ストーカー事件
事の起こりは、ひろみの部屋にかかってきた電話だった。
この日オレは、英語の宿題があったので、ひろみの部屋にいた。
「やだ、まただわ」
「どうした?」
「最近、家に無言電話がかかって困っているの。
稽古場でも待ち伏せされているの」
「やばいんじゃねぇか。ラジオの時は、オレがいるから
手は出さないだろうけど心配だな。気をつけろよ」
「うん」
この時のオレは、ひろみの部屋に、よく行き来していた。
そして、この一本の電話が皮肉にもオレたちの絆を深いものに
しようとなることは、この時のオレは知る由もなかった。
次の日、学校に登校したオレは、彰から夏休みの計画を聞いた。
なんでも和彦と一緒に実家の長崎に帰るというのだ。
彰は、
「拓哉と尚志も長崎に来ないか?オレたちの実家は寂れた田舎だけど
都会暮らしを忘れて気分を変えるのもたまにはいいぜ」
と言った。
尚志も彰の意見に便乗して、
「いいね。気分転換にはもってこいだね、拓哉」と言った。
「そうだな。今のところ俺の仕事のほうもタイムトラベル以外は、
一本か二本あるくらいだから、行ってみるのも悪くないな」
とオレは、言った。
「それじゃ決まりだね。拓哉、ひろみさんも一緒に連れてきたら?
オレの妹が会いたいって言っているんだ」
と和彦が言った。
不思議に思ったオレは和彦に、
「妹?和彦、おまえに妹いたのか?」
と聞いていた。
すると和彦は、
「うん、オレは二卵性双生児の双子なんだ。妹の名前は絵梨。
オレたちの学校の女子部の一年生。ドリームランドに入るんだって頑張っている」
「ドリームランドの入団の年々競争率が高いからな。テストに合格するのも
10人に1人と厳しいらしい。絵梨ちゃんが合格するといいな、和彦」
「そうなんだよ。小さい頃から目立ったことが好きだったから、
ドリームランドの舞台に立ちたいって、いつも話していたんだ。
それに今では、ひろみさんみたいな女優さんになりたいって言ってた」
「そうか、あいつに話したら喜ぶよ。ひろみにはオレから話しておくよ。
舞台の稽古がなければ、出られるから」
「ありがとう、拓哉、絵梨もきっと喜ぶよ」
こうして夏休みに入り、オレはひろみを連れて、長崎へ行くことにした。
ひろみの舞台稽古の関係で、尚志たちより1日遅れての出発になったが
こうして二人で遠出するのは初めてなので嬉しかった。
それに、ひろみにまつわりつくストーカーから守りたいという気持ちがあった。
「ひろみ、荷物貸せよ。上に乗せてやるから」
「ありがとう」
「こうしてプライベートで旅行ができるなんて思わなかったぜ」
「拓哉ったら」
オレたちは、運よくグリーン車で移動できたので、
他の客にバレないで長崎に着いた。
オレたちは、待ち合わせになっている長崎の諫早駅で、尚志たちと落ち合った。
「拓哉、ひろみさん」
尚志が手招きしてオレたちを呼んでいた。
「おうっ、尚志」
オレは、ひろみを連れて尚志たちがいる場所まで行った。
そこには、尚志、和彦、彰、そして和彦の妹の絵梨ちゃんが来ていた。
「ひろみ、オレの友達の和彦と彰だ」
「はじめまして、石川ひろみです」
「はじめまして、岬和彦です」
「話は、いつも拓哉から聞いているぜ。オレは飛島彰、よろしく」
「あっ、拓哉にはまだ紹介してなかったね。これが妹の絵梨。
ひろみさんに会えるの楽しみにしていたんだ。
絵梨、オレの友達の拓哉と彼女のひろみさん」
「絵梨です、よろしくね。私、ひろみさんのような女優さんになるのが夢なの。
拓哉くんと仲が良くて羨ましいな」
「絵梨ちゃんは、ドリームランドの入団テストを受けるって拓哉から聞いたわ。
入団テスト頑張ってね」
「はいっ、ありがとうございます」
「拓哉、今から泊る所に荷物置いたら、外港に遊びに行こうぜ。
ただし、バス移動だぜ」
そしてオレとひろみは、宿泊を予定しているホテルへ荷物を置いた。
ここには、窓から港が見えて綺麗な場所で、花火見物には一番いい場所だった。
そしてこの日もオレは、尚志たちと港で花火見物をしていた。
島原の港から見る花火はとても綺麗だった。
まるで、夜空に宝石をちりばめたような景色だった。
