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TOGETHER  作者: SINO
~第二部 切り札~  一章 八人目は居候
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ナンバリング・13

 ベッドが二つ並んでいる。その手前のものに実が横になっていて、ベッドの間にある椅子に、玲が座っていた。

「おかえり」

 声をかけた玲に微笑んで、健はベッドを覗き込んだ。

 実は、濡れたタオルを、額はおろか、目までも覆うように当てていた。

「寝て……いるのか?」

 玲に尋ねた小声に、少し苦しげな息づかいの、実の口許が動いた。

「遅かったな……」

 弱っている、というより、声が掠れていないか?

 玲が、毛布から出そうとした彼の手を止める。

「タオルを取るつもり? ダメだよ。話をするのなら、そのままでしてくれ」

「煩わしいんだよ」

「我慢して」

 どうも、聞きづらい声だ。

「彼はどうしたんだ?」

「熱のせいだよ。ちょっと無理させちゃってね。……診断の結果を話すから、こっち来て」

 玲は立ち上がると、実に、タオルをとらないように念を押してからベランダに出た。

 あとをついてきた健が、後ろ手に窓を閉める。

 部屋の中が暖かかったためか、微かな風が冷たい。

 玲は、思わず震えながら笑った。

「寒いねぇ」

「あなたには辛いんじゃないか?」

「君は……と……。北海道育ちには聞くだけ無駄か」

「そうだね。雪の冷たさがないから」

 透明な寒さ、とでも言えばいいのか。北海道で感じるのは、ともすれば痛みを伴う寒さだ。

 それと比べると、ここはまだ、暖かいほうだろう。いくら空気が澄んでいるとはいえ、やはり比べものにならない。

 実際、健はこの寒さでも、朝、着ていたシャツに春物のカーディガンを重ねているだけだ。

 暖かい日には、シャツ一枚だけのときもある。

 細身の体にそれだけだから、見ているほうが震え上がる。

 結局、寒さには勝てずに玲は、その場に蹲って健を見上げた。

 彼もまた、それに合わせて片膝をつく。

「別に、症状自体はミノルに秘密ってわけじゃないんだけど、ちょっと確認したくてね。手首に痣があることを知ってる? あれ、一度や二度のものじゃないよ? 細身の紐で締め上げたような感じなんだけど?」

「外したのか?」

「まあ、外したって言うか、気になってね。彼を眠らせて診察をしたついでに、ちょっと」

 そう言って、彼は体を震わせた。

 よほど寒いらしい。

 健は、一度部屋に戻ると、護のベッドから毛布を持ってきて、彼に掛けた。

「あ、ありがと」

と、見上げた先に、健の、冷ややかな視線があった。

「……アキラさん、前に言ったはずだ。つまらない好奇心で、オレたちの中に入らないでほしいと」

 僅かに変わる言葉つきも、玲は知っている。

 だから、咄嗟に目を逸らした。

 健は、常にそうなのだ。

 表面的には、誰にでも優しい。しかし、ノーマルの前では、その優しさすら、壁で隔てる。

「ごめん。余計なことだとはわかっていたんだけど……。もしかしたら、あれも隠し事のひとつかなって、思ったんだ」

 玲がそう思ったのは、実が目を覚ましたときに、わざわざ護のブレスレットで時間を確認したからだった。

 スポーツ選手でもない限り、必要があってあのようなものをするとは思えない。ファッションではめるような実ではないと知っていたからだ。

 健は、深い吐息のあとで、頷いた。

「確かに、隠し事だったみたいだ。だから、オレたちも何も言わなかった。今朝、マモルが見つけるまで、誰も話題にしようとはしなかったよ」

 だからこそ、ノーマルである玲の勝手は、咎めるには充分な理由になる。

「そうか。いや、君が知っているのなら、いいんだ。じゃ、本題に入ろうか」

 さっさと話を変える彼に、反省する表情はなかったが、かといって、主治医という立場をひけらかすこともなかったためか、健も、それ以上追求はせずに頷いた。

「結果としては、彼には安静が必要だ。ただし、期間は君次第と言っておいたよ。……これは、マモルにも言ったんだけど、疲れすぎなんだね。体の疲れって、寝れば大体が取れるんだ。でも、彼……寝ていないみたいじゃない。知ってた?」

