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黄昏のリベレーション  作者: ミノ
ザ・ファースト・牛・トゥ・カム
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08 その男 その3

 和風平屋建ての立派な玄関から表に出た上品な老婦人が、忙しない足音につられて顔を上げ道路の方を見た。


 その途端、鹿の頭をかぶった異様な風体の男と、それを追いかける高校生の二人組が走り抜けていく様子が目に入った。


 老婦人は口をぽかんと開け、彼らの走っていった方向をしばし眺め続けた。


 やがて遠ざかっていった足音が聞こえなくなると、何かの見間違いだろうと思い直し、何事もなかったように門扉を開けてどこかに出かけていった。


    *


 住宅街から少し離れた場所にあるしろばら保育園。


 昼食の後の昼寝の時間に差し掛かっていたが、園児たちはいつもの様に騒がしく走り回ってなかなか寝付こうとはしない。日常の光景になっている保育士たちは大声で注意して布団の中に放り込んでいく。


 しかし今日はいつもとはやや異なる興奮の仕方をしている――とベテランの保育士は感じていた。


 幼い子供独特の勘というものはある。何か今日は駅の方で大きな事故が続けて起こっているらしいという話も聞こえてきている。


 場合によっては保護者に連絡をつけて園児たちを早めに連れ帰らせる必要も出てくるだろう。そうした大人たちの緊張感は、何も言わなくとも伝わるものだ。


 とはいえこのまま昼寝をさせないわけにもいかず、ベテラン保育士は手を叩いて注意を惹きつけようとした。


 その矢先、走り回っていた園児がひとり、わっと大声を上げて園に面した道路の方を指さした。


 布団に入って半ば眠りかけていた子供たちもそれにつられて一斉に起き上がり、指差す方向を凝視する。


「シカ」「シカ?」「シカだ!」「わあーーっ!」「シカだー!」


 急にはしゃぎ出した園児たちにあっけにとられながら、保育士たちも一緒になって道路の方に目を向けた。シカ、とはどういう意味だろう。


 そこには鹿の頭をかぶった不審人物と、それを必死になって捕まえようとしているふたりの高校生の姿があった。


「……鹿だわ」「鹿ですね」


 納得の鹿っぷりに唖然とする保育士たちをよそ目に園児たちは鹿の逃走劇を応援し、彼らの姿が見えなくなるまでそれは続いた。


     *


 住宅街を抜け、さらに追跡劇は続き、遠目にはビニールハウスがぽつぽつと並ぶ農地が見え始めている。


 鹿頭が現れてからここまでかなりの距離を走ってきて、ふたりはすっかり疲弊していた。特にあさひの消耗が激しく、顔色が悪い。


「遠野、お前しばらく休んでろよ。もう限界だろ?」


「こ……ここまで来て止まれるかぁ」あさひはめまいでも起こしているかのように足取りを怪しくさせながらも強がった。「まだ平気……うぷっ、平気だっての」


 強情さに思わず苦笑する英志にも、人のことを言っていられる余裕はない。いい加減どこかで休まないと動けなくなりそうだった。


 そして実際、体力は限界に達した。

 

 あさひが急によろけ、道端にへたり込んだ。


「遠野……おい、大丈夫か?」


 荒い息をつきつつ尋ねるものの、英志自身もひどく消耗している。


 アスファルトの上にあぐらをかき、あさひは口を半開きにして茫然自失といった様子だった。ストレートヘアはすっかり乱れ、汗で頬に貼り付いている。一見してもう動けそうにない。


 英志はあたりを見回して、コンビニか自販機でも何か無いかと探すものの、それらしいものは見当たらない。軽く舌打ちするも、しかし別のことに気がついた。


 ふたりはいつの間にか、あの夜に流星雨を見物に行った公園、そこにつながる階段にたどり着いていたのだ。


 仲間たちと――記憶から抜け落ちてしまった仲間たちと一緒にいたはずの場所。


 隕石が爆発したはずの場所。


 何かがずれ始めた場所。


 鹿頭は何らかの目的でここまで導いた、と考えるべきだろう。


「……はぁ、はぁ……あんたムカつくのよ」息も絶え絶え、あさひは地べたに座ったまま英志を睨んだ。可愛らしい赤いフレームの眼鏡がななめにずれてしまっている。


「何がだよ」「なんでそんなに動けんのよ? ムカつくわ……ラーメン屋の店主みたいな体格しといて」


「お前のイメージしてるラーメン屋の店主像がわかんねえよ」「なんかこう、ごっついじゃん。黒いTシャツ着て……」


「体格は人によって違うだろ? ラーメン屋の標準体型とか聞いたことねえよ」「じゃああの……引退したレスラーがこう、引退後にラーメン屋始めたみたいな体格……」


「それただの引退したレスラーだろ」「うん」


「ラーメン屋のくだり全部要らねーじゃねーか!」


 英志はたしかにがっしりとした体格と言われることはあるが、あさひのいつものノリとはいえそんなことは今どうでもいい。


 そして実際、そんなこと言っている場合ではなかった。


 さあっと風が吹いてふたりの火照った体を撫でる。


 顔を上げると、公園へと続く階段の中ほどで鹿頭の男がふたりが来るのを待つように立っていた。



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