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黄昏のリベレーション  作者: ミノ
ザ・ファースト・牛・トゥ・カム
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03 学校にて その2

「じゃあ、塚本も覚えてないっての?」


 気ぜわしく尋ねるあさひを横目に、英志は壁に背中を預け、憮然として腕組みしている。


「だから言ってるだろ」小さくため息を漏らし、「公園にいて、そこで、その……なんて言ったらいいか、爆発に巻き込まれたところまでの記憶にあるんだ。けど」


「そこから先はわからない……」


 英志はうなずき、「ひとりならともかく、俺もお前まで同じ所で記憶がなくなるってのは、まあ、ちょっと不思議な話だな」


「不思議とかそんなレベルじゃないっしょ?」


 表面上だけでも努めて冷静にしようとしている英志の心中を代弁するように、あさひはばたばたと騒がしい身振りで感情を露わにした。


「それに、なんで思い出せないんだろ……」


「……『あいつら』のことか」


 英志たちの言う『あいつら』とは、公園でいっしょにいたはずの仲間たちのことだ。


 爆発のことはふたりともそれとなく――という程度には記憶がのこっている。


 とにかく大きな規模だったとしか言えないが、隕石らしきものが公園に墜ちて、爆発して、その衝撃に吹き飛ばされた――あやふやなベールに包まれているが、少なくともその点ではふたりの記憶は一致していている。


 爆風をもろに浴び、どこかに叩きつけられて、そこで意識を失って、記憶はそこで途絶え――目を覚ましたら教室にいた。


「でもそんなの理屈にあわないだろ、ふたりとも無傷なんて」英志は気難しそうにあごを撫でさすり、「運が良かったって言ってしまえばそこまでだけど、かすり傷ひとつついてないなんて……というか、あの時死んでてもおかしくなかったと思う」


 あさひは無言でうなずき、頬にかかった髪を撫で付けた。


「なあ遠野、もしかしてこれ、アレか?」「なにが?」


「俺たちホントはもう死んでんじゃないのか?」「マジかよ!」


「で、真相に気づいてないのは自分たちだけっていう……」「シャマラんな……」


「シャマラねえよ……」


 こんな状況にあっても、ふたりはふざけたようなやりとりをかわした。別にことを甘く見たり適当に考えているわけでもなく、英志とあさひのふたりが揃うとこうなってしまうのだ。


「だーらもー、そういうのは今はいいってば」自分でノっておきながらあさひは唇を尖らせた。「問題は! 巻き込まれたのはあたしたちふたりだけじゃなかったってこと!」


 英志は憮然とした表情であさひの言葉を待った。


「あたしたちと、他の……何人かがいたはずなのに……」あさひは急に顔をしかめて髪をくしゃくしゃにかき混ぜた。「んあ~~っダメだ! なんでだろ、顔も名前も全然思い出せない……絶対忘れるわけないのに」


 唇を引き結んだ英志も気持ちは同じだった。


 彼らは――あるいは彼女らは、身近な人間だった。親近感の残滓は今も胸に残っているのに、その相手がどこの誰で、何人いて、どんな人格だったかをまるで思い出せない。


 家族? クラスメイト? それとも先輩後輩?


