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第五一話

「……結局、雨かよ」


 薄暗い路地裏を進んだ伐は空き地で足を止める。

 厚い雲が空を覆っていたのだが、雨は降っていなかった。

 しかし、伐がこの場所に到着した瞬間、空からは大粒の雨が降り始め、彼の頬を伝う。

 頬を伝う感触に伐はけだるそうにため息を吐くとくわえていたタバコの煙を肺一杯に吸い込んだ。


「……悪いけど、今日は無しだ」


 勝手に退院した後にコンビニでタバコと一緒に買ってきたカップ酒を取り出すとふたを開けてアスファルトの上に置く。

 いつもはタバコも供えるのだが本日は手持ちが少なく供え物のカップ酒と自分用のタバコしか買えなかったようで伐は小さくため息を吐くと目をつぶって胸の前で十字を切る。


「悪いな。後はあのクズの首は取り損ねた……なんか、今日は謝ってばかりだな」


 目を開いた伐はタバコを吹かしながら、クリス達を巻き込んで騒ぎを起こした男性を仕留める事ができなかった事を話す。

 自分の様子に伐は自分らしくないと考えたようで乱暴に頭をかくと置いておいても仕方ないと考えたようでカップ酒を手に取ると一気に飲み干してしまう。


「今日は何も落ちて居ねえよな? ……お前はどんな面倒事を運んでくるつもりだ?」


 飲み足りないようで伐は空になった器へと視線を移すとカップを掃き溜めに投げ捨て、投げ捨てられたカップはアスファルトに叩きつけられ音を立てて砕けた。

 カップが割れた音でこの場所でクリスを拾った事を思いだしたのか伐は眉間にしわを寄せるとクリスが気を失っていた場所を一度覗き込むと黒い毛の子猫が身体を丸めている。

 雨が降り始めてきた事で体温を上手く維持できていないのか、子猫は身体を震わせており、伐は眉間のしわを深くすると子猫の首を持ち上げて顔を覗き込む。


「大和、お前は俺に何か恨みでもあるのか? ……牛乳は良くねえんだったか? 死んだら死んだか?」


 子猫はうっすらと目を開けて伐へと視線を向けて弱々しい声で鳴く。

 その声に伐は大和へと恨み節を吐くと子猫を懐に抱えて路地裏を後にする。


「ば、伐、お帰りだよん」

「……頭がおかしくなったか?」


 路地裏から出た伐はコンビニでパックの牛乳を買って家に帰ると家に電気が点いている事に気づくが特に危険はないと判断したようで警戒する事無く、カギを開けて奥へと進む。

 キッチンを覗き込むとカップ麺をすすっている雪とクリスがおり、クリスは伐に気が付くと笑顔で彼を出迎えるが彼女の言葉使いはいつもと異なっている。

 クリスの言葉使いに伐は眉間にしわを寄せるもの、興味はないようで小さな鍋を用意すると買ってきた牛乳を注ぐと鍋を火にかけた。


「……牛乳でカップ麺を食べる気? 美味しい物もあるって聞くけど、私は止めた方が良いと思う」

「……」

「子猫? 震えているじゃない。伐、タオルは? ……行ってくるわ」


 雪は彼が何をしたいのかわからないようで首を捻ると相手をするのも面倒だと言いたいのか、伐は舌打ちをして懐から先ほど拾った子猫を取り出してテーブルの上に置く。

 子猫は雨に濡れた事もあり、上手く体温が保てないようで身体を震わせており、雪は伐にタオルを取ってくるように言う。

 しかし、伐は自分でタオルを取ってくる気はないようで廊下を指差しており、雪はため息を吐くとキッチンから出て行き、伐は冷蔵庫から缶ビールを取り出す。


「本当は猫用のミルクが良いのよね?」

「……わざわざ、そんな手間のかかる事をするかよ」

「伐、この子はどうしたの?」


 タオルを持ってきた雪はクリスに指示を出してスマートフォンで子猫を保護した時の対処法を調べさせた。

 ネットで調べられる情報からは不足している部分もあるようだが、応急的な処置をする事はできたようでクリスと雪はほっと胸をなで下ろすが伐はどうでも良さそうにタバコを吹かし、天井に向かって煙を吐き出す。

 一先ず、子猫は大丈夫だと判断できるとなぜ、伐が子猫を保護してきたのかが気になったようでクリスは遠慮がちに手を上げる。


「……落ちていたから拾ってきただけだ」

「そっか。落ちていたか」

「それで、さっきの奇妙な言葉使いは何だったんだ?」


 興味なさそうに答える伐にクリスは困り顔だが、雪はどこで子猫が拾われたか理解できたようで苦笑いを浮かべた。

 子猫の相手をしていたため、相手をする時間がなかったがクリスの妙な言葉使いは気になっていたようで伐は眉間にしわを寄せて聞く。


「あ、あれはゆ、雪さんが」

「……また、おかしな事を吹き込んだのか?」

「そうじゃないわよ。人聞き、悪いわね。クリスちゃんのためよ」


 クリスは雪に何かを吹き込まれていたようで彼女へと視線を向けると伐の眉間のしわはさらに深くなって行く。

 雪はおかしな事は言っていないと言いたいようため息を吐くと迷う事なく、クリスのためだと言い切った。

 それでも彼女へと向けられる伐の視線は冷ややかな物であり、雪は不満だと言いたいのか大袈裟に唇を尖らせる。


「……一先ず、理由だけは聞いてやる」

「ほら、クリスちゃんもここから外に出られたわけだし、何かあった度に落ち込んでいるわけにもいかないでしょ。そのためにはやっぱり笑顔よ。笑顔を作るためには楽しそうにふるまう事」

「だ、だそうです」

「……無理に笑うと精神バランスが崩れて逆効果だって話もあるぞ」


 雪は胸を張って、クリスを元気にするための事だと言うが、言われた方のクリスは半信半疑のようで困ったように笑う。

 二人の様子に伐はくだらないと言いたいのか頭をかくと飲んでいた缶ビールが空になったようで二本目を取りに立ち上がると冷蔵庫から缶ビールを取り出しながら雪の考えを否定する。


「え、えーと?」

「う、うるさいわね。え、笑顔は広がるのよ。私は大和に言われて実践したんだから効果は間違いなしよ」

「笑顔は広がるね……まあ、勝手にしろ」


 彼の言葉にクリスはどうして良いのかわからないようで苦笑いを浮かべると雪は体験談だから間違いないと胸を張った。

 それは彼の恩人でもある大和の思考に基づいたものであり、伐は二人が気づかないくらいにわずかに口元を緩ませると自分には関係ないと言いたいのかクリスに問題を丸投げする。

 クリスはどう判断して良いのか迷っているようで困ったように笑う。


「それと……もう、用件は済んだんだ。さっさと帰れ」


 困り顔のクリスに伐は何かアドバイスをするわけでも無く、彼の口から出た言葉は非日常から日常への戻れと言う物であった。


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