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黄昏のリベレーション  作者: ミノ
ザ・ファースト・牛・トゥ・カム
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07 その男 その2

 あの叫び声で辺りを凍りつかせるバケモノを『仮面牛』と呼ぶなら、突如英志たちの前に姿を現したそれはさしずめ『鹿面人』といったところか。


 だが『鹿頭』を名乗る以上――直に名乗ったわけではないが――鹿頭と呼ぶべきなのだろう。


 ――いったい何なんだ、こいつは!?


 英志は今日何度目かわからない混乱に陥った。


 逃げるべきなのだろうか? こいつも仮面牛同様のバケモノではないのか? 


 人間でも動物でもない異形であることは間違いない。


 この妙な服装の男も、声を浴びせて凍りつかせるような訳の分からない力を持っていたとしても、決して不思議ではない。


 それでも鹿頭が――本人が送ったかどうか定かではないにせよ――携帯端末にメールを寄越してきたことは事実だ。


 電波が届いていないはずの端末に。


 石膏の仮面がついたバケモノに比べれば、少なくともコミュニケーションを取れる、あるいは取ろうとしている分だけはるかにマシだとも言える。


 話ができるなら、何かを聞き出せるかもしれない。


 ――何か、って何だ?


 わからない。


 様々なことが入り組んでいて、何を聞けばいいのかわからない。どんな答えがほしいのかも。とにかく……何かをだ。


『鹿頭の後を追え』。


 メールの指示の意味は、鹿男が現れてすぐに理解できた。


 姿を見せたかと思うと、くるりと後ろを向いて軽快な足取りで逃げ出したのだ。


 英志たちはその背中を追った。


 何が起こるのか予想がつかないとしても、他に選択の余地があるとも思えない。


 とにかく追いかける英志とあさひだったが、鹿頭の足は予想外に速かった。


 四足で駆ける動物に人間の足で追いつくのが困難であるように、鹿頭はその人型のシルエットにかかわらずとんとんと道路のアスファルトを蹴るだけで先へ先へと跳ねていく。


「待って、待ってったら……待てオラァ!」


 怒鳴り声とともにあさひが手を伸ばすが、鹿頭は憎らしい間合いでステップを踏んでそれをかわした。地面を一蹴りするだけで英志たちの五歩分はゆうに跳びはね、体重を感じさせないような動きで先へ先へと逃げていく。


 ややあって、英志たちは追跡を続ける内に閑静な住宅街に迷い込んでいた。


 高校からそう離れていない旧国道沿いの一帯は、英志たちの住まいがある新興住宅地とは異なり、古くからこの土地に住む名士が多い。


 豪邸と読んで差し支えない広々とした家屋が立ち並んでいる。道幅はゆったりしているものの生け垣や高い塀で視界が遮られ、四つ角ではどうしても死角が生じてしまう。


 その曲がり角の先にすっと消える異様な風体の男を追って、英志は後に続く。


 だが、交差点に飛び出した英志をあざ笑うかのように鹿頭は忽然と消えていた。


 英志は荒い息をついて走りながら、「どこまで行く気なんだ、あいつ」


「わかんないよそんなの……」あさひは喉元の汗を拭い、「でも、デタラメに迷わせるって感じでもないよね」


 追いつきそうで手が届かず、諦めるほど遠くない位置を取り、立ち止まってはまた先へ――。


『鹿頭の後を追え』。


 どうやらそのメッセージは、ふたりをどこかに導こうという魂胆であるらしい。


「あれ被り物かな? リアルすぎるんだけど」


「もしそうならひっぺがしてから一発ぶん殴って……」英志は言いかけて、急に怒りを冷ました。


「どったの」


「いや、なんていうか……あれが被り物じゃなくて、本当に生身の鹿人間だったとしたら……やっぱりバケモノなんじゃないか」


 一瞬の沈黙。追跡劇でかいた汗とは異なる冷たいものが首筋を伝った。


 しかし、追うしかない。追いかけ、いったいどこに向かっているのかだけでも確かめるべきだ。


 無言の追跡が続く中、英志はひとつのことに気づいた。


 ――氷の塊がない……?


 英志たちを足止めしていた、ほとんど見えない空中のクリスタルガラス。鹿頭の後を追って走っているルートにはそれが見当たらず、スムーズに走ることができている。


 鹿頭が先導するその道は、いわば安全な脱出ルートなのだろうか? どこかに逃がそうとしてくれているとでもいうのか?


 とにかく追いつかないことには始まらない。話を聞くのはそれからだ。


 軽く咳き込みながら、英志はさらに強く足を踏み出した。



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