ところが、オレ自身が恐れていたことが起こってしまった。
花火見物で、ひろみが帰ってこないのを心配したオレは、
彰と一緒にひろみを探しに行った。
その時、
「拓哉、助けて!」
とひろみの声がした。
オレは、必死でひろみを探した。
「拓哉、拓哉。いやっ、離して!拓哉、助けて!」
「ひろみ、どこだ?ひろみ!ひろみ!」
以前からひろみを狙っていたストーカーが、ひろみに危害を加えようとしている。
『頼む、間に合ってくれ。ひろみを助けてくれ』
とオレはひろみの無事を心の中で祈っていた。
そんな時だった。別の道から探していた彰がひろみを見つけた。
「おいっ、おまえら。そこで何やってんだ?おいっ、拓哉こっちにいたぞ。
あっ、この野郎、待ちやがれ!」
と言って、彰は必死でストーカーを追いかけていった。
ひろみは、レイプされる寸前で助かった。
服は破かれそうになっていたので、オレはひろみに自分の服を着せた。
「だいじょうぶか?ひろみ」
「怖かった。でも拓哉が来てくれるって信じていた」
「もう大丈夫だ。よかった、おまえが傷つけられなくて」
と言ってオレは、ひろみを抱きしめていた。
「拓哉、ダメだ。見失ってしまった」
とストーカーを追いかけていた彰が戻ってきた。
息を切らしている彰を見たオレは、
「俊足のおまえが見失うくらいだから、よほど足には自信があるんだろうな」
と言った。
「それより、ひろみさんは?」
と尋ねる彰に、
「あぁっ、危ないところだったぜ。もう少しでやられるところだった」
とオレは答えていた。
ひろみの悲鳴を聞いて尚志が駆けつけた。
「拓哉、どうしたの?何かあったの?」
「おうっ、尚志。こいつ最近ストーカー行為にあっていたんだよ」
「ストーカーに?ひろみさんが?」
「あぁっ、無言電話に稽古場での待ち伏せ。そのほかにも、
いろいろ嫌がらせをされていたから気になっていたんだ。
そしたらヤツは案の定、ひろみをレイプしょうとしたんだよ」
「なんだって?いくらなんでもひどすぎるよ。
それで、ひろみさんは無事だったの?」
「危ないところだったぜ。オレと彰が見つけてなければ、やられていたよ」
「よかった。ストーカーなんて最低だよ。ファンとしても許せない行為だよ」
オレは、今ひろみを傷つけようとしたヤツに、怒りと憎しみで爆発していた。
「拓哉、これオレのかんなんだけど、最近ファンの追っかけ本が出ていて、
ドリームランドの追っかけ本もそのなかにあったんだよ。
ひろみさんのストーカーは、追っかけ本を見ていたんじゃないかな?」
「それじゃヤツは、その追っかけ本を見て、
今まで嫌がらせやっていたってことか?」
「おそらくそうだと思う。だから許せないんだよ。
ファンなら堂々と応援したらいいのに…」
「ストーカーは、最後部屋の合鍵を作って、勝手に部屋に入るらしいからな。
気をつけておいたほうがいいぞ」
「わかった、こいつに危害を加えられないためにも気をつけるよ」
「向こうで和彦が待っている。オレと尚志は先に行っているから、
ゆっくり来いよ」
「あぁっ、そうするよ」
尚志と彰が、先に和彦のいる場所に行った。
オレは、まだ震えているひろみを抱きしめてキスをした。
もうキスだけでは足りなくなっていた。
ひろみをレイプしようとしたストーカーへの怒りと憎しみで爆発したオレは、
自分の感情を抑えられなくなっていた。
そんなオレは、ひろみにキスをしながら、自分の体を重ねようとしていた。
「拓哉、やめて!」
とひろみは激しく抵抗した。
オレは、ひろみの悲鳴に
「ダメなんだよ!もうキスだけでは、オレとおまえが繋がらないんだよ!」
と涙声で叫んでいた。
もう心のブレーキが、かからない。
飛び越えてはいけない線を越えようとしている。
それは、ダメなんだってわかっていても、今のオレには抑えられない。
悲しい顔をしているひろみにオレは、
「おまえのすべて、オレに委ねられるか?イヤならやらない」
と言っていた。
これでいい。
これで線を越えるか超えないかが決まる。
だけど線を越えたら、もう後戻りはできないんだからと
オレは自分に言い聞かせていた。