 どれもありそうな気がしたし、それ以外の関係かもしれない。


 ただひとつ確かなのは、その『誰か』とは大切な仲間だったということだ。


 友人たちの中でも特別に『親友』だったと恥ずかしげもなく言えるような、そんな間柄だったはずなのだ。


 その中のひとりがあさひであり、そして英志自身でもあった。


 蜘蛛の巣が絡まったような不快感を残したまま会話が途切れた。


 休み時間の喧騒が周りから聞こえてくる中、英志とあさひの間にだけは淀んだ陰りが漂う。


 ふたりは周りの日常風景をなんとなしに眺めた。


 いろんな場所にいろんなグループがあり、おしゃべりに興じている。


 ふたりはそこに同じようなイメージを見た。あちこちのグループに誰かが足りないような、本来誰かがいるべき空間が空っぽになっているような、なんとも言えない空疎な感覚。


 誰かがいない。いるはずの誰かがその場にいない。


 誰も気づかない欠員。英志たちの記憶からなぜか消えてしまった仲間たちのおぼろげな影だけがそこにあるような気がした。


 と、あさひが何かに気づいて制服のポケットから携帯端末を取り出した。


「あれぇ?」「何だ?」


「ネットに繋がんない。あんな爆発が起こったんならニュースになってると思ったんだけど……」「それもそうだな……ん?」


「どったの」「俺のもダメだな」


「んんん……?」「電波自体届いてない」


 そんなわけねーと言ってあさひは端末の画面をタップするが、結果は同じだった。


 休み時間中の使用は黙認されているし、校内にいきなり携帯ジャマーが敷設されたなどという話は聞いたことがない。


「でもおかしくね? 他の子たちは普通に使えてるみたいなのに」


 あさひはそういうと近くにいたグループに割って入り、何事か話しだした。騒がしくて英志の場所からは何を喋っているか聞こえないが、電波状況を尋ねているのだろう。


 ――何なんだ一体、携帯までおかしくなるなんて。


 あさひのことは放っておき、英志は携帯端末の画面をつぶさに見た。特にいつもと変わった感じはない。


「塚本!」


「おぅあ?」混乱したところにいきなりあさひの大声を浴びて、英志は携帯を取り落としそうになった。「何だよ、どうした?」


 あさひはやや青ざめた顔で、「無かった、って……」


「なかった? 何が……」「爆発が」


「爆発? 公園の?」「うん」


「なかったってどういうことだよ、だって俺たち……」「うん、あたしたちは見てるはずなのにネットの記事にもなんにもなってなかった」


「じゃあ、何だ、その……やっぱり何かの勘違い……」「そういうんじゃないんだってば!」


「落ち着けよ、なんだってんだ?」「流れ星なんてなかったんだって」


「……え? いや、だってあんな派手な流星雨だったんだぞ?」「だからっ、日曜日にっ、流星雨なんて降ってなかったんだってば!」


 あさひの悲鳴にも似た声に、休み時間中の廊下が一瞬静まり返る。


 何事かと周囲から視線が向けられるが、あさひは構わず英志の眼前に携帯端末を突きつけた。


 それはあさひのものではなく、誰かから借りてきた――あるいはひったくってきた――ものだった。問題なく電波がつながっているその画面には、ニュースサイトのページが映っていた。


 地方ニュース。日曜日の出来事。大荒れの天気。豪雨。夕方からの激しい雷雨。落雷による火災――。

  

 そこには長時間にわたって観測された流星群や、隕石の落下に関する記事はどこにも見当たらなかった。公園の爆発についてもだ。


 ネットの記事を見る限り日曜日は大雨だったとあるが――そんなはずはない。いくらなんでも、大雨と流星雨という全く違う記憶と取り違えるというのは勘違いにしても無理がある。


「そう思って、ネットだけじゃなく周りの子に話聞いてみたんだけどさ」あさひは背中にかかる髪で隠れた首筋を揉みほぐし、「みんな流れ星なんて知らないって。大雨で、雷が鳴ってたって、そればっかりで」


 ふたりは同時にため息をついた。もう何がどうなっているのかさっぱりわからない。


 借り物の携帯を返してきたあさひは、英志のもとに戻って来るなり半ベソをかくような顔で英志の顔を見上げた。


「ねえ塚本、どうするこれ~? なんかもうすっげ気持ち悪いんだけど?」


 英志は返答に窮した。


 俺にも分からないと言い返すのは簡単だ。


 だがあさひは、記憶から失われてしまった仲間たちの中でただひとりお互いのことを覚えている相手だ。他の仲間達が誰なのか顔も名前も思い出せない状態で、自分のことを忘れずに覚えてくれている相手だとも言える。


 そのあさひが頼ってきている以上、動揺を見せて不安がらせるような事はできない。たとえ内面はひたすら混乱していたとしてもだ。


「……正直、ここでいくら考えたって答えがでそうにない」英志は咳払いをして、頭の中をさっと仕切った。「だから、まず何をすればいいのか、行動の方針を決めよう」


「じゃあ……泣き寝入り」


「弱腰過ぎるわ!」


「そんなこといってもさぁ~……」唇をへの字にして、あさひは本当に泣き始めてしまいそうな雰囲気だった。


「俺たちはふたりとも誰かを……大切な誰かのことを忘れちまったらしい。そいつらのことを探せば、何か知ってるかもしれない。それを確かめるよう。つーかいきなり泣き寝入りはねーよ」


「うん……うん、そうだね」あさひは小さく鼻をすすって、「それはヤだな。忘れてるのか、ホントにいたのか、それもわかんないのに、誰かがいなくなったっていう気持ちだけが残ってるのなんて、そんなの」


 英志はあさひが同じ感情を抱いていることに共感し、力強くうなずいた。


「何でもいい、とにかく何か手がかりを探して……」言いながら、英志は本当に何ひとつ手がかりも何もなかったらと想像し、無理やり打ち消した。「少しでも思い出せばきっとどうにかなるはず……」


 と、そこで4時限目の始業を告げるチャイムが鳴った。あちこちからがたがたと机や椅子を動かす音がして、生徒たちの波が教室の中に引いていく。英志は小さく舌打ちをした。考える時間が少なすぎる。


「しょうがない、昼休みかそれが無理なら放課後だ。いいな?」「うん、わーった」


 英志とあさひも次の授業のために教室に戻った。


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