「いや、知らなかった」

 この答えは、玲には予想がついていたことだ。

「あのね、僕は、君と彼が同室だと思っていたんだよ。話を聞いたら、違うらしいね。君がついていれば、彼はあそこまでにならなかったんだ。これって、どういうことか判る?」

「……ごめん、わからない」

「寝ていない……寝られないということは、体の疲れじゃない。精神的なものなんだ。彼が君を想う気持ちは、マモルが彼を想う以上なんだよ。君と彼は、一対と言っても過言じゃないくらいにね。どんな事情かは聞かないけど、部屋を別にしたというのなら、今まで以上に彼を見ていなきゃならなかったんだ。はっきり言うけど、彼の症状は、君のせいなんだよ」

「……オレの……」

 しゃがみこんだまま、健を見上げていた玲は、言ってしまったことにハッとして、顔色を変えた。

 慌てて口を押さえ、情けない表情を、俯ける。

 毛布にくるまったまま膝を抱えて、あげくにはそこに顔を埋めた。

「ごめん。つい……。本当は、君に負担をかけちゃいけないんだけど……。君を永く生かせるのが彼しかいないと思うと……」

 それを聞いて、今度は健のほうが目を見張った。

「アキラさん……今……なんて……?」

 失言したわけではなかった。玲は、健を見ていられないらしく、顔を埋めたまま、呟くように言った。

「聞かせてもらったよ。君の病気。……あの時、ミノルが医務室にいた理由が、やっとわかった」

 去年のことなのだ。

 健の発症に、実が倒れた。それだけショックが大きかったわけだが、そのときに、玲は、夜中にも関わらず呼び出されたのだ。

 てっきり、意識のない実の看病を頼まれるものだと思ったが、健は、いつもの、情けない微笑みで、ただ、今は話し相手になってくれと言ったのである。

 メンバーではなく、なぜ、自分が彼の話し相手に呼ばれたのか、疑問はあったが、結局、そのときは他愛のない話だけでおわり、事情を知ることはできなかった。

 何日も経ってから、玲は剣崎司令に呼ばれ、健の貧血を告げられたのである。

 ただ、その頃から、彼の中に疑問が燻っていた。

 『たかが』貧血で、実はああなるか? と。

 ようやく、彼は顔を上げた。

「……これも、原因のひとつなんだ。彼には捌け口がなかったわけ。あんなこと、タカヒロたちには言えないよねぇ。剣崎さんには話したと聞いたけど、完全に役不足だ。かといって、君に辛さをぶつければ追い討ちをかけるだけだし。……これは、君に、じゃない。自分自身を追い込んでしまうんだ。実際、僕だって、聞いたからショックを受けてる。でもね……」

 弱々しく、彼が笑った。そして、窓越しから、実のいるベッドを見つめる。

「僕の場合、まだ救いがあるんだ。ミノルがいるなら君はきっと治るって、……どこかで思ってる。多分、剣崎さんも同じだよ。だから、まだ、マシだ」

 とは言っても、やはり心の整理がつくはずもなく、頭を抱えてまた、蹲った。

「ダメだなぁ。君を見ていられない……」

「困ったな」

 健は、苦笑すると、その場に膝をついた。

「実感がないのに、あなたもミノルも大袈裟にしてくれる」

「……」

「確かに、もっと時間がほしいとは思っているけれど、あなたたちが思うほど、オレは絶望していないんだよ。不満も……ないんだ。多分……これでよかったと思っているよ。オレでよかった、とね。……彼らの誰かだったら、それこそオレが救われない。……それより、アキラさん、さっきの話……オレのせいって、どういうこと?」

 常に、健は自分のことよりも彼らのことを考えている。だからこそ、メンバーは健を慕って、揺るぎない、絶対の信頼を持っていられるのだ。

 情けなく、優しく、穏やかな微笑みを浮かべる健の、底力には枠がない。

 だが……彼の発症という事実を知った今、その微笑みの中には、孤独というものが見えた気がして、玲は、ともすれば流されてしまいそうな気持ちを、頬を叩くことで引き締めた。

