何度も言うように、簡単に聞かないでくれないか。何もかも、見て、理解しようとすれば、わかることなんだよ」

 そう。

 少なくとも、メンバーと共に行動する限り、自分の目で確かめていかなければ、志乃の望む復讐の形にはならない。

 心の奥底に潜み、気づいていない本当の望みは叶わないのだ。

 健は、そうしてきた。

 メンバーの誰もが、彼に、『見る』ことの重要さを示唆してた。

 彼らを、『見る』

 逆にいえば、メンバーは、自分たちをそれだけ『見せて』きたのだから。

 子供のように拗ねて、頬を膨らませた志乃は、それでも、健の言葉が正論だと思ったのだろう。

「わかったよ」

と、やはりあっさり納得して、彼を見据えた。

「眠いか?」

「……少しね。することがなくなったら気が抜けた」

「じゃ、今夜はゆっくり……」

 ……ダメ、かな……

 一瞬、期待した。

 しかし、頭に浮かんだのは、実の様々な表情と、今、目の前にいる健の、優しく、頼りない笑顔だった。

 どちらも、志乃の胸を高鳴らせる。

 本当に、脅迫じみた、魔力のような微笑みだ。

「約束……だもんな」

 手が伸びる。

 健の肩に触れ、ゆっくりとその体を横たえて、自分の葛藤を心のなかで繰り返し……そして……

「……畜生、……あんたがいけないんだ」

 乱暴に、毛布を健の肩まで被せると、階下にまで響くほどの音を立てながらベッドを降りた。

「早く寝ちまえ。ライト消すぞ」

 ドアの横にあるスイッチを、叩きつけるように消した彼は、健の忍び笑いを聞きながら、クローゼットに向かった。

 着替えのためだ。

 カーテンを引いて、明かりを消すと、こんなにも暗いものなんだ、と思う。

 ほとんど手探りに近い動作だ。

「……なあ、ケン、知ってるか?」

「なにが?」

「ミノルさ……。毛布を被っているクセに、ライトつけっぱなしで、カーテンまで開けて寝るんだぜ。あれ、なんとかならないのかな? 俺は暗い方が寝られるのに怒るんだよ。あんたから言ってくれると助かるんだけど」

 モゾモゾと動く音がする。

 健が、こちらを向いたようだ。

「暗い方がいいのなら……シノ、ミノルと離れて寝るしかないよ」

「どういうこと?」

「……また、聞くんだね。その答えも……自分で確かめるべきだ。……オレは、彼に何もいうつもりはないよ。おやすみ」

 やはり、教えてはくれないか。

 自分の目で見て、確かめて、考え、理解する。

 親切で、優しくみえて、じつのところ、一番多く、謎を残す。

 これが健のやり方、か。

 これが……メンバーの、絶大な信頼の形……か。

“つまり、弱点もそれで見つけろってわけだな”

 確かに、簡単に弱点を教えるほど、彼らは単純ではないはずだ。嘘を教える可能性のほうが高い。

 むしろ、簡単に聞き出せることは、信じられないと考えるのが妥当だ。

“それにしても……憎まれてるってのに、なに考えてんだか……”

 志乃は、自分のベッドに腰を掛けた。



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