第四九話
「……寝ちゃっていた」
「おはよう。白猫ちゃん」
伐が病室を出て行ってしばらくしてクリスは目を覚ますと覚醒しきっていない頭で周囲を見回した。
覚醒しきっていない頭では伐がいない事は直ぐに理解できていないようでぼーっとしており、その様子に真は苦笑いを浮かべ、白虎は情けないと言いたげに肩を落とす。
「近江さん?……」
「慌てなくても良いよ……白虎様は猫舌ですかね?」
「……現世の物は直接的に身体に取り入れる事はできん」
真と白虎の顔を交互に見たクリスは眉間にしわを寄せてゆっくりと考え込み始める。
その様子に真は苦笑いを浮かべたまま、病室に置いてあるインスタントコーヒーに手を伸ばす。
真は自分の分だけを用意するのもなんだと考えたのか、クリスと白虎の分も用意しようとするが彼の知識にある虎はネコ科であるため、首を傾げた。
白虎は彼の言葉に小さくため息を吐くと真は気まずそうに頭をかいた後、コーヒーにミルクと砂糖、小さなスプーンを添えてクリスに渡す。
クリスはコーヒーを受け取ると手から伝わる熱が急速に彼女の頭を覚醒させて行き、すぐにクリスは伐が横になっていたベッドへと視線を向けた。
「伐は?」
「見てないとこぼすよ。飲めないにしても何もないのは何ですし、お神酒でなくてすいません」
すでに伐は勝手に退院した後であり、クリスは不安そうな表情で彼の無事を確認するように真へと視線を移す。
彼女の反応に真は苦笑いを浮かべたまま、目でまずはコーヒーを飲んで落ち着くように促すとクリスは小さく頷き、コーヒーにミルクと砂糖を入れてスプーンでコーヒーを混ぜる。
しかし、彼女にとって最重要な事は伐の居場所であり、視線はコーヒーではなく真に向けられている。
その様子に真はため息を吐くと白虎の前にコーヒーを置くとイスを引っ張り出してベッドを挟んでクリスの前に腰を下ろす。
クリスは伐の事を聞きたいようでそわそわとしているが、真は気にする様子も見せずにコーヒーに口を付ける。
真の様子にクリスは待つしかないと考えたようでコーヒーが注がれたカップを両手で包み込むように持つとコーヒーを口に運んだ。
「あ、あの」
「ノラ猫くんなら、帰ったよ」
「か、帰った? 伐は力を失っているんじゃないんですか?」
真が一息ついたのを確認して、クリスは伐の行方を聞く。
彼女の様子に真は苦笑いを浮かべながら、伐が退院してしまった事を話すとクリスは驚きが隠せないようで勢いよくイスから立ち上がる。
伐が力を使い果たして気を失っていた事は彼女も気が付いていたため、彼の身を心配しているようでその表情には焦りが見えるが真はゆっくりとコーヒーを口に運ぶ。
「失っているとは言え、伐は歪みだからね。ある程度は自分で回復するよ。歪みは人の欲望の塊のような存在だから、白猫ちゃんの欲求不満もしっかりとエサにされているかもね」
「そ、そんな事は言っていません!?」
「……巫女をからかうのはそのくらいにしないか?」
真はクリスを見てくすりと笑うと彼女は顔を真っ赤にして彼の言葉をすぐに否定する。
二人の様子を見て、白虎はため息を吐くと真を責めるように言う。
聖獣である白虎に言われては仕方ないと考えたのか、真は困ったように頭をかくと表情を引き締めた。
彼の表情の変化にクリスは何かあると思ったのでイスに座り直し、真っ直ぐに真へと視線を向ける。
「元々、歪みは神のような物とは敵対している存在だからね。白猫ちゃんが白虎様の力を借りてノラ猫くんを守っているつもりで居ても歪みを食べる事ができないからね。回復能力は落ちるよね」
「で、でも、力が回復していないなら、他の歪みに食べられる可能性だって」
「行っちゃった」
真は伐が今回の件で失った力を早く回復させるために出て行ってしまったと言うが、クリスは伐が心配のようで勢いよく立ち上がると病室を出て行ってしまう。
彼女が出て行ったドアを見て、真はわざとらしいくらいのため息を吐くと白虎の視線が彼に突き刺さる。
向けられる視線に伐は苦笑いを浮かべると困ったように頭をかいた。
「……何を考えている?」
「何をと聞かれても困りますけど、正直、彼女には深入りして欲しくないんですよね。いろいろと厄介な物も付いてきますし、人から外れた者が人としての幸せをつかむ事は無いでしょう。何より、ノラ猫くんが望まないんですから」
白虎は重々しい声で問う。
真は伐とクリスは距離を取るべきだと考えているようでまっすぐと白虎を見据えて答える。
その答えにはクリスが伐に依存してしまうと彼女自身が不幸になると言う物であり、白虎も彼の言い分が理解できているようで目をつぶって頷いた。
「……少なくとも今回の騒ぎを起こした存在を消さなければノラ猫くんはこのままでしょう?」
「だろうな。あの者は我の力で人に戻る事を拒否した」
「彼女が伐の側に近づけば、あいつは白猫ちゃんを利用しようとする。それは伐にとっては都合が悪い事ですからね。今回は白虎様だけでしたけど、他の聖獣にも手を出さないとは限りませんから、正直、連戦になればいくらノラ猫くんでも危ないですから」
今回、白虎を呼び出すために策を弄した男性と伐の間にはかなりの因縁があり、その問題は現状では解決する術はない。
白虎は自分の提案を伐が拒否した事を思い出して小さく頷くと真はクリスが伐の足かせにしかならないと言う。
「それは理解できる……が、それならば、どうして、巫女を止めない?」
「いやあ、彼女の足が思ったより、速くて追いかけるタイミングを逃してしまいました」
「……そう言う事にしておこう」
白虎は真の言葉と行動が合致しないと言うと真はバツが悪そうに笑い、鼻先をかく。
彼の様子に白虎は何か考えがあると察したようでため息交じりで頷くと窓の外へと視線を向けた。
窓の外の空は雨雲が広がって降り、今にも雨が降り出しそうに見える。
「それより、白虎様はいつまで現世に? ……正直、規格外すぎてどうして良いのかわからないんですけど」
「そうは見えないが……もうしばらくすれば神界に戻りやすい時が来る。その時までは巫女の中で眠りについている」
「そ、そうですか」
真は聖獣である白虎が現世で活動している事は良くないと考えており、彼の怒りに触れないように聞く。
その問いに白虎は答えると白い光に姿を変えて消えてしまい、真も白虎と話をするのに緊張していたようで解放された事にほっと胸をなで下ろす。