「君の病気のこと、僕に話したくらいだ。タカヒロたちには言えなくても、代わりに聞くことができる程度の悩みなんて、吐き出してしまえばある程度は楽になるんだよ。だから、彼が今日になって弱ったのは、別の秘密を抱えたってことになるんだね。君のせいだと言ったのは、彼の秘密が、君に言えないことだからなんだよ。君が、彼と離れていたから、君に対して秘密を持つ事態を作ってしまった、ということ。それしか考えられないんだ。だから、断言してもいいよ」

 ゆっくりと、健が振り向いた。

 相変わらず、言うことを忠実に守って、タオルを乗せて横になっている実の、抱えている秘密を、ならば、自分は知っていると告げれば、元に戻るのだろうか?

 いや、と、彼は首を振った。

 彼が自発的に言わない限り、聞くつもりはない。

 表面的な診察で、それでも何とかしようとする玲は、ここで表情を引き締めて、立ち上がった。

「君にしかできないことを伝えるよ。彼の秘密を聞くことだ。ただし、無理矢理はダメだ。彼の安静期間は、さっきも言ったように、君の判断に任せる。君が、彼を診るんだ。いいね」

「他にありますか?」

「自律神経が弱っている。だから、多分食欲も減っていたはずだ。無理に食べさせない。量を増やすなら少しずつ、決して強要はしない。それに合わせて栄養剤を飲ませておいてくれ。それくらいなら、彼も持っているだろう。あとで、薬の名前を書いておくから、それで補う。ないものがあったら連絡してくれ。持ってくるから。あと、睡眠に関しても、寝かせようとはしないように。特に、睡眠薬は厳禁。会話も最低限にして、人との接触も避ける。ただし、自律神経を機能させるためには、一人にさせておかないこと。君か、マモルが妥当だ。タカヒロたちはもちろん、客人だっけ? その人も会わせないでほしい。……もっとも、ミノル自身、わかっているはずだから、彼の要望があれば、融通はきかせてあげてくれ」

 そこまで言うと、玲は空を見上げて、そこに息をついた。

「僕はね、よく我慢していた……と、感心しているんだ。普通の人は、寝られないというだけで一週間ももたない。疲れと心の焦燥感で、脳が機能しなくなる。……彼が睡眠薬で無理に寝ようとしたのは正解だったよ」

「アキラさん? 彼が夕べ服用したのは栄養剤だったけれど?」

「それは、客人に対するポーズだったみたいだ。そうすれば、必ず君に報告するだろうと見越したんだね。明け方になって、どうしようもなくなって飲んだらしい。でも、そんなことが出来るのは……」

 健も、ゆっくりと腰を上げた。

 玲の視線が、彼に向く。

「今だけだ。君への秘密がわからない限り、彼はその一点に潰されるのは確実だということを覚えていてくれ。それともうひとつ。君たちが離れたことが原因の一因なら、それに慣れる環境を作らないと、再発することも忘れないで。……ケン、これはお願いなんだけど、僕がいることを、心の隅でいいから、覚えていてくれないか。何かあったら、知らせてほしい。いいね?」

 一言一句を、洩らすことなく聞いていた健は、深く頭を下げた。

「感謝します。……あなたが主治医で……よかった」

 玲は、ノーセレクトの絆の深さを充分すぎるほど理解している。

 反面、メンバーが、ノーマルに対して距離を置いていることも知っている。

 だからこそ、健たちは彼と付き合っていけるのだ。

 健が体を起こした途端、直前までの、医師としての表情が消えた。

 肩にかけていた毛布で、力一杯体を包み込み、彼はいたずら気味に笑った。

「その主治医がね、ちょっとしたいたずらをしたって言ったら、怒る?」

「いたずら?」

 もしかして、高志が言っていたことか?

