第29話
「はぁ……まいったな」
燈雅は深淵の宿の一室で一人落ち込んでいた。
「何であんなに俺が……そもそも身に覚えのない事ばっかだし……変な奴には目をつけられるし……大会勝って観客からのブーイングの嵐……流石に不運過ぎだろ、いや、もう不運ってレベルじゃないかもな〜」
項垂れている中、部屋にノックが響く。
「燈雅よ、夕飯はいるかの? ワシは今から食べるんじゃがの」
「あー…… なんか腹減らないからいいや」
「そうかの、邪魔して悪かったの」
「いや、気にしてない」
「お腹が減ったらこの宿の食堂、自由に使って良いからの」
そういって爺さんが部屋から離れた後、燈雅はゆっくりと眠りについた。
〜〜 翌日 〜〜
ん〜〜、良く寝たな。朝の日差しが心地いい。妙に体がだるいが昨日の大会のせいかな。…………大会嫌になって来たな。またあのブーイングの嵐はきつい。
まあ色々と今日どうするかなどを考えながら宿のロビーまで出てくる。
するとそこには爺さんがいた。
「おはようじゃの、良く眠れたかの?」
「ああ、おかげさまで」
「ほっほ、何よりじゃ。それより昨日からほとんどご飯を食べてないが大丈夫かの?」
爺さんが少し笑っている。何故だ、分からん。
「? どういうことだ?」
「おや、言ってなかったかの。ここは宿の能力の所為で空腹感に気づけないんじゃよ」
「…………は? って事はつまり………」
「大会で沢山動いて疲れてるところにずっと空腹でいたって事じゃよ」
「流石に今外に出たら倒れるかもの〜」
すっごい生き生きしてる! 顔がもうめっちゃ笑ってる!
「…………まさか昨日の夕飯の時……!」
「勿論気づいておったぞ? でも落ち込んでるようだったしの〜。無理にご飯に誘うのもどうかと……」
くっそ、してやられた! この爺さんに笑われると凄ぇイライラする! 明らかに顔がニヤニヤしすぎだ!
「そういうことは……」
「もっと早く言えよぉおおおおおっ!」
燈雅は一目散に食堂に走って行った。
「もうそろそろ大会かな」
またあの試合会場に行かないといけないのか。確か最初が二、三十人のブロックが十六。その後は一対一だから…………残りは今日を含めて四回か。嫌だな〜、賞品欲しいけど行くのは心底嫌だ。そんぐらい嫌いになった。
「まあ、ちゃちゃっと終わらせたいね」
そんな事を呟きながらコロシアムに入る。
すると、やはり人は多く、その殆どがこちらを睨んでくる。随分嫌われたものだ。できれば止めて欲しい、俺のメンタルはそんなに強くない。
「君が噂の燈雅かい? 思ったよりも子どもだな」
近くのテーブルにいた女性に話しかけられる。誰だ? こんな人は見た事も会った事もない。
「自己紹介がまだだったね。私は……ミレーヌよ」
「俺は燈雅だ。で、俺に何の用だ?」
「いいえ、特に用はないわよ。ただ大分噂が流れてるからね、どんな奴かなと思ったのよ」
「ふ〜ん、そうか。どうせいい噂なんて無いだろうし、そういう奴には関わらない方が良いぞ」
「ご忠告どうもありがとう。でも私はこう見えても強いから大丈夫よ」
こう見えても、ねぇ。見た感じ鍛えられた感じはしないんだけどな。その分スタイルは完璧です。顔に関してはもう言わずとも分かるでしょう。肩にかかるストレートの髪、ぱっちりとした眼、俺にとって全てがどストライクです。
「そんな事より少し話がしたいの。貴方もそこの椅子に座ってくれる?」
なんと? 今なんとおっしゃいました?こんな美女と相席ですか。凄ぇテンション上がる! もともと俺は女運無いからな〜。あっ、運が無いのは女だけじゃないか。
一人で勝手に落ち込みながら椅子に座る。
「あ、貴方大丈夫? そんなに相席は嫌だったかしら」
「いえいえっ! 滅相もない! 一人勝手に落ち込んでるだけですので」
「そう? なら良かったわ。早速だけど話たいのは一種の称号についてなの」
称号か。俺はあんま迂闊に話せないな。バレると厄介そうだ。
「貴方の宿業の証は何?」
………えーと、ちょっと待ってね。宿業の証? なにそれ、聞いたこと無いんだけど。
「えーと、もしかして宿業の証知らない?」
「あー、はい。そうだね、わかんないわ」
「うそっ! 本当に知らないの!?」
えっ、そんなに驚くことなの。まさか解析並みの知名度とか……
「本当なら初めてステータスを開いた時に確認するものなんだけどなぁ。何で知らないの?」
「いや……何でって言われても………」
まさかの本当に解析並みの知名度だった。
マジか、知らなかった自分に意外にショック。
「その宿業の証ってのはどうしたら分かる?」
「えっとね、割と簡単よ。自分のステータスに解析かけられるのは分かるわよね。で、名前に解析かければ良いのよ」
……本当に意外と簡単だった。
「おお、そうか。サンキューな」
「別にいいわよ、これくらい。さて、時間的にも私は行かなきゃいけないとこがあるの。ごめんね、こちらから呼び止めておいて」
「気にすんな、こっちも色々と聞けたし」
「そう? まあ私もこの大会出てるから、また会えるといいね」
そう言った後スッと立ち上がり、じゃあねと手を振りながら歩いて行った。
ふはー、緊張したわ。普段から女性ともあんま喋んないのにいきなり美女と相席とかハードル高すぎ。
「でも本当誰なんだろうな、あの人」
そうだ。あの人は最初から違和感があった。名前を呼ばれた時だ、だいたいこの世界の人たちは微妙にイントネーションが違う。だから少し片言っぽくなるはずだ。なのに彼女はすらすらと話せ、聞き取りやすかった。その後の会話もまるで日本語を話し慣れたかのようにすらすらだった。
ほかには黒髪黒目だった事かな。どっちも珍しくは無いんだけど黒と黒の組み合わせは見た事ないんだよな。あとこっそりと解析使ったんだけどね、彼女、効かなかったのよ。全くどーなってんだか。
よし、早速宿業の証とやらを確認………
「次の試合を開始します! トウガ・カミタニさんはこちらに来てください!」
はぁ、確認したかったんだけどな。また後にするか。っていうかそんな大声で名前呼ぶの止めてくれる? 周りの視線が痛いんです。
「君がトウガ・カミタニだね? ではルールを説明するよ。だいたいは一回戦目と同じだ。ただ違うのはここから先の試合は命が賭かってくるってことだ」
「はっ? 命賭けんの?」
「なんだ知らなかったのか? ちゃんと書いてあるぞ」
そんな馬鹿な! なんて感じに俺が驚いているとクスクス笑っている声が聞こえる。
「冗談だ、まさか引っかかるとはなぁ〜」
最悪だ。まさか係に人が嘘を言うとは思っていなかった。まんまと騙されたわけだ。
「じゃあ、コロシアムに入って下さい」
燈雅はゆっくりとした足取りを進め、若干イライラしながらもコロシアムに入って行った。




