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黄昏のリベレーション  作者: ミノ
ザ・ファースト・牛・トゥ・カム
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05 沈黙する青瀬市駅前

 青瀬駅前は様々な商業施設が集まる青瀬市の中心市街である。



 平日の昼前では通行人も少ないが、昼休みの時間になればあちこちのビルから吐出されてくる会社員たちで騒がしくなる。


 そんないつもの風景を待つ市街地は、しかし違和感に満ちた空気が漂い始めていた。


 エンジン音やクラクション、電子看板や呼び込みのループ放送。ありふれた街の雑音の隙間を縫うように、低く鈍い低周波のうねりのようなものが響いている。


 何人かの歩行者が異音に気づいて周囲を見渡し、あるいは不快そうに耳を抑え、無意識にその出どころを探そうとした。


 突然どこからか女の悲鳴が聞こえた。


 歩行者の視線がそこに集中する――事務員風の服を着たまだ若い女がアスファルトにへたり込み、目の前にいる『それ』から逃げようと後ずさっている姿があった。


 その場にいた誰もが絶句し、己の目を疑ったはずだ。


 石膏の彫刻めいた仮面を頂く白黒ホルスタイン柄の牛――仮面牛がかつかつと蹄を鳴らし、悠然と道路に立っていたからだ。


 誰もその場から動けなくなった。


 自動車も仮面牛の手前で止まらざるを得ず、そのことを知らない後続車から激しいクラクションが鳴らされた。


 だがどんなに急かされようが、道路に立ちはだかる奇怪な牛は道を譲る気配など微塵も見せない。


 何を考えているのかわからない――あるいは、考える力を持っているのかさえわからないそれに対し、とうとう業を煮やしたのか、足止めを食らっている運送トラックから運転手が飛び出し、怒りもあらわに近づいていった。


 どこかの業者が荷台から逃してしまったとか、そんなところだろうと踏んだ運転手は、その無責任な誰かに怒鳴り散らそうといらだちを煮詰めながら、ホルスタイン柄の大きな牛の側面に回った。


 そして怒鳴るかわりに空に突き抜けるような悲鳴を上げた。


 仮面牛が首をひねり、白々しい無機的な仮面がゆらりと運転手の眼前に突きつけられていた。


 眼球のないふたつの眼窩、同じくくり抜かれた木のウロのような口部には、明らかに超自然的な黒い炎が異様なゆらめきを見せている。


 こんな生き物がこの世にいるはずはない。そもそもこれは生き物と呼べるものかどうかさえわからない。


 ではいったい何なんだ?


 運転手、そしてその周りに呆然と突っ立っていた歩行者たちはそのような疑問からすぐに解放された。


 仮面牛が出し抜けに放ったこの世のものではない絶叫が、その周囲を、人も車も建物も、何もかもをクリスタルガラスの膜で覆い尽くし、凍りつかせてしまったからだ。


 雑音は消え、ただ静寂と冴え冴えとした冷気だけが残された。


 唯一、沈黙を免れた携帯ショップの店外放送用スピーカーだけが生き生きとした声を発していたが、やがて周囲を侵食する透明な膜にじわじわと飲み込まれ、完全に閉じ込められた。



 仮面牛は、いつの間にか冷えきった無音の街から姿を消していた。




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