 隆宏は、玲が試した、と言っていたそうだが。

「そう。ちょっと、タカヒロたちを誘導したの」

「誘導? ですか?」

「彼らは、まったく君たちを疑っていないんだねぇ。……でも、それって、あまりいいことじゃないんだよ。言い換えれば、主従関係を作ることにもなりかねないんだ。彼らには言えないことだとはわかってる。だけどね、盲目的に従わせることはしないほうがいい。頭から抑えるんじゃなくて、疑問を持ったときに説得するように持っていくのも、リーダーの役目なんだよ」

 彼の言葉が、言い訳に聞こえるのは、健の偏見だったろうか。

 いや、いい意味でのアドバイスと捉えるべきだろう。

 健は、にっこり微笑んだ。

「そうですね。……それより、食事にしませんか?」

 その言葉を待っていたかのように、玲は腹を抑えた。寒さは、空腹もあったからなのだろう。

 思い出した途端に、震え上がる。

 そそくさと窓を開けて部屋に戻った彼は、暖かい室温に、絞り出すようなため息をついた。

 が、すぐに実の元に近づくと、毛布を隣のベッドに戻し、顔にかかったタオルを取った。

 額には、更に冷却シートが貼ってあった。

 タオルを、冷たい水で絞り直す。

「熱が引くまでタオルを取っちゃダメだよ。ケンに約束をしてくれるね」

 実は、ぼんやりとした目を健の方に向けた。

 ゆるゆると、毛布から手を出して、彼の腕を引き寄せる。

「……おまえ……薬を飲み忘れたそうだな……」

 掠れた、小さな声に健が驚いて、そして気まずく苦笑いを交えて謝った。

「でも、どうしてわかったんだ?」

「マモルに聞いた。タカヒロが一度、戻ってきた、と」

「ああそういうこと。……反省しているよ。とりあえず、オレたちは食事をしてくるからね。おまえの分は、別に用意するけれど、待てる?」

 熱で目元が熱いのか、潤んだ瞳を閉じて、彼は顔を逸らした。

「おじやとか……オートミールとかいうなら……いらない」

「……それは困ったな。買いにいかせてしまったよ。……何なら入る?」

「スープ」

「わかった。ユウコに作ってもらうから」

 返事の代わりに、実は手を離した。

 玲が、シートを剥がし、新しいものを貼り付けたあと、タオルを当てる。

 そのまま、二人は部屋を出た。

「今朝は眠いだけだったのに、熱までとはね」

 階段を降りながら呟いた健に、玲が言った。

「あれは喋りすぎだからだよ。それと、緊張が解けたから」

「あれ?」

 リビングには誰もいなかった……。

「出掛けたのかな?」

 テーブルを見ると、食事をした様子はなかった。

 食べずに高志と共に遊びに行ってしまったのだろうか。

 絵里ならあり得るが、護や夕子までいないというのは考えられない。

 しかし、どこにも二人がいる気配がない。

 健は、ブレスレットのスイッチを押した。相手は、護だ。

 彼が話をしているあいだ、玲はソファの方に腰を掛けて、部屋を見回した。

 普通の家を借り受ける。それを、仕事のたびに繰り返す。本部にも苦労はあるのだろう。

 この家にしても、普通の一軒家にしてはかなり広い。

 健たち七人、いや、今は八人か。

 彼らを狭い空間で過ごさせるわけにはいかないという配慮があるはずだ。

 持ち主の家具をむやみに使うわけにはいかないという理由で、すべて入れ換える作業も、彼らに先行して行わなくてはならない。

 玲が今、座っているソファも、テーブルも、そしてライトすら、入れ換えるのである。

 健たちにとって、本部の、個人の部屋よりも、移動するたびに使う、この家具のほうが、使用頻度は高いはずだ。

 それでも、未だに新品のように見えるのは、使い方がいいからか、それとも、時おり新しいものに変えているのか……。

 レザーのソファを、無意識に撫でていた玲に、いつの間にか話が終わったらしく、健はすまなそうに言った。

「勝手に食べてくれ、ということらしい。タカヒロたちに呼ばれたようなんだ。あなたは、これを温め直すことができますか?」

「? できるよ。どうしたの?」

「オレがやると怒られるから」

 彼には何もやらせない、という実たちのルール以前に、健にとって、食品を温めるという作業すら、未知の体験になる。

 下手に手を出して、料理自体をダメにしたり、後始末を増やすことになるのは確実だ。

 玲は、どこか納得したように快諾して、キッチンに立った。

 一度は食べてみたかった、夕子の手料理だからだ。



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