第六話
「……クリスティーナ=ウェストロードだったか。どこかで聞いた事があるような気がするな。あの感じだと夜中に遊びまわっているわけでもないし、天然もの金髪だ。あんなのが歩いていたら目立つだろうからな」
事務所に移動した伐だがあまり起きている気もないようで電気をつける事無く、ソファーに腰を下ろすとタバコの煙を吐き出しながらクリスの名をつぶやく。
伐には彼女が名乗った名前が記憶の片隅に引っかかっているようで眉間にしわを寄せるが、すぐには出てこないようで頭をかくと缶ビールをあおった。
「……何かあれば思い出すか。すぐに思い出せないって事は関係性はないな」
しばらく考えてみるものの、彼女が何者かは思い出せず、考える事を諦めたようでソファーに寝ころんだ時、懐に忍ばせていた携帯電話が鳴る。
クリスに何かあったと思い、ディスプレイを覗き込むが表示されているのは『近江真』の名前であり、伐は眉間にしわを寄せるが失踪事件の追加情報が入った可能性もあるため、通話ボタンを押す。
「……何だ?」
「相も変わらず、不機嫌そうだね。ノラ猫くんは……はいはい。悪かったよ。話があるから電話は切らないでね」
「ああ」
不機嫌そうな伐の声に電話先の真は楽しそうに言うが、伐の神経を逆なですると話しにならないため、すぐに真剣な口調に変わった。
その様子に話に付き合う気になったようで伐はソファーに座り直し、短くなったタバコを灰皿に押し付けて火を消すと新しいタバコを取り出して口にくわえてオイルライターで火を点ける。
「報告だよ。ノラ猫くんの指定した場所にターゲットは居たよ」
「……それだけか?」
「無事が確認されたから、数日中に依頼料は振り込まれるよ……様子がおかしいけど他に何かあるかい?」
伐が真剣になった割には特に新しい情報はなく、伐は眉間に深いしわを寄せた。
真は電話先の様子に首を傾げながらも伐にとっては最優先だと考えている依頼料の話をする。
その言葉に伐は頷くと真は何かあったのかと聞く。
「……クリスティーナ=ウェストロード。この名前は失踪届が出てないんだよな?」
「クリスティーナ=ウェストロード? 僕が知る限りはそんな名前はなかったよ。ただ……」
「ただ?」
伐はクリスに失踪届が出てないかと聞くと真は記憶を引っ張り出してくれるがその名前での失踪届は提出されていないと答える。
その言葉に用は済んだと思ったようで電話を切ろうとするが真は個人的にクリスの名前に覚えがあるようであり、伐は速く言えと急かすように聞き返す。
「圭吾から聞いた事があるような気がするんだよね。夏休みの途中から行方不明になっているって、家族に連絡しても何も教えてくれないし、警察にも届け出たけど受理されていないような事を言っていて、調べろって暑苦しいテンションで詰め寄られたよ」
「……暑苦しいテンションか」
「ノラ猫くんは元々、テンションが低いけど、今、更にテンションが下がったね。電話越しでもわかるよ」
真は伐と共通の知り合いからクリスの名前を聞いた事があるようで伐にその時の状況を話してくれるが暑苦しいと聞いてしまい、伐のやる気は電話でもわかるくらいに著しく低下する。
「……そうでもねえ」
「それなら、明日でも久しぶりに登校したらどうだい? 圭吾に伝えておくから、必要ないと思っていても高校くらい卒業しないとダメだよ」
「必要ねえだろ。学歴社会ってのはかなり昔に崩れ去ったんだからな……」
真の指摘を伐は否定するものの、その声からはやる気が失われているのは明らかである。
彼の様子が真は面白いようで楽しそうに言うと伐はその言葉を鼻で笑う。
伐の言葉に真は呆れたようにため息を吐くと伐はこれ以上話す事はないと判断したようで電話を切り、対面にあるソファーに電話を放り投げた。
「……先輩だったか。それなら聞いた事もあるか」
ソファーに寝転がり、天井を見上げると伐は小さな声でつぶやく。
そのつぶやきから、クリスは伐が通う高校の先輩だった事がわかる。
登校すれば学校の生徒達からクリスの素性が調べられるのだが、彼は高校に行きたくない理由があるのか面倒だと言いたげに頭をかいた。
「それに学校ではあいつが行方不明って話にもなっているのに家族は否定……警察は届け出を受け取らないか? 家族以外だから虫を決め込んでいるか、それとも圧力がかかっているか」
伐は寝ころびながら、わずかながらに手に入った彼女の情報の整理を始める。
真から入ったわずかな情報とは言え、疑問が残る物はあるようで伐はソファーから起き上がると窓際に向かって歩き、カーテンを開けた。
窓からは月明かりが差し込み、彼の身体を照らす。
「圧力がかかっているとなると面倒だな。あいつに入ってこない情報となるとかなり力の持った人間からの圧力だろうからな……クリスティーナ=ウェストロード? ウェストロード? 西の道に連なる人間か? ……厄介な人間を拾ったな。めんどくせえな」
月明かりに照らされながらも伐はクリスの失踪届が受理されていない理由が彼女にあると考えられたようで首を捻ると彼女のファミリーネームに何かを思いだしたようで眉間には深いしわが寄る。
彼の表情からクリスの家族には相当の権力がある事がうかがえるが、彼自身、彼女を見捨てる気はないのか乱暴に頭をかくものの、彼女を見捨てると言うような言葉は口から出てくる事はない。
「……あの場所で雨の日か? あいつが何か企んでいるのかね。こんな事を言うのはガラじゃねえな」
窓から見える街の明かりを眺めつつ、クリスを拾った時の状況を思いだしたようでため息を吐くが、すぐに自分らしくないと思ったようで頭をかくとカーテンを閉める。
「とりあえず、首を突っ込む先に出てくるのは聖か? 邪か? どっちだろうな……まぁ、虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うからな。虎の相手でもしてみるか……虎と言うか圭吾はゴリラだな」
伐はソファーに戻ると明日の方針を決めたようでタバコの火を消すとソファーに寝転がってつぶやくと目を閉じた。